シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

蒼空サッカー

リアクション公開中!

蒼空サッカー
蒼空サッカー 蒼空サッカー

リアクション

第27章 後半――スーパーコンビネーション

 行き場を失ったカレーボールに飛びついたのは、秋月桃花だった。
 翼を広げ、雨の中を貫き、頭でカレーボールを突き出した。
「郁乃様!」
「うん!」
 頷いた芦原郁乃の足元に、カレーボールが転がった。
 キープ、そしてドリブル開始。
 ゴールまでの距離は数百メートル。立ちふさがる紅。こちらに向かって走ってくる。
 引き付ける――今だ!
(「ちぎのたくらみ」ッ!)
 一瞬煙に巻かれた芦原郁乃の姿は、幼女のそれへと変わった。
 しかし、走ってくる紅、8番の勢いは衰えない。
「その技はさっき見たよ!」
 8番は言った。
「同じ手は、二度も通じない!」
(やっぱりダメ!?)
「キャプテン! 後ろ!」
 背後から声がした。振り返りもしないで、とにかく踵でカレーボールを後ろに蹴り出す。

 カレンの目前、幼女と化した白のキャプテンの後ろには、同じく白の2番と3番とが駆けつけていた。
 聞いた話だとこのふたりはサッカー部員。競り合いになったらまず勝てない。
(繋がせない!)
 出力を調節しつつ、「氷術」を発動。カレーボールの軌道上に氷柱を生み出した。
(ボールは渡さないよ、白組さん!)

(くっ……!)
 自分とカレーボールの間に生まれた氷柱に向け、安芸宮和輝は飛び込んだ。
 「爆炎破」を蹴り脚に使用。全身の勢いをそれに載せ、思い切り叩きつける。
「邪魔をするなぁっ!」
 砕け散った氷柱の破片の中を、カレーボールが転がっていく。
(稔! カバーを!)
(分かりました!)
 後ろに控えていた安芸宮稔がカレーボールを確保。間髪入れずにパス。
 パスの先は、ネノノ。
 白の二門の大砲の片方の、そのまた片割れ。
 胸でトラップされたカレーボールが足元に落ちる。
 その眼が、彼方にある紅のゴールを見据えた。

 白の大砲のひとり、16番。
 「殺気看破」を使うまでもなく、気迫が陽炎のように立ち上っているのが見えた。
 ――来る。
 紅のディフェンス全員が、それを予感した。

 雨は止んでいた。
 雲の切れ間から差し込む日射しが、フィールドを照らす。
 視界は良好。シュートコースもクリア。
 そして自分のコンディションは万全。いや、今までにないくらいに燃えている。
(ネノノ、見ててね)
 心中で、そうパートナーに告げた。多分届いているだろう。
 秋月葵とイングリットにアイコンタクトをした後、蹴り脚に力を込める。
 ――立ちふさがるなら止めはしない。
 ――この脚で、全て蹴散らすだけの事!
 「ソニックブレード」の脚が、カレーボールを蹴った。
 カレーボールに衝撃が載り、そしてカレーボールが衝撃と化した。

 ――来た!
 弾道上に巨大な氷塊が発生した。如月正悟とカレンが、同時同位置に「氷術」を使ったのだ。
 さらに藤原優梨子が「奈落の鉄鎖」でカレーボールの勢いを削ぐ。が、同じく「奈落の鉄鎖」を緋桜遙遠が逆方向に使用、重力干渉を中和した。が、さらにザカコの「奈落の鉄鎖」が加わって、ゴールとは逆方向に重力がかけられた。
「気迫は凄いが、所詮はひとり! 結局はただの『ソニックブレード』のシュートですね!」
 風森巽の台詞を、「違う!」と弐識太郎が否定する。
「追加の加速が来るぞ……大砲一門、まるごと上乗せだ!」
 カレーボールの弾道に、左右から人影が駆けてくる。ひとりは白20番、ひとりは白19番。
 ――その両者で、交わされる視線。
(グリちゃん、あれやるよ!)
(オッケー!)
 飛来するカレーボールに「氷術」と「火術」が同時にかけられる。蹴り出される両者の脚のそれぞれに、「アルティマ・トゥーレ」の冷気と、「爆炎破」の熱気が渦を巻く。
 インパクト――反発し合うふたつの力が、互いに打ち消し合いながらさらなる加速をカレーボールに与えた。
 ザカコの重力干渉を振り切り、カレーボールは氷塊に突入する。
 カレーボールは氷塊を粉砕しながら、紅のゴールに向かって突き進んだ。

《白16番ネノノの気迫のソニックシュートに、19番イングリット、20番秋月葵の「ツイントルネード」が組み合わされました。まさしく魂の一撃、立ちはだかっている氷塊をものともせず、そのシュートは紅ゴールを目指しています》
《合体技のさらに合体技ですな。威力は互いに掛け合わされて、2乗にも3乗にもなってますやろなぁ》
《しかし驚きですね。コンビ技は、両者の息が相当に合っていないと出せない技だと思うのですが、ネノノ選手とイングリット−秋月ペアはいつの間にここまで呼吸を合わせる事ができたのでしょうか。百合園にいた頃、特訓でもしてたのでしょうか?》
《いやぁ、多分ぶっつけ本番でっしゃろ》
《ふむ。こちらの手元にある資料では、レロシャン−ネノノ、イングリット−秋月の各ペアはともかく、ペア同士間にはそれほどの絆というか、事前に密接な関わりがあった、という事はなさそうですが?》
《理由があります。彼女ら、この試合の中で絆を深めていったんですわな》
《この試合の中で、ですか?》
《さいですわ。同じボールを追って、同じゴールを目指して全力を尽くす。選手の間で流れている時間の密度はそれは濃ゆいモンでしょう。そんな時間を共に過ごした者同士には、傍目には分からんつながり、ってのが生まれます》
《なるほど。ぶっつけ本番の即席必殺技ができる、というのも道理ですか》
《そうです》
《その必殺技も、試合が進むにしたがって、だんだん威力にとどまらず、何と申しますか……密度が濃くなっているような気がしませんか?》
《と、おっしゃいますと?》
《最初は単発のスキルを繰り出していた程度なのに、次第に多くのスキルが同時に組み合わされていって、中型モンスター程度を粉砕しかねないシュートやパスが飛び交っているように思えます》
《実況さん実況さん。今さら何言うてまんねん》
《いや、私もそれなりに経験を積んでおりますが、ここまで複数のスキルが組み合わさり、錯綜しているのは見た事がないものですから》
《……まぁ、それは自分も同じですわ。でもそれも、選手達の濃ゆい時間が為せる技、なんでしょうなぁ》
《そういうものでしょうか》
《そういうものですわ。自分の限界まで力を引き出さな、到底戦い抜けん試合です。潜在能力まで引き出して、引き出したそれをさらに使い倒してさらなる力に変えていく。選手は本当に大変でっしゃろうが、一方で楽しくて楽しくて仕方ない思いまっせ》
《楽しい、ですか》
《そりゃ楽しいでっしゃろ? 自分が分刻み秒刻みで強くなるのを実感できるわけですからなぁ。
 飛び入りで両方のゴールに得点決めた詩帆やんが恨まれるわけですわ。楽しくやっとるのをぐちゃぐちゃに引っ掻き回されたりしたら、誰だっていい気持ちはしまへん。詩帆やんも相当の猛者やとは思いますが、今の参加選手相手にガチでやりおうたら、病院送りじゃ済まんかったかもですわ》
《面白い見方ですね。では、参加選手は試合前試合後で、物凄い能力差さえ出そうですね。この試合一戦で、並みの冒険や戦闘の何倍の経験がつめるのやら》
《あぁ、それはありませんやろ》
《? どうしてですか?》
《この試合は、一種の奇跡です。試合が終わったら気が抜けて、ここで出てきたステキ技のほとんどが使えなくなりますやろ。蹴り一発で2000メートルとか、「奈落の鉄鎖」で新幹線並みの速さで空飛んだりとか、「アボミネーション」で身動きできなくなるくらいに周りの人間ビビらすとか……コンビ技なんて、多分二度と出せませんわ》
《さて、そんな奇跡の産物の白のスーパーコンビシュートが、ついに氷塊を突き抜け、紅のゴールに飛んでいきます》
《……あれは氷塊じゃなくて、氷山とか氷床とかいうレベルですがな》

 氷塊を突き抜けたカレーボールは、なおもゴールめがけて進んでいた。
(あれだけやっても、まだ勢いが止まらないか!)
 キーパーとしてゴール前に立つ風森巽は瞠目した。
 スキルの組み合わせや威力がどうとか、という話ではない。
 気迫、魂、執念。それらが幾重にも組み合わさった、まさしく白組の総力の結晶のシュートなのだろう。
(……面白い!)
 その口の端が不敵に吊り上る。
(その気迫ごと止めましょう!)
「炎神! 雷神! ザ・ハンド!」
 「轟雷閃」「爆炎破」を同時に発動。グローブに炎と稲妻をまとうと、飛んで来るカレーボールに向かい、彼もまた「軽身功」で突進した。
 ――来るのを待ってちゃ気迫負けする! こっちの方から迎えに行く!
 眼前。衝撃の黄色。
「でりゃあああああああっ!」
 両の掌がボールを挟む。止まらない。
 頭突きをする。止まらない。
 踏ん張る。足が地面を抉りながら後退っていく。
 ――これが……白の力の結晶か!?
 想像以上の力だった。
 ――だが、今の俺も、俺を超えた俺なんだ!
 着けたマスクはヒーローの証、そして己に課した約束!
 ヒーローは負けない。ヒーローは退かない。例え何があろうとも、その心だけは絶対退く事はない!
「キーパー!」
「風森!」
(我は、風森巽じゃない! 今の我は――!)
「止まれええぇぇぇっ!」
 マスクの下で、彼は叫んだ。

 ――ボールがネットを揺らさなくてもいい!
 ――ボールがゴールラインを割れば、それで得点になる!
 カレーボールを見守る白チームの全員が、同時に叫んだ。
「行けええぇぇぇっ!」

 カレーボールの勢いは、止まった。
 ペナルティエリアが、真っ二つに分けられている。
 風森巽がカレーボールに押され、後退しながら抉った地面のラインだった。
 そして、笛は吹かれない。
 風森巽の足は、あと数センチの所でゴールライン手前で踏みとどまっていた。