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ナラカの黒き太陽 第二回 委ねられた選択

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ナラカの黒き太陽 第二回 委ねられた選択

リアクション

4.開戦

 その日。
 タングートは、熱く燃えていた。
 かがり火が街のあちこちで焚かれ、暗闇を引き裂くように照らし出す。夜も更けた頃、闇夜よりもさらに冥い影が、タングートの都を徐々に包囲しつつあった。
「どっからでもかかっといで!!」
「あたしらが怯むと思ったら、大間違いだ!!」
 武器を手に、それぞれに甲冑を身につけた女悪魔たちは血気盛んに吠え立てている。人型もいれば獣型もおり、サイズもまちまちな混成軍の中には、ちらほらと手を貸すことに決めた契約者たちの姿もあった。
「わくわくしてきましたわねっ!」
 藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は満面の笑みで、周囲の女悪魔たちにそう声をかける。
 以前タングートにフィールドワークの一貫として訪れた際に、酒場で意気投合した面々だ。
「霞みたいなもんだろ。あんたが深呼吸すりゃ、飲み込んじまうんじゃないかい? その腹ならさ」
 樽のような胴体の女悪魔を、一人がからかうとどっと笑いがおきる。元から好戦的な住民が多い街な上に、彼女らは『共工』という絶対的後ろ盾があるというゆるぎない信頼に支えられていた。
「共工様のお手をわずらわすまでもねぇよ。あたしらだけで十分だ」
 だが、その哄笑は、やがておさまった。
 ――いやに暗い空だとは、誰もが思っていた。雲でもでているのだろうと。だがそれが、じりじりと近づくにつれ、視界を遮るほどの巨大なモノなのだとわかったからだ。
 巨体はゆっくりとやってくる。全身に、黒い煙のように幽鬼を従わせて。砂をものともせず、地響きをたて、近づいてくる。
 あえて名前をつけるならば、『災厄』。
 そうとしか表現ができないものだった。
「…………」
 ごくり、と女悪魔の喉が鳴った。予想を超えた存在に気圧されたのだろう。
 だがそこで、すかさず優梨子が口を開いた。
「頑張りましょうねっ。お客様方を干し首や、前に教えて頂いたアレにしちゃいましょう。あの大きさでしたら、さぞかし立派なものができますよ」
 優梨子の言う『アレ』とは、男性のとある部位を干して作るというタングート独特のものだ。たしかに、あの巨体であれば、干して縮んだとしても相当なサイズだろう。
「ほら、こんな風に色々作れるかと、楽しみにしていたのです♪」
 腰にさげた、通称だんご……実体は三つ串にささった干し首が、優梨子の手に掲げられ、ゆうらゆらと揺れた。
「あんた……」
「長い、長い間、ちょっかいを出してくる方々を、ことごとく退けてきたのでしょう? タングートの誇りと底力を見せてくださいませ」
 驚く彼女らに、優梨子は口元に笑みを浮かべたまま、そう優雅に告げる。
「……そうとも。あんたの言うとおりだ」
「でかぶつだからって、なんだっていうんだい!」
「女の意地、見せてやろうじゃないか!!」
「その意気ですわ、お姉様方」
 一気にあがる士気に、優梨子の心も高揚する。そう。こうでなくっては。
 殺戮と殺し合い、そこに生まれる異常な熱気こそが、優梨子の最も心震えるものなのだから。
『今更後悔したって遅いわよ、クソビッチめ』
 どこからともなく、ニヤンの声が響く。
『やーっちゃっておしまい!!』
「はい、どうぞ。ではこちらも、殺らせていただきますね」
 優梨子と周囲の悪魔たちの身体が、『空飛ぶ魔法↑↑』によって浮かび上がる。かがり火を背にして、優梨子は大魔槍サタンベックを構えて一番手にその身を躍らせた。
「お嬢ちゃんに負けてられるかってね!」
 負けじと次々と、戦闘の火ぶたが切って落とされる。
 『光の花びら』により光の属性を得た武器が、眩しい一閃を空に描く。巨人に先行して襲いかかってきた幽鬼たちは、次々とその身を薄闇へと溶かしていった。
「どきなあ!!」
 優梨子の背を守るようにして、一人の角の生えた女悪魔が大音声をあげて火柱を口から吐きだした。
「こんなもんじゃ、つまらんね。さっかとデカブツのとこ行ってやろうぜ、お嬢ちゃん」「同意です!」
 断末魔の声は耳に心地よいものの、血が噴き出さず、肉塊も残らぬ相手など、優梨子には張り合いがなさすぎる。彼女らはニヤリと笑って手をとると、光と炎の塊のようになって、敵陣を疾風のようにかけぬけていった。
「アレはお姉様にさしあげますから、首は私がいただきますよ?」
「ああ、いくつだって好きにしな!」
 そんな、物騒なことを愉快そうに口にしながら。


 優梨子たちとはまた違う場所でも、戦闘の火ぶたは切って落とされていた。
「ひゃー、おっきいねー!」
 巨人を目にしたレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が、どこかのんびりした感想を述べる。
「大きいだけじゃ」
 『大きい』ことに対して若干思うところのあるミア・マハ(みあ・まは)は、いつにもまして辛辣だ。
「まぁ、そうだよね。むしろ狙いやすいよ」
 都の端にある建物の屋根にひょいひょいと身軽に登り、レキは巨人の動きを見定める。あちこちに光と炎が炸裂しては、闇と互いに食い合うようにして消えていく。
 研究所のほうにいて、なりゆきでことを知ったとはいえ、見過ごせるレキではない。場所は違えど、敵が同じなら加勢するのは当たり前だ。
 レキのほかに、数人の女悪魔がここには待機していた。作戦については、事前に説明を受けている。彼女らの役目は、ここを死守しつつ、さらに戦線を押し上げていくことだ。
 『双翼の漏斗、といったところか』とは共工の弁だ。
 ぐるりと円を描く布陣のうち、一カ所はわざと手薄にしている。翼を広げるように戦線の両端を押し上げていき、最終的にはその一カ所へと漏斗のように流し込んでしまえ、というわけだ。
「くるぞ!!」
 部隊の一人がそう鋭く声をあげる。まだ距離があると思っていた巨人の手が、長く伸ばされ、一息に振り下ろされてきたのだ。
「お、っと!」
 先ほどまでレキが立っていた家が、轟音と激震とともにすぐさま瓦礫と化す。歩みはのろいものの、その質量をもって落下するスピードはかなりのものだ。
 よく見れば、その巨体を地に伏すことで、その下にいるものを軒並み潰そうとしていたようだ。そのまま巨人は、地に着いた手に力をこめ、ずるりと一気にその距離を縮めてきた。
 小山のような大きさのその顔には、ぱっくりと開いた口のほかにはなにもない。目も鼻も、暗闇の中で退化しきってしまったかのようだった。
「押し返すよ!!」
 この奥にはすすませない。その決意に瞳を輝かせ、レキは巨人に対峙する。
「まかせるアル! こっち〜、こっちアルよ〜〜」
 チムチム・リー(ちむちむ・りー)は大急ぎで移動すると、四つん這いになった巨人の手を幻槍モノケロスでちくちくと突き刺す。そのたびに、ばちばちと光が弾けるものの、せいぜい蚊が止まった程度のダメージでしかなさそうだ。
「えいアル! えいアル!」
 それでも、少しでも注意が向くならチムチムにはそれでよかった。巨人の意識をそらし、誘導することが目的なのだから。
 そんなチムチムを、邪魔そうに巨人が伴っている幽鬼たちが襲いかかろうとする。
「『悪霊退散』!!!」
 ミアの高い声が響き、眩しい光とともに幽鬼を吹っ飛ばした。
「細かい輩は気にするでない。わらわが始末するわ。……しかし、案外攻めあぐねておるのぉ」
 ミアはレキの姿を見上げ、そう呟く。
「んー……」
 一方、レキは口をへの字に結び、小さく唸った。
「屋根から飛べばなんとかなると思ったんだけどな」
 そのまま一気に首でも狙えればと思ったが、巨人のサイズは予想外に大きい。いくら運動神経抜群のレキにしても、うまくすればぎりぎり、といったところだ。
 その間にも、再び振り上げられた巨大な手のひらが、闇雲に地面を叩きつけている。どうやら、はっきり目は見えていないらしい。
「って、あ、そーか!」
 ぴんときたレキは、襲いくる手のひらから素早く身をかわしつつ、むしろ自分から巨人の手の甲に着地した。そのまま、一気に腕をかけあがり、ひじのあたりで飛び上がると、肩へとしがみつくようにしてよじ登った。
 ここまでたどり着けば、あとは首は目の前だ。
「くらえっ!」
 レキの手から、炎の矢が放たれる。急所に当たった攻撃に、巨人はびくりと身を震わせ、それから、身の毛のよだつような咆哮をあげた。
「うるさいアル〜〜」
「耳を塞いでおくのじゃ!!」
 それは、聞く人の精神力を削ぐ、呪いの叫びだ。至近距離でそれを耳にし、レキは顔をしかめて堪える。『破邪滅殺の札』がなければ、このまま振り落とされていただろう。
「負けないから、ねっ!」
 さらに数度、矢を撃ち込み続ける。だが、致命傷にはまだ足りない。
 なによりも。
「…………!」
 視界の隅に、崩れた瓦礫の下で暴れる手足が見えた。そして、幽鬼にたかられつつ、そのうえ、そこにまた巨人の手の影が落ちている。
 このままでは、潰される。
「ええい!! 間に合え!!」
 レキはそう言うと、一気に肩から身を躍らせ、登るときよりもさらに早いスピードで落下する。地面にたたきつけられる衝撃を『龍鱗化』で軽減し、続けざまに『真空波』で瓦礫を吹き飛ばすと、下敷きになっていた女悪魔を抱えて飛ぶ。
「レキ!!!」
 二人のすぐ後ろで、再び激しい音ともに巨人の手がたたきつけられていた。その衝撃に地面を転がりながらも、レキの両腕は彼女を話さなかった。
「ぎっりぎりだぁ……よかった、間に合って」
「無茶をしよる」
 ミアが半ば呆れつつ、レキと傷ついた女悪魔の傍へとやってくる。素早く『命のうねり』で介抱してやると、女悪魔は「ありがとう」とほっとした様子だった。
「一端城に戻ったほうがいいよ。ボクたちは、あいつをとにかく、押し戻さなきゃ」
「そうじゃな。レキ、一人でとどめをさそうというのはどうやら無謀のようじゃぞ。チムチムと同じく、誘導が優先じゃ」
「そうみたいだね」
 肩をすくめ、レキはミアに同意する。
「ひゃあ! えい!! ……チムチム、頑張るアル〜〜!」
 幽鬼を払いつつ、健気に攻撃を続けているチムチムの傍にむかって、レキは再び駆けだしていった。

 そうして、じりじりとながら、巨人はその向きを変えていく。
 さらに後方から加勢も増え、ゆっくりと、翼は広がりはじめていた。