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軍人に恋愛など必要なーい!

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軍人に恋愛など必要なーい!

リアクション

 18:40

 月島 悠(つきしま・ゆう)麻上 翼(まがみ・つばさ)ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)の三人は豆撒き組を探して食堂にいた。
「実に馬鹿馬鹿しい闘いだ」
 ブーツをコツコツと鳴らしながら、トミーガンを抱えた悠は言った。
「ほんとにもうっ、こんなオイシイイベント中止なんて、教導団は何を考えているんだ!」
 翼はぷりぷりと怒っている。小柄で可愛いと、怒り方まで可愛いのね、とミカエラは思った。
「チョコが好きなのね」
「嫌いじゃないけど、別に好きでもない」
「でも今、美味しいイベントって」
「だって女の子がドキドキハラハラしながら告白してハッピーだったり玉砕したり、人生変わったり、こんな見てて面白いイベントないでしょ!?」
「……なるほど」
「翼、他人の人生で遊ぶな」
「こりゃ失敬しました」
「月島さんは、なぜ鬼組に?」
 軍人の鑑のような悠ならば、豆撒き組に参加していてもおかしくない。
「悠くんはねー、軍服脱ぐと、これでなかなか乙女なんですよ。今は軍人モードだけど」
「翼!」
「怒られちゃいました」
 あはは、と翼は笑うが、反省した様子はない。悠は赤らんだ顔を隠すよう、帽子のつばを引き下げた。
「気持ち、分かります。私とて……」
 ばん、と観音開きのガラス戸が開いた。
「ここにいたりしてな!」
 陽気な声ががっちりとした身体と共に飛び込んでくる。その身体の目が、点になった。
「……ホントにいた」
「テノーリオ! 死ね!!」
 ヴァルキリーの構えるトミーガンという図はなかなか珍しい、と悠は些か呑気なことを思った。
 だが使い慣れていないのだろう。トミーガンから発射された豆は、テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)には当たらなかった。獣人らしい素早さで、すぐにドアを閉めてしまったのだ。
「逃げるかっ、テノーリオ!」
「待て待てミカエラ! 話せば分かる!」
「そうです。人には、言葉という偉大な武器があるのです。それを使わずしてどうしますか、ミカエラ」
「魯先生もいましたか!」
 魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)がガラス戸の向こうで微笑んでいる。
「ミカエラ、知り合いか?」
「私の仲間です!」
「というと」
「トマスもいますか!?」
「いるよ。まさかいきなり、ミカエラに当たるとは思わなかった。テノーリオ、凄いじゃないか」
「これ終わったら、宝くじ買うよ」
 テノーリオは肩を竦めた。
「あれはパートナーか?」
 テノーリオと魯粛に挟まれるよう立っているのは、端正な顔立ちの少年、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)だ。
「ミカエラさん、何でパートナーたちと別れているんですか?」
 ミカエラは俯いた。握った拳が震えている。
「バレンタインというのは、大切に思う人のために心を込めてチョコを作ったり贈ったりするんです。それが、そんなにいけませんか?」
「いけなくはないよ、いけなくはないけどね、ミカエラ」
とトマス。でもね、と続けようとしたが、ミカエラは大きく拳を振り上げ、それを遮った。
「『誰か』を大切に思い、守りたいと思う愛の心こそが、戦う力の原動力になるんです! なのに、私の大切な人たちは、みんなあっちに回ったんです! 私のこの怒りは、どうすればいいんですかっ!?」
「豆にぶつければいいと思います」
 ほい、と翼は自分のトミーガンもミカエラに渡した。渡しながら、これこそバレンタイン、これこそ人間模様、とほくそ笑んでいる。
 悠は嘆息し、「協力しよう」と袖をまくった。
「行くぞ」
【鬼神力『筋増圧縮』】で、見た目はほとんど変わらないが、悠の腕が硬く盛り上がる。タタッと軽く駆け出した彼女は、その拳をガラス戸に向けて思い切りぶち込んだ。
 大きな音を立てて、ガラスが砕け散る。
「テノーリオ! 魯先生! 覚悟!」
「待たれい!」
 その時、颯爽と一人の男が現れた。
 厳しそうな風貌、顎に生えた髭、リュックサックに水筒、ザイルとどこからどう見ても山男のセオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)である。
「……あの男」
 ぼそりと悠は呟いた。
「知ってるの、悠くん?」
「知ってるというか、普段はとても目立たない男なんだが」
 どの色の腕章もつけていない。つまりゲームの参加者でも審判でもないことは、一目で分かった。取り敢えず、とても目立っている。
 セオボルトはリュックを開けると、何かを掴み出した。
「これを食いたまえ!!」
「そ、それは!?」
 トマスが身を乗り出した。
「芋ケンピだ!!!」
 胸を張ってセオボルトが答える。
「良いかな、諸君。バレンタインを廃止したい気持ちも、存続させたい気持ちも、自分には両方よく分かる。だが、両雄並び立たず、あちらを立てればこちらが立たず。両方というわけにはいかんのだ」
 はあ、と全員が思わず頷く。
「そこでだ、間を取って芋ケンピというのはいかがかな?」
「……何で芋ケンピ?」
とテノーリオ。
「芋ケンピというのは素晴らしいからだ。自分など、芋ケンピを懐に忍ばせていたおかげで、命が助かったことがある」
 いやそれ嘘だろっ、とツッコミを入れたかったが、セオボルトの真剣な顔を見ると、誰も何も言えなくなってしまった。何やら彼の言うことは全て正しいような気さえしてくる。
「さあ、これを」
 セオボルトはトマスとミカエラの二人に芋ケンピを握らせる。
「これで争いがなくなれば、これほど素晴らしいことはない!」
 では、と【光学迷彩】を使い、セオボルトは姿を眩ませた。
 しばしの間、その場にいた人間は全員、ぽかんとしていた。
 やがてトマスが口を開いた。
「……ミカエラさ、料理下手なのに、毎年いっつも苦労して作ってくれるじゃない?」
「だから、それは!」
「分かってる。僕らのこと、想ってだよね。だけどさ、そんな行事なんかなくたってさ、好きな人のことは好きだよ。そうだろう? 違うかい?」
「トマス……」
 ミカエラの作るチョコは、なぜか赤とか黄色をしていたり、辛かったりと妙な事態になるのだが、取り敢えず黙っておこうと思う魯粛とテノーリオである。
「……で? どうするんだ?」
 腕組みをして、悠は尋ねた。
「この甘酸っぱい光景を壊すのは、ボクは嫌です」
と翼。
「しかしゲームは――」
と悠が言いかけたところで、全員の顔つきが変わった。
 ジャリ、と割れたガラスを何かが踏んだ。真っ白な骨が、グラグラ揺れながら歩いている。トマスとミカエラは硬直した。二人は一番近くにいる。
「あれ……あれだろ? 理科室の標本」
 テノーリオは僅かに身を引きながら言った。
「標本は歩きません。あれはアンデッドのスケルトンです」
「先生、冷静に言ってくれるなよ……」
「総員、戦闘配置につけ!」
 悠が怒鳴った。その声に、全員背筋が伸びる。だが今、本物の武器は手元にない。そしてあろうことか、武器なしで使える攻撃用スキルを、ミカエラは持っていなかった。
 スケルトンがカタカタと笑いながら、ミカエラに襲い掛かる。
「ミカエラ!!」
 それは咄嗟のことだった。
 トマスはミカエラに覆いかぶさり、スケルトンの直撃を食らった。
「トマス!!」
 ミカエラはトミーガンを握った。本物ではない、だが――。
 轟雷を伴った大豆が、スケルトンを直撃した。