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リアクション
16:00pm 蒼空学園・特設厨房
下拵え担当のブースから、リズミカルな包丁の音が響きわたっている。
ブースの中ではずらりと並んだメイドロボが、揃って包丁を手に凄まじい勢いで材料を刻んでいた。
そのリズムは、優雅な3拍子でも、軽やかな4拍子でもなく……怒濤の2拍子だ。
傍らに積み上げられていた野菜の山がみるみるうちに姿を消し、あるものは賽の目に、あるものは形も留めぬ微塵に刻まれ、大量の素材に姿を変えていく。
これは無論、この機晶姫たちの性能だけが理由ではない。
限られた時間で全ての調理をこなすため、【ゴッドスピード】のスキルを持つダリル・ガイザックがそれを発動したのだ。
その効果は周囲にも及び、メイドたちの包丁は一斉に、早回しのハチャトゥリアンのごとく、高速のリズムを刻むこととなった。
仕上がった素材の運搬に材料の補充にと忙しげな親衛隊の面々も、またくるくるとコマネズミのように高速で走り回っている。
ダリル・ガイザックはその様子を満足げに眺め、メイン厨房へ向かった。
「下ごしらえは順調だ」
厨房に入り、ダリルは神崎荒神に声をかけた。
「おう、助かる」
最高級の備長炭を並べたロースターの前で、顔を真っ赤にして肉を焼いていた荒神が振り返る。
現在、ここが調理の司令塔という状態だ。荒神はロースターを離れ、テーブルに並べた指示書の中から一枚取って、ダリルに手渡した。
「あとは、満漢全席の仕上げは全面的に任せるよ。よろしくな」
指示書に目を通し、ダリルは自信ありげに微笑んだ。
「ふむ、まかせておけ。腕が鳴るな」
声が弾んでいる。
「……で、そっちステーキか?」
「いや、こいつはビフテキだ」
ダリルが首を傾げて眉をひそめた。
「……ビーフステーキ、ではないのか」
「違う。ビフテキ、だ」
神はきっぱりと言った。
「……そうか、ビフテキか」
「ああ」
勢いでそう答えて釈然としない顔で出て行くダリルを見送って、後でじっくり「ビフテキ」の持つ夢とロマンについて解説してやろうと、荒神は思った。
「まずはベースとなる料理からというのは、わかるのじゃが……」
荒神の用意した手順のメモを手に、今度はエクスが首を傾げている。
「何か問題でも?」
「満漢全席というのは、ベースになりうるのか」
「……フルコースの一環的な意味合いで、アリじゃないか?」
「薔薇の学舎は「幻の豆の甘いクリーム・ドラゴンフルーツと薔薇のジュレ添え」、そしてパラ実はビフテキ……バランス的にどうなのじゃ」
エクスがつぶやく。
荒神は爽やかに笑った。
爽やかすぎて怖いくらいの笑顔だった。
「……ま、なんとかするさ」
「実に頼もしい発言じゃな……」
エクスが呆れ返ったように呟いたとき、入り口の戸が開く気配がした。
見ると……紫月唯斗が、両手の荷物を地面に置いて息をついた所だった。
「おお唯斗。幻の豆は入手できたか」
「まあな……」
心なしか疲れている。それに、よく見るとあちこち傷だらけだ。
「ご苦労さん、大変だっただろう」
荒神が声をかけると、唯斗は恨めしげにつぶやいた。
「……聞いてないぞ、こいつら肉食だなんて」
「こいつら?」
エクスがきょとんとして聞き返す。
「豆、だ」
「ああ……知らなかったのか。すまん」
孤島の霧深い山を登り、ようやくみつけた豆の木から豆を収穫しようとしたとたん、一斉にさやから弾けた豆が襲いかかって来たのだ。
トラウマレベルの光景に、ちょっと涙目になったのは秘密だ。
「だが、これで「幻の豆の甘いクリーム・炎龍果と薔薇のジュレ添え」の材料が揃った。でかしたぞ、唯斗!」
「……たいしたことは、なかったけどな」
弱々しく笑って、唯斗は精一杯の虚勢を張った。
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