リアクション
風靡、そして ちょうど他の選手の手当てをしていた影月 銀(かげつき・しろがね)が急遽オウェンの治療に呼ばれた。が、銀はパートナーのミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)に付き合って救護に当たっているだけで、治療の術を持たない。精々、絆創膏を貼るか担架で怪我人を運ぶのが精いっぱいだった。 仕方なく、結和は「天使の救急箱」や【キュアオール】を使い、オウェンの血を止めることと、体力を維持することに努めた。 「ミシェル、まだなのか……」 銀はギリ、と歯噛みした。 「『風靡』は……」 オウェンは掠れた声を出した。 「喋るな」 「あれが奪われたら……大変なことに……」 「それは『風靡』の力のことを言っているのか?」 オウェンの前に立ったのは、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だ。 「あれは、使い手の感情を相手に伝える……そうだな?」 オウェンは、閉じかけた瞼の下から唯斗を見つめた。 戯れに、ハイナによって「風靡」で刺された唯斗はあの時、彼女の不安や重圧を感じ取っていた。「風靡」はただの鈍らではない。何かもう一つ、力がある。 「……あれはおそらく……使い手の意志……で、相手の感情を操る……」 切れ切れにオウェンは語った。 「梟の一族」の祖――イカシという名だった――の能力を有効に使うため、ある人物が使った、と一族には伝わっている。 「もし、あれが……」 「安心しろ。あれは偽物だ」 え、と契約者たちは目を丸くした。 「だろ? ハイナ?」 「その通りでありんす」 ハイナがにんまりする。彼女は唯斗の話を信じたわけではなかった。だが、唯斗と同じく、偽物を作るべきだと進言する者がいた。オウェンの態度も気になっていたハイナは、それを許可した。 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、明倫館御用達の刀鍛冶と協力し、特急で偽の「風靡」を作り上げた。 短時間で本物に近く仕上げるため、ルカルカは「風靡」に直接触れることを許可された。――その代わり彼女は現在、明倫館の一室でカンヅメにされ、外部との接触を一切断たれた状態だ。 【サイコメトリ】した際に見えたのは、中年の男が剣を打っている映像だ。力強く、血走った目で、流れるような汗をかいている。ただただ、一心不乱に、「良い剣を」「力のある」という思いだけが伝わってきた。 この男は、文献にあった渡り職人の兄弟の一人だろう。ミシャグジを倒すための剣を作っているとしたら、おかしなことがある、とルカルカは言った。 『ミシャグジは有機物――生命体でしょ? これじゃ役には立たない。この剣は、一体、何を切るの? 体じゃないなら……心? もしかしたら……』 ルカルカの予想と、唯斗の想像はほぼ一致していた。一人ではただの勘かもしれないが、二人が同じ意見を出せば耳を傾ける価値はある。実際に試してみれば、尚いい。 ハイナは椅子の座面を開け、中から布に包んだ「風靡」を取り出した。 あっ、と声が上がる。 「そんなところに……」 呆れる者もいたが、 「自分で持っているのが一番、安心で安全でありんす」 ハイナはしれっと答え、祥子の前に立った。ローザマリアに押さえつけられた祥子は、虚ろな目で彼女を見上げる。 「――祥子」 ハイナは鞘から「風靡」を抜いた。祈るように目を閉じ、そして突き刺した。 ゆっくり、ゆっくりと目に光が戻っていく。祥子の体から力が抜け、ハイナは「風靡」を彼女の体から抜いた。血はなく、祥子にも傷はついていない。彼女はその場に崩れ落ちた。 「……後は目覚めるのを待つだけでありんすが」 ハイナはくるりと振り返り、「風靡」を差し出した。 「これはもう、そなたの物でありんす」 「謹んで頂戴いたします」 モードレット・ロットドラゴンは騎士の如く片膝を突き、恭しく受け取ると、にやりと笑った。 会場の外に作られた救護班のテント内で、ミシェルは固く絞ったタオルをカタルの額に乗せた。 「大丈夫?」 カタルは左目を薄っすら開いた。 「調子悪いなら、無理して出場しちゃ駄目だよ。体調管理をするのも、選手には大事なんだからね」 カタルは答えない。再び目を閉じると、少年は静かな寝息を立てはじめた。今は眠らせてやろうと、ミシェルは黙った。 しばらくして、会場の方が騒がしくなった。 小走りの足音が近づいてきて、入り口から少女が飛び込んできた。ボランティアのスタッフらしい。 「しっ」とミシェルは唇に人差し指を当てると、小さな声で「どうしたの?」と尋ねた。 少女も声を落とし、試合会場で戦闘が起き怪我人が出たこと、一人では手に負えないので急いで来てほしいという銀の言付けを伝えた。 「大変! でも……」 「ここは、あたしが見てます」 「そう……? じゃあ、よろしくね。何かあったら、すぐ呼んで」 ミシェルは後ろ髪を引かれる思いでカタルを一度振り返り、テントを出て行った。 少女はミシェルが戻ってこないのを確認すると、カタルの横に立った。桃幻水で女に化け、髪を下ろした上に化粧もした彼女を、誰も高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)とは気づかなかった。 玄秀は、カタルの右目にかかる布を軽く掴み、【サイコメトリ】した。 「……なるほど」 玄秀の脳裏に浮かんだのは、「梟の一族」らしき人々が、次々に倒れていく映像だ。男も女も老人も子供も、赤ん坊までもが力尽きていくその光景は、玄秀に言わせれば実に興味深いものだった。 「面白い……」 玄秀はポケットから「魅惑のマニキュア」を取り出し、蓋を開けてカタルの枕元に置いた。そしてカタルの額に手を置き、【その身を蝕む妄執】を使った。 「案の定、例の封印はかなりの負担なようだね。自分の命を削ってまでやる価値があるのか?」 表情を歪め、魘され始めたカタルに玄秀は囁いた。 「君には主体性がない。ただ役割を果たす人形のまま、使い捨てにされていいのか?」 正直言えば、自分で扱えないような力には興味がない。だが、過去に縛られ、流されているようなカタルの生き方には嫌悪すら抱く。だから、いっそ。 カタルの左目が見開かれた。血走り、恐怖に彩られている。 「せっかくのその力、自分のために使わないでどうする! 起きろ、そして僕と一緒に来い! 君の監視役も、漁火という女も全て、みんな、倒してしまえばいい!」 その時、テントの入り口が大きく開き、龍ヶ崎 灯を纏った武神 牙竜が飛び込んできた。ハッと振り返る玄秀に、牙竜がタックルを食らわせる。 続いてカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が問答無用で【●呪詛】を発動した。玄秀の視界が歪む。立っていられない。熱も出てきたようだ。 「Curses come home to roost.だな」 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がその後から入ってきて、「魅惑のマニキュア」を払いのけた。 ダリルはルカルカから、カタルのことを頼まれていた。カルキノスと共に様子を見に行こうとしたところ、心配した牙竜がついてきたのだ。 【命のうねり】をかけると、顔色がやや良くなったようだが、まだ悪夢からは覚めないらしい。ダリルはカタルを揺すった。 「言っておくがな、高月! そっちの道にカタルは渡さねぇ!」 カルキノスの言葉に、玄秀は片膝を突いたまま、フッと嗤った。 「それはカタルが自分で決めることだろう……?」 「ふざけるな! カタルのトラウマに付け込んでおいて! いいか、カタルのことは俺たちが守る! 余計なお世話と言われようとな!」 狭いテント内、味方やカタルに攻撃が当たる恐れがある。牙竜はレーザーブレードの使用を諦め、拳を振り上げた。と同時に、テントの中に毒虫が押し寄せた。咄嗟にダリルがカタルに覆いかぶさる。カルキノスと牙竜は両手で虫を振り払うが、唸り声を上げて小さな虫たちが飛び回る。 牙竜はレーザーブレードでテントを引き裂いた。虫たちが穴から外へ逃れ、ホッとしたのも束の間、牙竜はそこにティアン・メイ(てぃあん・めい)と式神 広目天王(しきがみ・こうもくてんおう)がいるのに気付いた。 「くそっ……!」 牙竜の舌打ちと同時に、広目天王は煙幕ファンデーションを叩きつけ、ティアンは玄秀の腕を掴むと、テントから引っ張り出す。そのまま隠しておいた小型飛空艇に乗せ、二人はその場から立ち去った。 あんな子に拘るからよ、とティアンは嫉妬にも似た思いを抱いていたが、それは口に出来ない。ただ、玄秀が落ちないように支えるだけだ。 「ま、待て!」 牙竜が霞む視界の中、玄秀たちを追おうとする。その前に、広目天王が立ちはだかり、「悪霊狩りの刀」を突きつけた。 「その者がどの道を選ぶか……後は、貴公らに任せよう」 言い捨てて、そのまま霞の中に消える。 「高月ぃ!」 カルキノスは強化光翼で玄秀を追おうとした。――が、不意に体中の力が抜ける。 「何だ……?」 横で牙竜も座り込み、手を突いている。わけが分からない、といった顔だ。振り返ると、ダリルが倒れていた。 その代わりにカタルが起き上がっている。右目を覆う布は、外れていた。 「カタル……?」 愕然と牙竜は呟いた。 目の前で、人々が倒れていく。さっきまで共に遊んでいた友達が。昨日、こっそりと団栗の団子をくれたおばちゃんが。母代わりのアカレが。 「カタル!」 誰かが、自分を抱き締めてくれた。 「カタル、落ち着け、力に飲み込まれるな! 大丈夫だ、お前は悪くない、だから――」 目の前で、父が崩れ落ちた。 そうだった。思い出した。 父ではない。 私だ。 一族を――みんなを――殺したのは――、 その瞬間、カタルの意識は大きな闇に攫われ、何もかもが消え去った。 (続く) 担当マスターより▼担当マスター 泉 楽 ▼マスターコメント
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