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間章


 空京大学。
「そちらはどうですか、アレンさん」
 PASD情報管理部長ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は、空京大学のPASD本部に残り、情報屋であるアレン・マックスと共にこれまでの情報を整理していた。
「例の傀儡師についてだけど、気になる記録を見つけたよ」
 アレンがパソコンのスクリーンに映し出す。
「ここ百年のものを集めたけど、争いのある場所では糸使いが目撃されている。ある時は子供の姿で、またある時は美しい女性の姿で。当人と話したという人によれば、『自分の力を必要とする者の依頼で動いている』とどこでも言ってるあたり、今と同じで請負人をしていたんだろうね。だけど、いざその人物を倒してみると……」
 キーを打ち、画面を切り替える。
「自動人形――オートマタだったというわけさ。しかも、古いものでは三百年くらい前のものだ。構造は当時の機械仕掛けの自動人形と同じだけど、奇妙な石が動力部に埋め込まれていたとある。当時はその石が何かは分からなかったとあるけど、おそらく機晶石だろうね。傀儡師が何者かは分からないが、少なくとも百年前からいたのは間違いがない。もっとも、同一人物とは限らないけど」
「では、元々は地球で活動していた人だという事ですか?」
「そうなるね。だけど、この記録だと湾岸戦争を最後に糸使いの目撃情報は一度途絶える。次に地球で目撃情報があるのが、2009年だ。パラミタ出現と一致している。それに地球の最先端テクノロジーが使われてるって話だけど、外見が人間そっくりのアンドロイドが話題になったのも、その頃だよ。パラミタの復活と、新しい人形の誕生を受け、再び動き出したんだ」
 アレンが解説する。
「もし、アントウォールト・ノーツが傀儡師を雇うとしたら、その年だろうさ。今、五機精が目覚めた時に合わせて接触したのではなく、ノーツ一家惨殺事件の直後には雇っていた可能性は高い。
 そして、傀儡師に使われていた最先端技術についての情報も説明し始める。
「地球の最先端技術だということだけど、これは機械工学、電子工学、制御工学の三分野で博士号を取得したホワイトスノー博士が提唱した理論に基づくものだ」
「ホワイトスノー博士……司城さんと同じ新世紀の六人の一人が、ですか?」
「現在のロボット工学は、彼女なしには実現し得なかったとまで言われる人だよ。彼女が開発した技術が使われている。だけど、これを実際に扱えるのは本人くらいのはず。契約者で、しかもとりわけ優秀な空大の理系学生でも、こんなもの理解出来る人はいないだろうさ」
 アレンがホワイトスノー博士の発表した論文と、傀儡師のベースとなっているロボットの図面に画面を切り替える。図面の方は機密情報のように思えるが、おそらくそれをただ見た程度では同じものを造れないからこそ、あえてオープンにしているのだろう。
「そうなると、傀儡師の本体は彼女だという事になりますよね?」
「それが、そうとも限らない。提供者は彼女だろうけど、彼女自身はパラミタにはいない。ロシアの極東新大陸研究所とかいう場所で研究員をしているというところまでは何とか掴めた」
「ロシアですか……さすがに、会いに行って確かめるのは難しいですね。証拠もありませんし」
 傀儡師自体は、人形のストック切れらしく、アークで倒されて以後姿を現さない。
 そして、彼女が行うのはもう一つ。
「アークの位置を特定。今はまだ大荒野の上空だよ。ちょっと知り合いの連中に情報を流しておいた」
 アークにいるPASDの支援。それがロザリンドがやろうとしている事だ。
「古代の遺産、それも女王器クラスと聞けば欲しがる連中は多い。躍起になって飛空挺でアークに向かうだろうさ」
 得意気に笑みを浮かべるアレン。
「何、大丈夫さ。万が一遺産を誰かが手に入れても、こっちではもうカードを用意してるから」
 あとは彼らに任せるのみだ。
 二人は、再びパソコンと向かい合い、情報処理を再開する。

            * * *

 空京大学の工学部研究棟。
 影野 陽太(かげの・ようた)は引き続き施設を借り、研究を行っている。前に一度使わせてもらっている事もあり、もう根回しをする必要もなく快く使用を承諾してくれた。
(地球のロボット技術を調べてみましたが、これは……)
 R&D、先端テクノロジー、博識を駆使して調べた結果、彼もまたホワイトスノー博士の論文と研究レポートに辿り着いた。
 それを読み解き、実際に傀儡師の残骸から何とか修復した腕以外のパーツを自作しようろ試みる。彼は傀儡師の人形を再現する気だ。
 機晶姫のボディの技術と、比較しながら、あり合わせの素材で何とか組み立てようとする。心臓部には、PASDに提供されている人工機晶石を組み込む。
 ただの機械人形を作るだけなら、金属と電池と歯車を適当に組み合わせるだけで事足りる。だが、傀儡師、こと戦闘用に関してはそんなレベルではない。ほとんど人間の生体構造を機械に置き換えたと言っても過言ではないほどの出来なのだ。
 あとは人間の人格を再現するAIが完成しさえすれば、それこそ人間そっくりのアンドロイドの完成である。研究レポートには、『現時点で人間同様の感情を再現するAIは製作不可能』とあった。
(これで何とか、形にはなりました)
 腕の部分だけ復元したためか、他のパーツとのバランスは悪い。とはいえ、何とか人型にはなった。
 最も、さすがに遠目から見ても人間と見紛う程ではないが。機晶石を半ば無理矢理ホワイトスノー式回路の心臓部と同じように組み込んだが、エネルギーがボディを巡るかは分からない。
 そもそも、人形は傀儡師が操っていない限り、ただの抜け殻なのだ。
(もし、傀儡師がこれの存在を察知していれば……)
 前もって請負人としての傀儡師との連絡手段を調べていたが、前にアークで人形を破壊されて以降、連絡が出来なくなっている。
 なお、連絡手段は携帯電話だ。アントウォールトの計画が本格的に動き出すまでは、他の仕事も請け負っていたため、何とか探し出す事が出来たのだ。
(うーん、無理ですか)
 が、都合よく現れはしない。もし傀儡師が人形を借りて現れたとしても、彼の作った人形では夢幻糸をろくに操る事も出来ないだろう。
 とはいえ、傀儡師の構造はホワイトスノー博士の論文から何とか導き出せ、本人以外には使えないとされたその技術を、ほんのわずかとはいえ取り入れる事が出来たのだ。
 陽太は、時間の許される限りさらなる解析に取り組んでいく。

            * * *

 一方、大学内の別の施設。
「では、始めるとするかのぅ」
 御厨 縁(みくりや・えにし)の手には雛型機甲化兵に組み込まれていた改造機晶石が握られている。出撃前に、それを手に入れた遥から、藤次郎正宗を経由して彼女に渡っていたのである。
「それで、何をする気な……うわ、やめ」
「フフフ、よいではないかよいではないかー」
 サラス・エクス・マシーナ(さらす・えくす ましーな)シャチ・エクス・マシーナ(しゃち・えくすましーな)の武装を嬉々としながら、全部剥ぎ取ろうとする。
 全ては縁らが行おうとしている実験のためだ。
「シャチは少しは育ったのかなー?」
 そんな事を言いつつも、彼女達は機晶姫なので基本的に外見は成長しない。
「準備は整ったようじゃな」
 縁が見ると、シャチは自らの武装を全部外され、サラスに取り押さえられている。そして、手に握った改造機晶石をシャチに組み込もうとする。
 その前段階として、彼女は改造機晶石を大学の施設を使って解析したが、特に結果は得られなかった。
 出力を計測したところでは、普通の機晶石よりもエネルギーの発生量が多かったが、その理由は定かではない。こちらは人工機晶石とは違い、天然の機晶石に何らかの手を加えたものらしいが、その工法過程は一切が謎である。
 と、いうわけで実際にどんな効果が得られるか、自分のパートナーで試してみようと考えたわけである。
「……シねばいいのに」
 ぼそりと、シャチが呟く。が、もはや抵抗するのも諦めているようだ。
「なんかいたいけな少女……に見えるが、腐ってもシャチだなあれは」
 そんな彼女達を、伊達 藤五郎成実(だて・とうごろうしげざね)が遠目から眺めている。
「では、始めるぞ」
 縁がシャチの体内に、改造機晶石を組み込んだ。とはいえ、機晶技術を彼女は持ち合わせていないので、半ば強引にである。
 すると、がくっとシャチが頭を落した。
「おや、どうしたのじゃ?」
 動かなくなったシャチに近づこうとすると、
「ぁぁぁあああああ!!!」
 シャチが轟いた。暴走である。
「まずい、抑えないと!」
 すぐにサラスが轟雷閃をシャチに放つが、シャチは唯一使える火術でもってそれを防いでしまう。その火力は、普段以上の威力だった。
 が、どうやら無理に組み込んだのがいけないようで、彼女の身体から火花が飛ぶ。
「早く、外さねば」
 縁が雷術を繰り出し、それに合わせてサラスが再び轟雷閃を放つ。
「まだ、威力が足りねぇぜ」
 さらに藤五郎成実も轟雷閃を繰り出す。
 そのまま近づき、サラスと藤五郎成実がシャチを取り押さえる。
「よし、取ったよ!」
 即座に改造機晶石を除去するサラス。
 はあはあと息を上げ、シャチが次第に落ち着きを取り戻していく。
「殺す気!?」
「いやいや、ここまで危険だとは思わなかったんじゃ」
 そもそも、機晶姫の体内をいじる事自体ある程度の技術がいるものなのだ。まして、未知の物質を使用するのだから、その危険度は高い。
 せめて機晶姫の技術にもう少し精通していれば、もう少しはマシであっただろう。
「しかし、機晶姫が強化されはするようじゃが、暴走を防ぐには然るべき手段をとらねばいけないようじゃな」
 改造機晶石を手に取り、縁は再び解析に戻っていく。
 各々が作業に取り掛かろうというとき、シャチが呟いた。
「……あれ、僕の武装は?」