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リアクション
第二章 Andante con moto
9:30am 空京大学
土曜日の午前中とあって、キャンパスに人の姿は少ない。
朝……という時刻では既にないが、まだ空気はひんやりと冷たく佐々良 縁(ささら・よすが)の肌を刺した。
「寒いねぇ……何か温かいものでも飲みたいなぁ」
白い吐息ととも呟くと、隣をとことこ歩いていた佐々良 睦月(ささら・むつき)が、ぱっと顔を輝かせて縁を見上げた。
「じゃ、学食でスペシャルいちごオ・レだな。新鮮なミルクとクリームと果汁の最強コンボで、美味いんだぜ」
「おおー」
縁も目を輝かせる。
「それはぜひ試さなきゃ。見たことないけど、新作?」
「そうそう、この冬の限定ドリンク」
「へえぇ」
意外な情報通ぶりに縁が目を丸くするのを見て、睦月はちょっと嬉しそうに胸を反らした。が、すぐに眉をひそめる。
「……って、ねーちゃん、学食とか行ってていいのか? 今日は何で登校したんだよ」
「ああ、そっか」
縁はちょっと苦笑した。
土曜日だというのに「一緒に学校に行こう」と誘っただけで二つ返事でついて来た睦月に、まだ目的を話していないのだ。
「えーとね、目的はその学食なのよぉ。ネットで古巣から何ぞか広告出てたから……まあ手は空いてるしやってみようかなぁ、と」
「古巣って、蒼空学園?」
「そそ。学食の名物メニューを取材してほしいんだって。まあねぇ、私は睦月がマメにお弁当作ってくれるし、あんまメニュー数頼んだことないけどぉ」
ふーん、と首を傾げて思案顔になる睦月に気づかぬ様子で、縁は楽しそうに笑った。
「ま、そう深刻に考えなくても、楽しんじゃえばいいんじゃないかなぁ」
しかし……。
「……しくじったわ」
学食棟の入り口に立ち尽くして、縁は呟いた。
「まさか今日は昼からの営業だったなんて……」
ひゅう〜。
吹きすさぶ寒風にさらされてがっくりと肩を落とす縁の背後から、睦月が呼ぶ。
「ねーちゃん、こっちこっち」
「ん?」
手招きする睦月の後を追うと、睦月は自信に満ちた足取りで裏に回り、職員の通用口のドアに手をかけた。
「ちょ、睦月……まずいんじゃないの?」
「へーきだってば」
縁の心配を他所に、睦月は慣れた様子でどんどん中に入って行く。
「あらっ、睦月ちゃん」
見ると、厨房のドアから出て来た割烹着姿の女性が、びっくりしたようにこちらを見ていた。
「どうしたの、こんな時間に珍しいわね」
「おう、おばちゃん」
よく見ればおばちゃんという年齢ではないようだが、割烹着を着て生まれて来たかと思えるくらいに割烹着の似合う、どこからどう見ても、それは完全無欠の「おばちゃん」だった。
「今日は、ねーちゃんと一緒に突撃取材に来たんだぜ」
睦月は慣れた様子で「おばちゃん」ににこっと笑いかける。
「ねーちゃん?」
縁は慌ててぺこりと頭を下げた。
「あ、えーと、いつも弟がお世話になってます」
事情がよく飲み込めないままそう言うと、おばちゃんはけらけら笑った。
「あらまあ、ずいぶん可愛いお姉ちゃんだわねぇ。いいのよ、別にお世話なんかしてないんだから」
そして、睦月の頭をぽんぽんと叩く。
「むしろ、あたしらがお世話になってるようなもんよ。ま、そういうことなら入りなさいな」
「睦月、学食はよく来るの?」
縁はかなり驚いた様子で、睦月に聞いた。
自分と同じで学食にはあまり縁がないと思っていたのだ。
しかし睦月はあっけらかんとした様子で、
「おう!よく料理の話とかしてるし、食べたことねーもんだと作りにくいからなっ」
そう答えて笑っている。
おばちゃんたちに可愛がられているらしい睦月のおかげで、取材は驚くほど順調に進んだ。
定番の洋食、こだわりの定食、アイデア満載のイタリアン等々、美味しそうなメニューが提案された。
そして、結局全員一致で推薦されたのはカレーライスだった。
誰の口にも「うちのカレー」と感じてもらう為に、どんな工夫をしているかも聞かせてもらった。
しかし「秘伝レシピ」に関しては、皆心当たりがないようだった。
「秘伝っていうなら、カレーのスパイスの調合だって、パスタの茹で具合だって秘伝なんだけどねぇ」
しかし、「伝説のメニュー」というものには聞き覚えがないらしい。
ただ、一人だけ……冗談だとばかり思っていた、「パラ実の秘伝レシピ」と「伝説のメニュー」の話を口にした。
確かに、冗談にしか聞こえない話だった。
かつて存在した波羅蜜多実業高等学校学食の「秘伝レシピ」が、「ビフテキ」だなんて……。
「これ……伝えた方がいいのかなぁ」
縁はつぶやいて、考え込んだ。
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