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リアクション
14:00pm 蒼空学園・特設会場前
「ターゲットF・Fって、そういう意味だったんだ……」
会場の入り口に立てられた巨大な看板をぼんやりと見上げて、雅羅はつぶやいた。
おはながみ(お花紙。断じてお鼻紙ではない)で作られた色とりどりの花に囲まれたボードには、特大の文字で『熱烈歓迎・フード・ファイター様』と書かれている。
一体この忙しいときに、誰がこの看板を作ったのか。
フード・ファイターという名称がもし正しいとすれば、その情報は当然山葉涼司からもたらされたものである筈、なのだが。
「……まさか、ね」
雅羅はちょっと顔を引きつらせた。
会場では臨時の厨房を設置する作業が急ピッチで進められている。
業者に電話をかけまくり、根回しスキル保持者にも手当たり次第頼み込んでなんとかかき集めたコンロと調理器具が、次々に運び込まれる。
あとは、これを切り回す料理人をどれだけ集められるかなのだが……
「これはいったい、何の騒ぎだ」
不意に投げかけられた澄んだメゾソプラノの声に、雅羅は慌てて振り返った。
「試食会にしては、少々大げさすぎやしないか?」
自らの料理番組でも知られる葦原明倫館の歌姫……エクス・シュペルティアが、背負った巨大なリュックと両手に下げた布袋に半ば埋もれるようにして立ち尽くしている。
袋の口からは、ネギの束がはみ出していた。
「……エクスさん!」
まさか、彼女が助っ人に現れるとは思っていなかった雅羅は、とっさに何をどうやって説明すべきか戸惑う。
掲示板に書かれた事からずいぶん事情が違ってしまったことで、彼女の気が変わってしまう可能性が頭をよぎったのだ。
しかし、 雅羅の身振り手振りまで動員した必死の説明の後。
「ふむ……なるほど、それで得心が行った」
雅羅の説明の後、エクスは意外なほどあっさりうなずいて微笑んだ。
「我が校に「秘伝」が伝わっていないのも、ドラゴンとの契約の次期を考えれば無理からぬ事だ。これで疑問も解消したゆえ、あとは存分に腕を振るおう!」
「い、いいんですか」
「ん、何がじゃ?」
拍子抜けした雅羅が思わず念を押すが、エクスはきょとんとしている。
「つまりその、ドラゴンのこととか……」
「ドラゴン? ……ああ、腹を減らした客人のことじゃな。呼べば良かろう。わらわは構わぬ」
うろたえる雅羅を不思議そうに見て。
「食べたい者には食べさせる。……何か変か?」
豪快な台詞をさらりと言って、それからちょっと顔をしかめた。
「それより、荷物を下ろさせてくれぬか。乾物ばかりとはいえ、この量はかなり腰にくる……」
雅羅に呼ばれて駆けつけた業者が荷物を運んで行く。
その、上空。
雲ひとつない冬空に、ぽつんと小さな影が浮かんだ。
ひとつ、ふたつ。さらにまたひとつ。
「……ん?」
いますぐ伝説のレシピとやらを持って来るのだ、と雅羅に迫っていたエクスが、最初にそれに気づいた。
空を見上げ、目を細める。
「ドラゴン……ではないな。飛空挺か」
「えっ」
編隊並みのその機影はみるみる大きさを増し、あっという間に学園の上空に至った。
「あれって、もしかして……」
雅羅がつぶやいた瞬間。
飛空挺と並走していた飛行箒がスピードを上げ、滑るように降下して来た。
「よっ、雅羅! 援軍に来たぜ」
そう言って降り立ったのは、シャンバラ教導団の夏侯淵だ。
「やっほー、雅羅ぁ! 秘伝のレシピ伝道師。ただいま参上っ」
次いで、ルカルカ・ルーが飛空挺からぶんぶん手を振りながら降りてくる。
そして雅羅の前に立ち止まると、手にした「秘伝レシピ」の束を掲げて高らかに言った。
「これがシャンバラ教導団秘伝のメニュー!」
ばばーん!と効果音が鳴り響いた気がしたのは、雅羅の錯覚だったのかどうか。
さらに、ダリル・ガイザック、朝霧 垂(あさぎり・しづり)、ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)。
奥には食べる方専門のセレンとセレアナの姿も見える。
その後から、ゾロゾロと黒服の親衛隊員、メイド機晶姫が続く。
まさに「何事だ」としか言いようのない光景が、蒼空学園のど真ん中で繰り広げられていた。
騒然となったその会場の手前で、黒崎天音は呆れ返ったように足を止めた。
「……どういうんだろうね、あれは。戦争でも始めるつもり?」
軽い苛立を含んだ声で呟いて、ため息をつく。
「なんか興醒めだな。帰ろうか」
「おいおい、そう堪え性のないことを言うな」
ブルーズ・アッシュワースが慌てて諌める。
「学食の子を誑し込んで、せっかく聞き出したレシピだろう。素材の採取も結構大変だった」
「誑し込んだなんて、人聞きが悪いな。……何、君、拗ねてるの?」
恨みがましいブルーズの言葉にも動こうとしない天音に、ブルーズは更に言った。
「言っておくが……美味いぞ、炎龍果」
「……うん?」
天音の表情に、ちらりと興味の色が浮かぶ。
「タシガンのごく一部地域にのみ自生する、多肉植物がつける実だ。むろん、幻の食材だ。その美味はどんな者をも笑顔にすると言う……」
それでも気怠く肩をすくめてみせて、天音はブルーズに意味深な視線を送る。
「じゃ、帰って食べようよ……二人っきりでさ」
「いいや、「幻の豆の甘いクリーム・炎龍果と薔薇のジュレ添え」の方が、もっとずっと美味い。我が保証する」
きっぱりとブルーズが言い切る。
「……まったく」
ようやく天音は根負けしたようにつぶやいて、会場に歩を向けた。
「仕方がないね……今回は、君の顔を立ててあげるよ」
「ああ、頼む。ここからが我の腕の見せ所だからな」
安堵の息をついて天音の後を追いながら、ブルーズはほんの少し、残念なことをしたような気分になっていた。
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