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リアクション
10:30am シャンバラ教導団
「伝説のメニュー、ねえ」
夏侯 淵(かこう・えん)は呟いて、指先でぽりぽりと頭をかいた。
「そんな胡乱なもの、データベースにあるかねぇ」
ぼやきつつ、端末に認証コードを入力する。
「んー……ドラゴンの封印に絡んでるくらいなんだから、何か関連データくらいはあると思うのよね」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が後ろから覗き込みながら言った。
「涼司からの頼みでもあるし。なんとかみつけてみてよ」
「んー、あいつ困ってたみたいだしな。努力はしてみるさ」
情報科の権限で認証を済ませると、腕まくりをしておもむろにキーボードを叩き始めた。
その頃、同校の学食では、ちょっとした騒ぎが巻き起こっていた。
休日で登校者の少ないはずの廊下に、ぎっしりと人だかりがしている。
彼らは皆一様にガラスに張りつき、中の様子を固唾を飲んで見守っていた。
その視線の先にいるのは、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)だ。
その姿はまさにセクシー・ダイナマイト。
メタリックブルーのトライアングルビキニだけを纏った見事なボディに、ロングコートを一枚羽織り、むき出しのすらりとした足を組んで、食卓についている。
しかし、この場で彼女にエロスを感じている者は……限りなくゼロに近いに違いない。
そこにあるのは、太古の女性が持ちたもうた、地母神のごとき豊かさと、生命の輝きだ。
いや、むしろそれは漢の逞しさと言って差し支えあるまい!
「おばちゃんー、どんどん持って来て! もう、片っ端から、全部並べちゃってっ!」
厨房に向かって一声そう叫ぶと、セレンは手にしたカツ丼を勢い良くかっ込む。
三口でそのすべてが彼女の体内に消え、残ったのは空のどんぶりひとつ。
『……おおっ』
ギャラリーがざわめく。
『すげぇ、あれどこに入ってるんだ……』
『……四次元空間とかに繋がってるんじゃね?』
「いや、俺はブラックホールって聞いたぞ」
口々に交わされるギャラリーの言葉にも興味無さげに、セレンは空の丼を傍らに積まれた皿の山に重ねて、うっとりと満足げな息をついた。
「ああ、なんという美味! これこそ究極の取調室アイテム、キング・オブ・丼だわ!」
……ジューシーな親子丼。ボリューミーな牛丼。素材が光る天丼。
そのどれもすべて丼の頂点と言っても差し支えのない美味に違いない。
しかし、取調室の容疑者の胸を打ち、心を和ませ、美しい涙とともに自白へと導くのは、この衣と肉とタマゴの織りなすカツ丼のジューシーハーモニーを置いて他にないのだ……ッ!
「……ね、ねぇ、セレアナ」
不意に名を呼ばれて、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)はビデオカメラから顔を上げた。
セレンが困惑の面持ちでセレアナを見ている。
「ナレーション、ちょっとやりすぎじゃないかな……」
「……ああ、ごめんなさい。ちょっと違う世界に行っちゃってた」
ドラマチックな文章で記事をまとめようとしすぎて、つい暴走していたらしい。思わず頬を赤らめてうつむく。
「っつか、セクシー・ダイナマイトって一体」
……突っ込むところはそこなのか。
「まあいいや、そっちはまかせるわね。……さーて、どんどん行くわよー」
再び嬉々として並べられた食事に向かうセレンに向けて、セレアナは再びカメラを構えた。
頭の隅で微かに目的を見失っているような気はしたのだが、すぐに忘れた。
10:00am 薔薇の学舎
「おい、天音……」
勝手知ったるといった風情で薔薇の学舎のキャンパスを横切って行く黒崎 天音(くろさき・あまね)の後を追い、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は足早に追いかけた。。
「……おまえ、本当にルドルフ校長の許可を取ってるのか?」
天音は足も緩めずにブルーズを横目で一瞥する。
「何を言い出すかと思えば……僕がそんなつまらない嘘を吐くとでも?」
「む……いや、そうは言わないが」
軽蔑しきったような口調に思わずそう答えたものの、天音が相手では。どうにも心配性にならざるをえない。
しかし、当の天音は涼しい顔で肩をすくめた。
「なら、信じるんだね。これでも僕は元【イエニチェリ】だよ。こんな道楽で、迂闊な行動は取らないさ」
そう言われればその通りかもしれない、とは思う。
しかし、天音が同じ調子で顔色ひとつ変えずに嘘を吐くことを、ブルーズは経験上良く知っている。
「だいたい、蒼空学園の校内誌ごときのために、お前がわざわざ取材なんて……一体どういうつもりなんだ」
「いいじゃないか、伝説のメニューなんて、面白そうだよ」
疑わし気な視線を向けるブルーズをちらりと見て、くすくすと笑いを零す。
「まったく、信用されてないね。じゃあ、もうひとつ気になってることを言おうか」
「なんだ」
「……山葉涼司、だよ」
天音の目が、すっと細められる。
「なんだろうねぇ、あの露骨に胡散臭いコメント。あのコメントを見たら、他校からも出庭って来るヤツがいるんじゃないかな」
いつものように、どこか面白がっているような口調で。
「何か、面白い事が起こってる気がしないか?」
その下に、どこか底冷えのするような気配が潜んでいる気がして、ブルーズは言葉を飲み込む。
しかし、それは一瞬でその微笑の中に掻き消える。
天音はふっと力を抜き、肩越しにブルーズを振り返った。
「それからね、ここの学食には僕の”親しい”子がいるからさ。ちょっと旧交を温めたいと思ってね」
「……」
表情のわかりにくいブルーズが、露骨にムッとする。
天音はまたくすくす笑って、身を翻す。
ブルーズは足を止めて、学食棟の中に消える天音の後ろ姿を睨みつけるようにして見送った。
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