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第26章 後半――カウンター、カウンター


 レッドカード直後の後味の悪さはあった。
(だが、それはそれ、だよ)
 如月正悟は、置かれたカレーボールを見ながら思う。
 どんな形であれ、白に奪われていたカレーボールの主導権がこちらに戻って来た。せっかく掴んだチャンスを生かさない手はない。
 頭上で浮かんでいる審判の笛が鳴る。ひとたびフィールド内を一瞥し、各員がしかるべき配置についているのを確認してから、ボールを蹴り出した。
 軽いキック。カレーボールはマイト・レストレイドに渡る。
(頼んだ)
(任せろ)
 一瞬のアイコンタクトの後、マイト・レストレイドは走り出した。「軽身功」発動。雨脚を突き抜け、泥を蹴立てながら、フィールドの中を縦断して行く。
(……くそっ、泥でスピードが上がらない!)
 どうやら前半のように、ひとりでゴールトゥゴール、というのは難しそうだ。
 周囲を眺める。少し離れているが、ぽつぽつと味方の姿が見える。が、フィールド中盤を抜けるまで、ロングパスは出したくない。ロビングはもちろん、軌道がライナーでも白は簡単にカットしてくるだろう。
 チーム内にサッカー経験者がいれば――心底そう思う。「軽身功」で全力疾走していても、不安がつきまとう。サッカー経験者に追いつかれて競り合いになったら、自分では正直勝ち目がない。
(やっぱり、サッカーの試合では、サッカーをする方が強いみたいだな)
 だが、今さら無いものを求めても仕方がない。できる仕事を全力でこなすだけだ。
 雨脚の向こう、正面に前半と同じく、白6番が立ちはだかる。自分自身を少し巻き込みながら、「氷術」で地面を凍結させてこちらを待ち受けていた。
(進歩がないぞ、白!)
 一瞬だけ周囲に目を配る。やはり前半と同じように、味方の4番がこちらのカバーに入って来ている。
(さっきと同じく、抜かせてもらう!)
 凍り付いている地面に脚を踏み入れた瞬間、跳んだ――ただし、足元のカレーボールは地面に転がした状態で。
 白6番も同時に跳ぶ。全く同じ展開だ。
(――少し拍子抜けしちまうぜ……っ!?)
 違和感。
 「殺気看破」が、こちらに向かって跳んでくる白6番以外の存在をマイトに伝えていた。
(「光学迷彩」! ステルスだと!?)
 下方に眼を凝らす。降雨。光学迷彩ならば、雨に打たれてその立ち姿がある程度見えるはずだ――
(いない!?)
「4番、気をつけろ! 何かいる!?」

(何かって何だ!?)
 ツッコみたい所だが、そんな余裕はさすがにない。
 四条輪廻は前半の時と同じく、凍り付いている地面に転がったボールに向かって走っていた。
 念のため、「超感覚」も併用して周囲を確認。頭上以外、味方も敵も誰もいない。「光学迷彩」での不意打ちを警戒したが、そういう気配もない。「見えない」と言っても、実体が消えるわけではない。雨に打たれればその姿はある程度は見える――そして、何もない空間に雨だけが当たり、輪郭を際だたせる、という様子はなかった。
(ドリブル&クリアだ)
 ――もともとは、FWにボールが渡ったらサイドをついて駆け上がり、相手のディフェンスを左右に揺さぶっていくつもりだった。が、フィールドの巨大さに呆れて「サイド」を用いる戦術は止めた。
 代わりに、後半からは白15番を徹底的にマークした。「隠れ身」を用い、とにかく横から後ろからボールをさらおうと力を尽くした。だが、今に至るまで、ボールの主導権は奪えていない。
 もしも時間が戻せるなら、試合前日に軽口をきいた自分をぶん殴ってやりたい。何が「白チームは余裕だな」だ。むしろこっちが必死になるべきだったのだ――
(その分、今、必死になればいいだけだ。そして勝つのは俺達、紅だ)
 ボールをキープ。そして、ドリブルを始めた瞬間――
「何っ!?」
 目前で、泥が立ち上がった。

《おっと、紅4番四条の目前に、突然泥の壁が起き上がりました。呆気に取られた四条の前で、壁が足元のボールを横に蹴り出します》
《お前は忍者か!?》
《一体、何が起きたんでしょうか?》
《……白のプレイヤー、多分8番が「光学迷彩」で待ち伏せしてたんですわな。ただし、文字通りに――》

(……フィールドに伏せていただと!?)
 下方、地上で起きた事の意味を悟り、マイト・レストレイドは愕然とした。
 「殺気看破」には反応するはずだ。確かに相手は、「光学迷彩」を用いて待ち伏せていたのだから。
 そして、雨に打たれた「立ち」姿も見えないはずだ。なぜなら、「光学迷彩」を用いた相手は、「地面に伏せていた」のだから!
「白! 貴様等というヤツはぁっ!」
 空中、白6番と視線が交錯する。
 確かに見た。
 白6番の口元が、ニヤリと微かに笑っていた。

「よく分からんが……どうやら相手にしてやられたようだな、マイト」
 観客席で、近藤勇が呟いた。
「……しかし、何がどうなってしてやられたのかが俺には見当もつかん」

(なるほど……こっちの攻撃や行動を全部読んでいたというわけか!)
 弐識太郎の内面も、マイト同様驚愕で震えている。
(この試合、うかつなロングパスは互いに使えず、カウンターは素早いパス&ドリブルで行うのが一番確実。そうなれば、今さっきの白のような「バーストダッシュ」や「軽身功」を使える人間がどうしても必要だ。
 だが、白もそうだが、こちらの方でも「バーストダッシュ」や「軽身功」を使える人間は限られる。前半のカウンターと同じマイト・レストレイドが出て来て、同じ戦術を取るのは当然予想がつく)
 そして、マイトのカウンターを打ち破った白の恐ろしい所は、ここからだ。
(敢えて前半と同じ人間で、同じようなポイントで、同じような戦術で待ち伏せをして油断を誘う。もちろんフォロー要員をもうひとりつけておくが、紅にばれないように「光学迷彩」で隠れておく。
 「光学迷彩」といってもこの雨だ。雨に打たれれば立ち姿は明らかだし、何より「殺気看破」を使えば居場所は丸分かり……そこで「光学迷彩」を使っていた人間は姿勢をできるだけ低く、そう、地面に伏せる事で、雨に打たれている姿が見えないようにした!)

 マイトにカレーボールを預けた如月正悟も白の戦術の意味を悟った。
(いるはずの人間の姿が見えない――なまじ「殺気看破」が使える分、マイトは混乱して何が起きているのか判断できなかったろうね。そして、前半同様に、跳び上がったマイトのフォローに、四条が入った所で突然起き上がり、隙をついてボールを奪う……雨が降っている事を逆に利用して、「光学迷彩」の効果を何倍にも高めたんだ! 「地面に伏せる」っていう、たったそれだけの事で!)
 如月正悟の口元がひきつった。四条輪廻同様、前日に自分が吐いた台詞を思い出したのだ。
(「スキルもありなら、こちらが有利かも」だって? スキルの使い方も白の方が遥かに上手くて狡猾じゃないか……! 俺達は、何てヤツらを相手にしているんだ!?)

(まともにやっては、相手にさえならんじゃろうからなぁ)
 アシュレイ・ビショルドは全身を泥塗れにしながら、転がったカレーボールを追っていた。
(技と力と経験を積み上げた、猛者どもの集う蒼空サッカー……そんな中ではわいの力など、多寡が知れようというものじゃ。手持ちの技や力でやりくりしていく他はない)
 紅のフリーキックになった瞬間、次の相手の出方は読めた。フリーキック地点から白ゴールまでの最短コースを目測、その中途にはミューレリアに立ってもらい、自分はその後ろで「光学迷彩」を使った。そして、とにかく姿勢を低くしようと考えて、思いついたのが、地面にうつ伏せになることだった。
 おかげで体の前半分は泥だらけになってしまったが、その甲斐はあっただろう。紅の反撃の出鼻を完全に挫けたのだから。
 アシュレイの脳裏に、さっきの鬼崎朔の台詞が甦った。あの者の言う通りだ、こんなのは到底まともな『サッカー』とは言えない。
 勝つために全力を尽くす。
(わいらがやる事はそれだけなのだな)
 そして、アシュレイの全力の結果は、今目前にある。フリーになって転がっているカレーボール!
 ――これを、味方のFWやサッカー部員に繋げれば……!
 が、そのカレーボールが突然浮き上がり、頭上に滞空中の紅3番に向かう。
 何が起きたのかすぐに分かった――重力干渉、誰かが「奈落の鉄鎖」を使った。
(こんな事ができるのは――!)
 とっさに周囲を見渡す。髪を波打たせている紅がひとり。その番号は12番。
(またお前か、藤原優梨子!)

(なかなかいいものを見せてもらいましたわ、白の方)
 藤原優梨子は微笑みながら、カレーボールを凝視する。
(けれど、ボールを渡すわけには参りませんわ。それはもともと、私達のものなのですから)
 味方の3番のジャンプは相当なもので、まだ地面に降り立っていない。パスを繋げば、再び白のゴールまで突っ走ってくれるだろう。
 「財産管理」を使い、「奈落の鉄鎖」によるボールの速度と、味方の3番の移動速度を計算。両者のベクトルの合流点で一番適切な位置を算出する。
 そして、「奈落の鉄鎖」を改めて使って――思い通りにボールが飛ばない?
 まるで、別な力が働いているような……!
 振り向く。離れた位置で、カレーボールと、こちらを凝視している白のプレイヤー。
(……また、あなたなのですか! 白の18番!)
 ――さっきのお返しです。
 藤原優梨子は、白の18番の心の声を確かに聞いた。