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水晶の街

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水晶の街

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     5

 水晶の街に、歌声が響いていた。

「ブレイクゥ! ブゥレイクゥ!」
「あなたの遺跡でェ〜♪」
「水晶ォ〜♪ 撃退ィ〜♪ 一役買いたいィいいいいッ♪」
「調査ァ団員助け出すゥ」
「タイムぅリミット迫り来るゥ」
「力を合わせて何とかするっぜェええ〜♪」

『ブレイク・アウッ!』そんな合いの手が入った。

「シャンバラブレイク小ォ隊ィ〜♪」
「ツイーンスラッシュ、DA・DA・DAッ!」
「シャンバラブレイク小ォ隊ィ〜♪」
「ドリルの魂ィ、唸りをあ・げ・るゥッ」
「街を守るぜ、みんな救うぜ、水晶壊すぜ東へ西へェ〜♪」
「走ィるゥ、走ィるゥ〜♪ シャンバーラーブーレーイークゥ小ォー隊ィーッ♪」

 歌っているのは、先発隊の中でも異色の集団【シャンバラブレイク小隊】の面々だ。どうやら隊歌らしい。
 小型飛空挺を走らせながら彼らを横目で見ていた大崎 織龍(おおざき・しりゅう)は、その熱唱ぶりに感心していた。
「あの人たち、すっごい楽しそうだよね。教導団にもああいう人たちっているんだぁ……」
「変に悲壮ぶるよりは良いだろう。あれだけ騒いでいれば敵の目も引き付けられるだろうしな」
 言ってニーズ・ペンドラゴン(にーず・ぺんどらごん)は笑った。
「うーん、あたしも交ぜて貰おうかなぁ」
「……それは構わないが、他人のフリをさせて貰うぞ」
「ひどっ」
 そう抗議した時、織龍の隣の飛空挺で東重城 亜矢子(ひがしじゅうじょう・あやこ)の怒声があがった。
「ちょっとそこのヘッポコ小隊! うるさいですわよ!」
 亜矢子の抗議に、小隊の面々は照れながらも嬉しそうな良い笑顔を返してきた。
「褒めてません事よ!?」
 話にならないと判断したのか、亜矢子はぷりぷりしながらも作業に戻った。
 彼女は今、飛空挺の運転をバルバラ・ハワード(ばるばら・はわーど)に任せ、AMR……対物ライフル銃の修理をしているのだった。
 織龍はその様子を覗き込んだ。
「ねぇねぇ。それ、何でトリガーが取れてるの?」
「試作品だからですわ!」
「亜矢子の扱いが乱暴だからです」
 亜矢子の言をバルバラが訂正した。
「普通、トリガーなんて取れません。ましてやAMR」
「だよねー」
「取れますわ。取れますわよ! 現にこうして取れているじゃありませんか!」
「亜矢子。暴れないで下さい」
 バルバラがそう言った次の瞬間、視界が開けた。
 中央広場へと辿り着いたのである。

 水晶の街は、蜘蛛の巣のように放射線状に広がった造りをしており、主要な大通りは全て街の中心で交わるようになっていた。
 その巨大な交差点は、行き交う人々の憩いの場となっていたのだろう、ちょっとした公園ほどの大きさを持っていた。調査団から中央広場と呼ばれる所以である。
 中央広場の中心には噴水が設けられており、周囲にはベンチや花壇、屋台が並ぶ。まるで、かつての住民の賑わいが目に浮かぶようだった。
 もちろん、今となってはその全てが水晶と化しているのだが。

 ブレイクー。ブレイクー。
「うわー、すご。かっちんこちん」
 目を丸くして、八神 九十九(やがみ・つくも)は噴水を見上げた。吹き上がった状態のまま、水が水晶になっているのだ。
 あなたの遺跡でー。
 ぺちぺちと叩いてみせる九十九を、ウルキ ソル(うるき・そる)が慌てて止めた。
「九十九。そんな安易に未知の物に触ってはいけません。もし罠だったらどうするのですか」
「平気だもーん。っていうか、それこそ望む所じゃない?」
 水晶ー。撃退ー。
 悪戯っぽく笑う九十九に、犬神 疾風(いぬがみ・はやて)が同意した。
「かもな。結局、全く何とも出会わないまま中央まで辿り着いちまったからな」
「本当に敵なんて居るのか、疑わしくなってくるよね」
「しかし、現に調査団とは連絡が取れなくなっている」
 と、橘 恭司(たちばな・きょうじ)
 一役買いたいー。
「きっとシャンバラ教導団がさらったんだよ」
「何の為に」
「えーと、知ってはいけない秘密を調査団が知ってしまったから、とか?」
 恭司は鼻で笑った。
 調査団員助け出すー。
「だってさー。水晶が襲ってくるなんて、機晶姫とかと関係ありそうじゃない? 秘密の匂いがするよ。いきなり爆破とか言い出してるしさ。青木中尉はうさん臭いしさ」
「まぁ、機晶姫はともかく、何かしら在りそうではあるよな!」
 タイムリミット迫り来るー。
「まぁ、取り敢えず当初の目的通り、聖堂っていう所まで行ってみましょうよ。目下、一番怪しそうなのもソコですし」
 樹月 刀真(きづき・とうま)が、そう提案した。
 一同が頷く。
 力を合わせて何とかするぜー。
「……っていうか、あいつら本当ずっと歌ってるな……」
「いい加減、ボクも覚えちゃった。ブレイク・アーウト!」
「……ブレイク・アウト……」
 掛け声と共に、九十九と漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は小さくポーズをとった。

     ×     ×     ×

 広場でしばし足を止めた先行隊を、物陰からこっそりと覗く人影があった。
 どのチームにも属していない笠岡 凛(かさおか・りん)メアリ・ストックトン(さら・すとっくとん)だった。
「凛ー。早く聖堂に行こうよー。あそこには絶対すっごいお宝があるんだから!」
 根拠は全くなかったが、メアリは固くそう信じていた。
「はい、お嬢様。ですが聖堂に行く為には、あの広場を通る必要がございまして」
「あの人達、はやくどっか行っちゃえばいいのに! どうしてわらわ達と同じ所に、あんな沢山の人間が来るのよー!」
「『襲ってきた水晶』とやらが彼らの足止めしてくれるかと思っていたのですが。誤算でした」
「むー! みんな、わらわ達の邪魔ばっかりするのね!」
 メアリは小鼻を膨らませた。
「本当に。……そして」
 言って凛は後方を見やって身構えた。
「あなた方もわたくし共の邪魔をなさるおつもりですか?」
 物陰に隠れている凛たちを、更に覗いている人物がいるのだ。
「……。そりゃあ、アンタたちの出方次第だな」
 観察者……厳原 水羽(いづはら・みう)厳原之 夜々姫(いづはらの・ややひめ)は、あっさりと姿を現した。だがその足取りは慎重で、口上通り、凛たちの出方次第でいつでも戦闘状態に移行できるものだった。
「なんじゃ。そちらの連れも、わらわと同じヴァンパイアかえ」
「見たところアンタらの目的も、俺らと同じ、聖堂のお宝なんだろ?」
 にやり、と水羽は口角を上げた。
「そして、同じことで困ってる」
「答える必要はございません」
「隠すこたぁねーよ。ご同輩は見りゃわかる。超古代の遺跡、調査団の失踪、謎の建造物! これで宝がなきゃ嘘だろ」
「……」
「なのに、だ。あの、広場の真面目ちゃんたちのせいで足止め食らってる」
 しばしの沈黙。凛と水羽、二人の視線が交錯した。
「……だとしたら、どうなさるんですか?」
「困った時はお互い様。どうだ。聖堂に辿り着くまで、協力し合わないか?」
「やだ」
 即答だった。
「お宝は、わらわと凛のものだもん」
「協力するのは聖堂までで、そこからは……」
「やだ」
 最後まで聞いてさえいなかった。
「いや、だから、な?」
「もう止めておけ、水羽。行こう。別ルートを探すぞえ。損得勘定も出来んガキは、相手にするだけ時間の無駄じゃ」
「ちょっと。ガキって何よー。そっちだって同じくらいチビでしょー」
 メアリの抗議を、夜々姫は一笑に付した。
「背の話をしているのではないわ。物の見方の問題じゃ」
「おっぱいだって、わらわと大して変わらないクセに」
「はぁぁ!? なぜ胸の話になる!?」
「負け犬のとおぼえね」
「馬鹿を申すな! 少なくともおぬしよりはあるわい!」
「わらわの方が大きいもん」
「いいや! わらわの方じゃ!」
「わらわ!」「わらわ!」
 低レベルな言い争いだった。
「ねえ、凛!? わらわの方が大きいよね!?」
「当然でございます」
「ええい、水羽! 何とか言ってやれ!」
「知らねぇよ。どっちも同じ、ぺったん娘(こ)だろうが。なに張り合ってんだ」
 水羽は、地雷を踏んだ。

     ×     ×     ×

 ハッと、荒巻 さけ(あらまき・さけ)は空を見上げた。
 その様子を見ていた狭間 癒月(はざま・ゆづき)は問うた。
「少女よ。どうかしたのですか?」
「いえ……今、ブレイク小隊の方々の歌声に交じって、悲鳴のような声が聞こえませんでしたこと?」
「ワタシは何も……。アラミル?」
 アラミル・ゲーテ・フラッグ(あらみる・げーてふらっぐ)は首を横に振った。
「ワタシも、何も聞こえなかったけど」
「なら、わたくしの空耳でしたのかしらね」
「そうとも限らないでしょう」
「いえ。何と申したらよいのか。その……勘なのですけれど。なんだかとても間抜けな悲鳴のような気が致しますの」
「はぁ……」
「きゃっ!?」
 その時、さけの後頭部に小さな痛みが走った。
 ころん、と、足元に小さな石ころ――と言っても水晶だが――が転がった。
 どうやら、この石ころをぶつけられたようだった。
 後ろを振り返って見ても、
「さけ? どうしたのですか? また悲鳴が聞こえたのですか?」
 そこに居るのは日野 晶(ひの・あきら)だけだった。
「いえ……何でもありませんわ」
 気を取り直して前を向いて。
「あ痛ですわーっ!?」
 今度は先ほどより強くぶつけられた。
 さけは涙目でパートナーに抗議した。
「ちょっと晶。そういう悪戯は感心しませんわ!」
「何ですか?」
「さっきから、わたくしに小石を投げている事です」
 しかし晶には憶えがないのか、きょとんとしていた。
「ええ? 私、そんな事しませんよ」
 彼女は正直者だ。こんな下らない悪戯で嘘をつくような真似はすまい。
「そう……ね。晶が言うことですもの、そうなのでしょうね。でも、それでは一体誰が……」
 じとりと癒月に疑いの眼差しを向ける。だが。
「いや、ワタシじゃありませ……ぬぉふっ……!」
「え?」
 今度は癒月に石がぶつけられた。
「いてっ」「いったーい!」「イデェ!」
 あちらこちらから、小さな悲鳴が上がっていた。
 からん。ころん。
 あちらこちらから、小石の転がる音が。
 からん。ころん。

 水晶の街に、響いた。