リアクション
卍卍卍 今からは八年程前。 瑞穂城に賊が侵入した。 瑞穂に養子に入り、次期当主と目された正識(まさおり)の部屋であった。 当時、部屋には正識と瑞穂藩主しかおらず、共に負傷した状態で発見された。 また、正識が逃げる際、小姓が一人、左目に矢を射かけられ重症を負った。 「お前、何、してるの」 睦姫は木の上に登っている少年を見つけ、問いかけた。 驚いた少年は枝から転げ落ち、手には縄が握られていた。 「これは何?」 「睦姫様、どうぞお許しください」 少年の左目には真新しい包帯が巻かれ、血がうっすらと滲んでいる。 「私は若殿様の小姓であるにもかかわらず、大殿様、若殿様をお守りすることが出来ませんでした。右目もやられ、もう侍にはなれないでしょう。切腹も許されません。このまま、お見逃しください」 「お前、名は?」 「はい……日数谷と申します」 「では日数谷。今日限りでお前は兄様の小姓ではありません。私付きの護衛になりなさい。兄様の代わりに、私を守るのです」 少年は訳がわからないというように、睦姫を見る。 「ですが姫様、私はもう……刀を握っても目が……」 「お前はいちいち、姫であるに口答えするのか!」 睦姫は癇癪を起こし、首に掛けてあった十字架(ロザリオ)を取り出した。 「これは正識兄様から頂いた物。これを私と兄様と思って、死ぬ気で守るのです。いいですね?」 睦姫は十字架の部分だけを外し、黄金の鎖の部分だけ投げてよこした。 「鎖だけあげる。今日のことはお前と私の秘密。無くしたら、ただじゃすまないわよ」 睦姫が足場やに去っていくのを、少年はただ見つめていた。 卍卍卍 「その後、俺は城から追い出されることもなく、睦姫様の護衛につくことができた。本来ならとうに野垂れ死ぬはずだったのに……」 「もう良いのです、日数谷。お前がまだ鎖を持っていることを知って、瑞穂への忠義を忘れてないことがわかりました」 睦姫は一息付いたあと、こう続けた。 「それに、これだけではないのです。このロザリオは、本来は瑞穂藩主が持ってなくてはならないもの。私の手にあるのを知って、大殿様は大層驚かれていたわ。『マホロバの秘宝をなぜお前が持っているのか』と。だけど、『それは正識にはいうな、とも」 「それは、私も初めてお聞きしました」と、現示。 唯斗が、思ったことを口にする。 「なんというか、大殿と若殿は仲が悪かったのか?」 「私にもわからないわ。ただ、大殿様は兄様を避けておいでなのは感じたけど」 睦姫は言い、現示は黙り込んでいる。 彼には思い当たる節があったが、何も言わなかった。 「取り合えず、貴方のわだかまりの一つは解消したでしょう? 何が本当の忠義なのか。逃げまわるでなく、主君の目を覚まさせてやることも忠義と言えるんじゃないかしら」 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が、帯に挟んでいた一通の書簡を見せる。 龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)が、八咫烏(やたがらす)を通じて持ってこさせたものだ。 「幕臣の一人、陸軍奉行並が貴方の力を借りたいと言っているわ。私の馴染みだから、橋渡しはつけとくわよ。貴方が望むならね」 そこには、『現示と睦姫の情報を確認し、秘密裏に庇護する。この情報は他に漏らさず極秘とする』と、あった。 「今すぐには返事ができない。少し時間をくれ」 現示は片目を覆う赤い布を押さえ、よろよろを座敷を後にした。 彼はだれもいないのを確認して、柱に頭をぶつけた。 「あの時……俺に担がれた若殿に向かって矢を放ったのは……大殿様だったんだ。こんなこと、誰に言えるってんだ……」 「睦姫様、先程の忠義の話、姫をその家臣の話、歌や舞にしてみると良さそうですね」 ルナティエール・玲姫・セレティ(るなてぃえーるれき・せれてぃ)が舞い始め、夕月 綾夜(ゆづき・あや)が琴の音を即興で奏でる。 彼女たちは恭しくおじぎした。 「マホロバをほろぼさせたくない、そのためにできることをしているだけ。こうした想いが、人々に届き、繋がっていくのを伝えたいのです」 |
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