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リアクション
ゾディアック・ゼロ攻略 ♯4
本隊から離れ、マーカーの信号だけを頼りにゾディアック・ゼロを探索する一団があった。
「この辺りのはずだが……」
クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)は周囲を見渡す。ざっと見渡した限りでは、自分達の他に誰の姿も見当たらない。
「マーカーのある地点でじっとしているとは限らないか」
クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)は当然といった様子でそう口にする。もとより、あの捻くれ者がじっとしているとは思っていない。
「未だに信じられないよ。あのウゲンがやられたなんて」
彼のためにともってきた馬のたてがみを握りながら、鬼院 尋人(きいん・ひろと)はそう零した。
彼らの目的は、一人この迷宮に乗り込んだ、ウゲン・カイラス(うげん・かいらす)を救助する事だ。
「コリマ校長はそう言ってたけど、確かな情報かどうかはわからない。案外無事でうろうろしている可能性もあるんじゃないかねぇ?」
佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)はのんびりとした様子で、会話に加わる。実際、まだだれもウゲンがどうなっているのかわからない。
「少しこの周囲を探索してみよう。案外近くにいるかもしれないからね。見つけたら、お互い連絡を」
「探しに行くのなら、早くした方がいい」
じっと暗闇を見ていた呀 雷號(が・らいごう)が、険しい表情で突然告げた。普通に見るだけでは、遠くまで続く通路が見えるだけだったが、彼にはこちらに向かって偵察を行っているかのような影人間の小隊が映っていたのだ。
「あの程度ならばとは思うが、面倒は避けるに越した事はないな」
戦力で言えば負ける事はないだろうが、仲間を呼ばれると厄介だと佐々木 八雲(ささき・やくも)は判断し、捜索を優先するべきと提案した。
最低限の連絡方法を確認し、彼らウゲン捜索隊は一度ここで散会し、行方不明のウゲンを捜索を開始した。
本隊から遠く離れた地点に、これまた異質な集団があった。
中央に羽を生やしてふわふわと飛んでいる、でも翼をはためかせてはいない女性を中心にした、黒尽くめの一団である。よく見れば、黒くない人もそこそこ居る。
中心に居るのは、大世界樹マンダーラ。今は彼に仕方なく従うしかない、かつてのブラッディ・ディヴァインの残党達である。本隊に比べれば、こじんまりした集団ではあるが、ほぼ全員がパワードスーツで武装している彼らは、迷宮を着実に進んでいた。
その先頭を勤めるのは、数人の契約者だ。
「また、奴か。こりんものだな」
三道 六黒(みどう・むくろ)は梟雄剣ヴァルザドーンを怪物から引き抜くと、影人間を従えて向かってくるインテグラルの怪物へと向き直った。
「雑魚は適当に散らしておけ」
影人間の集団は、色が似ているパワードスーツに任せる。かつては彼らの賓客の立場だったが、この場においては率先して前に出る彼の言葉に、残党は文句を言う事なく従っていた。
マンダーラを中心とする彼らには、壁を切り裂いてくれる覚醒光条兵器の持ち手はなく、迷宮を愚直に進む以外の道は無かった。壁を飛び越えていけなければ、この迷宮で敵の裏をかくことはできず、当然全て叩き潰していかなければ前には進めない。
そして、前に進みマンダーラが目指す王にたどり着けなければ、彼らに寄生させられた芽が悪さを始めるだろう。
「ちっ」
舌打ちをしたモードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)が、ルーンの槍を手元に戻す。パワードスーツの連中が揃って攻撃を仕掛けるのを見ながら、奥の化け物が間合いに入ってくるのを待つ。
そんな彼の元に、パワードスーツをすり抜けてきた影人間が近づく。音もなく人と人の合間を縫って彼に近づくのは、先ほどの、彼らの足元で倒れる化け物を倒す基点に彼がなっていたのを、影人間が見て知っているからだろう。
モードレッドはそれらの接近に対して何も反応しない。やれると判断した影人間が素早く近づき、爪のような武器を振り上げる。だが、振り下ろされる事なくマーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)の歴戦の魔術を受けて消えていった。
「あいつ、こちらに視線も向けもしやがらねぇ」
「まぁまぁ」
沢渡 真言(さわたり・まこと)がマーリンをなだめる。
この戦いの中で、味方に攻撃を当てずに敵だけを狙い打つマーリンの技術もさるものであれば、それができると踏んで雑魚の接近を知りながら撒かせきったモードレッドの判断も常人では少し理解し辛いものがある。
「けっ」
真言が思ったように、マーリンは終始不機嫌ではあったが、こと戦場では歯車がぴったし合ったかのように淀みの無い連携が無言のうちに行われていた。
「凄いな、言った通りですね」
「彼らの目的が互いにぶつからなければ、俺達は上手く出来る。思った通りだ」
この不思議な共闘の立役者である久我内 椋(くがうち・りょう)は、しかし納得した様子も満足した様子もなく、淡々とした表情をしていた。
「あの……大世界樹は、何を考えているのか、わかりますか?」
「さぁね。ただ、今は俺達も突っ立って話していられるほど、暇ではないよ」
数の足りないパワードスーツでは、どうしても大量の影人間を抑えきれない。入り込んでくる影人間達を撃退しなければ、大世界樹にも被害が及ぶだろう。
正直なところ、一人でなんとかするんじゃないかという想いもあるが、立場上手を抜いているように見られると、後々厄介になりそうな相手だ。
「はい、そうでしたね」
真言はスワロウアヴァターラ・ガンを向かってくる影人間に向ける。この程度ならば、切り札を切るには及ばないだろう。
前方、影人間を従えて突っ込んでくるインテグラルの化け物が咆哮を、あるいは悲鳴をあげた。その下腹部には、伸びたルーンの槍が突き刺さっている。
「さっさと片付けろ」
「囀るな、問題ないわ」
モードレットが突き立てた槍を橋にし、六黒が怪物へと肉薄する。
迫り来る敵を打ち払おうと、怪物は横に広く腕を広げた。
「はっ、本命はこっちよ」
開いたわき腹を食らうように、悪霊狩りの刀が怪物の柔らかい部分を切り裂いていく。着地、振り返りもう一度同じ部分に向かって切りかかる。
正面から六黒の一撃を受け、倒れる最中のもう一撃も受け、怪物は仰向けに倒れたまま動かなくなった。
「俺の手柄だな。お前の槍が当たったのも、俺の援護のおかげだぜ」
「そうかよ」
ルーンの槍を手元に戻したモードレットは、興味ない様子で視線を逸らした。その先では、これまたあまりいい感情を抱いていなさそうなマーリンの視線とぶつかる。
「ちっ」
影人間も、この時にはほぼ片付け終わっていた。
それぞれに、僅かな間に回復をしたり、弾丸の装填をしたりする中、六黒は一度暢気な表情をしているマンダーラを見る。
「結局は、力か」
漂うように、マンダーラは一向と共に迷宮を進んでいた。
「あの」
その後姿を見上げながら、次百 姫星(つぐもも・きらら)が声をかけた。
「なにかな?」
マンダーラは振り返りながら、首を傾げる。元々がセラフィム・ギフトであるため、表情も動作も人形っぽく、しばらく同行する羽目になっているが、中々馴染めない。
「ゲルバッキーさんが言ってた「オーソン」とそのボスっぽい”アレ”って、どこのどいつですか?」
「さぁ?」
「さぁ、って!」
微笑むマンダーラ。
「わからないものは、わからないよ。僕が全知全能である、なんて一回でも言ったかな?」
「言ってませんけど、言ってませんけど」
マンダーラは、ふわりと地面に降り立ち、慣れなれしく姫星の肩を抱いた。
「例えばだけど、僕がもし知っていたらどうするつもりだったのかな?」
「それは勿論、ふん捕まえて、実験か何か知りませんが、人の人生弄んで…巫山戯るな! くたばれ地獄で懺悔しろ! と私の気持ちを伝えますね」
姫星の答えを聞くと、マンダーラは愉快そうに笑いながら、ふわりと離れた。
「なるほどなるほど、よくわかった。その気持ちに応えて、僕も本当のことを話すよ」
「本当のこと、ですか」
「うん。これは本当のことなんだけどね……」
マンダーラは人差し指を立て、真剣な表情で、
「僕にはわからないんだ」
「……」
「諦めるネ。たぶん、ズットこんな感じヨ」
バシリス・ガノレーダ(ばしりす・がのれーだ)が拳を握り締めてぷるぷるさせている姫星の肩を叩く。冗談なのか、本当にわからないのか、人形のようなマンダーラの表情や仕草から読み取る事はできない。
「では、これなら答えられるでしょう……我々は、滅ぶべきと貴方はそうお考えなのですか?」
共に歩いていた叶 白竜(よう・ぱいろん)が、帽子を直しながらマンダーラに尋ねた。
「君は、自分が滅ぶべきものだと思ってるのかい?」
「まーたそうやって話をはぐらかそうと」
世 羅儀(せい・らぎ)の言葉を、白竜は手で遮る。
「何、そこまで真剣に議論しようというわけではない。世間話のように、答えてくれればありがたい」
「世間話にしては、重い話だと僕は思うなぁ……けどさ、君の疑問はとても興味深いかもしれないよ。じゃあ僕も聞くけど、なんで生き物は死んじゃうのかな?」
「なんか、難しい事聞いてきてるヨ」
「不思議だとは思わないかい? どんな生き物も、死にたくないし、死なないように頑張ってる。でも、だったらさ、最初から死なないように産まれてくればいいよね?」
「それができれば、誰も苦労しないだろ」
白竜は、慎重に問いの意味を考える。
こういった問いに、正しい解答は無い。いくつか答えのようなものを出す事はできるが、それは仕方ないだったり、現実はこうだ、と述べるぐらいのものでしかない。
「そう、そういうことだよ」
沈黙を答えとして受け取ったマンダーラは、くるくると回って彼らの正面に下りた。
「君はきっと、論理的で思慮深く、そして優しい心の持ち主だ。だから、理不尽は許せないし、悪と戦う勇気も持っている。そして、問題には必ず理由があり、解決手段があると、きっとそう考えてるんじゃないかな。そーんな事はね、きっと関係無いんだよ」
マンダーラは白竜を見上げながら続ける。
「死ぬ事は罪でもないし、罰でもないよ。そうあるだけ。そこに意味や理由は無いんだよ。それは、人間達の理論であって、世界の理ではない。ほら」
視線が、天井に向けられる。そこでは、赤い目をした大きな犬が、剣を持ち赤嶺 霜月と激闘を繰り広げている。
「あの赤い目をした犬は悪かな。悪い事をしているのかな。僕の思惑にとって、彼は障害ではある。だから取り除かないといけない。でもそれって、悪であるかどうかとは別の問題だよね。もちろん僕の邪魔をする限りは、どいてもらうしかないんだけどね」