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水晶の街

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     9

 水晶の攻撃が止んだ。

「はぁ、はぁ……。倒した、のか?」
 肩で息をしながら、刀真は辺りを見渡した。
「……わからない」
 月夜も戸惑っている様子だった。
 次の瞬間、聖堂が突然爆発した。
 少なくとも中央広場にいた面々にはそのように見えた。
 響く轟音。崩れ落ちる瓦礫。
 続いて、立ち上る粉塵の奥に人影が見えた。
 中央広場からもハッキリと目視できるほどの巨大な人影だった。
 巨人。
 その大きさは十メートル程だろうか。見慣れた校舎の三階を少し越えるほどだ。
「な、なんだありゃぁ……!」
 その不気味さに犬神は息を飲んだ。
 サーモンピンクに近い唐棣色(はずねいろ)の岩石の巨人。その身体を構成するのは玉髄(ぎょくずい)。水晶の高密度結晶だった。
 目も鼻も口も耳も指もない。ただ、胴と四肢と頭らしきものがあるだけの玉髄の巨人。だが、無骨な体躯に似合わぬその色とぬらりとした光沢は、巨人に名状しがたい生々しさを与えていた。
 それはまるで、全身の皮膚を剥がれ血にまみれた人間のようで。
 見る者に嫌悪と恐怖をもよおさせた。
 木々をなぎ倒し、地を軋ませ、家屋を破壊しながら、巨人は中央広場へ歩み進んでいく。
「オイオイオイ! こっちに来るぞ!」
「どどどどーすんのさ! 1、逃げる! 2、戦う! 3、その他!」
 犬神と九十九は、慌てふためきながら顔を見合わせた。
 恭司が声を上げる。
「あんなものがヒラニプラに下りたら、大変な事になるぞ!」
「それ以前に、あれを放置してたら、せっかく助けた人たちも巻き込まれます」
 ソルは巨人を見据えた。
「……私たちの役目」
「戦闘チームは敵を引き付けて倒す。やるしかないよ」
 月夜と刀真の言葉に、一同は表情を引き締めて身構えた。
「しょうがないなぁ。2、戦う! ちょっと頑張ろっか!」
「俺は俺にできる事をするだけだ」
「へっ! やってやろうじゃねぇか!」
 巨人が一歩進むたび、関節部分が擦れあって歯軋りのような音が響いた。それはまるで怨嗟のようだった。
 時折、剥離して地に降り注ぐ紅玉髄の欠片は、したたる血のようにも見える。
「これはまた……ちょっとした感動を覚えますね」
「ええ? 気味悪いじゃない……」
 迫り来る巨人を見上げ、癒月は笑い、アラミルは顔をしかめた。
「いえ、それはきっとカラーリングのせいですよ。フォルム自体は好みも分かれるでしょうけど無骨なラインはなかなか良いと思いますよ。もっと落ち着いた色でマット処理すれば……」
「ユズ。今はそんな事を言っている場合じゃないでしょ……」
 さけは、にっこり笑って小さく舌なめずりをした。
「こういう所で、晶と大暴れするのも悪くないですわ。ふふ、面白くなってまいりました」
 が呆れる。
「勇敢と無鉄砲は紙一重ですね、本当にもう……」
 ずしり、と。
 巨人の足が広場へと踏み入った。

「イタタ……」
 瓦礫の下からレベッカアリシアが這い出した。
 レベッカは、ふらつくアリシアに手を貸してやった。
「けほっ、けほっ、ありがとうございます〜」
 レベッカは空を見上げて抗議した。
「空を飛ぶなんてズルイでス!」
 そこには、ほうきに跨ったケイカナタソア雪国ベア(ゆきぐに・べあ)。そして飛空挺に乗った速人カミュの姿があった。
 レベッカの抗議に答えず、ケイとソアは広場へ向かう巨人の背を見つめていた。
「ケイ。あれを止めましょう」
「そうだな」
「じゃあ、後はよろしく頼むぜ」
 そう言って笑ったのは速人だった。
「なんだァ。テメーは投げっぱなしかよ」
 ベアは薄ら笑った。
「いやぁ。俺の座右の銘は『厄介事を押し付けられる前に逃げる』なんでね」
「そんな訳にはいかないでしょ!」
 カミュが速人の耳をつねり上げた。
「イデェ!」
「私たちもやるの。当たり前でしょ」
「わかった、わかったよ!」
「では、参ろうか」
 ケイとソアら、そして速人らは広場へと向かった。
「だから、空を飛ぶなんてズルイでスゥー!」
 レベッカとアリシアは走りながら抗議の声を上げた。

 振り下ろされた巨人の拳は、水晶の大地に亀裂を走らせた。
 恭司は鉄拳を飛び退きざまに斬りつけていたが、彼の手に残ったのは骨まで染み入るような痺れだった。
「硬い……!」
 不十分な体勢だったとはいえ、与えられたダメージは微々たるもの。恭司の刃は、巨人の体表を僅かに削っただけだった。
「お喰らいなさーいっ!」
 亜矢子は渾身の力を以て巨人の左脛に殴りかかった。その手に握られているのは、トリガーの壊れた対物ライフルだった。
 だが、こちらも恭司の剣と同様、大したダメージを与えることは出来なかった。
「あはははは! それ、結局直らなかったんだ?」
 亜矢子が振り回すライフルを見て、織龍が笑った。
「お黙りなさいましっ!」
 巨人は脛を攻める亜矢子を蹴り飛ばすべく、足を振り上げた。
 凄まじいスピードで繰り出された蹴りが亜矢子を襲う。
「ぎゃー!」
 亜矢子はライフルを利用し棒高跳びのように跳ね飛んで、何とか蹴りをかわした。亜矢子の代わりに蹴り飛ばされたライフルは、ひしゃげ、凄まじい勢いで水晶の家に突っ込み大穴を開けた。
「ライフル、壊れちゃったね」
 織龍が何故か残念そうに言った。
「オ、オホホ。別に構いませんわ。重すぎて使いづらかったので! 所詮、試作品ですわね!」
「これがホントの無・鉄砲。ぷ」
「あなたは少しお黙りになって!?」
 亜矢子はバルバラに手を差し出し、
「バルバラ! わたくしの剣を!」
「ありませんよ」
「んなっ!?」
「予備の剣があるなら、あんなものを振り回させるわけないじゃないですか」
「で、では、わたくしにどうしろと……?」
 頭を抱える亜矢子に、織龍が提案した。
「みんなにリチャージして回ってあげれば?」
「わたくしに、SPタンクになれとーっ!?」
 役立たずの烙印を押された。

 巨人の右脛に向けて、犬神は光状兵器の一閃を放った。返す刀でもう一閃。全く同じ場所に打ち込まれた犬神の二連撃は、巨人の脛に薄い一条のひっかき傷をつけた。
「くっそ! それだけかよ!」
「でも!」
 続いて、犬神と同じ場所を刀真の黒い片刃剣が切り裂く。この黒い刀身の剣が刀真の光状兵器であった。こちらも同様二連。
 傷は、溝と呼べる程度には付いた。
 そこへ更に、ランスを構えた癒月が突進していく。
「ぬぅん!」
 鋭い先端が、めきりと脛の傷に食い込み、小さな亀裂を入れた。
「いける!」
 希望の光が見えたと思った瞬間。
 足元でじゃれつく犬猫を払うように、巨人の腕が迫った。
 そのダメージは振り下ろされる拳岩よりは軽いであろう、だが圧倒的に速かった。
 避けようと左右に飛んだ刀真と犬神だったが、その身が攻撃の軌道から逃れるよりも速く、巨人の右腕は飛来した。
 二人の血の気が引く。
 だが、それを癒月が盾で受け止めた。一瞬、僅かに巨人の腕のスピードが鈍る。その一瞬の間に、二人の身体は右腕のコースから逃れていた。そして次の瞬間には、二人のために攻撃を受け止めた癒月は軽々と吹き飛ばされ、オモチャのように跳ねた。
「ユズ!」
 地べたにうつ伏せに転がった癒月の元へ、アラミルが駆け寄る。
「月夜!」
 転んだ体勢を立て直す事より先に、刀真はパートナーの名を呼んだ。
「……」
 月夜は頷き、ヒールの詠唱を始めながら倒れ伏す癒月へ走った。
「ふ、ふはは」
 笑いながら、癒月は片手を着いて顔を上げた。ごぼりと口から血がこぼれた。
「ユズ!」
「はははは、さっさと、こんな仕事は終わらせて……、積んであるゲームやプラモをやらないと……」
「ユズ!」
 アラミルは癒月を抱きしめた。悲痛な叫びが広場に響いた。
 駆け付けた月夜の治癒の光が暖かく癒月を包み、傷を癒していく。
「なぁに、アラミル……。『劇場版 パラミタ刑事シャンバラン』を観るまで、ワタシは死にませんよ……!」
 癒月はニヤリと笑った。

 癒月が吹き飛んでいる間に、恭司は巨人に向かって駆けていた。仲間の安否は心配だったが、巨人の腕が振り出された直後の隙を逃す訳にはいかなかった。
 魔力を伴った疾走で巨人の足元へ迫る。
 先ほどの連続攻撃で傷ついた箇所を目掛け、剣を振りかざす。そして、その紫眼が驚きに揺れた。
 巨人の足は、ぎちぎちと小さな音を立てながら、地の水晶を吸収していた。癒月の入れた亀裂が、少しずつだが修復されつつあったのだ。
 恭司は斬撃を叩き込んで離脱し、舌を打った。
「こいつも水晶と同じで、死なないのか……!?」
 倒せない。そんな絶望が脳裏をよぎる。
 だが、そこへ珠樹の声が大音量で響き渡った。
「ハーイ皆さーん! タマ・プレゼンツ! 本日の弱点予報のお時間でございまーすっ!」
 そこには、ほうきに跨った珠樹の姿があった。後ろにはカメラを構えたハインリヒを乗せている。
 珠樹はハインリヒを振り返り、
「どちらに!?」
 問うた。カメラに映る光点は。
「左胸! 心臓の辺りです!」
 頷き、珠樹はマイクを握りしめた。
「そいつの弱点は、左胸、心臓っ! で、ございまーすっ!」
 珠樹の声は、ほうきに引っかけたラジカセから大音量で放たれた。
 もちろん、聞き逃した者など居なかった。
 皆の瞳に光が宿る。
 直後、告げられたばかりの巨人の弱点へ、上空から火球が飛んだ。
「わかりましたっ!」
 聖堂から、ほうきを駆って来たソアの唱えた火術であった。
 ケイは懐からポーションを取りだすと、一息に飲み干した。
 ギャザリングヘクス。使用者の魔力を高める魔法のスープ。
 喉に灼けるような熱さを感じた直後、全身の血がたぎり、代わりに脳髄が冷えていくのをケイは感じた。そして魔力の高ぶりと共にアシッドミストの詠唱に入る。
「ほら、行くよーっ!」
「しょうがねぇな!」
 掛け声と共に、カミュが運転する飛空挺の後ろに乗った速人は剣を構えた。
 縦横無尽に飛び回りながら、速人の剣が巨人の胸に傷を作っていく。
「晶! 行きますわ!」
「はい!」
 巨人が隼人たちに気を取られている隙を見逃さず、さけはパートナーと共に駆けた。
 バーストダッシュを用いて高速で接近、そのまま膝、腿、腰へと跳ね登り、二人は左胸の前へ躍り出た。
 同時に放たれた二連撃は、巨人の胸にヒビを入れた。
 直後、
「アシッドミスト!」
 完成したケイの魔法が強酸の雲を生んだ。雲は巨人の上半身にまとわりつき、その体表を侵食していく。
「削岩工事なら俺たち任せな!」
 尻に水晶が刺さったシャンバラブレイク小隊であった。その傷は、ヒールをかけたのだろう、すっかり治っていた。
「尻の異物感も解消された事だ! 派手に行くぜッ! 野郎共ォォオ!」
 ドリルを突き出したレオンハルトが特攻を仕掛けた。
「喰ぅらぁえぇぇぇぇい! 男のッ! ドリル魂ィィィイ!」
 ドリルが巨人の右脛を突いた。
 回転し、穿ち、ヒビを入れ、……そして止まった。
「あ……あれ?」
 バッテリー切れだった。今まで盛大に使いすぎてしまったのだ。
 ドリルの停止と共に、レオンハルトのテンションは反転した。
「……。帰ろう。帰って寝よう……」
 がっくりと肩を落としたその様は、別人のようにしょぼくれていた。
 そこへ更に、イリーナの言葉の矢が飛んできた。
「隊長。邪魔です」
「ううっ!?」
 さすがに傷ついて振り返って見れば、レオンハルトに向かってイリーナがハンマーを振り上げていた。
「いやぁぁぁぁぁっ!?」
 うぶな少女の様な悲鳴をあげ、見ている者がビックリするくらいの華麗な横っ飛びで、レオンハルトは辛うじて凶鎚を避けた。ハンマーは空を切り、残されたドリルを打っただけだった。
「ここここ、殺す気かぁーッ!?」
 だがイリーナは答えず、
「次!」
「ブレイクッ!」
 駆け込んできたレイディスが、更にハンマーでドリルを打ち付ける。
 間髪入れず、シルヴァが「どんどん行くよぉっ!」打ち、ファルチェが「ライト・ハンマー! マックスインパクトォ!」殴りつけ、が「超必殺、でございます」叩き、ソールが「キャラじゃないんだけどな!」アタックをかけ、セシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)が「魔女ハンマー!」振り抜き、続いて半回転して「&、魔女ップ(まチョップ)じゃ!」逆水平を張った。
 それは、完成されたコンビネーションであった。
 そして最後に、腰溜めに拳を構えた風次郎伐折羅が鏡合わせにドリルの前へ立ち、
「「ドラゴンアーツッ!」でござるッ!」
 同時に渾身の正拳を突いた。
 ドラゴンアーツ。ドラゴニュートと、その契約者のみに備わる龍気操身術だ。
 ゴッ、と。
 シャンバラブレイク小隊の華麗な連続攻撃は、巨人の脛に大きな亀裂を入れた。メキメキと音を立てて破片がこぼれ落ちる。
 だが、それでも砕くには至らなかった。
 シャンバラブレイク小隊の面々に落胆の影が落ちた。
「どいてどいてーっ!」
 そこへ駆け込んできたのは織龍だった。その後ろからは雷術も走っていた。
 織龍は軽く振り返り、相棒を笑った。
「交じったら他人のフリ、じゃなかったっけ?」
 ニーズは、顔を背けて答えた。
「フリ、だからな。仕方ない」
 ニーズの唱えた雷光は織龍を追い越し、巨人の足に埋まったドリルに直撃した。
 電気を自在に操る雷術の力は、ドリルのバッテリーを僅かながらも回復させた。
 脛を穿っていたドリルは再び回転を始め、巨人の足を削り始めた。
 そして、織龍が飛び上がった。
「ドラゴンアーツ!」
 龍気を纏い、蹴りを放つ。その蹴りはドリルをあやまたず捉え。

 巨人の足を砕き折った。

 織龍は地の水晶をえぐりながら着地した。そして、立ち上がり振り返って笑った。
「へへっ! ブレイク・アーウト!」
 片足を失った巨人はバランスを保てず、轟音と共に横へ倒れ込んだ。
 勝機。先ほどまでの攻撃で亀裂の入っていた胸へと目掛け、皆が駆けた。
「Hit it!」
 最後方から、レベッカの銃撃が飛んだ。
 腰に構えたグレイハウンド、その全段早撃ちによるシャープシュート。
 光弾は吸い込まれるように亀裂へ命中した。
「ソル!」
「行きます。バーストダッシュ!」
 そこへ、小柄な九十九を抱えながらソルがバーストダッシュを仕掛けた。
 ソルに運ばれながら、九十九は槍を構えた。
 二人がかりの突進は、アシッドミストに侵食され光弾で穿たれた亀裂へ、ずぶりと突き刺さった。
 更に、九十九は巨人の胸元で構え直し、
「バーストダッシュ!」
 ゼロ距離からのランスチャージを放った。
 その衝撃で、巨人の身体が僅かに跳ねた。
「任せたっ!」
 ランスを残して離脱する九十九とソルに入れ替わるように、バーストダッシュで恭司が駆け込んだ。
「だから言っているだろう。俺は俺にできる事をするだけだ!」
 その柄尻に、駆けた勢いのまま双掌打を放つ。
 更に、深々とねじ込まれたランスの両脇めがけ、犬神と刀真は光状兵器を突き刺した。
「どんな状況でも!」
「全て斬り抜ける!」
 二人は裂け目に沿って深く切り裂いた。
 ランスを中心として、巨人の全身がひび割れる。
 そこへ、ついとやって来た亜矢子が九十九に微笑みかけた。
 巨人を貫くランスの柄を手にとって。
「こちら、お借りいたしますわ。武器がなくて困っていましたの」

 亜矢子の爆炎波が、亀裂の入った紅玉髄の巨人を吹き飛ばした。