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第8章 夫人とメイドとお姉さま。とか。


 メアリは、中庭の見える部屋で、押しかけメイドの野々が入れてくれたお茶を飲んでいた。
「美味しいわ。優秀なのね」
 メアリのほめ言葉に、野々が控え目に微笑む。
「ありがとうございます、メアリ夫人」
「貴女も遠慮なさらずに、召し上がって?」
 メアリの向かいには、大人の世界から幼い後輩を守ると誓った歩が座っていた。ずっとメアリの傍で、後輩が危険な目にあわないか見張っていたため、離れる機会を失い、そのままお茶に誘われたのだ。
「いただきます」
 野々が入れてくれたお茶をすすると、緊張に固まった身体と心がふんわりとほぐれていく。
「……おいし」
 そんな歩の様子を見て、メアリはずばりと核心をついた。
「何か、私に聞きたい事があるのではなくて? ずっとそんなお顔をしてらしたわ」
 歩は、メアリの言葉に動揺するが、かえってチャンスだと思い直し、思い切って疑問をぶつけることにした。
「あのっ、私、ミラー夫人の本当の気持ちが知りたいです!」
 歩の答えに、メアリが面白そうに笑う。
「私の、本当の気持ち?」
「は、はい。村でよくない噂が流れてるし、歓迎するのは20歳以下の女性って手紙にあったし、だから、あの、もしかして、ミラー夫人は、…………女の子が好きなんですかっ!?」
「……は?」
 驚くメアリに気付かず、歩はいっきにまくし立てる。
「なんか、やっぱり門で女の子達に思わせぶりに触ったりしてたし、……あ、偏見はないんですよ? でも、家に帰してあげなかったりって言うのはやりすぎかなって思って。ただ、越してくる前のツァンダでは、特に問題なかったみたいだし、元々悪い人だったとはあんまり思えなかったり。だから、どうしてこんな事になっちゃってるのかなって。そんなこと、色々考えてたらわかんなくなっちゃって……」
「素直な方ですのねぇ」
 メアリがくすくす笑う。歩はますますわけが分からなくなった。
(あれ? 最初にあたしが考えていたのは違うのかな? 子爵さんはまだツァンダにいるみたいだし……。あ、もしかして逆に若い女の子に嫉妬してたりするとか???)
 混乱する歩に、メアリは笑いを抑えながら答える。
「そうね、好きかと聞かれたら、大好きな方かしらね」
「そっ、そうなんですか……」
 悪びれずに言うメアリの言葉に、なぜだか歩の方が赤くなる。
 野々は、メアリのカップにおかわりのお茶を注ぎながら穏やかに言う。
「私は存じてましたよ」
 メアリと歩が同時に野々を見た。
「だって、お手紙に20歳以下に限る、と注意書きがされてましたもの。隠す必要はございませんよ? 私も私より年が若い、可愛い女の子が大好きですから!」
 にこにこと語る野々に、歩が口ごもる。
「で、でも、やっぱり、そういう対象にするには、若い子達ばっかりっていうか、まだ早いんじゃないかなって思うんだけど」
「勘違いなさらないで下さい。メアリ夫人も私も、可愛い女の子が大好きなだけですよ。今回のご招待だって、百合園の皆様と楽しいひと時を過ごしたい。それだけなのですよね?」
 野々に尋ねられ、メアリはにっこりと微笑んだ。
「もちろんですわ」
 その答えに、歩が安心する。
「なんだ、良かったぁ」
 野々は、歩にお菓子をすすめながら、話を続けた。
「好きだけど手を出さない。観てるだけでも案外楽しいものですよ。近くで一緒に楽しむには、私には眩しすぎるのです。メアリ夫人、貴女はどうですか? 村では妙な噂が立っていると聞きますが、私はメアリ夫人も、ただ可愛い子が好きなだけだと思っているのです。勘違いでしたら申し訳ありません。ただ、同じ趣味を持った方でしたら、良い関係になれると思っただけなのです」
「良い関係…ね。ふふ、貴女とは仲良くできそうですわねぇ」
 メアリは何か含みを持たせたような言い回しをし、歩は会話を素直に受け取って、心配は杞憂だったのだとほっとし、野々は真意のわからない笑顔を見せていた。
「では、メアリ夫人に、ヴァイシャリーお話でもいたしましょうか? 私も、メイドであると同時に百合園生でございますので、きっとお気に召すお話ができると思いますよ。さてさて、どんなお話が良いですか? やはり、可愛い百合園生のお話とかお好きですよね?」
 野々は楽しそうに語りながら、あっと声をあげ、歩に、内緒話をするように、人差し指を自分の口に当ててみせる。
「ここでのお話は、皆様には秘密にして下さいね? 隠れて愛でることが、私にとっての楽しみなのですから」
 歩は、もちろんだと頷き、約束した。
 3人の視覚になっている窓の下では、潜入していた朔が、証拠集めの為のビデオカメラで今のやりとりを録画していた。
(女の子が大好き……?)
 自身も女の子が大好きで大事で護りたいと思っている朔は、メアリの言動に違和感を感じていた。
 今のところ証拠も根拠もないが、本能がメアリの言葉は嘘だと感じ、あの女は敵だと訴えている。
(不幸な少女を増やそうとしているなら、絶対に、許さない……!!)
 朔は熱くなりかけた心を呼吸で鎮め、クリアな思考を取り戻すと、『超感覚』を発動させる。黒犬の耳としっぽが生えると同時に、獣特有の鋭い感覚が朔の五感を刺激した。自分の気配は、気配が薄れる『ベルフラマント』と気配を殺す漆黒の『ブラックコート』の二重使いで消している。それでも朔は気を配りながら、冷静に慎重にと全ての物音や匂いを見定めつつ、先ほど本能が訴えた事の証拠を捜して移動を開始した。

 そんな事は知らず、メアリと野々、歩が歓談していると、雪白と由二黒が慌てて駆け込んできた。
「あのねっ!」
「お風呂、貸して欲しいんですって!」
 聞けば、桶の中で転んだ人達の為だと言う。メアリは快くそれを承諾した。