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少年探偵の失敗

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少年探偵の失敗

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12. 一日目 稽古場 午後二時三分

 歩いていたら、副長に手を引っ張られて、倉庫に連れ込まれた。
 大道具と壁の間の狭い隙間に二人で入り込む。
 強引だなあ。
「副長。これは、隊規に反する行為なのでは。僕は小学二年生ですぞ」
「静かに。維新殿。いまこそ、カメラを回すべきであろう」
 副長はささやいて、あっちを見ろ、と僕に目配せした。
 目をむけた。了解した。カメラをむけて、息をひそめて、耳をすました。
「薫さん。貴女のような才媛とお会いしたいと、ずっと思っていました」
「ぼくをバカにするつもり。ぼくは、きみのお母さんよりも年上で」
 薫ママが口説かれてる。相手は、シルクハットにタキシードの耳のとがった少年だ。
「貴女に吸血鬼を題材にした戯曲を書いて頂けたら、どんなにうれしいか」
「ベファーナ・ディ・カルボーネくん。からかうのはやめにしてよ」
「ベファと呼んでください。亡き元夫を想って、黒い服を着ていらっしゃる」
「ぼくは、普通に黒が好きなんだ」
「私が、今まで見てきた中で、一番、美しかった人間を二人、お教えします」
「こんなことして・・・・・・・きみは、本気なの」
「喪服を着た女性と、その側に付き添う少年、ですよ」
 ベファちゃん、僕のママになにする気だ。なにするかは、わかるけど。
「人の恋路を邪魔するのも野暮ですが、実の子の前でこれはない」
 副長が、そうつぶやくと、重なりあってもつれてる二人の方へ足を進め、
「お義母さん。あなたって、人は!」
「こんなところで、ヘンなことしてちゃダメですっ」
 怒声が響き、倉庫のあかりがついた。
 ママは、ベファちゃんからさっと体を離す。
 倉庫に入ってきたのは、竹丸さんと、一つにまとめた緑の髪が腰まである、小さな女の子。
 ベファちゃんは、なに食わぬ顔して服装の乱れを直している。大したドンファンぶりだ。
「竹丸。それに、あなたち、一体、なんなの」
 竹丸さん、女の子、副長を見回して、ママが怒鳴る。お怒りは、ごもっとも、ですが。
「ボクはヴァーナー・ヴォネガットです。竹丸おじちゃんのお手伝いをしてるです。おじちゃんは、薫おねえちゃんを心配して会いにきたです。みんなと仲良くするのは、いいけど、こんなところで、そんなことしてるのは、よくないです」
「薫先生。副局長役の藍澤黎です。お取り込み中、失礼いたしました。がしかし、あえて私見を述べさせて頂くと、右に同じ」
「あんたたちは、ぼくのプライベートをつつきまわして、おもしろがってるの?」
 薫ママは、ボブカットで年齢、性別不詳の永遠の少年って外見をしている。
 だから、構図的には、いまも、みんなでママをいじめてるように見える。
「まあまあ、みなさん怖い顔して集まっちゃって、薫先生。どうされました。ウチのベファが粗相でもしまして。あら、お兄さん。さっきの稽古は凛々しかったわ。和服もいいけど、執事服を着てもらいたいわね。今度、ゆっくりお話しませんこと」
 青のメイド服の女の子が入ってきて、陽気な感じでみんなに声をかけた。ピンクの髪とアイシャドウ、真っ白な顔と深紅の唇、とにかく派手で、場違いです。
 彼女は首をめぐらせ、目ざとく僕を発見した。
「あら。あなた維新ちゃんね。こんなとこでなにをしてるの。ここの出し物は、お子様むけじゃないのよう」
 こんなところでなにをしてるの、は、こっちのセリフの気がする。
「私、リナリエッタ。リナよ。お嬢ちゃんのために宣言してあげる。あなたのママは、三日間、私とベファが守ってあげるわ。でも、ママ以外は知らないわ。犯罪劇は、多少、血なまぐさい方がおもしろいでしょ。私、悪だくみは、得意だから安心なさい。私にとってね、これはショウよ」
「薫さん。ここはなにかと騒がしい、稽古場に戻りましょう」
 ベファちゃんがうやうやしく頭を下げ、ママの手を握った。ママは、自分をあざ笑うような悲しそうな笑みを浮かべ、リナちゃんたちと倉庫を出ていった。
「維新殿。あなたのお母さんのいまの顔をごらんになられましたか」
「うん・・・・・・」
「人の気配がしたので、ここでなにか謀が行われているのかと、貴殿を連れ込んでしまいましたが、失礼した。我としても、子供の前で、母親にあんな顔をさせるのを許しておくわけには、ゆかぬ」
 副長が眉間に皺を寄せ、額に人差し指をあてた。なんのポーズかわからないけど、絵になるなあ。
「こんな時だからこそ、元気だすです!」
 うわあ。
 ヴァーナーちゃんに、いきなり抱きつかれて頬にキスされた。
 ファタちゃんに続いて、また新たな貞操の危機だ。
「維新ちゃんと黎おにちゃん。ボクと竹丸おじちゃんも頑張るんで、協力して事件をふせぐです。お金なんかで、みんなおかしくなるのは、ヘンです。もっと大事なことを考えてもらって、バカなことはやめさせるです。維新ちゃんも、そう思うですよね」
 僕は、僕は、みんなと会って話を聞いてると、なにが正しくて間違ってるのか、わかんない気持ちになる。
「ママは、お金のために人を殺したりしないよ」
 歩不くんも。
「え。維新ちゃんは、なにか知ってるですか?」
「僕もいっくんの意見に賛成だ。薫さんや歩不くんを動かしているのは、金じゃない」
 竹丸さんは、僕に頷きかけた。僕は、竹丸さんみたいな無私無欲の正義の人じゃないから、首は振らない。
 僕も、竹丸さんも、黙ってしまった。
「少し早いかと思うが、いまここいる方たちは、同志と考えて問題がないであろう。今後の行動のためにも、我の話に耳を傾けていただけますか」
 副長は、今回の事件に関する考察を語りはじめた。
「みのる氏の遺言の内容は、みなさん覚えておいでであろう。
 まず、みのる氏の血を分けた者をかわい家の血を引く者と仮定する。
 それは、潔。美沙。歩不。次郎。京子。流水。維新。王太郎。の八人となる。
 彼らが最も多くの財産を手にするには、麻美殿に選ばれる事。これだと全額。
 麻美殿が誰も選ばなければ、十六分の一。
 麻美殿が死ねば、八分の一。
 自分の取り分を増やすには、麻美殿を殺し、さらに他の者を殺すか、麻美殿に選ばれるか。
 危険をおかしたくなければ、なにもしなくても、運がよければ十六分の一は手に入る。
 そして、麻美殿は、誰も選ばない場合以外は、財産はまったく与えられない。
 一方、いまあげた人物たちと深い関係を持つ人物、中島薫殿には、このままでは話がどう動いても財産は入ってこない。
 しかし、もし、血を引く者と麻美殿が、全員死んでしまったら、みのるの元妻で、彼らの多くの母である薫殿の元に、財産はゆくと考えられる。
 みなが死んだ後、利を得るのは、薫殿。
 薫殿はいま、自分の愛する人と子供たちすべてに、疑われ、おそれられる立場にいるのです。
 先ほど、リナ殿が言っていた、薫殿だけを守り、劇が血なまぐさくなってもかまわないとは、つまり、薫殿が他者を害する罪を犯すのなら、目をつむり、むしろそれを助けるという意味にも取れる」
 ヴァーナーちゃんは、僕の腕にがしっと抱きついて、怯えた顔で震えている。僕は、彼女の重みで腕が抜けそう。
 竹丸さんは、話の途中、何度も深く頷いていた。