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絵本図書館ミルム(第1回/全3回)

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絵本図書館ミルム(第1回/全3回)

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2.まだまだ続く開館準備


 絵本図書館のカウンター奥、事務室にあたる部分の部屋で、羽入 勇(はにゅう・いさみ)は持ち込んだパソコンを操作していた。その後ろからラルフ・アンガー(らるふ・あんがー)も画面を覗き込んでいる。
「せっかくの絵本図書館なんだし、チラシもちょっと凝ったのがいいよね」
「そうですね。あなたらしさを生かしたチラシを作成すればいいのではないでしょうか」
「ボクらしさかぁ……。だとすればやっぱりカメラなんだけど」
 報道カメラマンを目指して修行中の勇としては、どうせ作るなら人の心を捉えるような案内パンフレットにしたい処。7都市以外での識字率は低いから、文章ではなくぱっと目に印象づけられるものがいい。
 図書館の外観を入れてみようか、絵本の写真を載せてみようか……それだとただの説明になってしまって、子供たちの気持ちを動かせないかと、あれこれ考えを巡らせる。そんな姿に穏やかな微笑を向け、ラルフは勇の思考の助けとなりそうな案を出した。
「たとえば、絵本の中のフレーズと、それをイメージした写真を合成してみるとかはどうでしょう?」
「フレーズと写真の合成……それいいかも! 絵本の雰囲気が伝わるよね」
 勇は周囲にいる学生たちに突撃取材。絵本の中の良さそうなフレーズを集めてくると、撮りためた写真からイメージに合いそうなものを探してみた。
「ああー、この『うさぎさんのふんわりホットケーキ』にはやっぱり、こっちの三段重ねメイプルシロップがけのホットケーキの写真だね!」
 文字とも絵ともまた違った角度から広がる絵本のイメージ世界。
「『よるのぼうけん』には、肝試しの時の公園の写真がいいかな。この肝試し、途中でヘンな音がしたりで本当に怖かったんだよね」
 勇はラルフに説明しながら、フレーズと写真を合成したものを案内パンフレットのスペースに配置していった。


「サリチェ殿は何処に……あ、そこでござったか」
 カウンター内の整理をしているサリチェを見つけ、椿 薫(つばき・かおる)は急ぎ足に近づいた。
「絵本の持ち出し防止策でござるが……手荷物を持ち込めないようにするのはどうでござろう」
 薫が提案したのは、入館の際に手荷物を預かることによって、絵本を持ち出せる方法を消去しようという策だった。
 本を持ち出す出来心は誰に起きても不思議のないもの。ましてや小さな子供ならその衝動を抑えられずについ……なんてこともある。本を持ち出す人を見つけるのも大事だけれど、もっと良いのは持ち出せる方法を潰してしまうこと。そうすれば、双方共に傷つかなくて済む。
「玄関の脇にスペースを作って誰かにいてもらえば可能だけど……」
「番人は拙者がやるでござる。必要なものも揃えておくでござるよ」
 薫は番号札や籠等、必要なものを書き出したリストを示した。どれも安価に揃えられるものばかりだ。
「ありがとう。ただ今からの季節、玄関はとっても冷えるから、くれぐれも暖かい恰好でやってちょうだいね」
「承知したでござる」
 任せてくれとばかりに言う薫に、それまで傍らで本の分類等を書き留めていた白菊 珂慧(しらぎく・かけい)が、ふと尋ねた。
「図書館入り口に手荷物持ち込み禁止の表示を出す、とか?」
「それだと固いから、『かばん、おあずかりします』ぐらいの簡単な文章が良いでござろう。小さな子でも読めるのが肝心でござる」
「ふぅん……」
 薫の返事に気のない様子で答えると、珂慧はサリチェに視線を向ける。
「奥の空き部屋、借りていい?」
「ええどうぞ」
「では拙者も、準備をしてくるでござる」
 珂慧が空き部屋、薫が外へと移動するのを見送る間もなく、今度はメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)がサリチェを探してやってくる。
「サリチェさん、当日、外で歌を歌いたいのですが、少し場所をお借りしてもよろしいでしょうかぁ」
「歌?」
「はい。親子連れで来る方も多いでしょうから、大人にも楽しんでもらえる催しものをしたいのですぅ」
 歌を聴きながら休憩してもらえれば、とメイベルは提案した。
「庭を使ってもらって構わないけど、外は寒いわよ。だいじょうぶ?」
「平気ですぅ」
 ほんわりとした笑みでメイベルは答えた。好きな歌を歌っていれば、少々の寒さなんてきっと気にならない。
「そう? なら、確か屋根裏に昔使ったピクニックセットがあったはずだけど……使えそうかどうか見てみる?」
 こっち、と階段を上りかけたサリチェを、今度は崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が呼び止める。
「この図書館はペットを連れて入れるかしら? パラミタ虎や狼や毒蛇……大型で危険な動物ばかりだけど、ちゃんと慣らしてあるから余程のことがない限り、指示もなしに人を襲ったりはしないわよ」
 いきなり連れて来てはいけないだろうからと確認を取った亜璃珠に、サリチェは申し訳なさそうに首を振った。
「ペットは遠慮してもらえるかしら。誰かに許してしまうと、子供たちも家のわんちゃんやカエルくんたちとかを連れて来たがると思うのよね。そしたらここ、図書館じゃなくて動物園になってしまいそうだもの」
 ごめんなさいねと謝ると、サリチェはメイベルを連れて階段を上っていった。


「熊がはちみつケーキを焼く話の分類は、動物? 食べ物? どっちなのかな〜」
 ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)は絵本を分類する為のジャンル一覧と、手元にある絵本とを見比べた。幾つかのジャンルに渡っている絵本があれば、どのジャンルにも入りそうもない絵本もあって、悩み出すときりがない。ジャンル分けが手間取りそうな絵本はひとまず、未分類のコーナーにまとめておいて、余裕がでてきたら分類し直すことにしてあったが、自分の担当を未分類ばかりにしてしまうわけにもいかない。
 ミレイユが悩みつつ振り分けた絵本を抱えたシェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)は、そういえば、と作業する皆の方を振り向いた。
「貸し出しカードか利用カードがあると便利だと思うのですが、どうでしょう?」
「ああ、それなんだが」
 シェイドの言葉を受けて、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)はカードとして使えそうな紙と、動物スタンプをテーブルに広げた。
「この図書館オリジナルの貸し出しカードを作ろうぜ。で、本を貸す時には、カードナンバーと日付、本の名前を名簿に記録するようにしておけば、貸し出し状況がすぐに分かるだろう」
 涼介はさらさらと1枚、見本を書いてみせた。カードの上部に名前とカードナンバー、その下は升目に仕切る。
「本を借りたらこのマスに日付を書いて、返したらそこに動物スタンプを押すんだ。こうしておけば、何回本を借りたかがわかるから、借りる子供の励みにもなると思うぜ」
 ポンポンポン、と動物スタンプが並ぶ様はとても可愛い。
「きっと子供たち、喜ぶわね」
 サリチェも目を細めた。
 絵本を読む楽しさ、借りる楽しさ。それを子供の頃に知ることが出来たら、どんなに良いだろう。
「楽しい場所にしたいものですね」
 ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)は絵本の分類にあわせて、書架のサインボードを作っていた。どこにどの分類の本があるのかが一目で分かるように、動物の絵本はウサギさんのマークを描いたサインボード、暮らしの絵本は家のマークにして、その下に文字で分類を書く。
「上手いもんだな」
 サインボードを作る手元を眺めている林田 樹(はやしだ・いつき)に、ジーナは材料と作業中に下に敷く新聞紙をばさっと渡した。
「林田様はこたちゃんと一緒に『ゆきだるまの壁面飾り』作りをお願いします」
「何だそれは?」
 紙なんて渡されても、と言う樹に、ジーナは作り方を丁寧に説明し始めた。ジーナがはりきっているのがありありと分かるから、樹も言われたように手を動かす。
「この紙を折るんだな。それから? 雪だるまの形に切り抜くのか。雪だるま……とにかく丸っこいのを2つ重ねればそれらしくなるか」
「はい、切れたらそれを開いてみて下さいね」
「おお、雪だるまが手をつないだように切れた」
 樹は指先で雪だるまの行列を左右に広げた。こんな単純な形だけでも、飾りらしく見えてくるから不思議だ。
「あとはそれに色画用紙で作ったバケツをかぶせるように貼れば出来上がりです」
「う、こたも、おてつらいするれす」
 2人が壁面飾りを作るのをうずうずと見ていた林田 コタロー(はやしだ・こたろう)が、待ちきれないように身を乗り出した。
「こたも、かじゃりつくり、てつらう。うきだうましゃんに、おかお、かくれす」
「ん? 雪だるまに顔を描くのか?」
 樹が渡したペンを、コタローは丸い吸盤のついたカエルの手で器用に持ち、雪だるまの顔を描く。
「にこにこしゃん、ぷんぷんしゃん、めそめそしゃん、るんるんしゃん……れす!」
 コタローの手はぐいぐいと、下に敷いた新聞紙にはみだすほど大胆に丸や線を描いてゆく。左右大きさの違うこぼれそうな目、斜めに下がった口……かなり歪な顔なのに、笑ってるのか怒っているのか、ちゃんと見分けがつく処が凄い。
「あらあら、こたちゃんの描いた顔が、福笑いみたいです」
 ジーナが笑うと、コタローはきょんと首を傾げた。
「れ? こたのかいたおかお、へん?」
「いや、まあいいだろう」
 絵本図書館なんだから、こういうのも味があって良さそうだ。
「うきだうましゃん、さむそうれす。まふりゃー、つけう!」
 雪だるまのくびれに毛糸をぐるりと巻き付けて、マフラー雪だるま隊の完成だ。
「コタロー、飾りに行くぞ」
「あい」
「サインボードも出来あがりましたので、入れていって頂けますか」
「ああ、任せろ」
 樹はコタローを連れて席を立っていった。

 そうして皆が忙しく動いている間館内を見物していた京は、急にふらりと皆の処にやってきて紙を広げた。
「じゃーん! 地図が出来たのだわ!」
 歩き回って作ったのだろう地図には、図書館全体の案内や、棚の位置が描かれ、子供でも読める簡単な字で説明がかいてある。唯の筆跡で説明の間違いが直してあったり、隅っこにややいびつなイラストが描いてあったりと、手作り感が溢れている。
「ま、こういうのも味があっていいよね」
「こういうのって何よ」
「京ががんばったことなんだから、それで良し、ってこと」
「何か言い方が軽くないー?」
 照れ隠しに唯に文句を言いつつ、京は地図を渡してそそくさと出て行ったのだった。