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第3章 馬車にゆられて


 朝早く百合園女学院前を出発した大型の馬車は、初秋の景色の中を駆けていた。
 昼を回る頃になると、最初の感動も薄れた乙女達は時間をもてあましながら、村への到着を待ちわびている。
 イングリットは、ぽふりとエレンディラに背を預け、ご飯をおねだりする小さなお腹をさすった。
「おなか、すいたニャ〜……」
 エレンディラは、よしよしとイングリットの頭を撫でながら、優しく言った。
「向こうに着いたら、何か食べさせてもらいましょうね。おやつも食べたし、もう少し我慢できるでしょう?」
 今度はその反対側で、葵がイングリットの肩に小さな頭を預けた。
「あたしも、おなかすいたなぁ」
 馬車の中で、葵達に同意する呟きがあちこちからあがる。
 蒼空学園生の芦原 郁乃(あはら・いくの)もお腹の空き具合にふぅとため息をついた。
 そんな郁乃の気を紛らわせようと、パートナーの守護天使、秋月 桃花(あきづき・とうか)が葡萄踏みの思い出を話し出した。
「葡萄踏みって、私が昔封印されていた村でもやっていたんですよ。昔からずっと、収穫祭の時には村人たちが歌を歌いながら葡萄を踏むんですが、その村でも清らな乙女が踏むと良いものが出来るという言い伝えがあったんです」
「へぇ、そうなんだ」
 桃花の思った通り、この話は郁乃の興味をひいたようで、郁乃の目がキラキラと輝いた。同じパートナーの英霊、荀 灌(じゅん・かん)も桃花の話に耳を傾けていた。魔導書の蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)も話を聞いてはいたが、それよりも、まったく警戒心のないパートナー達の為、窓の外を見張る事に注意を向けていた。

 その頃、馬車の上では、道中の襲撃を警戒した葦原明倫館のミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)が真剣な面持ちで周囲を警戒していた。
 秋とはいえ、走る馬車の上にずっと乗っているというのは、思った以上に身体が冷えるものだった。出掛けにパートナーが持たせてくれた水筒のココアがほんのりと温もりをくれるが、
「くちゅん!」
 くしゃみが何度も身体の負担を訴える。
「やっぱりお外はさむいの。でもちゃんと護衛しない…と……くちゅん!!」
 収穫祭を楽しもうと小型飛空艇で馬車に着いて来ていた蒼空学園のテスラ・マグメル(てすら・まぐめる)が、ミーナの様子を見兼ねて声を掛けた。
「あなた、もう中に入りなさい。見張りは私が変わります」
 テスラは、小型飛空艇の操縦を相乗りしていた百合園女学院の橘 美咲(たちばな・みさき)に任せて、馬車へと乗り移った。乙女以外は乗せないよう言われていた御者はいい顔をしなかったが、ミーナの頑張りに思うところもあったようで、渋々テスラがミーナの代わりに馬車の屋根に乗る事を認めてくれた。
「あとは任せて下さい」
 テスラの言葉に、ミーナは頷かなかった。
「ミーナ、まだがんばれるよ?」
 2人のやりとりを聞いていたヴァーナーが、窓から顔をだしてミーナに声を掛けた。
「じゅうぶん、がんばったよ! もう、なかにはいろ?」
 マビノギオンも手近な窓から顔を出す。
「見張りなら、中からでも出来ます」
 ヴァーナーとマビノギオン、テスラにすすめられて、ミーナはようやく馬車の中に入る事にした。

 やがて、御者が皆が待ちかねていた言葉を大きな声で叫んだ。
「これより、タリスホルンに入ります!」
 乙女達は初めて訪れる村を早く見ようと、我先にと窓から顔を覗かせた。

 タリスホルンは、中世のヨーロッパを思わせるかわいらしい村で、立ち並ぶ家のレンガ造りの屋根や、白い壁に伝うツタや花、石畳の道が村をおとぎの国のような雰囲気にしていた。
 村に入るとすぐ、屋根の上のテスラが馬車を停めさせ、御者頭に村を一周してくれるよう頼んだ。当然断る男に、テスラは言った。
「収穫祭のためにも、皆と村の方々の気分を盛り上げたいんです。夫人もきっと喜ばれると思います」
 テスラの言葉に、御者頭は、村一周は無理だが遠回りして館へ向かう事を承知してくれた。
 その隙に、3番目の馬車に乗っていた百合園女学院のメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は「観光がしたいので」と、御者に有無を言わせずパートナー達と共に馬車を降りてしまった。
 馬車が動き出すと、テスラは馬車の屋根の上でアコースティックギターを構えて弦を爪弾き、村人の暗い心に幸福の光をあてようと『幸せの歌』を歌った。
 その演奏と歌声に、村人達の視線が馬車へと注がれた。テスラは続いて、収穫祭の楽しさとメアリが手紙に綴った村人への想いを高らかに歌い上げる。
 興味をそそられた村人達の質問に、小型飛空艇で並走していた美咲が愛想良く答え、その警戒心を解きほぐして行く。これならせっかくの収穫祭もきっと賑わうに違いないと、テスラと美咲は微笑みを交わした。

 パートナー達とともに馬車を見送ったメイベルは、さっそく移動を開始した。
「それではぁ、『観光』に出発ですぅ」
 メイベルがイタズラっぽく観光というところを強調すると、英霊のフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)がくすりと笑った。
「では、『観光』の為にも情報を集めませんとね。やはりどこかお店に入って地元の方と仲良くなるというのが定石かしら」
 メイベル達は観光を装い、噂の真相を探るべく情報を集めようとしていた。機晶姫のステラ・クリフトン(すてら・くりふとん)は真面目そうな顔つきで、メイベルとフィリッパに相談する。
「大丈夫でしょうか。私は、『観光』という経験がないので、どう振る舞えばよいのか…。万が一、観光客に見えないなどという事になって、メイベルさん達にご迷惑をかけるわけにも…」
 生真面目なステラらしい心配事に、メイベルとフィリッパはくすくすと笑う。
「大丈夫ですよぉ」
 メイベルがステラを慰めるとフィリッパもそれに頷いた。もう一人のパートナー、剣の花嫁のセシリア・ライト(せしりあ・らいと)は、どこで手に入れたのかガイドブックと地図を手に、それと実際の村とを見比べていた。
「えーと、こっちの通りがお土産屋さん…は後にするとして、まずはお昼だよね! ここは山と川、両方の味覚が楽しめる事で有名らしいから、ええっと、口コミでは、川の味覚が優勢だっけ? でも秋といえば山の味覚も美味しいから迷うよね。……ね、皆、どこから食べたい? あっ! その前に、パン屋寄っていい? 1日50個限定の蜂蜜パンが美味しいんだって!」
 期待に胸を膨らませ、瞳を輝かせるセシリアに、メイベルは当初の目的を改めて語ることを断念した。
「……お任せしますぅ」
 フィリッパが戸惑っているステラの肩にそっと手を置いた。
「心配しなくても、どこからどう見ても私達、観光客にしか見えないと思いますわ」
「あれ、演技…ですよね?」
 とても芝居に見えないセシリアの様子にステラがメイベルとフィリッパに質問するが、2人は笑顔のまま、その疑問に答える事はなかった。