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桜井静香の奇妙(?)な1日 前編

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第15章 放課後――幽霊よ、これがヴァイシャリーの灯だ! と言いたかった……

 部活動、生徒会活動も終わり、静香一行は完全なる放課後の時間を迎えた。この時点で、1日分の学園生活は終わりを告げることとなる。
「はい、こんな感じで、百合園女学院の1日はひとまず終了ということになりました。弓子さん、お疲れ様でした」
 百合園女学院の校門付近にて、静香は弓子に頭を下げる。もちろん弓子もそれに応じて頭を下げた。
「こちらこそ、どうもありがとうございました、校長先生」
「あ〜、楽しかった! それじゃ私の今日の仕事も、これで終わりですね」
「美咲さんも、ガイドお疲れ様」
 橘美咲がその場で背伸びをする。彼女による百合園の案内も、これで終了したのだ。
「私も、今日は凄く楽しく過ごさせていただきました。……本当ならこの後、弓子さんを交えてガールズトークでもしようと思っていたんですが、恋愛指南書を無くしてしまいましたからね……」
「あはは……、テスラさんも、本当にお疲れ様でした」
 これ以上残っていても目的は果たせそうに無いと感じたテスラは、ここで静香たちと別れ、ツァンダへと帰ることにした。
「静香さん、弓子さん、今日はお疲れ様でした」
「歩さんも本当にお疲れ様」
 授業を受けながら弓子と関わっていた歩も、これでひとまずは解放されるということになる。
 そうしていると、校舎からラズィーヤが歩いてきた。
「静香さん、今日はお疲れ様でしたわね」
「ラズィーヤさんも、今日はお疲れ様でした」
 意識的なのか、それとも無意識なのか、ラズィーヤは静香の隣にいる弓子には目もくれなかった。もっとも、弓子の方もラズィーヤが労いの言葉をかけてくるなどとは微塵も思っていなかったが。
 そしてそこに全く別の人物がやってきた。ジーンズに白いワイシャツとカーディガンに身を包んだルカルカ・ルー(るかるか・るー)である。シャンバラの東西統一が成ったため、大手を振って遊びに来たというわけである。
「はぁい、静香さん。遊びに来たわよ」
「ルカルカさん、こんにちは」
「って、その子、何者?」
 隣にいる百合園制服を着た、体が透けているように見える少女を指差す。
「あ、彼女は、吉村弓子さん。……わけあって、今は僕から離れられないんだ」
「はい?」
 事件の情報を全く知らないルカルカに静香はこれまでの全てを説明する。説明を聞き終えたルカルカは、思い切り吹き出してしまった。
「さ、さすが『元祖巻き込まれ体質』ね……! もうだめ、笑いでお腹痛い……!」
「……校長先生って、そんなに巻き込まれるんですか?」
「さ、さあ……どうだったかな」
 元祖かどうかは別にして、確かに静香は様々なものに巻き込まれることが多い。ヴァイシャリーに暗い影を落とした「闇組織」、先日の百合園女学院を中心とした「ループ事件」、かと思えば未来から来たとのたまう「自分の子に襲われてタイムスリップさせられる」わ、終いには「専用イコンに乗せられて大暴れ」させられ、その内には「宦官にされるかもしれない」ときている。
 誰もが思うだろう。桜井静香よ、そんな巻き込まれ体質で大丈夫か……?
 静香は答えるだろう。いくらなんでも大丈夫じゃない、問題だ、と……。
「はーっ、はーっ……、あ〜、久しぶりに爆笑しちゃった」
 ようやく笑いから解放されたらしいルカルカが静香たちに提案する。
「まあ部活とかも見終わったんならさ、今から遊覧飛行でもしない?」
「遊覧飛行?」
「そう! ルカが連れてきたこのチャッピーで、ヴァイシャリーの町を空から眺めてみましょ!」
 ルカルカが連れてきたという「チャッピー」とは、シャンバラから東はカナン地方、砂漠に生息し、砂だらけの土地をまるで水辺のように泳ぎまわる「砂鯱(しゃち)」のことであった。全長8メートル、その背には4人まで乗れるという大型の生き物。一体どうやってヴァイシャリーにまで連れてきたのかは、この際考えないことにしよう。
「で、でかいですね……」
 初めて見るパラミタの巨大生物に、完全地球人の弓子は驚くしかできなかった。
「大丈夫大丈夫。大人しいから全然怖くないよ」
 言いながらルカルカは「チャッピー」の体をなでている。なでられるがままの姿を見ていたら、確かに大人しいというのはわかる。
 弓子は恐る恐る、大型の砂鯱に手を触れてみる。弓子の冷たさに少々驚いたようなそぶりを鯱は見せるが、それでも黙ってなでられてくれた。
 弓子が砂鯱の相手をしている間に、ルカルカはラズィーヤに遊覧飛行の同行を持ちかける。
「2人とルカを乗せてもまだ1人分余裕ありますし、ラズィーヤさんもご一緒にどうです?」
「……いえ、遠慮しておきますわ」
「空なら周りを気にせずに色々話せますよ?」
「それでも、ですわ」
 どういうわけかラズィーヤは遊覧飛行には乗らなかった。もちろん理由はあるにはあるのだが……。
 仕方が無いので、ラズィーヤを誘うのを諦め、ルカルカは静香と弓子を砂鯱に乗せることにした。最悪は静香と弓子を誘えればよかったのだ。ラズィーヤがいないのは残念だが、この際仕方が無い。
「よ〜し、2人とも、ちゃんと乗ったね? それでは、いざ、出発!」
 砂鯱の「チャッピー」の背に乗って、ルカルカは大空に舞い上がる。……はずだった。
「……あれ、チャッピー? ちょっと、何で飛んでくれないの? ほら、今日はお客さんが2人も乗ってるのよ? ここで頑張らずしてどうするっていうのよ、ほら!」
 上からチャッピーの頭を軽くはたいてみるが、大型の鯱は困惑したように目を泳がせるだけで、全く飛ぼうとしない。
「あの、もしも〜し、チャッピーちゃ〜ん? せっかく遊覧飛行しようと思ってんのに、まだ飛ばないの〜?」
「……飛ぶわけがありませんわ」
「はい?」
 横から口を挟んだのは、砂鯱に乗ることを拒否したラズィーヤだった。
「砂鯱というものは、砂漠を海のように泳ぐのが特徴であって、それ以外は普通の鯱と対して変わりませんわ」
「へ? え、そ、それじゃあ、チャッピーは……?」
「飛びませんわ。砂鯱は、空を飛ばないんですもの」
「…………」
 ルカルカは呆然とするしかなかった。ラズィーヤの言う通り、砂鯱は「飛べない生き物」なのだ。彼女はそれを知っていたからこそ、遊覧飛行には賛同しなかったのである。
「……飛べるシャチも、存在するんでしょうか?」
「いや、さすがにそこまではわからないかなぁ……」
 パラミタの生物のことなど何も知らない弓子、一応知ってはいるがさすがに全てを把握しているわけではない静香の両名は、ゆっくりと「チャッピー」の背から降りた。
「うう……、せっかく空の旅にみんなを誘って、弓子さん相手に『幽霊よ、これがヴァイシャリーの灯だ!』とか言おうかと思ってたのにぃ〜!」
 大型の生物に乗せて飛ぶという案は良かったのだが、肝心の生物が空を飛べなければ意味が無い。これが小型飛空艇アルバトロスであったならば、また話は違っていたかもしれないが……。
「ああん、もう! 完全に計画が頓挫しちゃったじゃない! これどうすんのよ、歩き!? 徒歩でどこまで案内できるのよ〜!」
「あの〜……」
 頭を抱えてわめくルカルカの前に、七瀬歩がおずおずと名乗り出た。
「あたしの『空飛ぶ魔法↑↑』を使うっていうのはどうですか? 10〜20階建てのビルくらいの高さまでしか飛べないけど、無いよりはマシじゃないかと思いますが……」
 次の瞬間、ルカルカの両手は歩の両手をガッチリと掴んで離さなかった。

「それではいきま〜す!」
「き、きゃああああ〜〜〜〜!?」
 歩が自分を含め、ルカルカ、静香と弓子、そしてラズィーヤ――ラズィーヤが飛行を拒否したのは、単に砂鯱は飛べないということを知っていたというだけである――に魔法をかけ、全員の体を上空に持ち上げた。飛空艇や空飛ぶ箒のような「空を飛ぶ乗り物」に乗りなれているのであればともかく、全くそのようなことは無い弓子にとって、歩のこのスキルは夢のようではあったが、反面恐怖も生んだ。結果、静香にしがみついた状態で遊覧飛行に臨んだのである。
 魔法で空が飛べるようになれば、後は個人の自由意志によって自由自在に飛び回ることができる。その速度はせいぜい「走る速さ程度」だが、ゆったりと空から観光するには十分すぎる速度であった。
「ちょっと予定外だったけど、これで言えるわ! 幽霊よ、これがヴァイシャリーの灯だ!」
「わぁ……」
 ルカルカの言葉に従って、弓子はヴァイシャリーの町を見下ろしてみる。日が落ち、辺りの家々には明かりがともる。次々と光の点が数を増やしていき、その内にヴァイシャリー全域に広がるその光景を、弓子はただただ眺めていた。
「ねえ弓子さん、知ってる? 人はね、死んだもナラカで生きられるんだよ」
「あ、その話、もう聞きました」
「あらま、そうだったのね。ナラカも面白そうな場所みたいよ」
「そうらしいですね」
 ルカルカが話題に出したナラカ。後1〜2日ほどしたらそこへ自分は行くのだ。だから焼き付けよう。弓子はそのまましばらくの間、静香と共にヴァイシャリーの夜景を眺めていた。
「シャンバラも統一されて、もう東西どこにでも行けるようになって、またこうして大手を振って会えるようになったなんて最高よ。静香さん、色々お疲れ様」
「うん、本当に色んなことがあったよ。ルカルカさんも、お疲れ様」
 静香との話をそこで切り上げ、ルカルカは同じく空を飛んでいるラズィーヤに話しかける。
「ラズィーヤさん、この度はお疲れ様でした」
「あら、何のことですの?」
「色々、ですよ。貴女の選択、とかね」
 何のことだかわからない、といった風にラズィーヤはとぼけるそぶりを見せるが、ルカルカは構わず続ける。
「大丈夫ですよ。貴女が苦心して決めた選択の意味、わかる人はわかってるんですから」
「……そういうことにしておきますわ」
 あくまでも笑みを絶やさずに、ラズィーヤはそれだけをルカルカに返した。
 ルカルカの方も、それほど大きな反応は望んでいなかったのか、また弓子の方へと体を飛ばした。
「そうそう、弓子さん、ヴァイシャリーにはね、オススメの観光スポットがいくつもあるのよ」
「へえ、例えばどんなのですか?」
「例えば、郊外の人形工房。あそこはもう契約者のたまり場になっちゃっててさ〜。それから運河横のレストラン。あそこの料理が美味しいのよ〜。それからね〜……」
 そんな会話を交わし、ヴァイシャリーの夜は、静かに更けていった。

「まあ、さすがに遊覧飛行の映像まで、というのは無理だな、うん」
 デジタルビデオカメラのメモリーカードを抜き取り、毒島大佐は満足げにほくそ笑んだ。
「後はこれをラズィーヤ女史に渡すだけ。うん、今日は我もお疲れ様なのだよ」
 ラズィーヤが降りてきた時にこれを渡そう。それで今日の自分の仕事は終了だ。大佐はメモリーカードを手の中でもてあそびながら、次の撮影対象に思いをはせていた……。