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リアクション
6:30am 山岳地帯
晴れ始めた靄の中に、巨大な陰が浮かんでいる。
胴体の数倍はある巨大な一対の羽根を羽ばたかせると、全身を覆った薄緑の鱗が陽の光を受けて、水面の細波のようにきらきらと輝いた。
「あれが、ターゲットF・F……」
エレノアは言葉を失う。
佳奈子も想像していた以上に風格あるその姿に、思わず息をのんだ。
「……すごい、綺麗」
その言葉で我に返り、エレノアは叫んだ。
「佳奈子、相手はドラゴンよ。気をつけて!」
古くから契約を交わしてるドラゴンだもん、危険な事はないよっ……と、出発するときから楽観的で、どうにもエレノアは心配なのだ。
……ちょっと振り払われただけだって、小型の飛空艇なんて弾き飛ばされちゃうんだから。
そう言いかけたが、思いとどまる。
佳奈子には、楽天的でいてほしい気持がエレノアにはあるのだ。
……その分、私がしっかり守らなくちゃ!
エレノアはそう自分に言い聞かせて、翼に力を込めた。
佳奈子も一応気を引き締めたらしく、
「オッケー、エレノア、フォローお願いね」
そう言って、すぐさま飛空艇を旋回させた。
エンジンの出力を落として凧の様に滑空し、ターゲットF・Fの顔の近く目指して降下する。
そして、佳奈子は叫んだ。
「ドラゴンさーん、お迎えにきましたよ〜」
エレノアは思わず頭を抱えた。
「ああ、もうっ」
「ドラゴンさーん!」
佳奈子はターゲットF・Fの顔のすぐ横を滑空しながら、もう一度呼んだ。
ドラゴンとの意思の疎通は、声や言語ではない。
相手がこちらの呼びかけに気づいていて、返答の意志さえあるなら、声が届かないところでも精神感応によって何らかのメッセージを受け取れるはずだ。
それがまったくないことが、不安だ。
もしドラゴンが対話を拒絶しているとしたら……。
その瞬間、ドラゴンが不規則に左右に揺れた。
「……佳奈子ッ」
「え……」
佳奈子が対応できずにいる間に、ドラゴンが頭をもたげ、煩そうに左右に振る。
ちらりと見えたドラゴンの両目は、眠そうに半分閉じられていた。
「きゃああああっ」
はじき飛ばされそうになる佳奈子の飛空艇に向けて、エレノアはバーストダッシュをかける。
……ちょっとくらいズレたって、かまうもんか!
しかし運良く伸ばした両手は、きりもみ状態になりかけた飛空艇の胴体を押さえつける事に成功した。
「佳奈子、体勢……」
「……やってる、すぐに戻すわ」
木の葉のように心もとない旋回を何度か繰り返した後、ようやく飛空艇は体勢を立て直し、元の高度に復帰した。
下を見ると、ドラゴンがふらふらと高度を落として飛んで行く。
「ふう……ありがとエレノア。助かっちゃった」
「だから気をつけてって……まあ、いいか。それより、聞いた?」
エレノアが、ちょっと当惑したように聞く。
佳奈子も同じような顔で、うなずく。
「ドラゴンさんの声、だよね」
二人は、おそるおそる、声を合わせた。
「……うるさいーねむいー……」
7:00am 蒼空学園 コントロールルーム
「了解、あまり無茶はするな。引き続き様子を見て、危険のない範囲でコンタクトを図ってみてくれ」
そう言って通信を切り、山葉涼司はため息をついた。
「まったく……寝起きが悪いなんて話、聞いてないぞ」
「寝起きって、ドラゴンが?」
加夜が目を丸くして聞き返すと、涼司はくっきりと皺の刻まれた眉間を指先で押さえながら、苦りきった様子で頷いた。
「寝惚けてて話が通じないらしい。参ったな」
「ねぼけて……」
雅羅も困惑顔になる。
「……もしこのままドラゴンが学園に来ちゃったら、どうなります?」
雅羅の問いに、涼司はますます眉間の皺を深めて言った。
「メシを用意して迎える契約だ。ヤツが来てその用意がなければ、当然こちらが一方的に契約を破棄したことになるな」
「ええ、そんな……」
ただドラゴンを阻止し、蹴散らしてどこぞに追い返せば良いのなら、誰でもないこの山葉涼司自身が今すぐ飛び出して行けば済むことだ。
しかしドラゴン一個体との契約とはいえ、正式に交わした契約を一方的に破ったとなれば、学園の結ぶ契約すべての信頼性を揺るがすことになる。
だからこそ、ここでこうして回りくどい方法で対処せざるを得ない涼司のもどかしさが、加夜には痛いほど良く解った。
「……ん、決めた」
不意に、加夜が顔を上げる。
驚いて自分を見る涼司ににこりと微笑んで、加夜は言った。
「私も現場に行って足止めを手伝います。時間を稼いで、到着をできるだけ引き延ばせば、もしかしたら」
涼司は答えず、少し考えるように目を伏せる。
が、すぐに決断した。
「……わかった、頼む。先行の二人と協力して当たってくれ」
「はい!」
「気をつけてね、加夜」
心配そうな雅羅を振り返って、加夜は笑った。
「あなたも、汚名返上がんばってね!」
撃沈する雅羅と、部屋を出て行く加夜を見送り、涼司はもう一度目を伏せた。
……と、不意に携帯の呼び出し音が響く。
学内に一般公開されている番号への着信だが、発信者は心当たりのない番号だ。
しかし涼司は躊躇せずに答えた。
「……俺だ」
『……失礼いたします、山葉校長ですね』
聞き覚えのない涼やかな声がそう言い、涼司の答えを待たずに続けた。
『新聞部のエーリヒ・ヘッツェルと申します。お待ちかと存じまして、ご連絡申し上げました』
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