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乙女達の収穫祭

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乙女達の収穫祭

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第6章 葡萄踏み・準備編


 館での昼食を終えた乙女達に、葡萄踏み用の衣装が渡された。
 それは大きな白い襟のついたブラウスと、赤みがかった葡萄色のロングスカートで、ブラウスの襟もとにはスカートと同じ色の細いリボンがついており、七分袖の口はキャザーでふんわりと膨らんでいた。さらにその上から着る裾のふんわりとした胸当て付きの黒いエプロンと、同じ色の帽子も渡された。
 皆の手元に衣装が行き渡ると、メアリが説明を始めた。
「さっそくですが、皆様には収穫祭で振る舞うためのジュース用の葡萄を踏んでいただきますわね。収穫祭の当日に葡萄を踏んで見せるのは儀式的なもので、ジュース用は先に用意しておきますの。大勢の方が葡萄ジュースを口にするには、当日に作るだけでは間に合いませんから。それと、皆様のお手元にある衣装は、収穫祭の当日も着ていただきますから、今着替えるか収穫祭の時に着替えるかはご自分でお決めになって構いませんわ。もちろん、収穫祭に間に合うようきちんと洗濯はすませますから御心配なく」
 メアリの言葉に乙女達がどうしようかとざわめく。
「ゆっくりお決めになるとよろしいわ。準備ができた方から、中庭へどうぞ」
 メアリはそう言って、ひと足先に中庭へ出て行った。

 中庭には高さ60センチほどの大きな台が用意されており、その上にいくつもの大きな桶が置かれていた。高さはどれも50センチくらいだが、小さなものは直径1.5メートル程度、一番大きいものは4メートルを超えるような大型の物だった。
 桶には、まずガーゼのような薄い布が掛けられ、そこに洗われた葡萄が敷き詰められると、布の余った部分でそれを覆い、さらにその上から防水加工の施された布が重ねられ、果汁に直接足が触れないようになっていた。桶の横には台の縁に向かって木の栓が付いており、それを外せば乙女達の足で絞られた果汁がジュースとなって出てくるようだ。

 乙女達が中庭に集まるとメイドが指示を出し、乙女達は足を洗って桶の中に入るよう促された。
 収穫祭の衣装に着替えた満夜は一番大きな桶にまっ先に入り、あとから来た者達に手を貸した。
「一緒に頑張りましょう」
 満夜の言葉で乙女達に和やかな雰囲気が生まれる。
 沙幸は、お友達が沢山出来たらいいなとほのぼのと考えながら、桶の中の輪に加わった。
「皆、よろしくねっ!」
 沙幸に続き、未沙も桶に入ったが、その心には隙あらば好みの乙女を収穫したいという想いもあった。
「皆、よろしくねっ!」
 沙幸と同じ台詞なのに、何かが違うと乙女の勘が感じ取る。

 隣の桶では、葡萄踏みの経験がないと心配していた有栖が、足元の不安定な感触に気をつけながら周りを見た。
「え、ええと、どうやって踏めばいいんでしょう」
 有栖の疑問にオルフェリアが、インターネットで調べてきた事を教える。
「えっと、どうやら中の種を潰さないように潰すと美味しいモノができるそうなのです。あとは確か、皮をなるべく裂かないようにとあったのです。ええと、皮を裂かず、種を潰さず、慎重に慎重に潰すとの事ですが……」
 足元の布の下でぐちゅりと葡萄が潰れる音がした。
「け、結構難しいのです」
 足元がよく見えるように制服のすそをつまんだ有栖も、オルフェリアを見習って恐る恐る葡萄踏みを始める。
「えっと、皮を裂かないように、種を潰さないように、丁寧に踏んでいくんですよね。んしょっ、んしょ…っ」
 布の厚みがある分、体重の軽い乙女達では少し強めに踏まないといけないようで、思ったよりも体力を使いそうだった。
 
 メイド服の雪白とゴスロリ姿の由二黒は、一番小さな桶に2人で入り、慎重に葡萄踏みを始めた。
 出来上がった葡萄ジュースの一部はワインにするのだと聞いた由二黒は、雪白のせいで価値が下がっては…もとい、味が落ちてはかなわないと、葡萄の踏み方をしっかりと実践させていた。
「いい、シロシロ。私が教えた通りに踏むのよ」
 何度も念を押され、雪白はぷうと頬をふくらませた。
「わかってるもんっ!」
 2人はスカートのすそを持ち上げ、オルフェリア達と同じように丁寧に優しく葡萄を踏んでいく。
 右、左、右、左と交互に踏んでいるうちに、なんだか身体がリズムを取り始め、ダンスのようになってきた。
 雪白が調子に乗って、由二黒の手持ち上げ、その下をくぐってくるりと回って見せる。
「なんか、これ、楽しいね!」
 由二黒もつられてリズムに乗りながら、くすくすと笑ってしまう。それを見た雪白はなんだかますます楽しくなってきて、空京放送で流れていた子供向け番組の歌を歌いだした。由二黒もついつい一緒に歌いだす。
 有栖とオルフェリアはあまりにも楽しそうな2人を見て、注意するのをためらってしまう。
 そんな2人に、同じ学校のミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が明るく声を掛けた。
「心配しなくても大丈夫! ワインの葡萄は、結構てきとーに潰しても平気なんだよ?」
 ミルディアは見本を示すように、収穫祭の衣装のスカートの裾をたくしあげ、力強い足踏みを見せながら話を続ける。
「以前、パパの仕事先でワイン作りを手伝ったことがあるんだけど、ワインって、ブドウを潰してほっとくだけでもできるんだって。プロ並みの技術が必要なら、あたし達にお願いなんてしないよ! 細かい事はこっちの人に任せて、あたし達は楽しく踏んでいればいいと思うな!」
 隣の大きな桶にいた、本場フランス生まれの百合園生、ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)もミルディアの意見に頷く。
「葡萄の種は足でつぶせるようなものじゃないから大丈夫だよ! こうね、秋の恵みに感謝して、おいしい葡萄ジュースとなって多くの人たちを楽しませてくれますようにって心を込めて踏めばいいんだよ!」
 さすが、ヨーロッパにある本邸のワイナリーで、収穫祭の葡萄踏みをしていた経験者の言葉は説得力があった。
 ネージュの言葉でようやく乙女達の緊張がほぐれ、皆の顔に笑顔が戻る。
 しばらく足を動かしていた乙女達だったが、葡萄のひんやり感と感触は伝わるものの、結局は布を踏んでいるようなものだったので、衛生的ではあるが、踏み応えのない行為に不満を感じ始めた。
 ヴァーナーがついそれを口に出す。
「ざんねんです。ぶどうをそのままふむとおもったから、とってもきれいに足をあらっておいたですよ……」
「それでは、踏んでみます?」
 ヴァーナーのつぶやきを耳にしたメアリはそう言うと、桶に葡萄を入れるようメイド達に命令した。
「本番では、このように上から葡萄を入れて踏んで見せますのよ。皆様の足が汚れるのは気が咎めておりましたけど、練習にもなるでしょうし、丁度よろしいわ。葡萄はまだまだ沢山ありますから頑張って下さいましね」
 メイド達が注ぎ込む葡萄の実の冷たさに、満夜が小さく悲鳴を上げた。

 収穫祭の衣装姿の百合園生、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は、スカートを汚さない様にとさっそく裾をたくし上げ、踏み残しのないよう丁寧に葡萄を潰していく。
「あ、何か気持ちいいかも。んー、裸足で雨降り後のぬかるみの上を歩いてるような感触?」
 レキの言葉に、未沙がうーんと唸った。
「あってるような、あってないような……」
 沙幸がくすくすと笑いながら話に加わる。
「ちょっと面白い感覚だよね!」
 そんな会話の隣では、慌てて桶の外に出たオルフェリアが、持参したラップを足に巻きつけていた。ミルディアがそれを不思議そうに眺めている。
「何してるの?」
「食べ物を粗末にはしたくないのです」
 オルフェリアの答えに、ミルディアが彼女の手をとった。
「そんなの気にしなくていいよ! さっき皆できちんと足を洗ったじゃない? ほら、行こ!」
 でもと言いながら、結局、オルフェリアは足をラップで巻いての参加となった。
 その桶の中では有栖が、いまだ慣れない様子で足を動かしている。
「んしょっ、んしょっ、葡萄が冷たくって、何だかくすぐったいです…っ、きゃ!?」
 あふれてきた果汁と破れた皮に足を取られ、バランスを崩した有栖をヴァーナーが慌てて支えた。
「だいじょうぶ?」
「はい、ありがとうございます」
 ヴァーナーはそのまま有栖の腕に自分の腕を絡ませると、
「ぶどう踏みはお歌にあわせて、みんなでうでをくんで、足でふみふみ、たのしくおどるですよ」と提案した。
 その意見に、今まさに足を滑らせそうになった沙幸が隣から援護する。
「潰れた葡萄の上ってバランス取りづらいんだもん。支え合わないと危ないよ!」
 こうしてそれぞれの桶の中の乙女達は腕を組み、丸い輪を作った。
 ヴァーナーはご機嫌で歌を歌いながら、ふみふみと可愛らしい足踏みをする。
「たべもののぶどうさんをふみふみは、なんだかふしぎなかんじなんです〜。でも、いっしょうけんめいふみふみしたら、おいしいジュースやワインになってくれるんですよね〜」
 その言葉に、隣の桶で踏んでいたネージュが、
「そうだよ!」
 と元気よく答えた。ネージュの額にはすでに汗がにじんで来ている。しかし、本場出身者の意地にかけても頑張りぬくつもりだった。
(ぜったい、ぜったい、頑張るんだもん!)
 ネージュは組んだ腕にぎゅっと力を込め、口を強くひきむすんだ。

 未沙はキラリと瞳を輝かせると、
「はぁ〜、疲れたよぉ!」
 と甘えた声で、腕を組むレキの肩にこてんと頭を預けた。
 そんな未沙に、まだまだ元気なミルディアが声を掛ける。
「もう? あ、でもあんまり運動してないと、疲れるかもね♪」
 それを聞いて心の中で舌打ちする未沙を、レキが気遣う。
「大丈夫? あんま無理しないで、休むといいよ」
 レキの優しさに未沙はどきどきと胸を高鳴らせる。
「ううん、平気」
 しかし、レキは未沙の腕を解くと、輪の外へ追いやった。
「しばらく休んで、復活してくれた方が効率いいから」
 仕事に真面目なレキにあっさり言われた未沙は、仕方なしに桶の縁に腰をおろし、どうしてこうなったのか考える。
 ふと顔をあげると、こっそり葡萄をつまみ食いしていた満夜と目があった。満夜は恥ずかしそうにしながら、葡萄の実を未沙に差し出す。
「たべます?」
「うん」
 未沙があーんと口をあけると、満夜がそれを食べさせてくれる。未沙を共犯にした満夜は、自分の口に人差し指をあて、内緒だと合図をしてから葡萄踏みに戻った。
(まぁ、悪くない…かな)
 もぐもぐと葡萄を食べながら、未沙は秋の味覚を堪能した。

 雪白は小さな桶にあふれてくる香りとジュースをじっと見ていた。
「いいにお〜い。このぶどうジュース、ちょっとだけのんでいいかなあ?」
 誘惑に耐えかねて足元に伸ばした雪白の手は、由二黒にがしりと掴まれ、ささやかな希望はあっさり砕かれた。
「絶対ダメだからね!」
 雪白が半べそになる。
「けちぃ!」
 雪白のケチケチ攻撃と由二黒のダメダメカウンターは両者一歩も譲らずにしばらく続き、皆の笑みを誘った。

 しかし、奥にあるもう1つの桶は、他の桶とは一味違った雰囲気を醸し出していた。
 それぞれが手をつなぐわけでもなく、はしゃぐでもなく、ただお互い一緒に来た相手しか目に入っていないようだ。
 亜璃珠は小夜子の背後からその小さな肩に手を置き、蠱惑的に囁いた。
「ねぇ、小夜子。やっぱりよく分からないわ。……先に実演してもらっていいかしら?」
 小夜子は背筋を走る感覚に顔を赤くしながら、亜璃珠に従う。
「はい、御姉様」
 摘まんだスカートの裾から、眩しいほどに白い足を覗かせ、小夜子は葡萄を丁寧に潰していった。
「ほら、簡単でしょう? 御姉様もご一緒に。感触が楽しいですよ」
 小夜子が葡萄を踏むのをじっくりと眺めていた亜璃珠は、なるほどと呟いた。
「ポイントは、生足ですわね!」
 亜璃珠がにやりと笑う。
「わざわざスカートをたくし上げての生足! しかも裸足と言うのが中々…うん、とってもおいしそうですわよ、小夜子」
「あの、御姉様、……葡萄のお話…ですわよね?」
 不安げな小夜子に亜璃珠が艶然と微笑みながら近づく。
「ふふ、……もちろんよ。あなたの素敵な葡萄の話に決まっているじゃない。あーあ、ミラー夫人のモノにしちゃうには惜しいですわねー…この葡萄」
「私の葡萄って、何が……あぅ、お、御姉様、そちらは葡萄では……っ!」
 悲鳴にならない小夜子の声の代わりに、彼女の足元の葡萄が跳ねた。

 その近くにいた盲目の百合園生、如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)は、汚れないようにと腰のあたりでスカートを結び、ちゃんと結べてるかをパートナーの剣の花嫁、冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)に確認してもらっているところだった。
「千百合ちゃん……なにか…今、悲鳴みたいな声…しませんでした…?」
 不安そうに言う日奈々に、千百合はきっぱりと否定した。
「気のせいだよ!」
「ほんと…ですか〜?」
「もちろん!」
 日奈々はメアリにまつわる噂を知ってはいたが、あくまで噂なので大丈夫だろうと思い収穫祭に来た。噂よりも、収穫祭というデートにぴったりなイベントの魅力が勝ったのだ。
 しかし、不安が消えたわけではない。千百合のためにも警戒は怠るまいと、『超感覚』を使って獣特有の鋭い感覚であたりを伺うと同時に、『ディテクトエビル』で自分達に害をなそうとする存在がいないか注意を払っていた。
 一方、千百合も同じように考え、日奈々のために『殺気看破』を発動させ、近づいてくる気配に気をつけている。
 それらが2人に渦巻く害意を伝えるが、確信が掴めない程度にぼんやりとした物だった。しかし、油断できる程度でもない。知らず息を詰める日奈々を、千百合がぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫。日奈々のことは、あたしが絶対に守るから!」
「はい。私も〜、千百合ちゃんのこと…守りますぅ〜…」
 お互いの気持ちを確かめ合った二人は照れたように笑って少しだけ離れ、手を握り合うと丁寧に葡萄踏みを続けた。
 日奈々が、遠慮がちに笑い声をあげる。
「感触が…面白い、ですねぇ〜。それに…香りも…すごく、いいにおいが…しますぅ…」
 うっとりと言う日奈々の頬にぴちゃりと冷たい滴がかかった。慌てて千百合の両手が日奈々の顔を包み込む。
「ごめん! 目に入らなかった?」
「はい〜、大丈夫ですぅ〜」
 日奈々の返事にほっとして、千百合はちょっと強く踏みすぎたのだと謝った。
「おわびに、ちゃーんときれいにしてあげるね!」
 そう言うと、千百合は日奈々の頬をぺろりと舐める。
「…あっまーい! おいしーっ!」
 日奈々は頬を舐められた事よりも、千百合のその言葉に興味をひかれた。
「お、……おいしいんですかぁ〜?」
「うん、すっごく甘くて、いい匂いで、ジューシーなの!」
 千百合は、そう言いながら、日奈々の顔にキスの雨を降らせる。日奈々はなんとか千百合をとめると、今度は自分が千百合の頬をぺろりと舐め返した。
「千百合ちゃんばっかり…味見は…ズルイんですぅ〜」
「ちょ、…日奈々っ、くすぐったいよぉ!」
 お互いを味わう2人だったが、さて、甘いのは葡萄なのか、お互いなのか。

 百合園女学院生の牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は、子犬のようにじゃれあう2人を見ながら、くすりと笑った。
「かわいいものですね」
 そんなアルコリアの腕を、同学院生の桐生 円(きりゅう・まどか)がすねたようにひっぱる。
「牛ちゃんったら、よそみしたらダメだよ?」
 アルコリアが、通りがかった掲示板で偶然あの手紙に目を止め、珍しく興味をそそられた時に、うっかり近くを歩いていた円をさらうと表現する方が近い形で強引に誘って来たのだが、今では円の方が雰囲気に飲まれたのか、いつもより甘えてくる。
 アルコリアはそっと円の顎に手を添えた。
「まどかわいい、まどかちゃん。心配しなくても、約束通り、可愛がってあげますよ、ふふ」
 アルコリアは円の両手をきゅっと握り、輪を描くようにくるりとまわる。葡萄に足をとられてふらつく円をそのまま引き寄せ、片手を円の背中に、片手は握り合ったまま横に伸ばして社交ダンスの姿勢をとる。
 くるりくるりとまわる優雅なステップの下で、艶やかな葡萄の赤い果肉がぷつりぷつりとひしゃげて行く。溢れ出た甘美な雫から立ち上る香気が、極上のワインのように乙女達を酔わせていった。
「まどか」
 呼び捨てにされ、円がぼうっとした顔を上げてアルコリアを見つめようとしたが、強く抱きしめられ、それは叶わなかった。その代わり、アルコリアの手が円の緑の髪を優しく撫でた。
「アルコリアねーさまー!」
 たまらず叫んで抱き返す円を、アルコリアは余裕の笑みで受け止めた。
 その時、バサリと大きな羽音がして、一匹のコウモリが近くの木に止まった。
「ふふ、あちらもやはりヒマを持て余しているようですね」
 アルコリアは、館に入れなかった円のパートナーで吸血鬼のオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)と、彼女と一緒にいる自分のパートナー、魔鎧のラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)の顔を思い浮かべる。
 18歳だと言い張って最後まで強引に入ろうと食い下がったオリヴィアは、結局門の外で待機となり、その彼女にヒマだろうからとラズンの子守りを押しつけたのだが、使い魔のコウモリを放ち周囲を警戒するほど余裕があるらしい。
 アルコリアの腕の中で、円がもぞりと動いた。
「何か、……起こるといいね」
 円の言葉にアルコリアが微笑む。
「ええ。そうでなければ、きっとあの子達が淋しがるでしょうから」
 コウモリは、来た時と同じく、バサリと大きな音を立てて飛んで行った。

 しばらく乙女達の様子を眺めていたメアリが、後をメイドに任せて館へ戻ろうとするのを、ヴァーナーが見つけて大きな声で彼女に呼び掛ける。
「ミラーおねえちゃん、こんなたのしいぶどう踏みによんでくれてありがとー!」
 素直に感想を伝えるヴァーナーの声に、メアリは笑って手を振り、この場を後にした。
 隣の大きな桶では、髪をお団子にした葵がイングリットと一緒に歌いながら踊るように葡萄踏みを楽しんでいたが、見学していたエレンディラにやっぱり一緒に葡萄踏みをしようと誘いをかける。イングリットもそうだそうだと騒ぎ出した。
 2人のお願いに困りながら、
「最初から見学するつもりで来たので……」
 と断ろうとするエレンディラに、満夜も一緒にやりましょうと声を掛けてきた。
「収穫への感謝なんですから、協力して下さい」
 他の者達も、早くおいでとエレンディラを手招く。
「わかりました」
 根負けしたエレンディラは、足を洗って台に上ると、葵達と同じ桶の中に入った。
「…っ! 結構冷たいんですね」
「あたしが教えてあげるね」
 葵がエレンディラの手をとり、ダンスのようなステップで葡萄を踏んでいく。
「面白いでしょ?」
 葵の言葉に、エレンディラが笑顔で頷いた。
 こっそりとつまみ食いをしていたイングリットが、2人の様子をみて、うずうずとしっぽを動かし、勢い良く2人に駆け寄る。
「楽しそう〜! イングリットもやるにゃーっ!!」
「ちょっ、グリちゃん、待って! 走ったら葡萄の汁がはねちゃ…」
 葵が止める間もなく、イングリットは葡萄の飛沫を上げながら2人に飛びついた。
「きゃっ…」
 とっさにエレンディラが葵をかばうが、抵抗虚しく3人は桶の中に倒れこんだ。
 ついでに、
「やだ」「ヤバっ」「うそっ」「うわぁっ」「きゃあっ」
 同じ桶の中にいた満夜、未沙、沙幸、レキ、ネージュも巻き添えで葡萄まみれになってしまった。
「ずぶ濡れだよぉ」
 葵が泣きそうな声で言う横で、エレンディラがイングリットの代わりにひたすら皆に頭を下げていた。
「すみません、ごめんなさい、ほんとに申し訳ありません」
 しかし、原因のイングリットと言えば、手の甲についていた葡萄の実をペロリと舐めて、
「甘くておいしいにゃー」
 と幸せそうに笑っている。イングリットの中では、プリンの海に溺れたいという夢と同程度の事が叶ったようなものなのだろう。
「みんないっぱい、全身ごちそうで幸せにゃーっ!!」
 その心からの叫びに、惨状は一転、笑いの渦に包まれた。