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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第1回)

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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第1回)

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4-04 ダライアス

 フィーネが探しても見つからなかったレイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)は、彼女らの目を離した隙に、やはり迷子になっていた。彼は今まで幾度もその方向感覚の鈍さを発揮してきたのだ。
 だが、今回ばかりはその迷子はただの迷子では済まされなくなっていた。
 レイディスは、ある男と出会うことになった。
 レイディスは今、ぼんやりとした状態で、男に随従していた。彼の言葉が妙に耳に残り、半ば意識のない状態に陥っているのだ。
「ふふふ、見ていましたよ。
 貴方の大切な人も、あっさり人を焼き殺したではないですか」
 ヴァレナセレダの地に降り注ぐ雪の中、レイディスの前に立っていた黒髪を後ろに束ねた男。幾らか年を経ていると見える。どことなく危険な感じのする。
 戦場の匂いを嗅ぎつけてやって来た、男は、ダライアス・ヴェルハイム(だらいあす・う゛ぇるはいむ)と言った。
「いつまで……あなたはいつまでそうして非殺を気取っているのですか?
 ここは、戦場。武器を持つ者は殺すか殺されるしか無いのですよ?」
 レイディスにも、パラミタへやって来た当初からこの一年で、変化は色々とあっただろう。
 最初はまだ本当に幼い、無邪気な明るさも持つ剣士として、蒼空学園から友レオンハルトらの獅子小隊に協力して魔物と戦ったり、募兵に応じたりと教導団の軍事任務にも関わってきた。しかしまだレイディスはやはり甘さの残る少年剣士であり、戦場を知っているとは言い難い面があった。彼は人を殺めたことがない、人の死に対して恐怖しているのだ。
「貴方はシュレイドによく訓練して貰っているとか」
 ダライアスは、レイディスのパートナー・シュレイドのことを知っている。シュレイドはシュレイドで、ダライアスを危険だと……レイディスをその傍に置くようなことになれば何かが危ないと直観していたのであった。ダライアスは続ける。
「そうだ、私が一つ御教授して差し上げましょう。
 付いて来なさい、レイディス。
 貴方の゛甘さ゛を断ち切る良い機会ですよ……ふふふ」
「……」
 そうしてレイディスは、雪の中、皆と別の道に進み出したことになる……



 ダライアスがレイディスを連れ、歩いて行った雪の道に、一人の犬型の獣人。
「雪が強くなってまいりましたわね。
 この辺りに、村がある筈……」
 前回得た情報をもとに、奥地へと更なる調査に向かっている、ネル・ライト(ねる・らいと)だ。
 この近辺には、黒羊軍のやり方を快く思っていない連中が住む村があるという。ほとんどが獣人であり、同じく獣人であるネルならちょうど、話も聞いてもらいやすいだろう。
「どうした、嬢ちゃん。この辺の者ではないな?」
「はっ。……あなた方は?」
 ネルは身構えるが、彼らが付近に住まう獣人のようであった。
 ネルは、その村へと迎え入れられた。
「では、そなたの主・月島殿らが?」
「ええ、悠さん達が、ハルモニア方面の教導団の全指揮権を持って、ハルモニア解放軍に協力していますわ。
 今も、ハルモニア城奪還すべく、その足場となる砦攻めをしているところなのです」
「教導団か……」
 軍事的なことを好まないのだろう。黒羊軍と同じで、教導団に対してもあまりいいイメージは持っていないようであった。だが、彼らは皆、ハルモニアの領民。自分達の領土を侵攻してのが黒羊軍であり、その解放に教導団が協力してくれていることは理解できる。彼らは、共に戦うことを申し出てくれた。
 それから、更に……
「ハルモニアから、敵を追い出して後のことだ。
 かつて戦のあった時代に、ハルモニアがその裏手より黒羊郷を攻めた道。それがこの東の奥地から通じている。険しい山道だ。しかし、正面から行ってどれだけあるか知れない関所を抜けるよりは……」



 何処……へ……
 レイディスは半ば意識のないようなままに、ダライアスの後ろに随従していく。
 ダライアスの足が止まった。
「……ダライアス……?」
 周囲を、獣人の戦士達が取り囲んでいる。
「誰だ? このような奥地を雪の中、どこへ向かおうとしている?
 ここは我々の領土だぞ」
「ハルモニアの獣戦士、ですか。なかなかに手強そうな……ちょうどいい」
 ダライアスの瞳が光った。
「黒羊の手の者だと言ったら?
 ほほう、このようなところにも、まだ生き残っている村があったとは……」
「何」「黒羊の……」「どうするつもりだ。ここにも攻めてくるのか」
「残念ながら、我等を生きて返せば、軍に報告しなければなりませんね。そうなれば……」
 獣人達は、無言で剣を抜いた。
「密やかに辺境の部族の信仰の地であればよかったものを、何故侵略に乗り出した?
 気には入らんが、教導団とて、他所の信仰までを侵そうとはしなかった筈だぞ。
 何故、従わない民を、我々のようにひっそりと暮らす部族までを脅かす?」
「教導団……どうなのでしょうね。我は、知り得ない」
 獣人は斬りかかってきた。その頭を跳ね上げる。ダライアスの腕にはすでに七首が装着されている。
「血の匂い……この手応え」
「く」
 次々に、斬りかかってくる獣人ら。
 レイディスにも、敵の刃が襲いかかる。
「レイディス。剣を取るのです」
「ひっ」
 レイディスの目の下を、剣がかすめた。とっさに避ける。再び、襲い来る相手。「レイディス!」
 ダライアスの声に、思わず剣を抜くと、相手の首を刎ねていた。
 ニタリ。ダライアスは笑った。
「レイディス、右だ」
 ダライアスの命のままに、敵を斬り付ける。すでに二人殺した。
 レイディスの意識は尚、どこかぼんやりしたままだったが、手に、嫌な感触がはっきりと残る。
「それで最後ですね?」
「ま、待て。殺すな!」
 ぴくり、と剣を止めるレイディス。手負の獣人は、すぐに逃げ出した。
「おや。……まあ、仕方ありません。しかし、これで貴方も。
 斬らねば、斬られていたわけですからね」
「……だけど、さっきのは……」
「いや、だけどまだまだこんなものは。たかが獣人の戦士に過ぎません。もっと……」
 ダライアスは、聞いていないように独りごちた。血肉の感触を、その手に刻ませましょうと。そしてまた、微笑した。
「こうなった以上……そうですね。黒羊の側に行ってみるのもいいかも知れません。
 ハルモニアの戦いはもう終わる。戦の匂いから、わかる。
 このまま行けば、黒羊郷へ着きます。あそこもいずれ、戦いになる。そうなれば、もっと歯応えのある敵を相手にできますよ、ふふふ」