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第12章 すすり泣く井戸の真実


 裏口から館に入った者達の殆どは、アンデッドを避けながら、井戸へと向かった。
 社ももちろんそのつもりだったが、アンデッドが館の中まで徘徊しているのを見ると、悩んだ末、館の方へと方向を変えた。
「社ぉ、いいんですかぁ?」
 置いて行かれまいと着いてくる寺美に、社は頷いた。
「泣いてる女を放っとくんは男がすたるけどな、今は知らん井戸の女よか、あゆむんの方が心配や!」
 社は、寺美を気遣う余裕もなく、スピードを上げた。

 井戸に到着した者達は、代わる代わるその中を覗き込み、耳をすますが、噂のすすり泣きは聞こえてこなかった。
 なんとか井戸に辿り着いたリオンが、珍しく深刻な顔を見せる。
「もしも、噂のすすり泣く声というのが、村の娘達だったとしたら、何も聞こえないのは、随分と悪い兆候だと思わないかい?」
 正悟が頷く。
「やっぱり、中に入って調べるしかないと思う」
「ならば、ロープを使って井戸の底に降りなくてはね」
 そう言ってリオンがロープを取り出す前に、ステンノーラが井戸に『20メートルのロープ』を下ろした。
「キミ、気がきくじゃないか!」
 リオンのほめ言葉を執事のステンノーラは当たり障りなく受け流す。
 村で情報を仕入れてきたメイベル達と葉月達が、遅れて井戸に到着し、わかったことを皆に伝えた。
 正悟が厳しい顔であたりを見回す。
「ネクロマンサーは、正門にいる男だけじゃないって事か」
 それにしても、とメイベルが思案する。
「そもそも、どうして若い女性を軟禁して何をしているのでしょう? まさか、タシガンの吸血鬼みたいに、女性の血を必要としているとか…?」
 軟禁されているかもしれない娘達を思い、メイベルは心を痛めた。
 魔鎧の朱美をまとった祥子も井戸に辿り着き、『光学迷彩』を解くと、話の輪に加わった。
「子爵夫人自身がモンスターか、それに入れ替わられてる可能性があるんじゃないかしら。昼間見た様子じゃわからなかったけど、井戸の中に、村の娘たちか本物の子爵夫人が居れば真相はすぐにでもわかるわ」
 祥子の言葉に、ブルタがぐふふと笑う。
「ボクも、ここに本物のミラー夫人と娘さん達がいると思うね。昼間のアレは偽物だよ。ボクにはわかるね」
 セシリアが長い話にしびれを切らした。
「もうっ、ぐちゃぐちゃ行ってないで、早く井戸に降りようよ! 囚われの乙女が居るかもしれないんでしょ、ちゃんと助けてあげなきゃ!」

 セシリアの言葉を受けた正悟は、罠が仕掛けられている危険性を考えて自分が先に行くと言い、ロープを掴むと、慎重に井戸の中へと入って行った。そんな正悟に葉月が声を掛ける。
「女性が、そのまま井戸に居るとは思えません。井戸の底か、もしくは途中の壁に屋敷に通じる穴があるんだと思います」
 葉月のアドバイスに正悟がわかったと頷いた。
「壁に注意しながら降りるよ」

 井戸の中は、すぐに暗闇となって正悟に迫ったが、『ダークビジョン』を発動させているおかげで、問題なくあたりを見ることが出来た。
 5メートルを降りたあたりで、正悟は鉄格子のついた大きな通気口を発見した。落ちないように気をつけながら、『ピッキング』と『怪力の籠手』を使って鉄格子を外すと、鉄格子は重い金属音をたてながら落下した。
「大丈夫?」
 地上からかけられた祥子の声に大丈夫と返し、正悟は90センチ四方の通気口に身体を滑り込ませた。トラップがないか慎重に進むと、その先に、小さな部屋を発見した。

「おーい、誰か来てくれ!」
 急いで通気口に戻った正悟は、地上に向かって助けを呼んだ。


 それに応えたわけではないだろうが、蒼空学園の滝川 洋介(たきがわ・ようすけ)は、今まさに館に忍び込もうとしていた。
 噂の真相を探るべくタリスホルンへ向かった洋介だったが、乗り物を持っていなかったため、ヒッチハイクでようやくタリスホルンに到着したものの、空にはすでに月が高く登っている。
 洋介は、館を囲む塀の近くで大きな枝ぶりの高い木に登ると、枝に捕まってぶら下がり、体を振り子のように揺らして反動をつけ、塀の上を目掛けて飛び降りた。
「へへっ! 忍び込むのなんて楽なもんだ! っとう!」
 洋介は、暗い塀の内側に臆する事無く、掛け声とともに館の敷地に着地する。本当は、塀や木を渡って建物の屋根まで侵入して様子を見たかったが、肝心の館が塀からも植え込みからも離れているのでは、とりあえず降りないわけにはいかない。
「さて、すぐにこのオレがアンデッドの正体を見破ってやる!」
 洋介は、月で出来た壁や木の陰を選びながら、館へと小走りに向かった。
(……どうせなら、女の子達の姿を少し覗いてこうかな……いやっ、決して下心なんかないぞ! 無事かどうかを確認する意味での覗くって話で、けしてあられもないすがたをのぞこうってはなしじゃ……)
 自分の下心にに自分で言い訳しながら、洋介の顔は想像にニヤけていた。
「……ッと! そういう場合じゃねぇみたいだな」
 洋介は立ち止まると、打撃力を増す『鉄甲』をはめた両の拳を構えた。目の前には、ふらりと現れたゾンビ達が、腐った目玉で洋介をじっと見ている。
「どうやら、噂のアンデッドさんのお出ましみたいだな」
 アンデッドは洋介を捕らえようと肉の剥げた手を伸ばす。
「……オレが全ての真相を暴いてやる! おぉぉぉぉー!!」
 洋介は、叫びながら、アンデッドに向かって突進して行った。


 正悟の呼び掛けに、魔鎧の朱美を装着した祥子と、葉月が井戸に降りる事になった。2人がロープを伝い、通気口を辿っていくと、3畳ほどの小さな石の部屋に出た。
 そこには、通気口にあったのと同じ鉄格子がはめられていたが、正悟が外したようで、近くの壁に壊れたそれが立て掛けてあった。

 部屋の床には、40歳くらいの女性が倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
 葉月は急いで彼女に駆け寄り、脈をとる。弱いながらも確かに脈うつ温もりにほっと安堵の息をついた。抱き起こして声をかけてみるが反応はない。
 その間に祥子が他の出入り口はないか壁を調べると、壁の一部のレンガが新しかった。この向こうに囚われの娘がいるのか、それとも女性を部屋に閉じ込めるためだけに塗り潰したのか。祥子が今すぐレンガの壁を破るメリットとデメリットを考えていると、葉月に介抱されていた女性が小さく呻いたので、祥子は壁から離れた。
「次の事はまず、その女性を助けだしてからね」
 祥子はそう言うと、葉月と女性に駆け寄った。

 葉月が部屋の隅にあった毛布を見つけてそれを広げると、祥子と正悟が女性をその上に横たえ、毛布の上下を掴む。葉月が先に通気口をくぐり、正悟が毛布の上の女性が苦しくないよう気をつけながら通気口の中を引きずり、最後尾の祥子がそれをサポートした。
 葉月が通気口に辿りつくと、芋虫のような指を持つ手が目の前に差し出された。本物のメアリと行方不明の娘達が井戸にいると思っていたブルタが、主に娘達の救助を下心付きで手伝おうと、ロープを降りてきていたのだ。
「さあ、お嬢さん、ボクに捕まって」
 紳士を気取るブルタに笑顔を向けられ、葉月の背に悪寒が走る。
「ほら、遠慮せずにボクの手につ……」
 ぶちっ。
 突然ブルタの捕まるロープが切れ、ブルタは井戸の底へと消えていった。
「ぁあああああっっっ!」
 ブルタの悲鳴が井戸の中に反響し、すぐにべちゃりという音が重なった。
 地上では、ロープを切ったミーナが強力無比な刀と呼ばれる『栄光の刀』を手に井戸の底を睨みつけていた。
「ワタシの葉月に触ろうなんて、百万年早いんだから!」
 井戸の底からブルタの元気な声が聞こえた。
「危ないじゃないかぁっ!」
 ブルタのパートナーのステンノーラは、それを聞いて極上の微笑みを浮かべた。
「そういう得体のしれない丈夫さは気に入ってますけど、少しは懲りればよろしいのに」
 ステンノーラは、ミーナから渡された新しいロープを手に通気口にいる者達に呼びかけた。
「今、新しいロープを下ろしますわ!」
 しかしそれは、祥子にいらないと断られる。祥子は『空飛ぶ魔法↑↑』を発動させ、通気口の中の者達に飛行の効果をもたらした。
 葉月が先に地上へと向かい、祥子の手助けで正悟が女性を背負うと短時間で地上への帰還を果たした。
 井戸の周りには、いつの間にか新しい顔ぶれが加わっていた。皆の質問に正悟が答えた。

 夜の散歩から一転、アンデッドに追われながらも辿りついたアルメリアと可憐達が、衰弱している女性の顔を覗き込んだ。
 アルメリアは、なぜか目をうるませている。
「まぁ、お菊ちゃんたら、思ったより年上なのね」
 可憐は力なく投げ出された手に、可愛いお皿を握らせた。
「ほら、お皿はここだよ。元気出して」
 周りの者達がお菊だのお皿だのに疑問の目を向けてくる中、アリスは赤面しながら女性に『ヒール』をかけ、傷を癒す。
 やがて、薄く眼を開けた女性は、乾いた声を漏らした。
「ぅ…あ…」
 アリスが水筒に入れて持ってきたハーブティーを飲ませると、女性はようやく意識がはっきりしてきたらしく、力なくあたりを見回した。
「私、……外に出られたんですの? それとも…これは…夢なのかしら?」
 美羽が、元気を分けるような笑顔を女性に向ける。
「大丈夫、夢じゃないよ! ここはメアリ夫人の館の井戸の横だよ。私達、井戸から女の人の泣き声が聞こえるって聞いて、調べに来たの。あの声はあなたでしょ? どうして泣いていたの? 私達、あなたを助けてあげられるかな?」
 美羽の言葉に、女性はほろりと涙を零した。
「泣くしかできない自分に絶望していましたの…でも、それが…こんな形で、貴方達に届くなんて……」
 アルメリアは彼女に防寒具を羽織らせながら肩を抱き、昔は可愛い女の子だったであろう彼女を慰めた。
 女性は、弱々しい笑顔を皆に向けて、名前を名乗った。

「私は、メアリ・ミラー。この館の主ですわ」

 周りが驚く中、やっぱりと祥子とステンノーラは思った。
 祥子が彼女のいた小部屋の、新しいレンガの壁の向こう側について尋ねると、本物のメアリは、あの場所が本来は避難部屋で、新しくレンガが積まれた場所には隠し扉があったのだが、一週間程前から塞がれ、以来、飲まず食わずだったと教えてくれた。

「ねぇ、身の上話もいいんだけどさ、少しは手伝ってくれてもいいんじゃないのかい?」
 肩で息をしながら、リオンが言う。見れば、アンデッド達が、井戸を取り囲むようにしてじわじわと近付いてきていた。
 リオンは切れそうな力を振り絞り、襲いかかって来る数体のスケルトンに向かって『アシッドミスト』を放つと、酸の霧でダメージを与えた。
 続いて紫が『爆炎波』を発動させ、白く光る刃とともにスケルトンの酸で弱った骨を爆炎で薙ぎ払う。
 そこへ、単身館に乗り込んだ洋介が駆け付けた。
「抜け駆けは許さん、真相はオレが暴くんだ!!」
 洋介の右ストレートが、スケルトンの顔に決まり、吹っ飛ばされた頭蓋骨がカラカラと音を立てて庭に転がる。
 そんな彼らの前に、ガラの悪い男が立ち塞がる。
「ったくよぉ、こんなに沢山ネズミを入れやがって、表の奴は何してんやがるんだ? これじゃ報酬を上げてもらわねぇと、ワリに合わねぇよな?」
 男の言葉に、アンデッドの高まった殺気が井戸の周りの者達に向けられる。葉月達が集めた話に出てきた雇われネクロマンサーの1人だろう。
「おら、アンデッドども、やっちまえ!!」
 男の合図で、集まっていたアンデッド達が攻撃を開始した。
 朱美が静かに祥子に話し掛けた。
『準備はいい?』
「もちろんよ」
 祥子は朱美にそう答えると、『さーちあんどですとろい』を発動させ、あたりのアンデッドに炎熱のダメージを加えた。
 葉月とミーナもそれぞれの武器を手に加勢する。
 メイベルとセシリアも戦闘態勢に入り、フィリッパも『聖剣エクスカリバー』を構えながら、隣のステラを見た。
「ステラさん、大丈夫?」
 ステラはフィリッパの気遣いににこりと微笑む余裕を見せる。
「はい。こちらの方なら、慣れています!」
 ステラはそう言って、『機晶キャノン』で機晶石に蓄えたエネルギーを、アンデッド目掛けて発射した。
 近くでは、『怪力の籠手』を身に付けた美羽が、『則天去私』でアンデッドに光輝属性の攻撃を加える。そんな美羽を守るように戦うコハクは、ネクロマンサーの男の技を封じようと武技『シーリングランス』を繰り出した。
 可憐は術者の魔力を打ち出すという『魔道銃』を構え、アリスとアルメリアを庇いながら、メアリを背負う正悟とともに井戸の陰に避難する。
 ステンノーラはしばらく状況を見ていたが、
「戦力は充分ですわね。もう少し詳しいお話を聞かせていただけるかしら?」
 とメアリに話の続きを促した。メアリは戸惑いながらも今までの事を話し始める。
 メアリは、ツァンダからタリスホルンへ引っ越して来てすぐの頃に、近所に住むという女性の訪問に応じたばかりに捕らえられ、以来、あの部屋に監禁されてしまっていた。
 女性は自分の名を騙り、村から女の子達を集めてきて地下にある一番大きな隠し部屋でなにかを行っているらしい事までは分かったが、何かはわからない。ただ、そこに行った後の偽物の女からはひどく血の匂いがしたという。
 その話に、ステンノーラの『博識』が、確信に近い推測を導き出す。
「どうやら、偽物の夫人は若い女性の血を大量に欲しがる吸血鬼のようですわね。しかも、本物の夫人と入れ替わる手際の良さからしても、これが初犯ではありませんわ。……そうとう性質が悪そうですわ」