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第5章 山岳の風 5

 男は――依頼人の炭鉱夫は、コビアたちを前にして誤魔化すような笑みを浮かべたまま恐怖に引きつった顔をしていた。
「ま、待ってくれよ。ほ、ほら……なんつーかよ、出来心だったんだ」
「出来心で……イルマンプスの子供を殺したっていうのっ!」
 その声を発したのは緋雨だった。
 彼女が見たのは――彼ら、盗掘を生業とする炭鉱夫がイルマンプスの子供を容赦なく殺している過去だった。イルマンプスの思いから知ったそれは、彼らがルカの持ってきた鉱石を狙って行ったことだった。
 その鉱石は、イルマンプスの血から生まれる鉱石だ。鮮やかな色合いはイルマンプスの生命の色であるとも言われている。そもそもイルマンプス自体の数が少ない上に、鉱石の存在さえもほとんど確認されていないことから、ある種――伝説にも似た存在だった。
 だがその存在を知る者もまた、数少ないがいたのである。彼らはイルマンプスがこの山岳に移り住んだことを知り、鉱石を手に入れるためにその子供を殺したのだ。そう――無情に、そして容赦なく。
「なんて……ことを……」
 契約者たち、そしてコビアの口から漏れるのは、罪なくも殺されたイルマンプスの子を思った悲哀だった。
「なんで……こんなことを……」
「そ、そんなの……決まってるじゃねぇか」
 男は、半ば自己弁護でもするかのように答えた。
「この鉱石が高く売れるからよ。一つでだって相当な額だ。2、3個も原石を掘り出せりゃあ、そりゃあ生きていくのに困らねぇぜ」
「そんな……そんな理由で……!」
「別に、狩猟して生きていくって考えたら、おかしいことじゃねぇだろ? お前たちだって、動物の肉ぐらい食ってるんだ。へ、へへ……俺たちにとっちゃあ、金が入るんであれば十分な理由さ。それに、こいつを買ってくれるのはあんたら契約者みたいな地球人なんだぜ」
 契約者たちの顔が強張ったのを、男は憎たらしげに微笑して見返した。
「なんでも観賞用として重宝するって話だ。そんな理由であれだけの金をつぎ込むってのも、地球人はおめでたいもんだよな」
 男の言葉に閉口した契約者たちの中で、コビアが進み出た。彼は、男を睨み据えたままだった。
「甥っ子さんが亡くなったというのは……あれも……嘘なんですか?」
「甥っ子? ああ……別にありゃあ嘘じゃねぇ。あいつは俺たちの仲間として、一緒に働いてたのさ」
 盗掘を働く――と表現するのが正しいかどうかは分からないが、少なくとも男は、徐々に悪びれもなく事を語った。
 話にあった甥っ子は、確かに彼の甥であるらしい。両親を亡くした彼を引き取って、男が育てたという話だった。だが、盗掘グループの部下として働いていた甥は、イルマンプスの怒りを買った男たちの命令で、そのままおとりのように谷底に落とされたらしい。
 男は危険性を調べるための偵察任務だったと語っているが――要は、そのために死んだ使い捨てではないか!
 コビアが、やるせない思いを抑えきれずに刀を抜刀していた。急に振り上げられた刀を見て、男の表情が恐怖に歪む。そのまま男を斬り捨てる衝動に駆られたとき――緋山 政敏(ひやま・まさとし)の声が彼をとどめた。
「コビア」
「……政敏」
 彼のパートナー、リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)の話では、男やイルマンプスに殺されたのは甥と、そしてイルマンプスに子供だけだ。少なくとも村では……イルマンプスの被害にあった者はいないという話だった。
 言わばこれは――もはや退治ではない。それらの死を知ったコビアが、そして自分たちが、どうしたいのか? 仇討ちとも言うべきそれが、コビアの意識を駆らせる唯一の力だった。
 政敏は、言った。
「刀は確かに生殺与奪の理を体現したものだ。だが、形状じゃない重量なんだ。手になじむものを使うというのは命というものを『重すぎず、軽すぎず』感じ続けていく為だから」
 友の言葉は、根強い何かを思わせた。
 そして――カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)が言う。
「手に馴染むものは作り手と担い手の想いが合致しているという事。刀が人が選ぶのではありません。人と同じで『出会う』んです。故に――人の魂が宿る」
 人の魂……それは、自分の刀に宿っているのだろうか?
 コビアは己に問いかけるようにして、静かに下ろした刀を見つめた。谷底に眠ったままの、青年の影がコビアの心を奮わせる。
 コビアが刀を見つめているのを、政敏は黙ったまま見守っていた。
 そして――
「どうする?」
 最後の問いだった。
 コビアは刀を振り上げる。そして、苦鳴を発するような歪んだ表情のまま一気に振り下ろして――額に切りかかるその寸前に、彼は止まった。刃――『死』を前にした男の顔は、蒼白になって、もはや言葉を発することさえまともにできないようだ。
 コビアは刀をおろして立ち尽くした。
 そんな彼の背中を――政敏はただ静かに見つめていた。