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第1章 期待と不安


 翌朝、百合園女学院の前で歓声が上がった。
 掲示板に張り出された手紙の主、メアリ・ミラー子爵夫人からの迎えの馬車が到着したのだ。馬車は4頭立ての箱馬車で、20人は乗れそうな大きさだった。それが3台も連なってやってくる様は迫力があり、彼女達が抱える小さな不安を忘れさせてくれるほど興奮するものだった。

 先頭の馬車から御者頭の男が降りてきた。男は帽子を取り、恭しく彼女たちに一礼した。
「おはようございます。メアリ・ミラー子爵夫人のご依頼で、タリスホルンの館へ向かうお嬢様方をお迎えにあがりました。どうぞお好きな馬車にお乗り下さい」
 各馬車の御者が一斉にドアを開けた。

 百合園生のヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は先頭の馬車に乗り込むと、一番前の窓側の席に座った。
「すごいです! こんなおおきな馬車、はじめてなのです!」
 馬車の側面に沿うように造りつけられた座席は艶やかに磨きこまれており、お揃いのクッションが並べてある。
 ヴァーナーがさっそく窓を開けると、初秋の涼やかな風が馬車の中に吹き込んできた。
 同じ百合園生の神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)は、ヴァーナーの隣に腰かけ、一緒になって窓の外を覗き込んだ。
「すっかり秋らしくなりましたね」
 有栖はそう言って、色づいた木々を楽しそうに眺めた。

 2人の向かい側には、同じ学校の秋月 葵(あきづき・あおい)が、パートナー達とともに腰掛けた。
「あのね、葡萄踏みの邪魔になるから、髪をお団子にして?」
 葵が甘えたように言うと、シャンバラ人のエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)が優しい手つきで葵の髪を梳いた。
「髪を結ってる間は大人しくしていて下さいね」
「うん、収穫祭、楽しみだね!」
「そうですね」
 大人しくすると言ったそばからはしゃぐ葵に、エレンディラが笑みをこぼす。
 もう1人の葵のパートナーで、獣人のイングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)は、ご機嫌で座るとすぐに荷物からおやつを取り出し、さっそく袋を開けた。イングリットは、葵とエレンディラが出掛けようとしたところを目ざとく見つけ、「イングリットも一緒に行くにゃー」とダダをこねて連れてきてもらったのだ。

 続いて、蒼空学園の朝野 未沙(あさの・みさ)と、久世 沙幸(くぜ・さゆき)が馬車へと乗り込んだ。
「へぇ、すごいね! 大型の馬車の中ってこんな風になってるんだ!」
 未沙は好奇心の赴くまま、馬車のあちこちを調べ始めた。
 未沙に続いて遠慮がちに乗車した沙幸は、先に乗っていた百合園生の面々に笑顔で挨拶をした。
「おはよう! 他校生も参加していいみたいだから参加する事にしたんだけど、やっぱり百合園生が多いよね。でも、葡萄踏みのお手伝いってなんだか、楽しそうなんだもん!」
 そんな沙幸の言葉に、葵が顔を輝かせた。
「だよね! すっごく楽しそうだよね!」
 続いてヴァーナーと有栖も会話に加わる。
「ボクも、みんなとのぶどうふみのおてつだい、とっても楽しみにしてるですよ」
「私、葡萄踏みは初めてなので上手に出来るかわからないですけど、皆と一緒だから、本当に楽しみです」
 そんな有栖に、沙幸が笑顔を向ける。
「心配しなくても、きっと葡萄踏みをしたことある人の方が少ないと思うよ」
 このあと、沙幸が休みを利用してヴァイシャリーに買い物に来ていて、葡萄踏みの手伝いの話を聞いたという話に続いて、どこのお店に行っただの、あそこのお店のなにが百合園で流行っているだの、むこうの店のスイーツはぜひとも食べるべきだのと女の子同士の話に花が咲いた。一通り馬車の構造を調べた未沙もようやくそれに合流し、車内は和やかな雰囲気に包まれた。

 その時、
「おやめ下さいっ!!」
 馬車の外で、凛とした少年の声が響いた。
 その声の主は、強化人間のミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)だった。ミリオンは、神とも思っているパートナーの天御柱学院生、オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)が馬車に乗り込もうとするのを必死で止めていた。
「いけません、オルフェリア様! ミラー夫人については良い噂を聞きません。そんなところへお一人で行かれるというのですか!?」
 オルフェリアは、ミリオンの様子を大げさだと思いながらも困った様にほほ笑んだ。
「オルフェは、噂だけでその人のひととなりを判断するのはいけないことだと思うのです。聖書にも『汝、隣人を愛せよ』と記されてます。オルフェは、ミラーさんの寂しさを少しでも和らげて差し上げたいと思うのです」
「ですがっ!」
「それに、一人で行くのは仕方ないのです。ミラーさんのご招待は、女の子だけなのです」
 オルフェリアが、難しい顔でミリオンを見つめる。
「この身体が、この身体が悪いのかぁっ!!」
 オルフェリアに着いて行けない悔しさに、ミリオンが頭を抱えて苦悩する。その隙に、オルフェリアは馬車へと乗り込んだ。
「すぐに帰って来ます。お土産を楽しみにしていて下さい」
「ああっ! オルフェリア様〜っっっ!!」
 ミリオンの悲痛な叫びに、やはり大げさだとオルフェリアが苦笑する。
「いいんですか?」
 その様子を見ていたイルミンスール魔法学校生の朱宮 満夜(あけみや・まよ)が、馬車の外で泣き崩れるミリオンを気の毒に思い、オルフェリアに声をかけた。
「大丈夫です。ミリオンも、きっと分かってくれると……」
 オルフェリアが言い終わらないうちに、馬車の外で、軍用バイクのエンジン音が響いた。
「オルフェリア様のお気持ちはわかりました。ならば、我もオルフェリア様と共に参ります!」
 ミリオンの、揺るがぬ決意を宿した瞳がひたむきにオルフェリアを見つめた。
「やっぱり、少し大げさだと思うのです……」
「でも、心強いですよ。ミラー夫人によくない噂があるというのは本当ですし、本当言うと、女の子だけじゃ不安だと思っていたんです」
 行くと決めたものの、噂を気にしていた満夜は、本心からそう言った。真相は、行ってみなければわからないとも思っていたが。
 2人の会話を聞いたエレンディラも、同じ不安に眉をひそめた。
「私も、噂は聞いています。やはり、用心はしないよりもしていた方がいいと思います」
 隅の座席に腰掛けていた空京大学生の如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は、心の中でエレンディラに同意した。メアリの身元は保証済みとされているが、「身元」がしっかりとしていても噂が真実かどうかは分からない。そう考えた正悟は、潜入して調べて見ようと思い、百合園の制服とロングヘアーのウィッグで変装し、護衛も兼ねて馬車に乗り込んでいたのだ。
 別の馬車では、葦原明倫館の日下部 社(くさかべ・やしろ)が、眉間にしわを寄せていた。
「ほんまに、なんでこんなんなってんねやろなぁ、寺美ぃ」
 小声でつぶやく社にギロリと睨みつけられたゆる族のパートナー、望月 寺美(もちづき・てらみ)は誤魔化すように社に笑顔を向ける。
「社子ちゃん、女の子なんだからそんな怖い顔しちゃダメですぅ」
 健全男子として百合園生の葡萄踏みを見たい☆と思っただけなのに、男子は馬車に乗れないと知ったとたん、寺美が嬉々として社に『簡易更衣室』と女物の服を押しつけたのだ。馬車に乗れたのはよいのだが……。
(知り合いに見られませんように……)
 社は自分を知る者のいない馬車を選んで乗りはしたものの、そう強く願わずにはいられなかった。
「では、これよりタリスホルンへ向けて出発いたしまーす!」
 最後に御者台に戻った男が大きな張りのある声で宣言すると、乙女達を乗せた馬車は、彼女たちの期待と不安を乗せ、ゆっくりと動き出した。