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卜部先生の課外授業~シャンバラの休日~

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第九章 ヴァイシャリー

「ここからそう離れてない所に、タリスホルンっていう村があってね」
一行をザンスカールとの国境まで出迎えに来た琳 鳳明(りん・ほうめい)は、旅の無聊を紛らわそうと、かつて自分の解決した事件について語り始めた。
「そこは風光明媚な所で、観光地として訪れる人もいるんだ。ある日、百合園女学院に、その村に療養しているツァンダの貴族さんからの依頼があってね」
「『故郷から送られた葡萄を用いて収穫祭をしたい。ついては、学院の女生徒を、この収穫祭にぜひ招待したい。ただし、“二十歳未満限定”で』って内容だったんだ。怪しいだろう?」
「はい、それはもう、とっても」
「で、年齢制限以外にも、その貴族さんには悪い噂があったんだ。曰く『奉公に出した娘と連絡が取れない』とか、曰く『お屋敷の中をアンデッドがうろついている』とか」
「身元調査でも、ツァンダの貴族だっていう結果が出たんだど、やっぱり違和感があってさ。思い切って、天樹ちゃんと一緒にお屋敷に忍び込んだんだ」
『……鳳明は、二十歳過ぎちゃってたから、先に入ったボクの手引きが無かったら、入れなかったんだよね?』
「う、うるさいな!どうでもいいでしょ、そんなコト!」
「は、はい?」
「あ、あぁ。ゴメン。今のは、天樹に言ったんだ」
「え……?あ!そういう事ですね。分かりました」

鳳明に最初に出会ったとき、美那は、鳳明のパートナーである藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)が、訳あって口が聞けないと言っていたことを、思い出していた。天樹は話す代わりに、ホワイトボードで筆談するか、《精神感応》を使って鳳明に意思を伝え、それを鳳明が代弁することになっているということも。
「それで、どうなったんですか?」
美那は、すっかり話しに引き込まれている。
「現地で合流した他の冒険屋や、噂を確かめにきた契約者さん達と一緒に、その貴族さんは偽者だって突き止めたんだよ!そして、皆で本物の貴族さんを助けたんだ!」
『偽貴族は吸血鬼だったんだ。肌から精気を吸収するとかで……好みの女の子の血を浴びようとしてたみたい。結局偽貴族とアンデッドを使役してたネクロマンサーは、警察に突き出したんだけどね』
天樹が、鳳明の話を補足する。
「事件が無事解決した後、村で改めて収穫祭を開いてくれてね。楽しかったな〜」
『ボクはあんまり興味なかったけど……』
「もう!すぐ天樹はそういうコト言うんだから!」
「あ、そういえば、お二人も、『冒険屋』さんなんですね?」
また喧嘩になりそうな空気を敏感に感じ取った美那が、巧みに話題をすり替える。この旅で、色々と揉まれた成果が出ているのかもしれない。
「うん、そうだよ。他のメンバーには、もう会った?」
「はい。色々と、よくして頂きました」
「そっかー。じゃ、いつでも遠慮無く依頼して来てよね!」
『お待ちしています』
「はい。吸血鬼に攫われそうになったら、お願いします♪」
セールスの受け流しも、中々堂に入ってきた美那であった。



百合園女学院に到着した美那は、ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)の案内で、学院の大温室を訪れていた。
「あたしが一番印象に残っているのは、大温室の冒険。温室の管理人オバータ・マナーブさんに頼まれて、七色の花が咲く種5つをみんなで育てることになった事かな」
続けて冒険譚を披露がされても、美那は、ちっとも嫌がっているようには見えない。
「あたしはパートナーの瑠璃羽さんと一緒に、種に栄養のある飲み物をあげることにしたんだ。ただ、この花の苗たち、いきなり人間の顔が生えてきて、わいわい騒ぐわ、食べ物や飲み物の要求をするわで大変だったよ」
美那は、ネージュの話を身を乗り出して聞いている。
「しかもこの温室には食虫植物のタネ子さんがいて、苗を食べちゃったりしたんだよね。結局、最後まで残ったのが一つだけ」
「その苗は、無事だったんですか?」
「うん!その苗がスゴくって。七日目に顔がいきなり破裂してさー」
「破裂!?」
何か嫌なモノを想像したのだろう、美那の顔が少し青ざめている。
「そこから、綺麗な虹色の花が咲いたんだよ。たった一つだったけど、みんなで一生懸命咲かせた花だもの。嬉しかったなぁ」
「そのお花は、今どこにあるんですか。見てみたいです?」
「もう、散っちゃった」
「そうですか……残念です」
「でも、大丈夫!散った花を温室の片隅に埋めてあげたらね、なんとそこから、新しい芽が出たんだ!」
「それじゃあ、またそのお花に会えるんですね!」
「うん!その時には呼んであげるよ。一緒に見よう!」
「はい♪」
美那はにっこりと微笑んだ。



「美那ちゃん、初めまして!秋月 葵(あきづき・あおい)です!今日は、まず私がヴァイシャリーを案内しますね♪」
「教導団第四師団、黒豹小隊小隊長、黒乃 音子(くろの・ねこ)です!」
「同小隊所属、ジャンヌ・ド・ヴァロア(じゃんぬ・どばろあ)であります!」
「今日一日、泉さんの護衛を務めさせて頂きます、よろしくお願いします!」
いかにも軍人らしく、“ビッ!”と敬礼する二人。
「というわけで、よろしくね、みなちん♪」
「み、みなちん……?」
「……変り身早いんだね、音子ちゃん」
「いーのいーの、そんなかしこまんなくたって。どーせ街中でなんて、何も起こりゃしないもの」
葵のツッコミをさらりと受け流す音子。
「本人も悪気は無いんだ。気にしないでくれ、美那。音子は口ではああ言っているが、護衛もきっちりこなすから心配要らない」
「だ、大丈夫ですよ。ただ、いきなり『みなちん』って呼ばれたので……。ミーナとかは呼ばれたことあるんですけど……」
「あぁ。音子はセンスないから」
「ジャンヌに言われたくは無いわよ!」
「まぁまぁ、こんな所で喧嘩なんてしてないで、早く行きましょうよ。あたしが、ステキな所に案内するから、ね♪」

葵の案内の元、一行が向かったのは『はばたき広場』である。この辺りのランドマークとなっている時計塔があり、大運河にも面していることから、水上バスやゴンドラの発着所ともなっており、観光客も多い。
この広場で一服した後、美那たちは、ヴァイシャリーを縦横に走る運河を利用して、ゴンドラで買い物や食事を楽しんだ。ヴェニスにも比せられる水の都、ヴァイシャリーの面目躍如といった所である。

「この後は、このままゴンドラでヴァイシャリー湖まで行こう!定番のデートスポットで、私も、デートによく使っているんだよ」
「ええっ!?デートって……まさか、その年で彼氏がいるの!?」
「?葵がデートする相手は、みんな女の子だよ?」
さも当然、という風に返事をする葵。
「なんだ、女の子か……。ビックリさせないでよ……」
ホッと胸を撫で下ろす音子。
「ジャンヌは、彼氏イナイ歴と生きてきた年月が一緒なんだ」
「だから、お前が言うな!」
「まぁ、音子さんもジャンヌさんも、恋人はいないんですか。私とおんなじですね」
そう言って、ニッコリと笑う美那。
「えー!みなちん、彼氏いないのー!」
「あ……!な〜んだ、美那ちゃんも“そう”だったんだ!もっと早く言ってくれればいいのに〜!」
「……それは違うだろ」
冷静にツッコむジャンヌ。

「え?私にお付き合いしてる方がいないのって、そんなにおかしいですか?」
「おかしいでしょ!それだけの巨乳を持っておきながら!」
「……そういうものなんですか?」
「ち、違うの?」
「女性の魅力は、胸だけで決まるものではないと思います」
音子の主張を、真顔で否定する美那。
「ま、まぁ、そりゃそうかもしれないけど……」
「でも、どうせなら、おっきい方がいいよねー」

「そう、それ!それだよ!それ大事!!」

何気ない葵の一言に、『我が意を得たり』とばかりに勢いづく音子。
「同感だ」
ジャンヌも腕組みをしたまま、美那の胸をじっと見つめている。
「ねぇねぇ、美緒ちゃん?美那ちゃんも大きいけど、何したらそんなに大きくなったの?」
「え?何したら……ですか?」
「教えて、それ教えてよ、みなちん!」
「是非、小官にもご教授頂きたい!」
ずいっ、と美那に詰め寄る音子とジャンヌ。
「そうですね……」
「うんうん!」
「してませんよ、何も」

「え゛……?」

無情過ぎる一言に、石のように固まる三人。
「胸を大きくしようとして、特別何かしたコトはないです」
「なんで!じゃなんでそんなに大きいの!!」
音子の叫びには、もはや悲壮感すら漂っている。
「な、なんでと言われても……。そう!例えば音子様も、胸を小さくしようとして、何かしたわけじゃないですよね」
「ハイ?」
「ですから、“胸を小さくしよう”として、小さくなったわけじゃないですよね?」
「……ハイ」
美那が何を言わんとしてるのか、まるでわからないという顔で、ただ返事のみを返す音子。
「それと同じで、私も、“胸を大きくしよう”として、大きくなったわけじゃないんです」
「じゃ、じゃあ、どうして……?」
その先に待っている答えを半ば予想しつつ、なおも一縷の望みを託して、美那に詰め寄る音子。
「生まれつき、だと思います。努力して大きくなるものじゃないですよ、きっと♪」

ガクン!!

敗北を悟り、膝から崩れ落ちる音子とジャンヌ。
「あれ、何でだろう……。目から熱いモノが……」
「視界が、視界が霞んで……。自分は、自分は泣いているのでありますか……?」

「あーあ、せっかくあたしも胸大きく出来ると思ったのにー!つまんなーい!」
「葵ちゃんは、まだまだこれから大きくなりますよ♪」
「私は!?」
「ボクは!?」
まるでボクサーのように、何度打ちのめされても立ち上がってくる二人。
その、涙に濡れた顔をじっと見つめていた美那は、やがて、大きなため息を一つ吐いた。
そして、これ以上無いという位『完璧に』爽やかな笑みを浮かべ、こう、言い放つ。
「お二人の胸も、十分にステキだと思いますよ♪」

「ひ、貧乳をバカにしくさりおってーーっ!!」
「うわわーーん!巨乳なんて、巨乳なんて大っキライだーー!!」

一目もはばからず、おいおいとむせび泣く二人。
一体何事かと先ほどから周りで見ていた観光客も、思わずもらい泣きしている。

「あれ?あんな所に煙が上がってる、なんだろう?」
ふと、空を見上げた葵は、近くのビルの屋上から、土煙のようなものが上がっている事に気づいた。よく見ると、ビル自体もわずかに振動している葉に見える。

ここでのやりとりの一部始終を監視していたセイニィが、怒りと落胆の余り、ビル一つまるごと破壊しかねない勢いで八つ当たりしているのを、紫月 唯斗と武神 牙竜の二人が、その持てる技量の全てを持って必死に押しとどめているコトなど、葵は知る由もなかった。



「うわー!綺麗な夕日―!」
ゴンドラから身を乗り出して、美那は、ヴァイシャリー湖に沈む夕日を見つめていた。
「でしょう?あたしが、一番好きな景色なんだ!」
ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、そう言って胸を張る。
「その昔、古シャンバラの女王が、『ヴァイシャリー湖に沈む夕日を我が宮殿に持ってきたものを、ヴァイシャリーの王とする』と言ったという伝説があるんですよ」
巧みにゴンドラを漕ぎながら、和泉 真奈(いずみ・まな)が美那に語りかける。
「あ、その話、あたしも聞いたことある」
ミルディアが口を開く。
「でも、古シャンバラの時代だったら、その位魔法でできちゃいそうだよね。なんでそうしなかったんだろう?」
「この話には、まだ、続きがあるんですよ」
「続き?」
早速、美那が食いついてくる。
「実際、何人もの魔術師が、幻術を用いてこの光景を再現しようと試みたんです。中には、湖をまるごと女王の宮殿に創りだそうとした人もいたんですよ」
「湖を!?それで、その人は王になったの?」
「いいえ。そうはなりませんでした。どれほど強力な力を持った術者が、どれほど高度な術を使っても、女王は満足できませんでした」
ミルディアも美那も、黙って真奈の話に耳を傾けている。
「最後に女王は、こう言ったんだそうです。『どんな手段を持ってしても、創りだす事の出来ないこの夕日こそ、ヴァイシャリーの王たるに相応しい』と。それ以来、この夕日は『相国紅』と呼ばれるようになったんだそうです」
「ほら、見てください」
真奈の指差す方を見ると、今まさに沈んで行く夕日が、空と湖とを染め上げて、見渡すかぎり一面が真っ赤に染まっていた。しかも、水面に照り返された夕日が、紅い光のつぶとなって、キラキラと輝いているのである。
その余りの美しさに、皆、それ以上口を開くのも忘れて、ただただ、沈む夕日の創りだす千変万化する美を、見守っていた。
「……そろそろ、帰りましょうか」
「はい」
真奈がそう促したときには、太陽はもう、水平線の彼方に見えなくなっていた。



「あなた、美緒の妹なんですって?」
「は、はい……。失礼ですが、あなた様は?」
「私は、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)。美緒とは、まぁ古い友人って所かしら」
ザンスカールからヴァイシャリーへの道すがら、亜璃珠は美那にそう声をかけた。
美緒の事は以前から知っていたが、彼女に妹がいるという話はこれまでついぞ聞いたことがなかった。それで、一度話をしてみたいと思ったのである。
「もしよかったら、美緒の話、聞かせてくれない?」
「美緒姉様の……、ですか?」
「そうよ。きっと妹のあなたなら、私も知らない美緒の素顔を、知ってるんじゃないかと思って」
しかし美那は、下唇をきつく噛み締めたまま、一向に口を開こうとしない。
「どうしたの?もしかして……、聞いたらいけなかったかしら?」
「い、いえ。そんなことはありませんけど……。でも……」
「でも、何?」
煮え切らない美那の態度に、軽くいらだちを感じて、亜璃珠は語気を強めた。
「ご、ごめんなさい……。私、知らないんです、お姉様のこと」
「知らないって……、姉妹なのでしょう?」
「実は……私、お姉様とは小さかった頃に別れたまま、ずっと会っていなくて。今回のシャンバラ旅行も、お姉様と会えるのを楽しみにして来たのに、結局会うことができなくなってしまって……」
「そ、そうだったの……。ごめんなさい。無神経なこと言ってしまって」
「いえ、いいんです。気にしないでください」
目尻にたまった涙を拭いつつも、亜璃珠を気にかける美那。その姿に、亜璃珠は強く心を動かされた。

「よかったら、私の話を、聞いてくれない?私と、美緒の話」
「お姉様の?」
「そう。少しは美緒のコト、知ることが出来るんじゃないかしら。もちろん、あなたが嫌じゃなければだけど……」
「そんな、嫌だなんて。聞かせてください。お姉様のコト」
美那の笑顔に促されるように、亜璃珠は、これまで美緒と過ごした数々の思い出を話して聞かせた。
最初は、美那に惹かれた亜璃珠から、声をかけたこと。一緒に花火を見たり、ろくりんピックでは美緒にちょっとエッチなコトをしてしまったりしたコト。そして彼女を助けるために、危険を犯したコト――。
一通り話し終えた頃には、もうヴァイシャリーとの国境まで、すぐの所まで来てしまっていた。
「残念だけれど……、私は、ここまでよ。またいらっしゃい。その時には、歓迎するわよ。二人っきりで、ね」
美那の瞳を見つめながら、意味ありげな笑みを浮かべる亜璃珠。
しかし、美那はそんな亜璃珠の様子に、露とも心を動かされた風もない。それどころか、逆に亜璃珠の瞳を真っ直ぐに見返して、尋ねた。
「亜璃珠様、最後に一つ、聞いてもいいですか?」
「何かしら?」
意外な美那の反応に内心驚く亜璃珠。だが決して、それを表に出すことはない。
「亜璃珠様は、お姉様の事、好きですか?」
「何かと思えば、そんなコト……。そうね。まあ、色々危なっかしいけど…いい子だし。
ああ見えて、あれで案外としっかりしてる所もあるし、付き合ってて飽きないわ」
「……そうですか。ありがとうございました、亜璃珠様。おかげでお姉様の事、色々と知ることができました。」
お礼の言葉と共に、優雅に一礼する美那。その仕草は、亜璃珠に、彼女と美緒との違いを鮮烈に印象づけた。
『あぁ。このコは、美緒とは違うんだ』
そう思った瞬間、亜璃珠は、無性に美緒の声が聞きたくなった。