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少年探偵、墨死館(ぼくしかん)へゆく

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少年探偵、墨死館(ぼくしかん)へゆく

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 第四章「図書室 一」

 V:今回の件の事件をもう一度、振り返ってみよう。ノーマン・ゲイン六世の館、墨死館を訪れたワタシたちPMRは、墨死館にまつわる様々な事件の根本には、人間でありながら闇の眷族を名乗るゲイン家の始祖ノーマン・ゲイン一世の生涯が深く関係していると確信した。
 そして、館への潜入に成功し、光学迷彩で姿を隠し、当初の計画通り墨死館の図書室とも呼べる部屋にたどり着いたワタシ、ミレイユ・グリシャムは、ついに、見つけてしまった。一世の自伝を。おおっ。

「隠しもせず堂々と書架に入っていましたし、一世のみらなず、ゲインを名乗る、一族の他の人の日記や自伝なんかもありますね。
 この一族は、人から注目され、見られることが好きなのかもしれません」
 ミレイユの相棒のシェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)は、一緒に図書室に入ると、天井までつきそうな高さの書架がところ狭しと並んだこの部屋の膨大な書物の中から、ゲイン一世の日記をあっさり見つけ、ミレイユに手渡したのだ。
 曰く、「馬車が道を走っていた頃の、かなり昔の話ですが、ゲイン一世が日記を自費出版したと、地球の裏社会の人間の間で話題になったのですよ。
 たしか私も興味本位で読んでみたのですが、中味は忘れてしまいました。ただ、きれいな装丁だったので、それだけは記憶に残っていたようですね」
「じゃ、じゃあ、読むよ」
「ええ、声にだして聞かせてください」
「うーん、適当に途中からっと、この世界でなによりも役に立つのは、子供の頃に貧民街の街娼たちから、手取り、足取り、口移しで教えてもらった女たらしのテクニックだ。
 これは、男にも通用するし、子供だろうと、老人だろうと、金持ちでも、貴族でも、どいつでもメロメロにしてしまうんだぜ。
 俺は、まずは相手を尊重し、はい、御主人様、なんでもいたします、と、奴隷のように振舞うのさ、熱い口づけの後は、手足の指先、耳たぶといった細部から、たっぷり・・・・・・う・・・きゃ・・・」
「ああ、そうそう。そういえば、そんな内容でした」
「・・・・・・俺様の指の前では、どいつもこいつも砂糖菓子のように甘く蕩けちまうぜ」
「もう、読まなくていいですよ。全篇、その調子ですから。あなたが彼のテクニックを学びたいのなら話は、別ですが」
「誰が学ぶか! 知ってんなら、読ませるな」
 日記を読んで頬を赤くしたミレイユは、叩きつけるように本を閉じた。
「もっと、違う意味の秘密の書いてある私的なやつを探そうよ。例えば、机の引き出しの裏に隠してあったりするやつ」
「いまのも秘密で、私的ではありましたけれどね」
「わかってて、そういうこと言うな」
「な、なんだって!?」
 突然、聞きなれた声と、ドサドサと物が崩れ落ちる音がした。
 二人が書架の森を抜けて音がした方へと行くと、そこには、同じPMRの比賀一が驚愕の表情で立ちつくしている。
 さらに比賀の隣には、PMR会長のイレヴン・オーヴィル、彼のパートナーのカッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)。PMRの良き協力者であるエル・ウィンド(える・うぃんど)がいた。
 四人の視線は、書架から落ちたらしい本の山の下敷きになって、床に倒れている例のメイドにむけられたいた。

 V:PMRの比賀だ。ありのまま今起こったことを話すぜ。
 俺と会長たちは、ここでゲイン家の歴史について書かれた本や資料を探していた。
 そうしたら、そこに、エルが現れた。それもメイド連れだ。
 身の上話を聞いてやると、連れてきたらしいが、ナンパなのかもしれねえ。
 ま、それはおいておいて、本棚に梯子をかけて上の方の本を調べていた俺は、エルとメイドを見ているうちに、バランスを崩し、梯子から落ちちまった。
 それだけならまだしも、とっさに本棚に手をのばしたんで、本が落ちて、ここには、本の集中豪雨が降ったってわけだ。


「ともかく、いまの彼女の倒れ方は異常だったね。
 降ってきた本が当たって倒れた、というよりも、まるで糸が切れた操り人形のような倒れ、いや、崩れ落ち方だった」
 床に膝をつき、本をどかし、メイドを介護してやりながら、エルは言う。
 彼の腕の上でメイドは、目を見開いたまま、ぐったりと横たわっていた。
「かすかに息はしているけど、呼びかけても起きないし、明らかに普通じゃない。彼女は、なにかに操られていて、そのコントロールが切断されたって感じだ」
「俺が殺したわけじゃないよな」
 比賀は心配そうにメイドの顔を覗き込んだ。
「じゃ、ないと思うよ。ボクが、なにか力になれることはないか、って聞いたら、手を引いてここまで来てくれたんだ。二人でこっそり人目を忍んでね。
 口数は少なかったけど、さっきまでの彼女には、自分の意志があったと思う」
「わかった。話は聞かせてもらった。みんな、今度は、私の推理を聞いてくれ」
 イレヴンは、カッティ、エル、比賀、ミレイユ、シェイドの顔をぐるりと見まわしてから、語り始めた。
「本来は相容れぬものでありながら、ふとした偶然から、生まれた出会いと許されぬ愛。エルとメイドの間に生まれたのはそれだ。
 この関係は、なにかに似ている。
 そうだ。大工の娘と通じて吉良屋敷の図面を手に入れた忠臣蔵、四十七士の中の美男、岡野金右衛門包秀だ。
 メイドの信頼を得て、エルは、まさに包秀の役割を演じようとしていた。
 そして、我々の活動を妨害せんとするゲインの手のものによって、彼女は、亡きものにされかかった」

 V:イレヴンのパートナー、カッティ・スタードロップです。
 会長の名推理に、みんな言葉を失っています。墨死館に来てから、冴えまくってますね。でも、日本人でない、ゲイン家の人たちに忠臣蔵は、わかるのかな。エルやミレイユが困った顔をしてるのは、忠臣蔵を知らないため?
 実は、あたしもよく知らないの。ともかく、みんな、前へ進めぇ!


「あのさ、図書館ではお静かに、って習わなかったかな。ほんと、五月蝿い奴死ねばいいのにー」
 まとまりのない金髪をかきながら、ぶ厚い古書を脇に抱えて、PMRの班員、城定英希があらわれた。パートーナーのミュリエル・フィータス(みゅりえる・ふぃーたす)も一緒だ。
「俺もそうだけど、この部屋までは、みんな案外、楽にこれたみたいだね。
 で、俺はお目当てのものを見つけた気がするのだけれど、みんなはどう。なんかダメそうだね」
 目の前の仲間たちの混乱した状況は気にならないらしく、英希は床に本を開いて置くと、本の前にしゃがんで語りはじめた。

 V:PMRの城定英希です。重要そうなことを発見したから報告するね。
 俺はゲイン家は錬金術と関連が深いと思ってたんだ。中世の錬金術者は、科学と背徳の混血児だしさ。
 あの少年探偵も薄々、気づいているらしいけど、彼がメイドに言った、「一人がたくさんいる」だっけか、つまりそれが答えだよ。
 錬金術では、世界に存在するあらゆる物質の根元となる物質があると考えられていた。それは、世界霊魂(アニマムンディ)とか、アルカヘストとかあるんだけど、ともかくこの屋敷における第一物質をノーマンだと考えれば、メイドたちは、全員、ノーマンを材料にできているわけだし、ノーマン自身も錬金術と深く関わった始祖である一世を第一物質として生まれたモノにすぎない。
 見つけるべきは、すべての始まりであるノーマン・ゲイン一世だよ」

 V:ミュリエルは、マスターの説明を補足し、現状報告を追加します。マスターに指示されましたように、この部屋の書物を小人の鞄を使い増員して探索したところ、初代ノーマンが行っていたある経済活動の帳簿と、特殊専門業者との書簡を発見しました。

 V:つまり、俺は、ゲイン家がゾンビ製造で商いをしていたのと、一世が生前に術者に死後の自分のゾンビ化を、大金を積んで頼んでたのを見つけたんだ。

「な、なんだって!?」
 比賀がこの部屋で二度めの叫びをあげた。
「ノーマン・ゲイン一世は、いまも生きている可能性がある。
 彼が自分で書いた手紙によると、この屋敷の地下は、元来、蘇生後のゾンビ化した彼の居住区として作られたものらしいね。地下に潜んで永劫の闇に生きたい、と書いてある。イカレてるよ」
「死体蘇生、ゾンビ化・・・・・・」
 エルは、まだ意識を戻さないメイドに問いかけるように、つぶやいた。
「我々、吸血鬼にくらべると、なんとも、見苦しい生き永らえ方ですね」
 シェイドが眉をひそめる。
「この子、本当は死んでるのかな」
 ミレイユにこたえるものは、いなかった。
「よし。そうとわかれば、地下に行くしかあるまい。吉良は、地下にいる。と、言うことだ。諸君」
 イレヴンとカッティは、早くも歩きだした。
「俺も行くよ。ノーマン・ゲイン一世にあってみたいからね」
 本は置いたまま、立ち上がり、英希とミュリエルは、イレヴンの後を追った。
「ボクは、ここでこの子を救う方法を探す」
「俺は手伝うぜ」
 メイドを見つめるエルの肩に、比賀は手をおく。
「そんな醜いものに会いに行くより、書類探しを続行しましょう」
 シェイドとミレイユもここに残るらしい。
「うん。こっちでもっと情報を得るのも、大切だよね。あ、リネンさんから電話だ」

 V:PMRがゲイン家の謎を解かなければ、再び惨劇が起きて人類は、滅亡するんだよ!!!・・・・・・なんだってー、とイレヴンから、聞いたわ。リネンよ。ベスティエがなにか言っているわ。
 V:通りがかりのベスティエ・メソニクス(べすてぃえ・めそにくす)だ。僕の話を聞く余裕はあるかい。なければ、適当に流してくれ。
 定かな記憶じゃないんだが、ゲイン家には、家つきのゾンビ職人がいるはずだよ。
 ゾンビ製造の商売があんまり儲かるもんだから、ゲイン家は学校まで作って、自分のところで働かせる術者を育成してたって話さ。表むきは良家の子女むけの魔法学校だったらしいがね。
 実際、そこで術者が育ったかどうかは、わからない。
 学校はとっくに閉鎖している。
 ただ、ゲイン家に家つきの術者がいるのは、有名さ。
 そいつは、人形遣い、パペット・マスターを名乗ってる。気をつけろよ。ゾンビ製造、洗脳、人体改造の専門家だ。
 もっとも、ゾンビ製造の材料(死体)自給自足のための、その殺人遊園地にいる時点で、やつらに操られてるのと同じかもな。
 V:・・・・・・本当か、どうか知らないけど、ゲイン家について聞いたら教えてくれたわ。じゃ、ね。

「えええー。それって、ヤバイよね」
「ええ。その噂なら、私も以前、聞いたような」
 声を高めたミレイユに、シェイドはさらりとこたえ、なにが楽しいのか軽い笑みさえ浮かべたのだった。