リアクション
御前試合、当日〜朝〜 朝になった。 過日の騒動の後ということもあり、今年の御前試合は昨年と比べ物にならないほど注目を浴びていた。中には、夜が明ける前から開場を待つ人々もいたぐらいだ。 桐ヶ谷 真琴(きりがや・まこと)はその中にいた。観客に混ざり、怪しい人間がいないか気を配る。と、その耳にこんな会話が飛び込んできた。 「聞きましたか? 賞品の『風靡』が昨夜、狙われたそうですよ」 「本当かい?」 「ってことは、まさか、明倫館に盗みに入ったってことか?」 「まあ、怖い。一体、どこの誰がそんな怖いもの知らずなことを……」 「それが、ここだけの話、例のほら、化け物を倒した……」 「三人の勇者と契約者たち?」 そういう話になっているのかと真琴は苦笑した。 「その勇者の一人が犯人らしいです」 「何だって!?」 真琴もびっくりした。「風靡」を目当てに賊が入ったことは知っていた。しかしそれは、敵対する者の仕業で、オウェンはそれを追い返したというように聞いていたからだ。 「どうやら、ただの正義の味方ってわけじゃないようですね……」 真琴は喋っている者たちの顔を見ようと、振り返った。 すると今度は、選手専用受付で別の騒ぎが起きた。 「ガオオォォォン!」 大きな、恐竜そっくりの魔鎧が、己と会場を交互に指さしながら喚いている。受付で警備を担当している東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)が、死んでも通すまいと踏ん張っていた。 「アンギャーアンギャー」 誰かを殴ったり、尻尾を振り回したり、今度は自分が殴られたり倒れたり、というジェスチャーでとにかく暴れ回っている。最後に立ち上がり、万歳をし、秋日子を見た。 秋日子は、やはり通すまいと両手を広げた。 龍心機 ドラゴランダー(りゅうじんき・どらごらんだー)は、再び同じ動きを始めた。 「何やってるの? ドラゴランダー?」 ドラゴランダーが振り返り、天の助けと言わんばかりにラブ・リトル(らぶ・りとる)と自分とを交互に指差し、秋日子も指差した。 「……あたしも何言っているか判んないけど、あたしのパートナーが言うには御前試合に参加するつもりらしいわよ、こいつ」 「参加者なら、通知が届いてるでしょ?」 基本的に飛び入り参加はない。参加希望者は事前に申し込みをすることになっている。 ぽんっ、とドラゴランダーが手を叩き、どこからか二つに折り畳んだ紙を取り出した。秋日子はそれに目を通し、 「参加許可証、龍心機 ドラゴランダー殿」 と、添付された写真とドラゴランダーとを見比べた。一回だけ。間違えようがない。 「いいわ。通って」 「あたしもいーい?」 パートナーの応援は、優先的に入場できるようになっている。 「いいよ」 「ラッキー♪ ドラゴランダー、あたしが応援するんだから負けたら許さないわよ〜♪」 騒ぎが収まったようだ。真琴は安心して、噂話の主を探そうとしたが、その時既に天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)は何処かへと姿を消していた。 ドラゴランダーとラブを見送った秋日子は、やれやれと一般入口の方に目をやった。きょろきょろと周囲を見ている真琴が目に入ったが、迷子かなと思うだけだった。 まさかこんなに人が来るとは思わなかった。おそらく、全員は入りきらないだろう。 元々は試合に出るつもりだったが、自身の力不足を痛感したパートナー、遊馬 シズ(あすま・しず)の提案で、警備に回った。 シズは町へ向かった。御前試合の間は人が少なくなっているだろうと考えたのだが、そんなことはなかった。むしろ、いつもより多いぐらいだった。 どうやら町中が仕事を休んで、この御前試合をイベントとして楽しんでいるらしい。あんなことがあったから、分からないでもない。 シズは漁火について、片っ端から尋ねて歩いた。しかし、ほとんどが酔っ払いでまともな会話ができる者はなかった。そうでなくても、有益な情報は全く得られなかった。 「やれやれ……。誰でもいいから、何か情報持ってないかな……」 シズは更に歩くことにした。御前試合で何かあれば、秋日子が呼ぶだろう。その時は、【召喚】ですぐに駆けつけるつもりだった。 ヤハルとオウェンに代わって、会場までカタルを送ってきたのは、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)、龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)、麻篭 由紀也(あさかご・ゆきや)の三人だ。 「大丈夫か、カタルくん?」 あれからまともに寝ることが出来なかったカタルは、眼の下に隈を作り、誰が見ても具合が悪そうだ。 「試合、棄権したらどうだ?」 カタルはかぶりを振った。「役目ですから」 「あのなあ、カタルくん。もしかして、オウェンさんに言われて、惰性で出ることにしたんじゃないか?」 カタルはちらりと由紀也を見上げた。 「そうなのか?」 牙竜が顔をしかめる。「やるべきことがあるなら、俺は止めないし、全力で守り抜くつもりだぜ。でもなあ」 「カタルくんは『自分の意思で行動を選び取り動くこと』をもっと知った方がいい。『〜したい』って思うことだな」 「自分の意思で……」 「そうそう」 オウェンが昨夜「風靡」を盗もうとしたことは、パートナーの沙耶から聞いて知っていたが、言わない方がよさそうだと由紀也は判断した。 「――そういえば、もしかしてその『眼』のせいで、カタルくんは感情が、その、希薄なのか?」 カタルは布の上から『眼』を抑えた。疼く、ような気がする。 「……逆、です」 「え?」 由紀也と牙竜は訊き返した。 「力を抑えるために、感情も抑えているんです。オウェンから、そう習いました」 「習ったって、いつから? いつからそういうことを言われてきたんですか?」 灯が、母親のような面持ちでカタルに尋ねた。彼女にとって、カタルは保護欲を刺激される少年だ。 「十年前……父があの災いを起こしたときからです」 「お父さんは、つまり、その」 ごくり、と由紀也の喉が鳴った。 「感情を抑えきれずに暴走し、一族の人間を殺したんです。――ヤハルの姉で、オウェンの妻である、アカレも」 カタルは、吐き出すようにそう言った。 沢渡 真言(さわたり・まこと)は、観客が入る前の会場を巡回していた。 パートナーの沢渡 隆寛(さわたり・りゅうかん)が出場するのでそちらの応援もしたかったのだが、ハイナの「風靡」への懸念もあり、出来ることをしようと考えたのだ。 ぼちぼち観客が入り始めている中、真言はヤハルの姿を見つけた。 「ヤハルさん!」 手を振り、真言は駆け寄った。 「先日はありがとうございました」 触手との戦いの最中、ヤハルにアドバイスを受けたのだ。 ヤハルは一瞬、眉を寄せ、「――ああ」と言った。 反応から察するに、ヤハルは真言のことを覚えていないらしい。あの騒ぎの中、多くの人と話したんだから仕方がないかな、と思いつつも真言は少しがっかりした。 観客が全員入り、門が閉じられるとハイナも自分の席についた。やけに大きな椅子で、不恰好だと笑う者もあった。その両隣には、エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)と紫月 睡蓮(しづき・すいれん)が警備として控えている。 すぐ後ろに「風靡」が置かれ、木賊 練と彩里 秘色(あやさと・ひそく)が怪しい人間がいないか目を光らせていた。 練は機工士として「風靡」を鑑定させてほしいと願い出た。しかし、それは既に終わっていると却下されてしまった。触ることすら許されず、強化ガラスのケース越しにのみ、運ぶことを命じられた。 カタルが試合に出ると聞いたとき、練はオウェンの仕業だ、と思った。病み上がりのカタルが自分から出場したいと言うはずがない。それに「風靡」に拘っていたことを合わせて考えると、目的はこの剣に違いなかった。 昨夜、オウェンが「風靡」を守ったという話も聞いたが、「絶対盗みに来て、他の泥棒と鉢合わせしたんだよ!」と言い切った。その上で、客たちの噂話を秘色が聞き込んできた。 「やっぱりね!」 こうなれば「風靡」に貼りついて、オウェンが来たら真相をとことん追求してやるつもりだった。 秘色も、オウェンのことを信用していなかった。あの男は、必ず来るだろう。「風靡と木賊殿を共に守る」と、彼は決意した。 ハイナが立ち上がる。徐に片手を上げ、宣言した。 「これより、御前試合を始める!!」 |
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