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君が私で×私が君で

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リアクション

 補習室に備品を届けると、ファーシー達はカフェに落ち着いた。薬作りをしていた皆から、休憩してきても良いと言われたのだ。
「今日はファーシーの顔を見に来たの。ハプニングがあって今は舞の身体だけど、気にしないわ」
「ブリジットはそのうち治るだろうから、この状況を楽しみましょうとか言ってるんですよ」
「だって、ファーシーなんて銅板になっちゃってた訳だし、それとくらべたら私が舞になってるぐらいどうってことないわよね。私は私だし、こういう貴重な体験滅多にできるものじゃなし、悲観したり隠れたりするよりも、今ある現状を楽しむべきでしょ」
「おっ、良いこと言うじゃねーか。めそめそしてた誰かさんとは大違いだなー」
「だ、だって〜」
 再び泣きそうになるフリードリヒを見て、ファーシーは頑張ってティエリーティアに対抗した。
「ティエルさんは繊細なのよ! いじめたらゆ、ゆるさないんだからっ!」
「ほー、どう許さないんだ? 言ってみ? ほれほれ」
「う、う……、それは……」
 たじろぐファーシーに、舞が助け舟を出す。
「結婚式のケーキ投げとか楽しかったよね。またやりましょうよ」
「え? 結婚式を?」
「違うわよ、投げる方よ。で、こいつ……あれ、こっち? どっち差せばいいのかしら。とにかく、やっつけてやりましょう!」
「う、うん!」
「え、え〜、そんなことしちゃだめですだぜ〜」
「ふ、ふふっ……」
 本人ではなく『ティエリーティア』が慌てて、思わずファーシーは笑い出した。会話に花を咲かせる3人を見て、紅茶を飲んでいた仙姫が言う。
「自分じゃない自分が動いて喋ってるのを見るのってちょっと不思議な感じですね。私も、せっかく仙姫になれたんだし、歌って踊っちゃおうかな。何だか今日は、体が柔らかいというか、軽いんです」
 仙姫はそうして立ち上がると、テーブルから離れて踊り出した。
「私、中学の時に日舞を習っていたので、日舞ならちょっとできるんですよ」
「わあ……」
 ファーシーが感嘆の声を出す。自然と、皆の視線が仙姫に集まった。他の生徒達も注目する。
「わらわが踊っておる……厳密に言えば舞じゃがな……」
 ブリジットもカップを置いた。
「ここは負けられぬし、わらわも競演じゃな。うむ、強敵じゃ。なにせ、『鶯の君』と称せられた稀代の歌姫が相手じゃからな、ふっ」
「そうなの?」
「はいそこ、信じない信じない」
 舞から突っ込みが入る。
「ファーシー、そして皆よ、判定を頼むぞ? ブリにさせると公正な判断にならんじゃろうからな」
「えー? 何よそれ」
 不服そうな舞は置いといて、立ち上がる。
「発声と体の柔軟性がいまひとつふたつみっつじゃが、まぁ、器がアホブリじゃしな。仕方あるまい。わらわの演技力の溢れる才能で欠点を補って見せるのじゃ」
 そうして踊るブリジットの姿は、ブリジットながら、それは美しいと呼べるものだった。生徒達から拍手が起こる。
(うむ……やはり踊りは良いものよ。目線の高さが違うのも新鮮なものじゃ)
「わ〜、すごいです〜」
「まあまあだな」
 フリードリヒ達もそんな事を言って踊りを楽しむ。彼女達を見て、舞もうずうずしてきたようだ。
「何か私と仙姫が……いや仙姫と舞が踊ってるし、私も参戦してみようかな。舞は舞踊習っていたことがあるって言っていたし、私は社交ダンスぐらいしかやったことないけど……何とかなるかな。ファーシーも、早く立って歩けるようになるといいね」
「社交ダンスなら、俺様も得意だぜ。相手になるか?」
「ふふん、出来るものならやってみなさい」
 そして、ティエリーティアと舞は2人の中央に入っていく。ファーシーはそれを、少し羨ましそうに眺めていた。
「うーん、楽しそう……わたしも踊りたいなー」
「いつか、きっと踊れますよ」
 環菜が穏やかに、暖かく言う。
「ファーシーさんの足、絶対絶対直しますからねっ!」
 一生懸命なフリードリヒに、ファーシーは「うんっ!」と頷いた。

 エーギル・アーダベルト(えーぎる・あーだべると)は、自室の床にちょこんと座って首を垂れていた。
「犬は流石になぁ……。原因調べて何とかしないと、娘に会えないよ……それ以上に奥さん達が迂闊だッて怒るだろうしなぁ。いや、怒った顔も可愛いけど、張り倒された上説教されるからなぁ」
 5歳の娘に会う日までに、27センチの黒ラブラドールの身体からヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)の身体に戻らないといろいろとマズイ。切実だ。
「入れ替わったのは俺とえーくんだけなんだよなぁ。となると、やっぱりあの果実かな……?」
 タシガンの情勢も良くない昨今。ヴィナは休日を利用し、普段、寮でお留守番しているエーギルと果実狩りに行ったのだ。鮮やかな黄色をした、洋梨によく似た果実を仲良く分けて――
「とりあえず、蒼空学園に問い合わせよう」
 果実狩りを主催した蒼空学園なら、何か知っているかもしれない。ぴょんっ、とジャンプしてなんとかベッドの上に乗ると、サイドテーブルに置いていた携帯電話を手にする。
 持ちづらい。ついでにボタンも押しづらい。
 そうして苦労しつつ連絡を取ると、あちらでも入れ替わりが大量発生しているということだった。今は、対策を練っている最中らしい。機晶姫には効果が無い。それを聞いた瞬間、彼はテリー・ダリン(てりー・だりん)を連れて行くことを決意した。

「ねーたん、ねーたん、おっきしておー」
 何だかやけに重たいものにしがみつかれ揺さぶられ、林田 樹(はやしだ・いつき)はまどろみの中で疑問符を浮かべた。重い。声も緒方 章(おがた・あきら)のものだ。だが、話し方は明らかに林田 コタロー(はやしだ・こたろう)である。
(洪庵……ふざけてるのか……?)
 しかも、章は泣いているようだった。
「こた、あきになっちゃったんらおー」
「…………。…………!?」
 言葉の意味を理解して起き上がると、章は涙に濡れた顔をこちらに向けた。なんというかもう、本来の章ならありえない表情だ。
「うえっ、うえっ、ねーたん、あきー、ごめんなさいおー。こた、そーがくのかへてらすれ、くばってたふゆーつ、あきとたべたら、こーなったんらおー」
「という感じに、朝っぱらから面白愉快なことになってやがりますよ」
 パソコンの前にいるジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)と、カーペットの上に座ったコタローを順に見る。コタロー――小さなカエルのゆる族は、突然流暢に喋り出した。
「樹ちゃん、見ての通り、困ったことになったんだよ。マイナーな研究が載っている医学書を見つけに蒼学へ行ったのがいけなかったんだけどね。コタ君が美味しいからって勧めたので、つい、僕も……ね」
 絶句する樹に、コタローはやれやれと首を振った。
「全く、こんな体じゃ軍事訓練も出来ないし、いつカラクリ娘に踏まれるか心配で、さ」
「黙れあんころ餅ぃ、グダグダ抜かしてると踏みつぶしてやるのですよ」
 そこで、ジーナは振り返った。
「樹様、蒼学のHPで情報が公表されています。まだ解決法を模索中のようですね。件の大樹へ行って、根本的な原因の調査を致しましょう」
「……そうだな。この状態は見てるだけで疲れてくる」
 樹はえぐえぐと泣く章とコタローを見て溜め息をついた。
「……あー、調査に行くなら僕たちも行くよ。コタ君、武器は交換しておこうか。使い慣れた方が良いだろ?」
「こたもぶきは、かえんほーしゃきがいーお」
 火炎放射器を渡すと、章は泣くのを止めて受け取った。
「あき、ありなとれす」
 だが、彼は何か、落ち着かないように下半身をもじもじさせていた。
「……?」
「……うー、ねーたん、こた、おといれいきたいお。のーすれば、いーんれすか?」
「は?」
「ああ、それなら……」
 付き添って何とかしようと、コタローが立ち上がりかける。
「え? おトイレ?」
 しかしジーナの方が早かった。ニヤリと笑って、さっさと章の手を取ってしまう。
「……こたちゃん、ワタシが教えて差し上げますね。大丈夫です、オンナノコ同士ですから、ね」
「じにゃー、ありなとれすー」
 ジーナと章は、連れ立ってトイレへと向かっていく。ノブを回したところで、ジーナは素晴らしきかな笑顔でこう言った。
「あ、樹様ー、入れ替わっちゃったこたちゃんの面倒は、ワタシが見ますー。ご安心下さいませねー」
 ばたん。
 一瞬の間の後――
 コタローはトイレのドアをドンドンと叩いた。
「おいこら、それはやめろ、それだけは止めてくれってば!! 最弱状態の僕の(ピー)を、バカラクリ娘に見られたくないんだってば!!」
 必死だ。
 ものすごく必死だ。
 その間に、樹は出掛ける準備を済ませた。ジーナが面倒を見てくれるといっても、これが続くと思うと頭痛がしてくる。
「洪庵、ちょっと移動する。急ぐので胸に入れ」
「え、あ、はい……って、移動手段が、樹ちゃんの胸?」
 言ってる間にも、樹はコタローをつまんで胸の谷間にむぎゅっと押し込む。それと、章達が出てくるのはほぼ同時だった。
「こたちゃん、すっきりしたねー……ん?」
 勝利の笑みを浮かべていたジーナが悲鳴を上げる。
「ぎゃー! アホ餅が樹様の胸の谷間にー!!」
(胸、胸……)
 コタローはそのあまりのやわらかさに目をぐるぐるさせ、鼻血をぶーっと出して気絶した。