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卜部先生の課外授業~シャンバラの休日~

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第八章 ザンスカール

「いました!ベストを来たクロネコさんです!」
「え、ドコ?」
「あそこです!ほら、あそこの木の根本!」
「たいへん!私たちも行くわよ!せ〜の!」

『トラップ・トリック・トリップ!』

気がつくと美那は、見慣れない場所に通りに立っていた。
通りの両側には、見たこともない珍妙な品を並べた店が、軒を連ねている。
「スゴい。さっきまで、森の中だったのに……」
「クロネコ通りへ、ようこそ〜♪」
師王 アスカ(しおう・あすか)が、周りの景色にあっけにとられている美那の顔を覗き込んで、言った。
七日目の今日、美那は、イルミンスールの森を訪れていた。
そこで待っていたアスカたちに誘われ、美那は、クロネコ通りへと迷い込んだのである。
「ここはね〜、“帰りたい”と思っても、帰れない所なのよ〜」
「え!?」
のんびりとした口調で、さらりと怖いことをいうアスカ。
「バカ!そんな誤解をまねくような言い方すんな!」
蒼灯 鴉(そうひ・からす)が、怖い顔でアスカを睨む。
「ご、誤解なんですか……?」
「ほらみろ、涙ぐんでるじゃねえか!……安心しな。ここは、“自分の意志じゃ出れない”が、“帰る時が来たら、ポイって元いた場所に放り出される”所だから」
「そう……なんですか?」
「そうよ〜。いつタイムリミットが来るか分からないから、行くお店はよく考えて選ばないとね〜」
「それと、買い物するときには注意しろよ。商品全てが本物とは限らねえからな。心配なら、アイツにでも聞きな」
そう言って鴉は、ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)を顎で示す。
「100%とは言わないが、大抵の物なら大丈夫だ。取り敢えず聞いてみてくれ」
ルーツは、自信たっぷりに請け負った。
それから美那は、様々な魔法の品々を売る店、不思議な本屋、美味しいお茶やお菓子の店などを見て回った。特に何も買わなかったが、ただ見ているだけでも十分に楽しかった。
「ねぇアスカさん、まだまだいっぱいお店がありますけど、アスカさんイチオシのお店って、どこなんですか?」
「ん〜、そうねぇ。オススメは色々あるけどぉ、イチオシっていったらやっぱり――」
「『ムカシヤ』か?」
「あ〜、鴉ズルいぃ!私が言おうと思ってたのに〜」
「ムカシヤさん?」
「そう。お店の中には、色々な箱が置いてあってね〜」
「自分が気になった箱の中には、昔大切にしていたけれど、今は無くしてしまった思い出の品が入っている」
「も〜、ルーツまでぇ」
「え〜、ステキなお店ですね〜」
「み〜なも、行ってみたらぁ。ホラ、そこにあるわよぉ」
アスカの指し示す方を見ると、店の中に所狭しと箱の置かれている店があった。確かに看板には、『ムカシヤ』と書かれている。
「ここが、ムカシヤさん……」
ゆっくりと、店へと歩いて行く美那。その歩みが店の前で止まる。
「どうした?入らないのか」
鴉の問いかけも耳に入らないのか、美那は胸元で右手をギュッと握りしめたまま、店の入り口を見つめている。ひどく、緊張した様子だ。
「……!」
思いつめた表情のまま、店を見つめていた美那が、意を決して足を踏み出した、その時。
突然、目の前の光景がぐにゃりと歪んだかと思うと、次の瞬間、美那は、元の森の中に佇んでいた。
「あ〜、時間切れね〜」
ボーッとした表情のまま、その場に立ち尽くす美那。
「……」
何か思うところがあるのか、ルーツはそんな美那の顔をじっと見つめている。

そのあとしばらく待ってみたものの、結局クロネコが再び姿を現すことはなく、一行は次の目的地に向け移動を始めた。
その途上、ルーツが思い出話を始める。
「この辺りには、『イルミンアンバーダンゴムシ』が棲んでるんだ。サイズはちょっと大きいんだけど、これが名前の通り綺麗な琥珀色をした虫でね。我らも、ろくりんピックのムシバトルで世話になったんだが」
「ちょっと、ルーツ〜!コハクを思い出させないでよ〜、もう!私が虫嫌いなの、知ってるでしょ〜!」
「あ、あのルーツさん?」
「どうした?」
「もしかして、そのダンゴムシさんって……」
そこまで言いかけて美那は、アスカの後ろを指差す。
「あぁ、うん。これがイルミンアンバーダンゴムシだ」

「え゛!?」

「おぉ!コハク!コハクじゃねぇか!久しぶりだな〜、元気にしてたか!また一段と大きくなりやがって!」

バタン!

突然、アスカが、気を失って倒れた。完全に白目を剥いている。
「あ、アスカさん!?アスカさん、しっかり!!」
「大げさだな、アスカは」
“アスカさんが気絶している間中、心配している(らしい?)ダンゴムシが、ずっとアスカさんの身体の上を這い回っていたことは、絶対に秘密にしておこう”と固く心に誓う美那であった。



「みなさん、お疲れ様でしたぁ!どうぞ、ゆっくりしていってくださぁい!」
イルミンスールの森の奥にある小さな泉。そこで、咲夜 由宇(さくや・ゆう)が一行を出迎えた。
「素敵な場所ですね〜!なんだか、すごく空気が清々しいです♪」
美那は、いつになく開放的な気分になっていた。両手を広げて身体をぐるりと一回転させると、大きく深呼吸をする。身体と心にわだかまっていたものが、スーッと抜けていくような気がした。
「さぁ、みなさん、こちらへどうぞぉ。お菓子とお茶を用意してありますからぁ」
泉のさらに奥に、白い丸テーブルに椅子、ベンチなどが置かれていた。テーブルの上には、可愛らしいティーセットも用意されている。
美那たちは、思い思いの場所に座ると、由宇の淹れてくれる紅茶と、手作りだというマフィンやチョコレートを心ゆくまで味わった。聞けば、紅茶はもちろんのこと、お菓子にもこの泉の水が使われているのだという。
「この泉の水で作ったお菓子は、不思議と甘さが控えめになって、すっきりとした味になるんですぅ。でもカロリーは変わらないからぁ、みなさん気を付けてくださいねぇ」
由宇が注意したこの段階で、既に手遅れの人が何人かいた事実は、当然乙女の秘密である。
お茶とお菓子が一段落したころを見計らって、由宇が、アコーステックギターを爪弾き始めた。
《超感覚》で五感を高めた由宇の奏でる、ゆったりとした曲は、昨日の夜の疲れが十分に抜けていない美那が、ややもすると眠りの世界にひきこまれそうになるほど、心地良かった。
気がつけば、いつの間に現れたのか、小鳥やリスや鹿、それに熊といった森の動物たちが、由宇の周りに行儀よく集まっている。
柔らかい感触に足元を見ると、一匹のウサギが美那の足に擦り寄っていた。
抱き上げてみても、全く暴れる様子はない。
美那は、そのウサギを膝の上に乗せると、まるで夢の中にいるような時の流れに、身を任せた。