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絵本図書館ミルム(第1回/全3回)

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絵本図書館ミルム(第1回/全3回)

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1.開館前は大忙し


 オープンまでもう少し。
 絵本図書館ミルム内では皆、開館を心待ちにして胸ときめかせ……なんて余裕もなく、必死のオープン準備が繰り広げられていた。

「ここの照明は何を使用しているのだ?」
 図書館において重要なのは火気取り扱いだからと、夜薙 綾香(やなぎ・あやか)はサリチェに確認する。
「外からの光とランプが主よ」
 サリチェは天井から下がるランプを示した。今の時間帯は窓から燦々と日の光が入るから灯りは必要ではないけれど、冬の早い日暮れ時や雨天にはランプがなければ本が読めない。
「本来なら、本を傷める日光は遮断し、火災の原因になるランプも使用不可にしたいが……ここではそうも言ってはいられぬか」
 シャンバラ7都市とは違い、ラテルの街には電気がきていない。図書には良い環境ではないが、ここにそれ以上を求めるのは難しいだろう。せめてもと、綾香は作業をする者はランプではなく懐中電灯、できれば光術を使うようにと皆に伝えた。万が一にも火事など起こしてはならない。
「サリチェさん、所蔵する本のリストはありますか?」
「覚え書き程度のもので良かったらあるわ」
 今井 卓也(いまい・たくや)はサリチェが取り出したノートをぱらぱらと眺めてみた。九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )もそのうちの一冊を手に取り、気になる様子でページをめくっている。
 ノートに書かれているのは購入した際の記録のようで、本の題名、作者の他に、入手した処やその時の様子まで書かれていた。前半は覚え書きも短く、入手場所程度。後半はシャンバラ7都市に絵本の買い出しに行っている為に、複数の購入も見受けられた。一番書き込みが多いのは半ば辺り。
『いつもの頑固おじいさんとの勝負8回目にして、やっと入手。最後には根負けするんだから、もっと素直に売ってくれればいいのに』
『娘さんがお嫁に行くからと、まとめて本を譲ってくれた。マギーさん、ありがとう! これで、あんたもそろそろ、なんて言わなければ最高なんだけど』

 そんな覚え書きは面白くもあったけれど、図書館の目録としては非常に使いにくい。
「今後の為にも、きちんとした目録が必要そうですね。本の管理に役立ちますし、お客さんに公開できれば、本も探しやすくなると思うんです」
「確かに、大量の本を扱うなら目録整理と配置は重要ですよ。十進分類法で番号付けしたいところだけど、それじゃ開館までには終わらないかな」
 本に埋もれて生活している身として、葉 風恒(しょう・ふうこう)も助言した。だが、根気も時間も必要な地味な作業に、サリチェの顔が曇る。
「目録……そうね。でもとても大変そうだわ」
「僕がやりましょうか? すぐに終わる量でもないですから……良かったらまた手伝いに来ますので」
 言い終わらぬうちに、サリチェはぱっと卓也の手を取った。逃がすまいとするように、手をしっかり掴んだまま、晴れ晴れと。
「ありがとう、お願いするわ!」
 どうやらサリチェは事務作業が苦手らしい。目録作成を開始しながら、卓也はこっそりとそう心に留めた。
「目録に本の配置を入れてもらいたいけど、配架はどんな風になってます?」
 次は配置だと風恒が尋ねると、サリチェは書架の置いてある部屋を示しながら答える。
「題名のアルファベット順に手前の部屋から並べてあるわ」
「アルファベット順だと、題名を知らない本は探しにくくない? ジャンル別の方が良くないかな」
「読む年齢層で分ける方法もあろうな」
 年齢層で何段階かに分類して、それを大きさか名前順で統一して入れれば、と綾香も別案を提示する。
「それも探しやすいよね。でもそうすると大人には便利でも、子供の好きに読ませるというのとちょっと違ってくるかな、とも思うんだよね」
「ふむ……」
 本をどう配置するかは、図書館の性格をも決めるもの。どうしたいのかとサリチェとも相談の上、ひとまず本はジャンル分けして配架。低年齢層向きのものを下に、年齢層が上がるにつれて棚も上に、と並べることにした。
「一般書はそのようにするとして、サリチェ、秘蔵絵本はどういう扱いにするのだ? 展示するのか、皆に読ませるのか。読ませるとしても、幼子の手の届く処に置くか、親が手に取れる場所か」
 メーガス・オブ・ナイトメア(めーがす・ないとめあ)の問いに、サリチェは考えこんだ。
「みんなに読んで欲しいけれど、結構古いものもあるし……向こうの部屋に置いてあるから、ちょっと見てくれる?」
 秘蔵と聞けば気になるもの。手伝いに来た多くの学生がサリチェの案内する部屋へと移動する。
「綺麗でしょう? でも、子供が扱うには重いし、もろくなっているものもあるから、迂闊に扱うと壊れてしまいそうなのよね」
 扉つきの本棚から取り出してサリチェが大切そうに机に置いたのは、破れて、ではなく壊れて、という言葉を使うのも納得できそうな物体だった。
 型押しの革表紙には金の装飾が施され、分厚い表紙を開けば精緻に彩色された手描きの絵が表れる。本というよりは美術品に近い。
「私が所蔵している中でも、ここにあるのは貴重なものばかりなの。読んではもらいたいのだけれど、父母の形見でもあるし……迷ってるのよね」
 はふ、と息をつくサリチェにメーガスは言う。
「迷っているのならば、心が決まるまで保留しておいたらよかろう。正直、貴重な物なら展示のみにすべきと思うがな。どんなに大切にしようが、読むなら破損もしよう」
「そうね。じゃあ今回は秘蔵本はこのままにして、部屋には鍵をかけておくことにするわ。あ、手伝ってくれるみんなは読んでくれて構わないから。鍵は……」
「うむ。我が預かっていよう」
 メーガスはサリチェの手から鍵をさっと攫った。


 開館に向けて、本の配置替え開始となった図書館内では学生達が大わらわ。絵本を開き内容を確認しては、それぞれのジャンルの棚に運ぶ。
「私の華麗なる朗読を子供達に聞かせようと思っておったんじゃが……」
「おねーちゃん、絶対子供と一緒に暴れるからダメ。無駄に体力あるんだから、大人しく整理手伝いましょ」
 ミリィ・ラインド(みりぃ・らいんど)に諫められ、セシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)は渋々ながら棚から本を取り出した。朗読を止められたのは残念だが、図書館が利用し易くなる手伝いとなれば仕方がない。
「ほう、地球では手描きの絵本など滅多に見かけぬが……」
 地球では童話や昔話に共通するモチーフがどの国においても似通ったものがある、と聞く。本の形態からして違うパラミタではどうなのだろうと、セシリアは内容に目を通し始めた。
 セシリアが仕事し始めたのを見て、ミリィはサリチェに聞いてみる。
「本の背にラベルを貼ってみるのはどう? どの棚のものかわかるし、図書館のものってひと目でわかるし、無くなった時も気づきやすいしで、一石三鳥よ」
「目録が出来上がったら、それにあわせてやってみると良さそうね」
「だったらこれ使って。ラテルの街じゃ手に入りにくいと思って買っておいたの」
 背ラベルを渡し、ミリィはセシリアの処に戻っていった。が……セシリアは整理そっちのけで、手に汗握り絵本をめくっている。
「むむむ、ぶち猫さんがピンチじゃ! ええい黒猫さんは何をしてるのじゃ……!」
「おねーちゃん! もうっ!」
 脳天チョップ!
「あだっ! し、しまったすっかり夢中に……絵本の魔力恐るべしなのじゃ」
「読みたかったら休憩時間にしなさい! あたしより1つ年上でしょ」
「も、もちろんそうじゃ。まあとりあえず先に整理せねばのう」
 セシリアは本の題名をしっかりチェックした上で、整理作業に戻った。


「新しい図書館が出来たと聞いて来て見れば……まだ開館前。しかもなにやら問題山積みの様子ですね……」
 図書館オープンの情報を北条 円(ほうじょう・まどか)に聞いて、絵本図書館にやってきた浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)だったが、来てみれば中は開館準備真っ直中の慌ただしさ。次々に持ち込まれる案件に、館長のサリチェも走り回っている、という状態で。
「まさか翡翠が手伝うなんて言い出すとは思ってなかったわ」
「浅葱にしては割と安請け合いしたわよね。それだけ絵本に興味があったのかしら」
 両腕に本を抱えて運んできた円、本を分類分けしているサファイア・クレージュ(さふぁいあ・くれーじゅ)に言われ、翡翠は急いで首を振る。
「べ、別に館長さんが困ってそうだったから、なんて理由ではないですよ。効率的でない作業方針が気に食わなかっただけですからねっ。あ、こちらの本は分類し終わりましたので、所定の棚に並べて下さい。置く位置はメモしてありますから」
 翡翠の言葉をはいはいと軽く受けて本を置きながら、円は口には出さずに思う。
 ――この素直じゃない様子、巷じゃ何と言うんだったかしら……と。
 そんな円の気持ちは知らず、翡翠は熱心に本の記録をつけていた。腕力体力がいる仕事はパートナーに任せ、自分は管理と指示に専念している。
「北条、本の運搬大変だったら手伝うわよ」
「私の方が力があるから大丈夫。サファイアは分類をがんばってね。ちょっと地味な作業だけど」
「地味とか言わない! うーん……これ、何に分類すれば……」
 秘蔵本のように精緻な絵でこそないけれど、パラミタに元々あった本は手描き手作り。規格も統一されていない為、分類するのも一苦労だ。
「ごめんなさいね、来館者の人にまで手伝わせちゃって」
 館内を回っているサリチェが、作業をしている3人に謝罪の言葉をかけた。
「別に構いません。人手が多いほど負担は分散されるでしょうから。ですが……」
 翡翠は手元の記録に目を落とす。
「コレって普通、司書さんの仕事ですよね……? この図書館、どう考えても規模に比較して圧倒的に人員が足りていないです」
「……やっぱりそう思う? 図書館を開くのって、こんなに大変なことだったのね。学園のみんなが手伝ってくれなかったら、どうなってたことか」
 所蔵する絵本をみんなに読んでもらえればと始めたけれど、図書館はただ本を置けばいいというものではない。開館までも開館してからも、必要な作業はとても多い。
「近所からもボランティアで人が来てくれるけれど、任せられることは限られているから……私がしっかり頑張らないとね」
 サリチェは小さくガッツポーズを取った。が、そんなので人員不足が補えるものでもない。
「……あの、私のパートナーは本が好きですし、私も絵本は今まで読んだことが無く興味があるので、ついで、そう、あくまでもついでなので暫くの間お手伝いに来ましょうか……?」
「いいの? ありがとう、助かるわ」
「ついで、ね」
 笑み含みの円の呟きは聞かないことにして、翡翠は再び記録をつけ始めた。
「本当に本が好きなのね」
 微笑むサリチェの視線の先には、分類の為に目を通していたはずがいつの間にか絵本に没頭しているサファイアの姿。
「え? あ、ごめんっ。すぐ作業するからね」
 視線の集中を感じたサファイアは、翡翠に小言をもらう前にとさっと絵本を閉じた。
 じゃあよろしく、と場を離れようとしたサリチェに、
「あのさ、サリチェさん」
 背後から佐々良 縁(ささら・よすが)の声が掛けられる。
「私の地元の図書館でやってたんだけどさぁー。高い位置の書架には後ろに紙箱を入れて、本が少しだけ棚から出るようにしてあったんだよねぇ。そうすると楽に取れるんだぁ。ほら、本ってただ入れてあるだけだと、取り出しにくかったりするでしょー? そういう工夫、ここでもしてみたらどうかなーって」
 ミルムにある書架はそれほど高くないけれど、利用者に子供が多いことを考えれば上棚の配慮も必要かも知れない。
「箱、箱……何か使えそうなものはあったかしら」
 しきりに考えを巡らせるサリチェは、書架にぶつかりそうになりながら部屋を出て行った。
 廊下に出てすぐサリチェは、文月 唯(ふみづき・ゆい)を連れて、絵本図書館の中を歩き回っている九条院 京(くじょういん・みやこ)と出くわした。
「ここって、元からあった館を改築した、とかなの?」
 京の質問にサリチェはそうよと答える。
「玄関近くの壁をくり抜いて、貸し出しカウンターを作った他はほとんどそのまま使ってるのよ」
「どうりで小部屋が多いと思った。迷子になりそうな作りだよね。探検したくなるとも言うけど」
「京、向こうにも書架があるみたいだよ」
「絵本は結構奥が深いから、見てると飽きないんだよね」
 唯の指した方向へと、京はまたふらふらと歩いて行った。部屋を覗いては、うんうんと肯いてみたり書架をチェックしたりしている京に、唯も付き合うつもりらしく、あちこち指さしては京が気づかずにいたものを教えたりしている。
 そんな2人を微笑ましく見送った後、
「あ、そうそう。箱、箱、箱……」
 サリチェはまたいそいそと歩いていった。