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卜部先生の課外授業~シャンバラの休日~

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第一章 空京

「は〜い!それじゃ、みなさ〜ん!集まってくださ〜い」

バスガイドよろしく、蒼空学園の小旗を手に持った卜部 泪(うらべ・るい)が拡声器のマイク越しに呼びかける。
その声に反応して、それまでそこらへんにたむろっていた生徒たちが、三々五々集まってきた。全て、今回の課外授業に参加を希望した生徒たちである。

「それでは、いよいよシャンバラ一周旅行に出発します!長い旅になりますが、皆さん一人一人の記憶に残るような、楽しい旅行にしましょう!」

泪の隣に立つ泉 美那(いずみ・みな)が、やや緊張した面持ちで口を開いた。
「み、皆様!ふ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」

「ふつつか者って……」
「嫁にでも行くのか?」
「そんな、ふつつかだなんて……君がお嫁に来てくれるだけで、ボクは十分さ♪」
「なんでお前の嫁なんだよ!」
「みんな、とばしてるなぁ……」

たちまちそんなボケやらツッコミやらが、一行から上がる。旅立ち前だというのに、早くもテンションが上がり切っている生徒が何人かいるようだ。

「は〜い、皆さん。楽しそうなのはとってもいいことですけど、はしゃぎ過ぎて怪我したり迷子になったりしよう、くれぐれも気をつけてくださいね♪」
引率の先生が生徒に呼びかける、極々一般的な注意事項のようなセリフだが、もちろん皆、それが単なる事務的な注意ではないことを知っている。
軽い口調とは裏腹に真剣な泪の表情に、一同は改めて気を引き締めるのだった。



「こんにちは、美那さん!」
とにもかくにも挨拶を終え、一息ついていた美那に、小学生位の男の子が声をかけてきた。欧米人とのハーフなのだろうか。日本人っぽい顔の作りの割に、色が白い。
「初めまして!護衛として参加する、天御柱学院のミルト・グリューブルム(みると・ぐりゅーぶるむ)です。よろしく!」
男の子はニコニコと人懐っこい笑みを浮かべ、手を差し出している。
「は、はい。よろしくお願いします、ミルト様」
その笑顔につられて、笑みを浮かべながら手を握り返す美那。
「美那さん!実はボクも、シャンバラの観光って全然したことがないんです。だから、ボクも美那さんと一緒に観光したいんですけど、いいですか?あ、もちろん、護衛はしっかり務めます!」
美那の手を両手でしっかと握り締め、じっと彼女の目を見つめるミルト。
「こら、ミルト。いきなりそんなお願いしたら、美那さんびっくりしてしまうじゃない。もう、せっかく練習したのに……」
横合いから、おっとりとした感じの女性の声がした。
年齢は、二十歳前後といった所だろうか。緩やかにウェーブのかかった金髪と大きな瞳、それに豊かな胸が印象的な女性が、困ったような顔をして立っていた。どちらかと言えば童顔なのだが、年齢よりも落ち着いて見える。
「すみません、突然。私、ミルトのパートナーのペルラ・クローネ(ぺるら・くろーね)といいます。あの、便乗のようで申し訳ございませんが、私たちもご一緒させて頂けませんでしょうか?後学のためにも、是非お願いしたいのです」
そういって深々とペルラは、頭を下げる。
「お願いっ!」
美那の手を握りしめたまま、ミルトも勢い良く頭を下げた。
「そんな、お願いだなんて……。こちらこそ、是非お願いします。一緒に楽しんで頂ける方がいるのであれば、私も嬉しいです♪」
「ホントに!?」
ガバっと頭を上げるミルト。
「はい。よろしくお願いしますね。ミルト様、ペルラ様」
そう言って、美那はにっこりと微笑んだ。



パシャッ!

突然のシャッター音に3人が振り返ると、明るい茶色の髪を後ろで結った女の子が、カメラを構えて立っていた。
「いきなり撮っちゃってごめんなさい。五月葉 終夏(さつきば・おりが)です。素敵な笑顔だったから、つい……」
バツが悪そうに、自己紹介をする終夏。
「専属カメラマンの方ですか?」
自己紹介を返しながら、ペルラが尋ねる。
「あ、いや、特に雇われてとか、そういうんじゃないんだけどね。せっかく色んな所に行くんだし、写真撮らないともったいないじゃない?それに、今回参加出来なかった友達に、『せめて写真くらい見せてあげられたらな』って思って。ごめんね、突然」
改めて、終夏は頭を下げた。
「いえ。そんな、大丈夫ですよ」
慌てて終夏の手を取る美那。ミルトとペルラもうんうんと頷いている。
「そう、よかった……。それじゃ、この後も写真撮らせてもらってもいいかな?」
「はい!よろしくお願いします」
「喜んで」
「あとで、焼き増ししてよね!」
快諾する三人。
終夏は、そんな三人に向けもう一度シャッターを切った。



「ここが、空京スタジアムですか、大きいですねー」
美那は、観客席に立って、空京スタジアム全体を見回した。
空京スタジアムは、収容人数20万人を誇る巨大施設である。
「ここで、『ろくりんピック』が行われたんだ」
湯島 茜(ゆしま・あかね)は、当時を懐かしむように言った。
「それは盛大なものだったんだよ。シャンバラが東西に分かれた直後に行われた大会だったから、互いに対抗意識を燃やして激しく競いあったし、それでいて決して険悪な雰囲気はなかった。まだ、仲間意識が残っていたんだね」
美那には、茜の顔は、どこか悲しげに見えた。
「あたしはさ、そのろくりんピックで、西シャンバラチームの応援団員だったんだよ!美那さんにも見せたかったな〜」
「また、やるんですよね?その時は、私も生で見たいです!」
「そうだね。きっと、やると思うよ。これ以上東西関係が悪くならなければ、ね」
「そんな……。悪くなってしまうんでしょうか?」
「……分からない。でも、あたしは悪くなって欲しくはないし、ならないと信じてる。だから、今回みたいに東西の生徒が一緒に行動する機会には、積極的に東のコと話すようにしてるんだ」
「茜様、スゴいです。みんなが茜様と同じように考えれば、きっと東西の人たちもすぐに仲良くなれますよ!」、
「うん。そのためにも、できるコトからやらないと、ね」
そういう茜の目には、大観衆に埋め尽くされた空京スタジアムの姿が、映っているようだった。



「露出度の高い店員さんが多いのはそこ!美人系が多いのはあの店で、あっちの店にはどうみてもロリっ娘の店員がいるんだぜ!」

明らかにドン引きの美那にはまるで気づいた風もなく、鈴木 周(すずき・しゅう)はと得意げにそう説明した。
ここは、「みなとくうきょう」の青レンガ倉庫。おしゃれな店の集まるショッピングモールとして観光客にもよく知られた一角である。年頃の女の子を案内するには、まさにぴったりの場所である……普通なら。
だが残念過ぎるコトに、周の案内は“普通”とは程遠い。
困惑する美那を尻目に、ひたすら自分の好み(しかも全て異性関係)基準の案内を展開しながら、しかもそのいずれの店にも入らず、ひたすら通りをズンズンと進んでいく周。
しかも、どうコメントしていいか分からない美那が『はい』とか『えぇ』とかあいまいな返事を繰り返しているのを、“オレの話を熱心に聞いてくれているんだ!”と超ご都合主義的に解釈し、さらに調子に乗ってその手の案内を続ける。
『まさかずっとコレを続ける気なの?』と、泪が不安に駆られたその時、
「着いたぜ、さぁ入ってくれ!この鈴木周イチオシのマストショップが、ここだ!」
周は、脇道に一本それた所にある小さな店の扉を、「バァン!」と勢い良く開け放った。
「ここは……」
目の前に広がる光景に、あっけにとられる美那。
はたしてそこには、狭い店内一面にナース服やら巫女服やらどこぞのアニメやゲームのキャラクターの衣装やらが、所狭しと並んでいた。
「こ、コスプレショップ……?」
泪も、驚きを隠せないようだ。
「どうだ!空京広しといえども、これほどの品揃えを誇るショップは他にはないぜ!」
そう自慢気に言い放ちながら、美那の手を引きズンズンと店内に入っていく周。迷うこと無く店内の一角に辿り着くと、ハンガーにかけられた衣装を一つ手に取った。
「これ、これ着てよ、美那ちゃん!オレがこの衣装の海の中から、特に美那ちゃんのために選んだ一品!」
ずい、と差し出された衣装を前に、一同は声を失った。
「こ、これって……」
「よりによって、スク水かよ……」
誰かが、大きくため息をついた。
それは、紺のスクール水着だった。ご丁寧に、胸元に記名用の白い布まで縫いつけてある。今時珍しい、レトロなデザインである。
「いいだろ、これ!実戦で得られた数々のデータやユーザーのご意見を元に、コスプレ用に一から設計された究極のスク水!」
「で、でも、ちょっと私にはサイズが小さいみたいですけど……」
「ダイジョーーブ!」
困惑を通り越して不安の色すら滲ませている美奈のつぶやきを、全力で否定する周。
「このスク水は、例えどれだけ巨乳の女の子が着ても絶対に切れない超柔性と、生地越しでも着用者のボディラインを忠実に再現し得る、究極の密着性を兼ね備えた新素材を採用!この水着こそ、美那ちゃんの魅力を余す所無く引き出す究極の一着だから!」
水着を手に、ずいっと一歩踏み出す周。
「さぁ、早く!早く着て!!」
「え、で、でも……。そんな恥ずかしい――」
思わず後ずさる美那。
「恥ずかしがることなんて無い!絶対に、ものすごくカワイイから!」
鬼気迫る周の勢いに、さすがに女性陣の一人が止めに入ろうとした、その時。
フッと、辺りが暗闇に包まれた。
「キャア!」
「停電!?」
一行に緊張が走る。

「いいかげんにせんか!このヘンターーーイ!」
「ぶゲェ!!!」

店内に、女の怒声に続けて、ゴスッという鈍い音と、男の断末魔の悲鳴が響き渡る。
店内に光が戻ると、。そこには、まるで潰れたカエルのような姿勢で、白目を剥いてひっくり返っている周の姿があった。



「大変だったねー、美那ちゃん。驚いたでしょう、ダイジョブだった?」
美那にコーヒーを勧めながら、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が気遣わしげに言った。
「い、いえ。私はなんともありません。スミマセン、気を使って頂いて」
温かいコーヒーに口をつけて緊張が解けたのか、ホッとした顔で美那が答えた。
コスプレショップでの事件の処理を他のメンツに任せ、美那は一足先に空京ミスドを訪れていた。この場所を勧めたのは、西シャンバラのロイヤル・ガードを務めている美羽である。
値段が手頃で、しかも中々ドーナツが美味しいとあって契約者たちのたまり場となっており、美羽もよく利用していた。ちなみにこのミスドは、かつて女王候補の一人{SNL9998927#ミルザム・ツァンダ}が踊りに来たことでも知られている。



「美那さん、ちょっといいかしら?」
しばらくの間、今後の予定など他愛も無い会話を楽しんでいた美那に、泪が声をかけた。どうやら、事件の処理が終わったらしい。
「これなんだけど、ちょっと見てもらえるかしら?」
顔を上げた美那の前に、一枚のカードが差し出された。名刺大の白地のカードの真ん中に大きく、『天誅!』と手書きで記されている。
「なんですか、これ?」
美那の横から首を出して、美羽が尋ねる。
「例の現場でね、鈴木君のそばに落ちてたのよ」
「え、それじゃコレ、犯人が残していったんですか?」
「確かなことは言えないけれど……たぶんね」
難しい顔をして、泪が答える。
「美那さん、これに見覚えないかしら?」
そう言って泪はカードを裏返した。そこには、ネコともトラともしれない図案が描かれている。
「いえ……。見たことがありません」
しばらく図案を見つめたあと、美那は頭を振った。
「そう、ありがとう。ゴメンね、お話中に突然」
美那の解答を半ば予想していたのだろう。手がかりが得られなかった割に、泪に落胆した様子はない。



「あの、すみません。それ、ちょっと見せてもらえませんか?」
「はい?」
振り向いた泪の前に、シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)が立っていた。シャーロットは、好奇に満ち満ちた目で泪の手を見つめている。
「あら、シャーロットさん?確か別行動を取ってたんじゃ――」
「そんなコトはいいですから!先生、私にもそのカード見せてください!」
「えぇ、いいですよ。どうぞ」
シャーロットは、懐から白いハンカチを取り出すと、壊れ物でも扱うようにカードを受け取った。軽くカードの表と裏を確認した後、ネコのような図案をじっと見つめる。
「なるほど……。ありがとうございます」
シャーロットは、ニッコリと笑ってカードを泪に返した。
「ちょっと急用ができたので、これで失礼します」
「え!?ちょ、ちょっとシャーロットさん?」
手短にそう言うと、シャーロットは、泪の機先を制するように身を翻した。あっという間に店の外へと消えてしまう。



「ところで……泪先生?」
「え?は、はい」
「鈴木様、大丈夫だったんですか?」
美那が、心配そうに尋ねる。
「えぇ、大丈夫ですよ。後頭部におっきなタンコブができてましたけどね。一応検査することになって、今病院に行ってもらっています」
「女子高生にスク水持って迫ったりしたら、アレぐらいされて当然よ!美那ちゃんもいい迷惑よねー」
「え、えぇ……」
美羽が腹立たし気に言う美羽に、苦笑で返す美那。あの時のやり取りを思い出したのだろう、心なしか顔が引きつっている。
「でも、誰なんでしょうね、一体」
それまで、黙って話を聞いていたペルラが口を開いた。
「それは分からないけれど……少なくとも、私たち以外に美那さんを守ってくれている人がいるのは、間違いないと思います」
チョコドーナツをほうばりながら、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、確信めいた口調で言った。その視線の先に、お持ち帰り用のドーナツの箱がある。
「泪先生、この後はどうするの?」
ズズッと音を立ててコーラを飲み干しながら、ミルトが尋ねた。
「この後は、神社へ行きます」
「神社?」
「はい、空京神社です。明日からの旅の安全を、祈願しておきましょう」



「ようこそ、いらっしゃいました。私が当社の主、布紅(ふく)です」
「は、初めまして。泉美那です。よろしくお願いします」
参拝客を三つ指ついて迎えるご祭神に、慌てて深々と頭を下げる美那。
ここは、空京神社の一隅にある境内社、福神社。一行は、如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)の案内でここを訪れていた。
佑也の、“地球と違って、生身の神様に会えるんだよ”というフレコミに釣られたのである。
「……あまり、驚いてないんですね」
「え?」
「いえ、地球からのお客様だと聞いていたから。地球から来たばかり人は、大抵驚くんですよ。“神様が生きて動いてる!”って」
驚いた地球人のリアクションを思い出したのか、布紅はクスクスと笑い始める。
「い、いえ。前もって、お話は聞いていましたから。あの、それに……」
途中まで言いかけて、ハッと口をつぐむ美那。
「神様らしくない?」
「……ゴメンなさい」
済まなそうに俯く美那。
「いいんですよ。慣れてますから」
布紅はそんな美那を見て、クスリと笑う。

「それで、今日はどんなお願い事をなさいますか?もう、天照様の所には行かれたんですよね?」
布紅の言うように、美那たちは既に空京神社を昇殿参拝し、旅の安全祈願を終えていた。
「布紅ちゃんは、福の神様なんですが、特に小さな幸せを叶えるのが得意なんです」
「小さな……?」
佑也の説明に、小首をかしげる美那。
「得意というか……、大きいお願いは叶えられないだけなんですけどね」
困ったような、照れたような笑いを浮かべる布紅。しかし、その笑いに以前のような暗さは全くない。そういえば、物腰にもどこか落ち着きというか、風格のような物を感じさせる。

“あぁ、もう立派な神様なんだな……”

佑也は布紅を見つめながら、そんな事をしみじみと考えていた。
「うーん、“小さな”ですか……」
頬に手を当てて、考え込む美那。
「美那ちゃん、ちょっと時間かかるみたいですから、俺から先に、いいですか?」
「そうですね。では、お願い事が決まった方からに致しましょう。どうぞ、裕也さん」
「はい。それじゃ」
布紅に玉串を捧げ、二礼二拍手ののちお願い事を口にする佑也。
「今回の旅で、みんなにささやかな幸せがありますように」
「はい。承りました」
一礼する佑也に、布紅も礼を返す。参拝者と祭神が互いに礼を交わす、不思議な光景。
それがしばらく続き、最後に美那が残った。
「美那さん、お願い事は、決まりましたか?」
「はい。お願いします」
社に一人残った美那は、静かに願いを口にした。



「それじゃ、布紅ちゃん。今日は、大勢で押しかけて悪かったね。本当に、有難う」
「いえ、またいつでもいらして下さい」
「有難うございました」
しとやかに頭を下げる美那。
一行が去り、賑やかだった社の中は再び静寂に包まれる。
「ふぅ……。美那さん、ちっとも“小さいお願い”なんかじゃ無いじゃない……」
窓から差し込む細い西日に照らされて、布紅は小さくため息をついた。
「でも私も、少し頑張ってみようかな……。みんなに、少しでも恩返ししないと、ね」
一行の出て行った扉。その向こうを見つめ、布紅はそう呟いた。