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ナラカの黒き太陽 第二回 委ねられた選択

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ナラカの黒き太陽 第二回 委ねられた選択

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5.一時休戦


「大丈夫ですか? ああ、今はまだ動かさないでくださいね」
 ヨン・ナイフィード(よん・ないふぃーど)は丁寧に包帯を巻き、怪我人の治療にあたっていた。
 都の人々の収容のために解放された珊瑚城の広間には、続々と負傷者も運ばれている。やはり双方、無傷というわけにはいかない。回復役の悪魔たちに混じり、大小様々な悪魔たちの間をすり抜けるようにして、ヨンの小柄な身体がくるくると立ち回っていた。
「ええっと、次は……」
 そんな中、ふと足を止め、ヨンはアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)のいる方を見やった。
 部屋の片隅で目立たないようにしつつ、膝をかかえて丸くなっている。ローブについたフードを目深にかぶり、まわりには『どんより』の文字が見えそうな状態だ。
 まぁ、せっかく来たことだしと観光を続けてはきたものの、いかんせんすさまじいまでの女尊男卑の都だ。なるべくまわりに関わるまいとするのも仕方ないことだった。
「アキラさん……」
 沈んで元気のないアキラの姿に、ヨンの胸が痛む。どうにか元気づけてあげたいが……。
「仕方がないのぉ……。アリス、アリスよ」
 せっかくだから、と窮奇に改造してもらったHCで戦況の情報を集めていたアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)を、ちょいちょいとルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)が呼び寄せる。
「なあニ?」
 ルシェイメアの手のひらに乗って、アリスは可愛らしく小首を傾げてみせた。
「戦況はどうじゃ?」
「上手くいってルみたいヨ。ただ、このまま罠にハマってくれるかは、ドウかしらネ? それニ、まだどちらも決定的戦力に欠けるワ」
「ふむ」
 ややシニカルなアリスの分析に、ルシェイメアは頷いて思案する。
 うまいこと一カ所には集められたが、三体の巨人を一度に叩くとなると、やはりそうは簡単にいかないのだろう。
「こういう時じゃ。アキラにやる気を出させてやろうと思うのじゃが、どうじゃ?」
 ルシェメイアはそう前置きし、アリスとヨンに作戦内容を話した。
「もしそうなったら面白そうネ☆ いいワ、協力するワヨ!」
「私は、アキラさんが元気になってくれるなら……」
「ならば、決定じゃな」
 頷きあい、三人は片隅で丸くなっているアキラに近づくと、声をかける。
「アキラさん。あの……」
「聞こえておるか? どうやら、戦況ははかばしくないようじゃぞ。見ろ、負傷者も増えるばかりじゃ」
 アキラはまだ動かない。聞こえてはいる様子だが、『だからどうした』といったところなのだろう。ルシェメイアはしかし、気にせず言葉を続ける。
「危機なのじゃ。のぉ、考えてもみよ。タングートの者たちは、下心丸出しで寄ってくる男性悪魔を撃退しているうちにこのようになった。だがここで男であるアキラがかっこよく撃退すれば、どうなる?」
 ぴく、とアキラの肩が動く。ルシェメイアはさらに。
「免疫の少ない女性悪魔たちはコロッと貴様に惚れるじゃろう」
「…………そうか?」
 ようやく、アキラは顔をあげた。
「きっとモテモテになるワヨ??」
「そ、そうですよ! だから、元気を出してください」
「そうか……つまり……」
 ゆらり、とアキラは立ち上がる。ローブの影で、ゆっくりとその口元が笑みを浮かべた。
「……キタ。キタキタキタ! 俺のハーレムフラグがキタァァァァ!!」
 両手を握りしめ、ガッツポーズでアキラは完全復活を遂げる。
「荷物! 荷物どこだ?」
「あ、ここです」
「待ってろよ俺のハーレム!!」
 ヨンに教えられ、速攻で装備を調えると、アキラは猛スピードで広間を駆けだしていく。もはやこうなれば、「げ、なんで男がいるのよ!!」などと怒鳴られようと、黄色い声援にしかアキラには聞こえていない。
「今行くぜ、子猫ちゃんたち!」
 うぉー! とアキラは雄叫びをあげた。
「……まあそんなことにはならんじゃろうけどな」
 後ろ姿に向かって、ルシェメイアはぽつりと呟く。
「追いかけまショ?」
 わくわくを隠しもせずにアリスは言うと、ルシェメイアとともにアキラの後を追う。ヨンも慌てて走り出した。
(本当に、そうならないと良いんですけど……)
 もちろんルシェメイアの口から出任せとはわかっているが、つい、そう不安になってしまうヨンだった。

「よーっし!!!」
 アリスの誘導で戦場に無事アキラがたどり着いた頃、状況はさらに変化いていた。
 半壊した建物の屋根によじ登り、アキラはさっそく『神威の矢』をつがえた。もうもうと立ちこめる土煙と忌まわしい闇に向かい、次々に光りの矢を射かける。めくら撃ちではあるものの、的はなにせ巨大だ。外しようもなく、攻撃は次々と命中する。
 しかも、巨人達は反撃もせず、徐々に後退していくのだ。
「……気づかれタみたいネ」
 アリスが呟く。
 ソウルアベレイター陣営は、完全に包囲される前に、一端ここで兵をひくことを決断したようだ。
「闇雲に突っ込んでくるばかりかと思ったが、なかなかどうして、やりおるの」
 あるいは、なにか作戦があるのかもしれない。
 ルシェメイアとアリスはそう思った、が。
「なんだ、俺に恐れをなしたか−!」
 アキラは喜色満面で思い切り胸をはっている。
「目立ってる! 俺目立ってる!」
 テンションをますますあげるアキラは、アリスが「まぁネ。悪目立ちダケド」とぼそりと呟いた言葉は聞こえていなかった。



「相柳。深追いはするでない。こちらも立て直しじゃ。怪我をした者には手当を。それ以外の者も、十分に休息をとるがよい。……皆、よく持ちこたえてくれた。礼を言うぞ」
 共工からの言葉が相柳を通じて伝えられると、悪魔たちはそれぞれに休息し、可能な者は一度珊瑚城へと戻っていった。



「お弁当はいかが〜? 紅華飯店特製の精力満点弁当よぉ〜」
 ちゃっかり紅華飯店の名前も宣伝しつつ、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)はシナを作って弁当を配り歩いていた。
 避難所にしたのは珊瑚城の広間だったが、全員がそこまで戻れるわけではない。
「となると……いや猫だけじゃなく孫でも男でもジョータイじゃね?」と提案したのは光一郎自らだった。
 外にまで届ければ、末端まで届くだけでなく、市中の様子もわかるし、ついでに店長も探せるかもしれない。一石二鳥どころかチョーイイネ、くらいだ。
(佐々木が頭と腕(料理)で働くなら、目になってやろー!)
 相変わらず『桃幻水』で女性化したままなので、妖しい色気はぷんぷんという感じだが、素の光一郎を知っているスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)としてはなんとなく座りが悪い。
「南臣、いつまでその格好で通すんだ?」
「男嫌いが治らない以上、俺さま子ちゃん、しょーがないしぃ」
 光一郎はそううそぶくが、なんとなく楽しんでいるようにもスレヴィには思える。
 都の中は、すでに外周は荒れ果てている。大通りなどはまだ無事だが、端の民家のあたりなどは、すでに見る影もなかった。ここに来た時には活気に溢れていた街路も、時折休息をとる兵士たちの一群があるばかりで、寂しいばかりだ。
 だが、しかし。
「……なんだぁ?」
 角を曲がった先が、なにやら騒がしい。どうやら、もめ事のようだ。
「おーい。腹減ったなら、紅華飯店のお弁当ありますよ−?」
 野次馬根性丸出しで光一郎はさっそく駆けだしていった。

「怪しい奴だな、何者だ!」
「怪しくなどありませぬ! 貴殿らは何故(なにゆえ)妾(わらわ)止めだて致すのじゃ?」
 びちびち、否、よよよ、と泣き崩れてみせるのは、おリボン姿も愛らしい(??)オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)だった。
 単独でタングートに乗り込んでいった光一郎の身を案じ、胸を痛め(高鳴らせ?)つつ後を追ってきたわけだ。
 だが、錦鯉というある意味目立ちすぎる外見が故に、街中を光一郎を探して彷徨ううちに、殺気だった悪魔たちに素性を怪しまれて取り囲まれてしまった。
「それがし、いや、妾のこの「おりぼん」こそが、女性(にょしょう)である証!」
「今、それがしって言っただろ」
「ええい、妾のつぶらな瞳のように可愛らしい波浪鬼帝(はろうきてい)のおリボンちゃんが目に入らぬ貴殿らの目は節穴であるかーっ!」
「あらぁ〜、オットーちゃーん」
「!!!」
 『ユグドラシルの蔦』ですかさず捕縛し、光一郎はオットーを窮地から救った……というよりも、釣り上げた。
(なんかこのパターン前にも見たな)
 スレヴィはそう思いつつ、すかさず「お姉様方、差し入れのお弁当です〜」と裏声で弁当を差し出す。とりあえず、食べ物を前にしてケンカをする奴はそうはいない。
「弁当か! 気が利くな!」
「いただきます!」
 さっそく我先にと弁当を受け取り、彼女らは昼食をとりはじめる。もはや、オットーのことは気にかけていない様子だ。
「お気に召したら皆さんお店に来てくださいね〜。紅華飯店をよろしく〜」
 抜け目なく店名をアピールしつつ、光一郎はオットーを引きずり、スレヴィとともにそ場を離れた。
「光一郎、どこに行っていたのだ。しかも、その姿は……」
 絶句するオットーに、「世を忍ぶ、俺さま子ちゃんよ★」とノリノリで光一郎はウインクを返す。可愛らしい仕草ではあるが、オットーは脱力を禁じ得ない。
「とはいえ、パンダを捕まえに来たのに、収穫は錦鯉だしぃ」
 つまらなそうに唇をとがらせ、光一郎は天を仰いだ。
「パンダ? 今、パンダと申したか?」
「そうだけどぉ?」
「それなら、それがし、噂を小耳に挟んだような……いや、ないような……」
「どっちだよ」
 オットーが引きずられたまま、鰭を顎にあて、ふむむと唸る。
「俺さま子ちゃんたち、パンダ探ししてるわけ。どこで聞いた?」
「いや、しばらく! はて、どこであったか……」
 オットーは唸り続けるが、その場では結局、思い出せずじまいだった。