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第14章 ミラー夫人の真意


 こっそりと館を探索していて、ミューレリアとはぐれた者達は、いまだ館の中を彷徨っていたが、夜が更けるにつれ、メイドよりもアンデッドに遭遇する率が高まっている事に気が付いていた。
 舞が寒気を感じてぶるりと身を震わせる。
「アンデッドって、庭にいるんじゃなかったんでしょうか。……私、ホラー映画とか苦手なんですよ」
 ブリジットは、にやりと笑う。
「こうしてアンデッドを大っぴらに歩きまわせ、怪しまれても構わない事態になっているという事は……。間違いないわ、きっと真相解明の時が近いのよ!!」
 ブリジットの台詞に、そうかしらとアクアが言う。
「このくらい、結構どこにでもある光景だと思いますわ」
「アクアさん、ザナドゥと一緒にしないで下さいよぉ〜」
 由宇はパートナーの感覚に文句を言う。
 明日香がふぅとため息をついた。
「ミューレリアさん、ご無事だといいですぅ」
 最後尾にいたアクアが気配を感じて振り向くが、そこには誰もいなかった。背筋にぞわりと悪寒が走り、思わず『聖なる札』を握りしめる。早くなる鼓動を感じながら、怖くないと何度も自分に言い聞かせ『ダークビジョン』で暗闇に眼をこらすと、
「あれ?」
 壁が歪んでいた。よく見ると、壁の一部がずれ、小さな隙間が出来ている。
「私、見つけちゃったかも」
 アリアが見つけた隙間をそっと開くと、地下へと続く階段が現れた。

 地下の隠し部屋では、偽メアリについて来た歩と野々が、待ち構えていたメイド達に取り押さえられていた。
「どうして!?」
 驚愕する歩を、偽メアリが嗤う。
「何をいまさら。気付いていたのでしょう?」
 偽メアリの言葉を、野々がきっぱりと否定する。
「いいえ。私は、信じていました」
「嘘おっしゃい」
「ほんとーですよ」
 偽メアリは野々の言葉を信じず、メイド達に命じて2人を壁際にずらりと置かれた椅子の1つに座らせ、添え付けの紐で身動きがとれないよう縛り付けさせた。椅子の肘掛の部分は筒を割ったような半円形になっており、手先に行くほど斜めに下がり、その下に空のボウルが置かれていた。
 偽メアリは野々に近寄ると、ボウルの淵を優しく撫でた。
「これはね」
 そういって、偽メアリはボウルから野々の固定された肘の内側に人差し指をあて、そこから手首までをすっとなぞった。
「ここを切って、流れた貴女達の素敵な血を溜めるものよ。私はね、血を吸うだけじゃ満足出来ないの。やっぱり、肌から直接『力』を取りこむのが一番気持ちいいのよ。でも、問題が起こると早くここを出なくちゃならないから、死人を出さないように気を遣っていたのよ。毎日この子達の血をこのボウルに3杯だけ。それなのに、村の人間が疑い始めてきたから、最後にこの身分を利用して若い女の子達の血をたくさん集めて終わりにするの。ほら、あそこにバスタブが見えるでしょう? 貴女達の血で入るお風呂はさぞかし芳しくて気持ちが良いでしょうねぇ。ふふ、大丈夫よ。心配しなくても、死なない程度にしてあげるわ」
「やめて下さい!」
 先に捕まり、椅子に縛り付けられていたオルフェリアが偽メアリに向かって叫んだ。
「吸血鬼の方は、血が食事ではないと聞いているのです。なのに、メイドさん達やオルフェ達から無理やり血をとるなんて、間違ってると思うのです! 吸血鬼の方は寿命が長いのでしょう? 肌から直接しか摂取できないのだとしたら、時間をかけても、理解者を増やして……」
「嫌よ、そんなの。めんどくさいじゃない」
 オルフェの言葉を、偽メアリはあっさりと遮った。
「そんな、めんどくさいって……。オルフェは、送られて来た手紙を見て、とても心を打たれたのです。寂しいと綴ったあの手紙は、あなたの本心ではなかったのですか!?」
 オルフェの思いを、偽メアリは冗談を聞いたかのように笑い飛ばした。
「あんな手紙でのこのこ来てくれるなら、いくらでも寂しいって言ってあげるわよ?」
「そんな…っ! オルフェは、あなたのお友達になれればと思って……」
 偽メアリは野々から離れ、オルフェに近づいていった。
「それじゃ、貴女から始めようかしら。お友達ですもの、私が血が欲しくて苦しんでいるのを、助けてくれるのよね? 大丈夫よ。可愛いお友達が苦しくないように、まずは血を吸って、下僕にしてあげる。そうすれば、私が命じない限り、何もわからなくなるわ……」
 偽メアリは、まっすぐに見つめてくるオルフェリアの顎と肩を掴み、首筋を露わにする。
「やめてっ! その子に手を出さないでっ!!」
 歩が悲鳴にも近い声をあげるが、偽メアリはそれを無視してオルフェリアの首筋に顔を寄せた。

 その時、バンッ!と勢いよく扉が開き、隠し階段を見つけたアリア達が現れた。ブリジットがここが見せ場とばかりにビシリと指をさし、偽メアリを糾弾する。
「ついに正体を現したわね、メアリ・ミラー子爵夫人! いやさ、乙女の血を狙う吸血鬼っ!!」
 アリアが思わずデジカメのシャッターを押した。
「こんな派手に登場してよかったのかなぁ……」
 由宇は、気後れしながら、隠し部屋の中を見渡した。
「あ、ミューレリアくん! よかった〜、無事だったんですねぇ!」
 由宇に声を掛けられたミューレリアは、椅子に縛り付けられた格好でもがきながら、さるぐつわの隙間から何事かをわめき、ぶんぶんと頭を横に振った。
「お行儀の悪いお嬢さん達には、お仕置きが必要ね」
 偽メアリが合図をすると、メイド達が新たな侵入者達に襲いかかる。
 アリアがとっさに『清浄化』を使い、メイド達の異常を取り除く。下僕化が解けて動きが止まったところを、明日香が『ヒプノシス』で眠らせ、これ以上の混乱が起きないよう手を打った。
 メイドはあてにならないと悟った偽メアリはアンデッドを呼び出し、明日香達にけしかける。
「よかったですぅ。生身の女の子よりは気を遣わなくてすむのですぅっ!!」
 明日香はアンデッドに向けて、遠慮なく『ファイアストーム』を放つ。
「それは、私も同感です!」
 アリアも『サンダーブラスト』を発動させた。
 その間に、由宇とアクア、舞とブリジットは椅子に縛られている仲間達を助け出す。
「あら、あなたも捕まっていましたの?」
 アクアが、ロザリンド腕の戒めを解きながら言った。護衛の域を超えて館を嗅ぎまわった為、捕まってしまったのだ。ロザリンドは、忌々しそうにさるぐつわを外すと、助けてくれたアクアに礼を言う。
「ありがとうございます。不覚をとりました」
 次々と拘束を解かれる乙女達や倒されるアンデッドを見て形勢不利とみた偽メアリが逃走を図る。
「させないよっ!!」
 自称、わざと捕まっていたルカルカは、幅の広い長剣型の光条兵器で戒めを切って自由を取り戻すと、床に倒れるメイド達を避難させていたが、偽メアリが逃げようとするのを見て手近にあった壺を掴み、勢いよく投げつけた。

「くらえっ、乙女の怒り〜☆」

 偽メアリは手近なゾンビのボロボロの襟首を掴むと、向かってくる壺にぶつけて乙女の怒りを阻止した。
 その隙に、オルフェリアが両手を広げて行く手を塞ぐ。
「ジャスティシアとして、あなたを逃がすわけにはいかないのです! 法の裁きの元、自分の行為を反省して下さい!」
 そんなオルフェリアに、偽メアリは容赦なく石化の魔法『ペトリファイ』を放つ。
 間一髪、ロザリンドがオルフェリアを抱えて横に跳んだ。開けた通路に、偽メアリが駆け込もうとしたその時、
「あゆむん、無事かっ!!」
 杜が部屋に飛び込んできた。社は、目の前にいた偽メアリを見ると、慌てて言い訳を始める。
「あわわわっ、違いますっ! 俺は、こちらにやっかいになってはるお嬢様が心配で心配なただの執事で、これっぽっちも怪しいもんとちゃいます!!」
 まくしたてる社を偽メアリは構わず突き飛ばし、その身体を踏み越えて逃げ出した。
「なんや今日はようけ踏まれる日ぃやなぁ……」
 ぼんやり呟く社を助け起こしながら、寺美がようやく納得がいった顔をした。
「ああいう言い訳を使おうと思って、わざわざ執事服を着てきたんですねぇ〜」
 部屋の中では、アリアが『清浄化』で異常を治し、舞が『ナーシング』や『ヒール』を使って、メイドや乙女達を治療していた。
 応急手当が終わるのを見たロザリンドが、皆に向かって言う。
「急いで館を出ましょう。ここにいない他の皆も探さないと」
 ロザリンドの指示で、戦えない者は真ん中に、なにかしらの攻撃手段を持つ者は前後を固めるようにして列をつくり、移動を開始する。
 社は歩を見つけ、走り寄った。
「あゆむん、大丈夫か?」
「あれ? なんでここにいるの?」
 歩に問われ、社は言葉につまった。片思いの身でキミが心配で☆とかいったら気持ち悪がられたりとかしないだろうか…なんて青春らしく悩んでみたり。そんな無言の社に、歩が続けて言った。
「ここ、男子は入っちゃダメなんだよ」
「……うん、そうやったな」
 どうやら青春は、甘くないらしい。
 ちょっぴり心の中でいじける社に、ルカルカが声を掛けてきた。
「ね、ルカルカの『わたげうさぎ』、見た?」
「うさぎ? いやぁ、そんなん見んかったと思うで」
「そっか。ありがと。……おっかしいなぁ?」
 ルカルカは、捕まってここに連れてこられた時、隙をみてペットのわたげうさぎに手紙を括りつけて逃がし、外部に連絡をとろうとしたのだが、いまだ援軍は現れず、わたげうさぎの姿もない。
「どこいっちゃったのかな?」
 ルカルカは、わたげうさぎを心配しながら、移動する列の最後尾を守りについた。