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絵本図書館ミルム(第1回/全3回)

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絵本図書館ミルム(第1回/全3回)

リアクション



4.子供の夢集う場所


 赤と緑に左右を彩り、顔には道化のメイクを施して、ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)は館内を練り歩いた。
「さあ、ナガンのお話がはじまるよ」
 大袈裟な身振り手振りで誘いかければ、帽子の先がぽんぽん跳ねる。
 異様に目を引くその姿に、子供たちは目を丸くした。怖がって身を隠す子もいれば、なんだろうと興味津々で近寄ってくる子もいる。
「さ、こっちこっち。聞かなきゃ大ゾン、ナガンの読み聞かせだァ」
 後ろにぞろぞろと子供の行列を引き連れて、ナガンは子供部屋へと入った。
 部屋は靴をぬいで転がれるよう、毛足の長い絨毯が一面に敷かれ、たくさんのクッションがおいてある。部屋の壁際には読み聞かせに向きそうな絵本も並んでいる。
 ナガンは子供を絨毯に座らせ、自分もその中に入って座った。
「そう、それは深い深い森の、深い深い夜の底……」
 おどろおどろしく語り始めれば、子供たちはクッションを抱きしめて息を殺し、ナガンの話に耳を傾けた。
 夜をはいずり回る怪物は絵本で見ても怖いけれど、ナガンが語ればより一層ホラーの度合いが増す。泣きそうな子供を恐怖の森に引っ張りこみながら物語は進み、そして勇敢な主人公が颯爽と登場する。
「その時だったァ! 怪物に食べられそうになった少年の前に、白銀の翼が舞い降りたァァ!」
 そしてそこからは怪物退治のクライマックス。
 肝心な箇所だというのに、一番年長な男の子が大人しく座っていられず、隣の女の子のお下げに手を伸ばし、ぐいっと……引っ張ろうとする前に、ナガンはその子を抱え上げた。自分の膝の上に座らせて、その背にぐいっと胸の膨らみを押しつける。
 赤くなってうつむいてしまった子供を抱いたまま、ナガンは勇者が怪物を倒し、森に光を蘇らせるまでを語った。


「絵本かぁ。子供ってどんなのを喜ぶんだろう」
 子どもたちの世話を引き受けてみたものの、これまであまり絵本を読んだことがないから、何を読んであげればいいのか分からない。遠鳴 真希(とおなり・まき)は子供部屋の本を手にとってみた。
「えっとこれは『ぼくのくつはどこかな?』……物語じゃないのかな。さがしもの絵本?」
 最初のページには、家に帰ろうとしている男の子が首を傾げている絵が載っている。
『ぼくのくつはどこかな?』
 ページをめくると、ばらばらに置かれたたくさんの靴。男の子のふきだしには、
『ぼくのくつは、青色。よこに白いたてのしまが2本あるんだ。みぎとひだりと、2つみつけてね』
 と書いてある。先を少し見てみると、家に帰る途中、今度は帽子を飛ばされて、『ぼくのぼうしはどこかな?』と首を傾げている。こうやって次々に、男の子のものを探していく絵本のようだ。
「へー、こんなのあるんだ。パズルみたいでおもしろそう!」
 読み聞かせ、なんて言われると構えてしまうけれど、これだったら子供といっしょに遊べそうだ。真希は絵本を胸に抱えて、子供たちの輪に入っていった。
「ねっねっ、これいっしょにやってみない?」
 真希の楽しそうな様子に誘われて、子供たちも絵本を覗いた。
「さぁみんなっ、どこにあるかな?」
 最初の方の問題は簡単だ。真希は楽々見つけて、お姉さんのように子供達を遊ばせる。だけど、進むにつれて問題は難しくなってゆく。
「えっ? あれ? どこかなっ」
 子供たちと一緒に真希も真剣な顔つきで答えを探す。そしてついには……。
「えっ!? ま、待って! まだこたえ言っちゃだめっ! こ、これっ、あ、違うっ、あーんっ……」
「お姉ちゃん、がんばってー」
 子供たちに応援されつつ、真希は指で男の子の家を探した。


 子供部屋のクッションの上に、のそのそと動く白黒逆のパンダが1頭……。
「わーい!」
 そんな姿を子供が見逃すはずはなく、次々に飛びついては熊猫 福(くまねこ・はっぴー)によじ登る。
「お、重い……って、いたたたた、そんなとこ掴んだらダメだよ」
 たまらず福が言うと、
「しゃべるパンダだ、やっつけちゃえー!」
 子供はますますエキサイト。ふかふかした福にじゃれついて、叩くわしがみつくわ蹴りを入れるわの大騒ぎ。これまでマスコットキャラとして色々なイベントに出たけれど、ここまで子供におもちゃにされるのは初めてだ。
「トトーっ!」
 福は大岡 永谷(おおおか・とと)に助けを求めた。
 パンダをやってればいいんだからと言われ、美味しいごはん1回で手伝いを引き受けたものの、こんなにハードなら3回はおごってもらわなければやってられない。
「動物は大事にするんだぞ。そうすれば良いことがあるかも知れないからさ」
 永谷は福にたかっている子供たちを呼び集め、絵本を開いた。それは動物を大事にして良いことがあった昔話……『パラミタ狸の恩返し』の絵本だった。
 ずる賢いうさぎに騙されて背中がはげてしまった狸が、通りかかった人に治療をしてもらい、その人の為に立派な化け狸となって様々な手伝いをする。狸を救った人はその手助けによってお金持ちになった……そんな話だ。
「だから、動物には親切にしてあげような」
 永谷が締めくくると、子供たちはこぞって福の背中を撫でてくれた。それは嬉しいのだけれど。
「あたい、もしかして恩返しを期待されてる?」
「さあな」
 複雑な気分で呟いた福に、永谷はふっと笑った。


 子供部屋でだけならいいけれど、書架が並ぶ場所でも子供が元気なのに変わりはない。
「どんな本が好きですか?」
 きょろきょしている子供に声をかけ、広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)は一緒に本を選んでいた。自分の好みではなくて、子供が読みたい本を探すお手伝い。冒険好きな子には、ヴァルキリーとシャンバラ人の悪魔退治のお話を、ほのぼなお話が好きな子には、ゆるスターと2人の姉妹が不思議な世界で遊びまわるお話を。そして恋に憧れている子には、貧乏な女の子とお忍びで城から出て来た王子様とのラブストーリーを。大好きな絵本に出逢えたら、そのお話はきっと一生の宝物になる。
 子供と会話しながら本を選んでいたファイリアだったけれど、突然、火の点いたように泣き出す子供の声が耳に届いた。
 何事かと見れば隣の書架で、子供が絵本を取り合っている。片方は大声で泣き叫び、もう片方は唇を引き結んで意固地になって本を抱え込んでいた。止めなければ、と足を踏み出した時、
「そこまで!」
 子供の目の前で、パートナーのウィノナ・ライプニッツ(うぃのな・らいぷにっつ)がぱんっ、と大きく手を叩いた。急に聞こえた音にびっくりして固まる子供たちの頭を、ウィノナは優しく撫でてやる。
「お姉ちゃんがその本を読んであげるから、けんかしないで一緒に仲良く聞こうね」
 大人しくなった子供を読み聞かせ用の子供部屋に連れて行こうとするウィノナに、ファイリアも絵本を選び終わった子供と一緒に同行する。
「あやし方、上手だね」
「うーん、こうしたらいいっていうのが不思議と分かる気がするんだよねー」
 何でだろ、とウィノナは呟いた。


 絵本図書館ミルムにひっそりと、絵本を開く者がいる。白いドレスシャツにジーンズ。そんな普通の恰好は、知り合いでさえ彼が変熊 仮面(へんくま・かめん)であることを看破するのを難しくしていた。
 大人の世界とはまた違う空間の絵本の世界。日頃の喧噪を離れて絵本の世界に遊ぶ変熊は、泣いている子供の声を聞きつけた。
「……しかたあるまい」
 後ろ髪を引かれつつも本を閉じて変熊は女の子の前に膝をつき、
「にゃんこまんじゅー」
 うにっ、とその顔を手で引っ張って笑顔にする。きょとんとする女の子に、お兄さんとこっちで本を読もう、と誘った途端。
「うちの娘に何をするんですか! ああ、こんなに泣かせて……」
 走ってきた母親が女の子を慌てて抱え、逃げるように変熊の前から去っていった。
「ぐぬぬ……」
 今日はちゃんと服を着ている。なのに世間は冷たいままだ。ならば……そんな世の中ならぶち壊してやる。そう決意して、変熊は赤い羽のマスクを取り出し、着ていたシャツに手をかけた。けれどその服を控えめに引っ張る男の子がいた。
「ごめん……僕があの子の絵本、取って泣かせたんだ……僕のせいで怒られて……ごめんなさい!」
 男の子は勢いよく頭を下げた。その動作からは自分の代わりに怒られてしまったことを謝る気持ちが伝わってくる。ここで服を引き破ってしまったら、この子は……。変熊の手は力を失って垂れた。
 そこに、鳥っぽいキャラクターのメメント モリー(めめんと・もりー)がやってきて、男の子を慰める。
「だいじょうぶ。このお兄さんは許してくれるよ〜。さあ、向こうで読み聞かせをしてるから、おいで〜」
 まだしゅんとしている男の子を、子供部屋へと連れてゆく。残った変熊の前にサリチェが現れて絵本を差し出した。
「ああいう勘違いされるお母さんはいますから、気にしないで下さいね。どうぞごゆっくり」
 去って行くサリチェを見送った後、変熊は反射的に受け取ってしまっていた絵本に目を落とす。それは……彼が読みかけで棚に戻したあの絵本だった。

「連れてきたよ〜」
 館内で遊んでいた子供を引き連れて、モリーが子供部屋に戻ってきた。その中にはさっきの男の子も交じっている。
「はいはい、みんなこっちに来てね〜」
 元はマスコットキャラをやっていただけに、モリーは手際よく子供たちを座らせて、待っていた早川 あゆみ(はやかわ・あゆみ)を囲ませた。ちゃっかり自分もその中に入って、あゆみの読み聞かせに耳を傾ける。
 たくさんの子供が楽しめるようにと、あゆみは選んでおいた中から冒険の物語を取り上げて読み始めた。きらきら目を輝かせて聴き入る子供たちは本当に可愛い。こんなに楽しんでもらえるなら、読み聞かせはいいものだとあゆみは思った。
 親友の忘れ形見の子は、引き取った時にはもう小学校の高学年。読み聞かせをする機会はなかったし、パラミタに来てからも比較的大きな子供と接することが多かったから、こういう体験は嬉しい。
 みんなでわいわい聴く時には、わくわくする冒険を。ひとりでぽつんとしている子に聴かせる時には、優しくて暖かい気持ちになれる物語を。
 母親が子供に語りかけるように、落ち着いた声であゆみは絵本を読んでいった。

 そんなあゆみの読み聞かせとは対照的に、すぐ隣は賑やかな場となっていた。
 中心になっているのは、子供に交ざっても何の違和感もない8歳と11歳の崩城 ちび亜璃珠(くずしろ・ちびありす)崩城 理紗(くずしろ・りさ)
「読みたいわけじゃないけど、理紗だけではしんぱいだから。ほんとよ。べつにやってみたいとか、そういうんじゃないわ」
 仕方ないから手伝ってあげるだけよと、ちび亜璃珠はつんと顎をもたげた。そんなちび亜璃珠の意地に気付きもせずに、理紗はうきうきと、輪に入れずにいる子供に呼びかけては読み聞かせの場に連れてくる。
「ちびちゃんと私でお話読むから、きてねー」
「おはなしはさわいだりせずに、しずかにきくものよ。わかった?」
「だめだよーちびちゃん。今日はみんなのお姉さまになるんだから、もっと優しく言わないと、ね」
「わ、わかってるわ、そんなこと。ただちゅういしてみただけよ」
 ちび亜璃珠はといえば、威厳を保とうとしているものの、やや緊張気味だ。自分より年上の子まで輪の中にいるものだから、負けてなるものかと肩肘を張って本を開いた。
「『そらをとびたかったヒツジ』。いちめんみどりのそうげんで、もこもこヒツジのむれが、くさをたべていました。だけどそのなかの……」
 ちび亜璃珠が1頁読むと、次の頁は理紗。
「……ぼくはいつも下を向いて草を食べてるだけだったけど、上には草原よりもっと広い場所がある。そう思ったヒツジ君は……」
 交互に読み聞かせる様は微笑ましい。だが、中盤にさしかかった時、ふいにちび亜璃珠の声が途切れた。
 ……これはなんてよむのかしら?
 亜璃珠に聞いてしまえばいいのに、意地がそれを邪魔する。と、理紗がちび亜璃珠を心配して本を覗き込み。
「ね、ちびちゃん、コレなんて読むの?」
 あくまで無邪気に理紗の問いかけが、今日ばかりはうらめしいちび亜璃珠なのだった。

 暖を取るものはないけれど、窓ごしの陽射しは暖かい。
 うつらうつらしている子供を、あゆみは膝に抱いた。子供特有のぬくもりと柔らかさが、触れている箇所を通して伝わってくる。
 そっと揺らして歌うのは地球の子守歌。楽しい絵本の世界の夢を見られますように。すぐ横では、モリーもクッションに埋もれて眠っている。
 風邪を引かないようにと亜璃珠は眠っている子供にブランケットをかけると、皆が見渡せる場所に座った。とろりとした眠りの空気が部屋を包んでいるけれど、自分は決して油断をゆるめずに。

 本の整理に入ってきた縁と佐々良 睦月(ささら・むつき)は、眠っている子を起こさぬように、書架を見て回った。
「あ、やっぱりここに紛れてた。ねーちゃん、あったぜー」
 低い棚にもぐりこむようにして本を探した睦月が、囁き声で縁を手招く。こんな時、小さいのは有利だ。
「あ、ほんとだ」
 中身をぱらぱらと確かめ……るつもりが、つい読みかける縁に睦月が釘をさす。
「うっかり本読んじゃうと、仕事おわんねーよー」
「ごめんごめん」
 笑いながら本を閉じ、縁は起こしてしまっていないかと、子供たちの方を見た。
 眠っている子……静かに読まれる絵本に耳を傾けている子……自分で積極的に本を選んでいる子……そんな図書館の風景が、昔……小学生くらいだった頃の思い出を蘇らせる。
 親があまり家にいない家庭だったから、図書館に入り浸っていた。近くにある図書館は古びていたけれど、縁にとっては大切な場所で……。
「なんだか懐かしいなぁ……」
 思わず漏れた呟きに、睦月がどうしたんだと聞いてくる。
「んー? なんでもないよぉ、さ、お仕事がんばろう」
 呟きの理由は言わず、縁は睦月に笑顔を向けた。