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リアクション
【1・宴の始まり】
クリスマス気分が満ちた、とある日のこと。
陽が落ち、既に辺りの色は黄昏から黒に染まった蒼空学園。
こごえそうな風が一陣吹いた。猫でなくともコタツで丸くなりたいと思うだろう気温。しかし、それでも校舎の下駄箱前には多くの生徒が集結していた。
「皆さん、ようこそいらっしゃいました」
彼らの前に姿を見せたのは、なぜかアン×ンマンのお面を被り、しかし服は蒼空学園の制服を着ているという、どうにもアンバランスな出で立ちの少年(ちょい小太り)だった。
「ワタシは今回の『囚われのプリンセスと9人の王子』を企画した生徒Aです、よろしく。早速ですが、王子役としてお集まり頂いた方々に改めて説明をさせて頂きます」
そのヘンに丁寧な口調が、余計アンバランスさを際立たせていた。
「事前に伝えました通り、プリンセスの待つ部屋の中に辿り着いた9人が告白を行えるという単純なルールです。プリンセスがいるのは学園校舎四階の、遊戯室。そこまでどのようなルート、手段、戦略を用いて頂いても結構です。スタートは、二十時ちょうどからとなっていますので……それでは、検討をお祈りしています」
そう言い終えた生徒Aは校舎の中へと姿を消した。
その場に集まった王子候補の名は、グレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)、椿薫(つばき・かおる)、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)、ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)、レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)、日下部社(くさかべ・やしろ)、弥涼総司(いすず・そうじ)、ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)、緒方章(おがた・あきら)、水鏡彰(みかがみ・あきら)、クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)、橘恭司(たちばな・きょうじ)、朝野未沙(あさの・みさ)、変熊仮面(へんくま・かめん)、神野永太(じんの・えいた)、椎堂紗月(しどう・さつき)、シルヴィオ・アンセルミ(しるう゛ぃお・あんせるみ)、日向永久(ひゅうが・ながひさ)、幻時想(げんじ・そう)、シリウス・レインシーク(しりうす・れいんしーく)。以上20人。
彼らの想いは様々。意中の相手への告白を意気込む者、イベントを楽しもうとする者、誰かの力になろうとする者、パートナーの事を考える者……。真摯なものから、ヨコシマなもの、軽いもの、重いもの。抱く感情は様々ながら、告白が叶うのは半数以下のたった9人。
いったい誰が告白を行う王子の座を勝ち取るのか。それはまだわからない。
時刻は十九時四十五分。スタートまで、残り十五分。
そんな中、グレンはある目的から他の生徒達に話しかけていた。
「……始まる前に一つ聞きたいんだが……お前らは誰に告白するつもりだ?」
それに対し、何人かは恥ずかしそうに俯いたり、不敵に笑ったりしていく。
「俺はまあ、そこまで深くは考えてないな、可愛い女の子と知り合いになれたらいいな〜程度ってとこ」
まずそう答えたのはウィルネスト。
「拙者は、この先の学生生活を共に歩む者を探しにきたのでござる。好みの話を言うなら、鳥かごの中のお姫様より、動かないと死んでしまいそうなお姫様がよいでござるかな」
そんな風に考えているのは、薫。
「オレの目的はひとつ……『豊乳は富であり絶対 貧乳は人に非ず 乳こそこの世の理』ちゅワケで、巨乳の娘に告白するつもりだぜ!」
薫となにやらのぞき部のことで話し、テンションあがっている様子の総司。
そして、
「私は愛美さんです」
というウィングの言葉に、初めてグレンはぴくりと眉をあげた。
「この企画に参加したっていうのを聞いて……色々と、想うところがありまして……」
後半はやや顔を赤らめつつ語るウィングに、シルヴィオがぽんと肩に手を置いてくる。
「てことは、俺とはライバルだな。お互い頑張ろうぜ」
どうやら彼も愛美が目的らしかった。ゆえに少し視線をぶつからせるふたり。
「しかし聞いた話だと、あの小谷愛美が何やら傷心状態らしいからな。俺も少し心配だ」
そう呟くのは恭司。彼もまた愛美へ気をかけているようで。
そんな彼らを眺めるグレンだったが、ふいにもうひとりこちらに強い視線を向けている人物に気がついた。
それは王子役の中でも特に目立つ人物……未沙である。なぜ目立つかというのは、どうみても未沙が女の子だからである。外見がそう見えるだけという人も中にはいたが、未沙は紛れも無い女性だった。
(あの人達も愛美さんに……! でも、愛美さんは絶対渡さない! 想いを伝えるのはあたしなんだから!)
そうやってひとり意気込む未沙。彼女は性別など関係ないという様子だった。
(愛美さんに告白しそうなのはこの4人、か)
あらかたの声や様子を見て、そう判断したグレンは携帯電話を取り出すと、どこかへとかけ始めた。
同時刻。
プリンセス役として集められた女子生徒達が待機している遊戯室。
そこは普通の教室より若干広めくらいの広さの部屋で、人の数よりも多めにあるお茶と椅子、そして相当な数のお菓子がいくつかのテーブルに分かれて置かれていた。
そこでグレンのパートナー、ソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)は電話を受けていた。
「もしもし? はい、はい……そうですか。わかりました」
そして通話状態にしたまま小谷愛美(こたに・まなみ)へと近づき、
「愛美さん、実は今王子役の方達と電話が繋がっているんですが、愛美さんを想う声を聞いてみませんか?」
そう問いかけてみる。が、
「……いいわ、別に。そういう気分じゃないし」
当の愛美は本当に興味なさげに返してしまっていた。そんな愛美にパートナーのマリエル・デカトリース(まりえる・でかとりーす)は不安げに愛美の顔を見つめる。
「愛美らしくないじゃない、そんなの。いつもならきっと大騒ぎするのに」
「どうしてそんなに落ち込んじゃってるの?」
そしてマリエルの隣にいる小鳥遊美羽(たかなし・みわ)も、不安げに愛美に問いかける。
「…………失恋したのよ。実は」
愛美は深刻そうに、すごい衝撃の事実を告げましたという表情で呟いていたが。その場に集まった全員は(ああ、やっぱり)という表情になった。
「二股かけられてたみたいで、しかも…………」
後半はぼそぼそと、全然聞き取れないトーンで呟く愛美。
「ほら、男なんてそんな奴ばっかりじゃないし! 今日、素敵な王子様が迎えにきてくれるかもしれないじゃない! だからほら、元気出してよ。ね?」
「信じ続けている限り運命の人は現れると私は信じています。愛美さんにもきっと……」
そうして励ます美羽とソニアだが、愛美はやはりどよんとしたオーラが見えそうなほどに落ち込んで、椅子の上で三角座りし始める始末だった。
そんな愛美にソニアは携帯電話との話に一度戻り、美羽とマリエルも顔を見合わせる。
「これは相当深刻ね。なんだかまだ色々理由がありそうだけど」
「……それはそうと、美羽」
「ん? どうしたの?」
「このスカート、さすがに短すぎない? 用意してくれたのは嬉しいんだけど」
実はマリエルは美羽とおそろいのドレスを着ており、色はマリエルが青、美羽が赤で、デザインは同じ可愛らしくも綺麗な印象を持つものだったのだが。
マリエルが指摘する通りふたりのスカートはかなりきわどい超ミニで、ウブな男子が見れば確実に赤面する衣装だった。
「そぉ? このくらいの方がいいと思うんだけど。プリンセス役なんだし」
「べ、別にあたしはマナの為に参加しただけなんだから、関係ないもん……」
そうして女の子トークに発展していくふたりだったが、
「……はぁ」
愛美は相変わらず溜め息をつくばかりだった。
と、そんな愛美にスッとクッキーが差し出された。
「砂糖は女の子の心の栄養ですよ」
にっこりと笑顔をみせ、そう言ってきたのは牛皮消アルコリア(いけま・あるこりあ)。それにヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)、鬼崎朔(きざき・さく)、ブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)、スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)も周りに集まってきていた。
「マナちゃん、一緒にお茶しましょうっ♪」
「…………あ、うん」
ヴェルチェも声をかけるが、しかし愛美は軽く頷く程度。
「なんだか、本当に浮かない様子ですね」
「朔ちゃんもそう思う? マナちゃんの惚れっぽさは噂でよく耳にしてたから、こんな姿見ちゃうと少し意外かも」
「ええ。自分もここまでだとは思ってませんでしたから、ちょっと心配です」
「よしっ。あたし、もうちょっと詳しく聞いてみるよ」
朔とそんなやりとりをし、ヴェルチェはそして愛美の隣へと自身の椅子を移動させる。
「マナちゃん。どうしてそこまで元気なくなっちゃったの? よかったら、話してみてくれないかな? 話してみたら、気が楽になるかもしれないし♪」
「…………だから、フラれちゃっただけ。ホントにそれだけだから」
「でも」
「とにかく、私はもう恋なんかしないの! そう決めたの!」
頑なに恋愛を否定する愛美に、ヴェルチェはいつになく真剣な顔つきになり、
「ホントにそう思ってるの?」
少し諭すような口調で語り始める。
「女にとって恋愛は大事よ。恋しないとか、一生独身とか、そんな風に考えてると女は女じゃなくなっちゃうわ。それくらいのものなのよ、恋愛って」
「………………」
「恋をして人を愛せば、お肌ツヤツヤ、胸も大きくなるし、今以上に魅力的な女性になれる事間違いなし、うん、きっと」
最後はいつもの調子に戻し、ねぇ? と、朔に同意を求めるヴェルチェ。
「え? あ、そうですよね。自分にも覚えがあります。好きな人がいれば、その人を意識して自分を磨くようになりますし」
聞き役に徹していた朔だったが、話を振られて自分の経験則を語っていく。が……。
「ああ、でもそれが報われることは少ないんですよね。自分なんかよりもっと魅力的な人はいますし、男の人って女の子らしい人の方が、きっと好きでしょうし」
なんだか次第に雲行きが怪しくなっていく。
「それに自分なんて、かわいいものを見ると、いつも鼻血を出すわ、暴走するわで、引かれてばっかりで……ああ……自分で自分が恥ずかしい」
結果、ずーん、と沈んでしまう朔だった。そんな朔を「励ますほうが逆に落ち込んじゃってどうするのよぉっ?」と、呆れつつ慰めるヴェルチェであった。
「もー、朔ッチ。もっと恋愛にはポジティブにならなきゃ」
カリンは一緒に慰めつつ、
「朔様はなにを悩んでるでありますか?」
スカサハは企画の趣旨や恋愛の機微を理解してないゆえ、普通に質問していた。
そんなパートナーふたりの声にも、朔は沈んだままで愛美ともどもすっかり空気がナーバスになってしまった。
「元気無い子が増えてしまいましたね」
それにアルコリアが嘆息し、
「どうしよう? これじゃ色々逆効果だよ」
「アルコリア様、なんとかならないでありますか? スカサハは、どうしたらいいかわからないでありますよ」
「そうですね。次は私に任せてください」
アルコリアはカリン達に対し言い、クッキーをちまちま齧っている愛美に声をかけた。
「話は聞きました。なんでももう恋愛はしないそうですね」
「ええ、そうよ。何と言われようと、私はもう運命の人なんて信じない、恋を忘れて生きるって決めたんだから!」
また恋愛否定状態で強い口調になる愛美にアルコリアは、
「そうですね! 愛とか恋とか、それらはおかしいです」
うってかわって、全肯定する姿勢をとるようだった。
「他の人がなんと言おうと、私は愛美さんを全肯定します」
「ほんとっ!? わかってくれるの?」
「はい!」
そうして、やや方向は違うものの、愛美はちょっと元気を取り戻して雄弁に語り始める。
「なるほど……押してばかりより、引いて攻めるやり方のようですね……」
「マナちゃん、意外と頑固なとこあるからあのほうが効果的かもね♪」
「でも本当にあれで大丈夫かなぁ?」
朔、ヴェルチェ、カリンはそれを聞きつつ、一度落ち着いてお菓子に手を伸ばす。
「スカサハは、みんなが笑ってくれるのが一番であります」
そして、相変わらずわかってない調子のスカサハは、栗饅頭をもぐもぐと食べ髪のイヌ耳っぽい所をパタパタさせていた。そんな可愛らしい様子に、落ち込んでいた朔は元より、ヴェルチェやカリンもなにげに癒されていたりした。
そんな姦しい女性陣の様子を、壁にもたれて眺めているのはアルコリアのパートナーの、シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)。彼女もまたどこか浮かない顔で、
「なにをやっているんだ、アルは……。ボクとしては、厄介事が起こらないことを祈りたいところだけど、なんだか厄介なことになりそうな気がしてならないな」
そう呟いていた。
そしてもうひとりのパートナー、ランゴバルト・レーム(らんごばると・れーむ)はというと。恋愛に興味ないらしく、王子役には入らずに部屋でふたりの護衛について同様に壁にもたれていた。ちなみに生徒Aには事情を説明済みで、胸元には貰った王子役辞退のプレートがつけられている。
「我輩としては今回、愛美殿の説得をアル殿の手腕に任せてみたが……あの調子で本当になんとかなるのかのう」
苦笑いでそう呟き、ぼんやりと対面の壁の鳩時計を眺めた。
ポッポ、ポッポ、ポッポ
と。その時計から鳩が飛び出し時刻を知らせていた。現在、二十時ちょうど。
同時に遠くで雄叫びのような大勢の声が響いたのを、ランゴバルトは確かに聞いた。
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