百合園女学院

リアクション

第十章　ヒラニプラ

最終目的地へ向け、駒を進める一行。その眼前に、ガラクタがうず高く山をなしている。
「ここは……！」
「知っているのか、クド！」
クド・ストレイフ（くど・すとれいふ）の呟きに、天津麻羅が、絶妙のタイミングで合いの手を入れる。
『よしよし、まず、掴みはオッケーだな。次は――』
「クドさん、ここは一体……？」
『ほぅら、来た。計算通りだ』
一言一句違わぬ美那のリアクションに、策の成功を確信したクドは、口元に笑みすら浮かべながら語り始めた。
「ここは、ジャンクヤードさ」
「ジャンクヤード？」
「そう。遺跡から発掘されたガラクタだの、粗大ゴミだのが捨てられる、巨大な廃棄物集積区域さ。ここに眠っていた亡霊飛空艇の中で、お兄さんは、ギルドの仲間達と一緒に、巨大蜘蛛型機晶機ロボと、激闘を繰り広げたのさ」
「亡霊艇には多くの機晶機が眠っていたのですが、ひょんなことから彼女達は目覚め、運悪く足を踏み入れていた人間達に襲いかかり、そして破壊されてしまいました。――彼女達は、破壊される為に眠っていた訳ではないのに」
ジャンクヤードに目を向けたまま、ルルーゼ・ルファインド（るるーぜ・るふぁいんど）が話を引き継ぐ。
「今現在、ジャンクヤードの住人達は、この亡霊艇を、もう一度空へ羽ばたかせようとしているそうです――」
「っとまあ、冒険ってヤツには、こういった悲壮なエピソードってのが少なからずついてくるんですよなぁ。なんつーか、こう、色々と考えさせられません？だからお兄さん、冒険ってヤツがやめられない訳なのですよ」

「――それで、これもまた、冒険屋さんの宣伝なんですよね？」
『完璧な』笑顔で、そう指摘する美那。
「あ、アレ……、気がついてた？」
「天津様がいますから。それはもう一瞬で♪」
「だからワシは、やめておけと言ったんじゃ」
「ほら、クドって、言い出したら聞きませんから」
「え？それじゃ、あの演出も、クドさんが？」
「そうじゃ。昨日なぞ、あの一言のために、睡眠時間を削ってまで練習させられて……」
「しかも、やり直しの理由のほとんどが、クドがセリフを噛んだからなんですよ」
「そ、それは大変でしたね……」
「な、なんだよ、お前ら！まるで、俺が全部悪いみたいじゃねーか！」
クドの抗議を、じとっとした目で弾き返す二人。

「ち、チクショウぅ！覚えてろよォ！」

まるで小悪党のような捨てゼリフを残し、、泣きながら走り去っていくクド。
「クドも、あの妙にケレン味たっぷりなトコさえなければ、いいヤツなんじゃがのぅ」
「だ、大丈夫……、なんですか？」
「きっと、お腹が空けば戻って来ますよ」
そんなやりとりを聞いているうちに、美那は、いつの間にか自分が、笑顔になっていることに気が付き、ハッとした。
どうやら美那は、この冒険屋というギルドの事がすっかり好きになってしまったようだった。



「みなさん！長旅、ホントーにお疲れさまでした！今晩は、僕たちの作った温泉で、思う存分、旅の疲れを流してください！！」

『ヒラニプラ温泉【バグベアの湯】』

の染め抜きも鮮やかに、真新しいの揃いの半被に身を包んだゴットリープ・フリンガー（ごっとりーぷ・ふりんがー）と仲間たちが、威勢よく一行を出迎えた。
その背後には、同じく温泉の名前が書かれたマイクロバスが数台、並んでいる。
「ハインリヒさん、教導団のみなさん、一晩、お世話になります」
美那が、ぺこりと頭を下げる。
「美那さん、道中色々あったみたいですが、ご苦労さまでした。積もる話は、後でゆっくり聞かせて頂きますから、まずは乗ってください。温泉までは、結構ありますから」

「なるほどなるほど。お嬢さんは、ずいぶんと色々な所を回ってこられたんじゃのぅ」
天津　幻舟（あまつ・げんしゅう）は、美那の話に目を細めて、うんうんと頷いている。
どこからどう見ても、“久しぶりに里帰りした可愛い孫娘と話すのが、嬉しくてしょうがないおばあちゃん”にしか見えないが、幻舟もまた、教導団の人間だ。
もっとも、制服を着ていない時の彼女と会って、それとわかる人は滅多にいない。
「これから行く温泉って、どんな所なんですか？」
「良い所じゃよ。皆、戦いを忘れて、ひたすらのんびりと温泉に浸かっていられる。わしら教導団員にとっての、心のオアシスじゃな。あぁでも、今日は貸切じゃから、お世話係の者以外にはだぁれもおらん。心置きなく、ゆっくりするといい」
「はい。それじゃ、お言葉に甘えさせて頂きます♪」



カポーン――コーン――

「はぁ〜、ごくらく極楽ぅ」
「あ、あれ、ここ、男湯だよ？普通女湯からでしょ、こういう場合」
「……ツッコむ所、そこなんだ、正悟」

「もとい！周、なんでオマエがこんなトコロにいるんだ！」
温泉到着後、真っ先に一風呂浴びようと男湯にやってきた如月　正悟とミルト・グリューブルムは、そこに、頭の上にタオルを乗せ、湯を満喫する鈴木　周がいるのを見て、驚きの声を上げた。
「あぁ？オトコの俺様が男湯に入るのが、そんなに珍しいかよ？それとも、オレが女だとでも思ってたのか？」
「ゲ……、周がオンナ……」
想像したくないモノを想像してしまったのか、必死に頭を振るミルト。
「そうじゃなくて。てっきり、女湯をのぞきに行ったんだとばかり思ってたから……」
「バーカ。到着してすぐなんて、一番警戒されるタイミングじゃねぇか。覗きに行くのは、宴会の後。みんなが一杯引っ掛けて、ガードが緩くなってからだよ」
「なるほど、さすが古強者。言うことが違う」
「感心してる場合じゃないよ！」
「それに“ナマの裸を拝む前に、見ておかないといけない物がある”そうだろ？」
湯けむりの向こうから、もう一人、別の男の声がした。
その男に、一体、何を感じたのか。
周は“フッ”と口元に笑いを浮かべると、ゆっくりと口を開いた。

「あぁ、そうだな……。例えば、“浴衣の襟からのぞく、上気した『うなじ』”とか！」
「“裾がはだけて微妙に見えそうで見えない『太もも』”とか！」

もう一人の男は、まるで周との間で事前に打ち合わせがしてあったかのように、絶妙のタイミングで声を上げる。

「そしてそれら全てをしっかりと眼に焼き付け、続く『決戦』へのモチベーションを高めていく！」
「そしてその光景こそが、あの厳しい『戦い』に挫けそうになった時、我々の心の支えとなる！」

「な、なんなの……コレ、いったい……」
目の前で繰り広げられる非日常的なやり取りに、涙目になって後ずさるミルト。

「まいったな……、こんなすぐ近くに、こんなとんでもない猛者がいるとはね」
「いやいや、アンタも若いのに、相当なもんだ。感心しちゃったよ、お兄さん」
湯けむりの向こうから、男が現れた。

「俺は『クレイジー覗き魔』クド・ストレイフ」
「『ナンパバカ』鈴木　周だ」

二人が目を合わせたその瞬間、互いを真の強者と認め合った者のみが体感し得る、魂の交歓が行われ――。

「友よ！」「同志！」
ガシィ！！

音がするほど激しく、剥き出しの胸板をぶつけ合い、固く抱き合う二人。

「バカって、スゴいね……」
「あぁ、バカもここまで来ると、ドン引きを通り越して、却って尊敬の念が沸き上がってくるから不思議だ」
肩を組み、夜空に輝く星に向かって、必勝を誓い合う二人のバカ。そんな二人のバカに、ミルトと正悟は、生暖かい視線を送っていた。



「この温泉は、皆さんが作ったとは聞いていましたけど、まさか本当にそうだとは、正直思っていませんでした」
「この近くには元々バグベアのねぐらがあってね。オレたちで、そいつらのねぐらを壊滅させたんだぜ！」
しきりと感心した様子の美那に、ハインリヒ・ヴェーゼル（はいんりひ・う゛ぇーぜる）は、やや興奮気味に言った。
美那たちが、一風呂浴びてから始まった大宴会。その席上ハインリヒは、なんとか美那を口説き落とそうと躍起になっていた。

率直に言って、『巨乳！清楚！可愛い！』と三拍子揃った美那は、ハインリヒにとってストライクゾーンど真ん中、是非ともお近づきになりたいコトこの上ない逸材である。
しかし、ハインリヒはそんな下心はおくびにも出さず、自分たちがこの温泉宿を拓くまでに克服してきた困難の数々を、美那に伝えることに徹した。
最初に温泉を掘り当てた時の感動や、温泉施設の建設工事の際に凝らした工夫などを、専門用語をなるべく使わずに、分かりやすく話すよう、細心の注意を払う。もちろん、“ここぞ！”という所では一部脚色を加えることを厭わない。
これらの涙ぐましい努力の甲斐あって、ハインリヒは、美那とすっかり打ち解けることができた。
「この湯治場が出来たお陰で、この辺りも随分と賑やかになったよ。バグベアを恐れて、土地を離れていた人々も少しずつ戻ってきたし。オレたちも、苦労した甲斐があったってモンだぜ」
「ハインリヒさんたちのお陰で、私たち今こんなステキな温泉に入れるんですものね。本当に、ありがとうございます♪」
「い、いや。皆に喜んでもらえれば、オレはそれが一番嬉しいよ」

『ココまでは、全て順調だ……だがしかし！！』

ハインリヒは、片時も自分の側を離れようとしない天津　亜衣（あまつ・あい）のことを、横目で盗み見た。
傍目には、心の底から会話を楽しんでいるように見える亜衣の笑顔も、ハインリヒには、
『あんたの考えそうなことなんて、全部お見通しなんだからね！』
と言っているようにしか見えない。

『うおおッ、何たる事だ！このオレが、あの巨乳を目の前にして、指一本触れる事も出来んとはッ！』

内心、気も狂わんばかりに苦悩するハインリヒだが、実は、苦悩しているのは彼一人ではない。

『ああもう、何でこんなバカと契約なんてしちゃったんだろう！美那ちゃん、もしアナタがパラミタ人に生まれ変って、男から“契約しよう”って誘われたら、絶対に即答しちゃダメ！せめて、三年は同棲してからにするのよ！分かったわね！』

亜衣は亜衣で、付き合ってからたった一ヶ月でスピード結婚してしまった事を後悔する、倦怠期の妻みたいなコトを考えていたのである。
ある意味、なんで契約したのか、分かり過ぎる位よくわかる二人ではある。

何も知らない美那を間に挟んだ、ハインリヒと亜衣の葛藤劇は、まだまだ終わりそうもなかった――。