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・それぞれの戦いへ


「騒がしくなってきたわね」
 メニエス・レイン(めにえす・れいん)は、最下層に向けて駆けていた。彼女はアントウォールトに協力して魔導力連動システムを手に入れようとしていた。しかし、取引に使ったエメラルドは奪われ、さらにシステムの要となる魔道書も掌握されていた。
 アントウォールトに従うよりも、いっそ彼を殺してしまった方が早い。そうすれば、全てを彼女は手に出来るのだ。
「おっと、メニエスじゃねェか」
 ナガンがメニエスの姿を発見した。
「今からあのジジイぶっ倒しに行くんだけどよ、ここは組まねェか?」
「あたし達もちょうどあの年寄りを殺しておこうと思ってたところよ。ちょうどいいわ」
 そこで、ナガンが作戦をメニエスに伝える。その手には、前に拾った試作型兵器の残りがあった。何かに使えるようにと、こっそりと拝借していたのだろう。
「……っとまあ、いくら物凄い勢いで再生されようが、身体ん中から爆発したら生きちゃいらんねェだろ」
 行動内容を伝えると、すぐに最下層へ向けて走り出した。
「まさか、メニエス達とも一緒に行動することになるとはなー」
 ラルクが呟く。彼が元パラ実とはいえ、空京大学にいる今となっては少々異色な組み合わせだ。
 機甲化兵・改の間を潜り抜け、突き進んでいく。

            * * *

「司城先生、リヴァルトさん、一つ聞いていいでしょうか?」
 道中、東間 リリエ(あずま・りりえ)が二人に尋ねる。
「なんだい?」
「アントウォールト・ノーツってどんな人ですか?」
 歩を止める事なく、二人がそれぞれ答える。
「私が知っている祖父は、厳格で博識な人でした。ですが、何かを教えて欲しいと頼んだ時、繰り返しこう言いました。『知りたければ、自分で調べろ』と。それでどうしても分からなければヒントをやる、という感じで、自分からは決して何かを教えてくれたりはしませんでした」
「知識は人に乞うものではなく、自ら探求するもの。それがノーツ博士の理念だったからね。一緒に研究している時も、ずっとそういう態度だったよ。それが、ジェネシスの知識ゆえなのかは分からないままだけどね。それに、あの人はかつてこう言っていた。知識を集約し、世界を導くと」
「それって、自分達で世界を支配するという事ですか?」
「そうなるね。おそらく今の博士は、完全なジェネシス・ワーズワースとなって、自らの欲望を満たそうとしている。この世界の真理に近付くためだけに、パラミタも地球も、最終的には自分の支配下に置くつもりだよ。邪魔なものは全て排除してね」
 世界を知り尽くすために、その世界をまずは自分の手中に収める。それが、アントウォールトの目的の一つだと、司城は推測する。
「だからこれは、まだ過程に過ぎない。彼の持つ知識と、五機精やワーズワースの遺産の本当の力が解放されれば、もはや神であっても止められない。だから、ここで絶対に終わらせなければいけないんだ。私は、そんな事のために彼女達や、数々の兵器を造ったわけではない!」
 最後の方は、ジェネシス・ワーズワースとしての言葉になっていた。
「でも、ワーズワースの知識を持つノーツ博士は、先生達の考えも知っているのではないのでしょうか? でしたら――」
 リリエが提案する。
「記憶を渡せば、ジェネシスとしての心も受け継がれ、こんな事はやめるのではないでしょうか?」
「……いや、おそらくそうはならないよ。今のボクを見れば分かるように、ジェネシス・ワーズワースと司城 征、二人の記憶が宿っている。博士が記憶を手に入れたら、それを知識を効率良く使うためにだけ利用するはず。受け継ぐ人の人格によって、ワーズワースの記憶も歪んでしまうんだよ」
 だからこそ、知識を持つ側ではなく、記憶を持つ側が最終的に統合するという事になったらしい。ワーズワースとしての人格を歪めないために。
 五千年に渡って記憶を受け継いできたのは、ワーズワースの悲しみを理解し得る人だったのだろう。司城が彼の想いを忘れていない事を考えれば、そういう事になる。
 だが、知識を持つ方はそれを利用してのし上がる道を選んでしまった。それがいつからかは分からないが、遥か大昔のロストテクノロジーを扱えるものだ。その誘惑に耐え切れなかったのだろう。アントウォールトもそうだった。
「先生」
 今度は、リヴァルトが口を開いた。
「すいません、どうしても姉さん――『灰色の花嫁』が気に掛かって仕方ないんです。ここからは、彼女の方へ向かいます」
 最下層に降りた直後だった。
 『研究所』の時から、ずっと脳裏に焼きついて離れない、自分の姉にそっくりな剣の花嫁。
「リヴァルト」
 樹月 刀真(きづき・とうま)が口を開く。
「俺も探しに行きます」
 彼も『灰色』の事をずっと気にしていた。
「彼女に会わなければいけない、そんな気がするんです」
 今の彼女なら、おそらく話し合えると彼は考えていた。
「どうした、月夜?」
 そんな刀真の横顔を、パートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が見上げていた。彼女にも何か思うところがあるのだろう。
「仕方ないな〜刀真は……うん、仕方ないから私は刀真に付き合うよ」
 『灰色』を目指そうとするのは、彼らだけではない。
「僕達も行きます」
 クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)も、探しに行くと申し出る。
「リヴァルト、姉さんの形見持ってるかい? 会った時に、俺達を見守ってくれるように、持っておきたいんだ」
 黒脛巾 にゃん丸(くろはばき・にゃんまる)だ。彼らは皆、『研究所』で『灰色の花嫁』と対峙した者達だ。
 しかも、刀真とにゃん丸は彼女がその時と微妙に「違う」事を感じている。
「これを、お願いします」
 リヴァルトが彼にペンダントを渡す。
「見つけたら、連絡をお願いします」
 アーク内は決して狭くはない。通信手段は確保してある。
 彼らは『灰色』を目指して、行動を始めた。