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リアクション
1
「ねえ、本当に教えてくれるんでしょうね!」
「……多分な」
ファーシー・ラドレクト(ふぁーしー・らどれくと)に言われ、ラス・リージュン(らす・りーじゅん)は端的に答える。
「お? なんや? どっか行くんか?」
暴走云々という台詞を聞いて日下部 社(くさかべ・やしろ)はラスを振り返り、目をぱちくりとさせた。しょうゆ煎餅を咥えている。『フーリの祠』の前では、番人のゆる族であるフーリが貯蔵している食料やお菓子が広げられていた。久世 沙幸(くぜ・さゆき)がデパートで買った菓子折りの中身もある。とある事でのお礼としてラスに渡したものだったが、彼はその中から幾つか皆に提供していた。ラスは無言で社の方を見ただけだったが、社は元気よく立ち上がった。
「ラッスンが行動起こす……。っちゅう事は、何かあったんやな? なら俺も動く時やな!」
その一方で、フーリが祠の脇の貯蔵用洞穴に入っていく。
「食べ物が足りなさそうだな! おいら持ってくるけど、何が欲しい?」
ファーシーが彼についていく。
「わたしも行くわ! 膝にいっぱい乗せられるしね」
「自分も手伝うよ。集まった人数も多いからね」
ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)も、彼女の後から洞穴に入っていく。
「何があったんですか~?」
神代 明日香(かみしろ・あすか)に訊かれ、ラスはピノ・リージュン(ぴの・りーじゅん)を小型飛空艇オイレに乗せながら答えた。
「犯人の片方が死んだらしい。……そこから考えられる事は多くない」
「亡くなった……んですか?」
ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)が言い、周囲がざわつく。それ以上は何も言わず、彼は飛空艇をふわりと浮かせた。
「あっ、待って待って!」
飛び立とうとする彼を、久世 沙幸(くぜ・さゆき)が慌てて止める。彼女の声は、森の中で良く通った。
「……何だ?」
「ピノー、こっちに笑顔頂戴♪」
「え? うん! これでいいかなっ!」
ピノは、沙幸がケータイに顔を近づけて片目を瞑っているのを見るとにっこりと笑った。
「OKOK! いっくよー」
可愛らしいシャッター音の後、沙幸はオイレに寄っていってその縁に手をかけた。
「ラス、この写真をケータイの待ち受けにするんだもん!」
「う……また唐突だな。今はそんなのんびりしてる気分じゃ……」
言葉自体は事実だが、最初の『う……』はめちゃくちゃかわいい、という意味の『う……』である。保存したい、と反射的に思ったらしい。沙幸は少しだけ声を潜める。
「今回ピノが変わっちゃった原因だけど、やっぱり、定期入れに妹ちゃんの写真しか入れてなかったからだと思うんだよね。だから、これを設定するの!」
「…………」
とびきりの『ピノの笑顔』を前に、ラスはエンジンを掛けたその姿勢のまま固まっている。
「ほら、メルアドを教えるんだもん!」
沙幸は電話の内容で、事件の犯人について気がかりな事があるのだろうとは思っていた。誰かを探しに行くのかもしれない。でも、この後でもきっと遅くない。何かキレかけているみたいだし。
(これで、ラスが少しだけでも落ち着いてくれたらな……)
やがて、ラスは諦めたように携帯を出した。赤外線通信でメールアドレスとついでに電話番号を受け取って画像を送る。彼は仏頂面で素早く携帯を操作して画面を見せた。
「ほら、これで良いだろ」
「うん! ピノ、元通りになって良かったねーっ!」
「そうだね! 待ち受けは……うん、まあ、アレだけど、これであたしはあたしって毎回ちゃんと思えるかな?」
「だから、それは分かってるって言ってるだろ……」
若干気後れしたように言って、ラスは今度こそ飛び立った。飛空艇を進めながら、救急センターに電話する。
「……今日、どこかに獣人の救急患者を収容しませんでしたか? 赤茶色の髪をした、両脚に怪我をした獣人です。ええ、知り合いです。街ではぐれてしまって……」
その台詞に、明日香は不穏なものを感じてノルニルと顔を見合わせた。光る箒に乗って彼についていく。エイム・ブラッドベリー(えいむ・ぶらっどべりー)だけがほやんとした様子で後に続く。
「明日香様達が行くなら私も行くですの」
沙幸も光る箒に乗り、藍玉 美海(あいだま・みうみ)と並んでついていく。社も後に続いた。
「……ラスさん、どこに行くのかな……」
洞穴から食料を持って戻ってきたケイラも、何か心配になって付いていくことにした。食料を響子に預け、追いかける。
(ラスさん、さっき誰かと電話してたけど様子おかしかったような、気がする。確信はないけど……)
ケイラを見送り、無表情ながらも戸惑っていた響子は自分の携帯を操作して耳に当てた。呼び出す相手は、マラッタ・ナイフィード(まらった・ないふぃーど)である。
「……ラス様の暴走を止めようとするケイラの暴走を止めてください……」
「……ユーベル……行くわよ」
電話をする彼女の脇を、リネン・エルフト(りねん・えるふと)が小型飛空艇ヘリファルテに乗って飛んでいく。ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)は言われるままに飛空艇を発進させた。戻った直後はいつものユーベルだったが、過去の自分をリネンに知られてしまったことで茫然自失状態になっていた。飛空艇の速度も遅い。ちなみに、来る時に同行していたベスティエはユーベルが正気になった所でいつの間にか消えていた。
そして救急センターとの通話を終えたラスは――
「そんな患者はいない……? どういうことだ?」
山田 太郎が殺されたというのなら、チェリーとかいう獣人はロストの影響で病院に収容された可能性が高いと思ったのだが。それとも、未だ発見されていないのだろうか。
「犯人の方の死亡を、先程の電話の相手……モーナさんが知っていたということですの? 一体、どういう形で知ったのでしょう」
問いかけてくる美海に、彼は事件についての報道が始まっているらしいことを伝えた。その内容も。それを聞くと美海は眉をひそめ、一通り考えをまとめてから口を開いた。
「その、ファーシーさんが『逃げた』と仰っていた獣人は、本当に医療施設に収容されてますの?」
「……違うっていうのか?」
「だって、『容疑者1名が死亡のまま書類送検の見込み』という報道ですわよね。もしその獣人が収容されているならば、そのように報道されているはずですわ」
「…………」
美海の意見を、ラスは頭の中で吟味した。しばし彼女を見詰め、それから正面を向く。でないと、事故る。
黙っているその態度を肯定と取り、美海は言う。
「別の線をあたったほうがいいかもしれませんわね」
「……まさか、人海戦術で聞き込みとか言うんじゃねーだろうな……」
「でもまあ、それが基本ですわよね。どなたか犯人の写真……ないし、防犯カメラの映像を持っている方はいらっしゃらないのかしら? そういうものが手に入れば、幾分か探しやすく……」
その時、リネンが追いついてきて美海の逆隣に並んだ。
「待って……」
真剣な顔のリネンに対し、ラスは乾いた口調で言った。
「止めるつもりなら無駄だ。俺は……」
「……違う。犯人を追うなら、一緒に行くわ」
これまでよりもはっきりとした言い方だった。リネンはユーベルを振り返って、思う。
(たぶん……私は怒っている。ユーベルが何か隠してるのは知ってた。でもそれはいいの。許せないのは……自分の都合で、人の心を踏みにじった犯人……!)
端から止める気は無い。むしろ、一緒に突っ走るつもりだった。
「私も……たぶん、ラスと同じ事を考えてる……」
ぴくり、とラスは反応する。
「同じ、事……?」
何を考えたのか、表情を消して前方を見ていた彼の口元に笑みが浮かぶ。
「そーかそーか。んじゃ、2人で仲良く行こうじゃねーか!」
「わっ! お、お兄ちゃん!?」
突然スピードが上がり、ピノがびっくりする。さすがオイレ、夜間でも木々の先がよく見える。来る時に倒した虹色鳥や狼達が地に転がったまま薄目を開けて恨みがましそうな視線を向けてきた。しかし、まだダメージが残っているのか襲ってこようとはしない。
「ちょ、ちょっと、ラスさん!? 何か、変にハイテンション……。もしかして、危ない事考えてる!? ダメだよ、そんなの……!」
慌てるケイラに、社は自信満々に堂々と言う。
「大丈夫や。問題ない」
「でも……」
はっきりと断定する社に、ケイラは驚いて動きを止める。何か根拠でもあるのだろうか。
「ま、アレや。自分で暴走する~、なんて言うとるウチは案外大丈夫なモンやろ? なら俺がそれに協力したってさほど問題もないっちゅうわけや♪」
気楽な感じに割と説得力のあることを言って、彼は最後に付け加える。
「それに、ラッスンにはここで恩を売っといても面白そうやしな♪」
「え゛……」
そうして、社もスピードを上げる。ケイラもそれを追いかけた。
「よっしゃラッスン、まあ任せとけ! 俺がいれば百人力や!」
「自分で言うなよ、それ……」
「ほれ、俺にやって欲しい事があれば何でも言うてみぃ?」
「やって欲しい事……」
ラスは少し間を置いて――
「無い、な」
「な、何やってっ? 何かあるやろ、えーと……」
本気で考え出す社に、ラスは言う。
「じょーだんだよ。今、考えてる所なんだ……効率良く人を探す方法をな」
「人? 誰を探すんや?」
「社……また状況理解してねーのかっ!? さっき言ったろ、山田が死んで……」
ツッコミを入れつつ、彼は社にこんこんと説明を始めた。
「――……」
姿の見えなくなったラス達の後を追うように、日比谷 皐月(ひびや・さつき)は森の奥に視線を送っていた。
――――人が、死んだ、か。
思うのは、それだけ。
心を支配していくのは、強く強い、悔しさや悲しみ。
護れなかった。事が起きる直前まで、自分もその場に居たというのに。
「あれ、人が減ってる? ……皆、ラスについていったのかな?」
膝に食料を載せたファーシーが洞穴から出てくる。彼女は不思議そうな顔をしていた。『用事』なるものに対して何人も追いかけていったことに対して不審にでも思っているのだろうか。
「用事って、個人的な用事じゃないのかな。何か怪しかったのよね……」
首を傾げる彼女に視線を移す。皐月は、これからの自分の行動を決めていた。
花を、持っていこう。山田太郎への献花を持って、チェリーのお見舞いに。
……ファーシーとは別行動になるけど。
信じてる。彼女はもう、大丈夫だ。
「ファーシー、オレもそろそろ、行くな」
「……皐月さん?」
夜になったのに、皆、どうしたんだろうとファーシーは思う。訊けば答えてくれそうだけど、何故かそれは躊躇われた。笑顔の裏に、何か感じるものがあったから。それは訊いてはいけない、訊くべき事柄でも無いような気がした。
「うん、分かった」
「キマクに一緒に行けなくって、悪いな」
冗談まじりに、少しばかりの皮肉を付け足す。
「辛くなったら、逃げ帰ってきても良いんだぞ?」
「そ……そんなことしないわよ! わたしはちゃんと、アクアさんに会って納得行くまで話を聞くわ!」
「……ふーん、そっか」
身体に力を入れて、意地になったように主張するファーシーに、皐月は拳を突き出した。「?」という表情になる彼女に、言う。
「己が為すべきと救うべきの為に……頑張ろうじゃねーか、お互い」
ファーシーは束の間きょとんとし、それから意味を理解したのか近寄ってきた。同じように拳を突き出し、こん、と当てる。
「そうね、頑張りましょう!」
しばしの別れ。
でも、今生の別れという訳でもない。
しんみりする必要は欠片も無い。
「そうだ、これ、持っておけよ」
皐月は、手近にあった小袋でお守りを製作し、禁猟区をかけた。それをファーシーに差し出す。
「……? プレゼント?」
「ああ。まあ急拵えだけど、きっとファーシーを護ってくれるから」
繋がりが有れば、多分、大丈夫だ。ファーシーはお守りを受け取ると、嬉しそうに笑った。
「うん、ありがとう!」
彼女に背を向け、アルバトロスに乗り込む。そんな皐月の横顔を、如月 夜空(きさらぎ・よぞら)はやれやれと見遣った。
――誰かが死んで、泣きたくて堪んない癖に、無理しちゃってまぁ。昔っから強がりで、意地っ張りなんだからさー、皐月は。
そして自分も軍用バイクに跨り、出発の準備をする。
……放っとけないじゃん、そんなだと。
2人は発進し、森の中を進んでいく。夜空は皐月に、声を掛ける。
「泣きたいなら泣けば良いのにー」
「……何を言ってるのかさっぱりだなー」
間を空けて返ってきた答えに、やっぱりねー、と内心で思う。
言っても聞かないだろうけど、傍に誰かが居る事くらいは分かってて欲しいもんだね。
少し下がって、彼の後姿を視界に入れて、走る。そのうち、ふ、と夜空は気付いた。
……ああ、傍に居るから、弱さを見せたくないのかな。
――男の子だ、本当に。
◇◇
「よし、じゃあ夕飯の続きをしましょう! この食料を……」
「ファーシー様、ご苦労様じゃった! さあ、それを配るんはワシに任せてファーシー様は休んでてつかあさい!」
きょろきょろとするファーシーに、シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)が近づいてきて跪いた。そうしないと上から目線になってしまって失礼だからだ。街で合流して、ファーシーに飲ませるつもりだったホレグスリを自分で飲んでしまったシルヴェスターは、すっかり彼女の舎弟となってしまっていた。もう、ファーシー様にぞっこんである。
「えっと……」
見下ろすファーシーの口元が、少し引きつる。調子が狂うのだ。当初はからかっていたし親分気分も楽しかったが、長い時間、素直に世話をしようとするシルヴェスターといるのは案外困ってしまうものだった。何より。
「……気味悪いですね」
ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)が言う。彼女も、ファーシー同様に最初は面白く見ていたのだが――
そう、何だか気持ち悪かった。
「うん……。ホレグスリ1本分って、どのくらい効くんだっけ……?」
「確か、半日くらいではなかったかと」
「半日!? まだ、切れそうにないわね」
「そうですね……」
「機晶姫だし、一回分解して洗ってみるとか? そしたら直るかな?」
「…………」
ガートルードは思わず押し黙った。それは、色々な意味で危険だ。ファーシーがちょっと楽しそうに言っている所がまた危険だ。ファーシーはどうやら、機晶姫を修理したいお年頃のようなので。
「試しに、清浄化してみましょうか」
シルヴェスターに清浄化をかけてみる。分解しないで洗ってみる、という感じだろうか。
「……ん……なんじゃ?」
すると、シルヴェスターは目を瞬いて状況が解らないというような顔をして周囲を見回した。ファーシーに跪く自分に気付き、これまでのあれやこれやを思い出して赤面する。
「ファ、ファーシー! ワシは、いや……あ! ワシ、家の鍵を掛け忘れとった!」
あたふたと立ち上がって姿勢を伸ばし、さも、今思い出したというように言う。
「へ? 鍵……?」
何だろうそのおっちょこちょいの主婦みたいな言い訳は。
「そ、そうじゃ! ほ、ほれ、早く帰らんと、空き巣にでも荒らされたら事じゃ!」
兎に角恥ずかしくてたまらないシルヴェスターは、ガートルードを急かして改造した黒塗りアルバトロスに乗り込んだ。
「じゃ、じゃあ、またじゃファーシー!」
エンジン全開で嵐のように去っていく。
「えーと……」
アルバトロスが起こした風が収まった頃、ファーシーは残った皆を振り返って食料を配り始めた。
「とりあえず、ご飯食べましょうか。落ち着いたら、森の上空を飛んで街まで戻って解散ね。フーリさんも送ってくれるっていうから、帰りは全然楽よ!」
その言葉通り、彼女達はその後まもなく空京に戻り――それぞれの夜を過ごすことになった。
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