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学生たちの休日5

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学生たちの休日5
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    ★    ★    ★
 
「おーい、二階はちゃんと片づいたでございますか」
 沢渡 隆寛(さわたり・りゅうかん)が新居の階段の下から、二階にいるはずのマーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)に声をかけた。
「やってるよ。まったく、ここは俺が建てさせたんだから、好きに使ってもいいだろうが」
 ぶつぶつと文句を言う声だけが二階から返ってくる。
 もともと、今回の引っ越しは、沢渡隆寛がより情報の多い空京で一人暮らしを始めようというものだった。だが、それを聞いたマーリン・アンブロジウスが、たまさか株で儲けた金を出してアパートではなくて一軒家を購入させたのだ。もちろん、二階部分をまるまる占拠して、自分のための怪しい書庫にしようという魂胆からである。
 沢渡 真言(さわたり・まこと)の許においておいたのでは、いつ処分されるかも分からない怪しい本の数々だ。ここに隠せれば安全だろう。
「使うってもうされましても……、おいておくのと使えるようにするのとは意味が違うのでありますよ。とにかく、今日は真言殿とのぞみ殿が泊まってもよろしいように、私と貴殿が寝られるだけのスペースは確保していただきませんと……」
「だからやっているって……」
 相変わらず声だけで、マーリン・アンブロジウスが答える。どうにも、本当に片づけているのかものすごく怪しい。
「あまり進まないのでありますれば、私が手伝って……」
「ああ、よけいなことはするな。へたな本触ると呪われるからな。寝るときだけ安全地帯作ってやるから、それまでは真言たちも近づけないようにガードしてろ、いいな」
 ほとんど立て籠もり状態を構築しているかのように、マーリン・アンブロジウスが言った。
「やれやれ……」
 どうしたものかと沢渡隆寛が困っていると、玄関のチャイムが鳴り響いた。
『はーい、来ましたよー』
 三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)ミカ・ヴォルテール(みか・う゛ぉるてーる)を連れた沢渡真言が、インターホン越しに叫ぶ。
『早く開けてよー』
「は、はい、ただいまお開けいたしますです」
 ドタバタと玄関に駆けつけると、沢渡隆寛は丁寧にドアを開けた。
「今日はお招きありがとう。素敵なお家ね」
 黒いワンピースの上にボレロを着た三笠のぞみが、軽く会釈しながら沢渡隆寛に言った。
「うん、なかなかりっぱな城じゃないか」
 スーパー袋をいくつも腕に提げ持ったミカ・ヴォルテールもざっと家の外観を長め渡してうなずく。
「まだ散らかっておりますが、とにかくお上がりくださいませ」
 すでにならべてあるスリッパを勧めると、沢渡隆寛は三人を家の中に上がらせた。
「マーリンは?」
「二階におられます」
 キョロキョロと周囲を見回した沢渡真言が、一人足りない者の居場所を訊ねた。
「あら、でしたら御挨拶に……」
「ああ、いいですから、いいですから。後で下りてくるでしょ。それよりも、ここの主は隆寛さんなんだから、いろいろと話しててください。その間に、ちょっと腕をふるって美味しい物を作りますから」
「手伝いましょうか?」
 あわてて三笠のぞみを引き止める沢渡真言に、三笠のぞみが言った。
「ゲストにお料理なんてさせられませんわ。できあがりを楽しみにお待ちください」
 執事としての一礼を返すと、沢渡真言は、買ってきた具材をミカ・ヴォルテールから受け取ってキッチンの方へとむかった。
「いい、絶対に、マーリンの所に行かせてはだめですよ」
「心得ております」
 すれ違い様小声でささやく沢渡真言に、沢渡隆寛が決意をもって答えた。
 魔窟である二階に三笠のぞみを行かせでもしようものなら、潔癖症である彼女が二階ごと粗大ゴミとして回収に出しかねない。それだけはきっぱりと断言できるため、なんとしても阻止しなければならなかった。
「なかなかいいお家だな。これで、あんたも一国一城の主ってわけだ」
 シンプルだけれど、なかなか住みやすそうな室内を見回してミカ・ヴォルテールが言った。
「いえいえ、資金はマーリン殿に出していただきましたので。私の領域は一階だけなのです」
 沢渡真言の淹れてくれた珈琲を運びながら、沢渡隆寛が答える。
「とはいえ、一人暮らしは男の夢であると共に、大変でもあるだろう。なんでまた急に?」
「見聞を広めたく思いまして。ザンスカールでもそこでしか手に入らない情報はありますが、ここ西シャンバラの空京でなら、それとはまったく違った情報もあるのではないかと思いあたったのでございます。それは、きっと、真言殿のためにもなると信じておりますので」
「ふーん、殊勝だねえ。いいことだ」
 本心から感心しながら、ミカ・ヴォルテールが言った。
「とりあえず、サラダからつまんでいてください」
 沢渡真言が、キッチンから最初にベビーリーフの生ハムサラダを運んできた。
 ダイニングのテーブルには三笠のぞみが引越祝いとして持ってきた花瓶に、一緒に持ってきた白いガーベラが生けてある。
「美味しそう」
 サラダを見て、三笠のぞみが目を輝かせた。
「空京に、のぞみ殿やミカ殿が遊びに来る際は、こちらを好きに使ってくださってかまいませんよ」
 沢渡隆寛が、取り皿を配りながら言った。
「それは、ありがたいぜ」
 便利になると、ミカ・ヴォルテールが喜ぶ。
「でも、お邪魔じゃないかしら」
 三笠のぞみが、ちょっと遠慮してみせた。
「大丈夫です。そのためにちゃんとゲストルームも用意してありますから。もちろん、マスターも御自由にどうぞ」
「助かるわ」
 沢渡隆寛に言われて、真鯛の塩釜焼きとビーフシチューを持ってきた沢渡真言が言った。
「おっ、もうやってるじゃねえか。俺の分は?」
 ちょうど下りてきたマーリン・アンブロジウスが、食卓にならび始めた料理を眺めて言った。
「二階はもういいのですか?」
 沢渡隆寛が、小声で訊ねた。
「ああ、ちゃんと魔道書を積みあげてベッドを作ったから、いつ来ても一応寝られるぜ」
「ううう……、悪夢を見そうです」
 軽く唸ってから、沢渡隆寛は、沢渡真言を手伝いに行った。