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第5章 山岳の風 6

 この世は――残酷なほどに弱肉強食だ。
 そうではない優しい面もあるかもしれないが、残念ながらそういった面が強いということは事実なのだろう。
 『そうじゃない』と――この世はもっと優しいのだと。そうやって希望を持っていたとしても、そんな脆弱な意思なんてものは、すぐに打ち砕かれてしまう。それが、この世というやつだ。
 だから、力を求める。せめて、自分の周りの優しい世界だけでも砕かれたくはないと、そう願うから。
 そう、だから……それを止めようとするならば容赦はしない。

 今の俺は――


「お腹一杯鳥肉が食べたいんだよーーーーー!!!」
 とゆーわけで、月谷 要(つきたに・かなめ)は己がパートナーであるアカシア・クルウィーエル(あかしあ・くるうぃーえる)、そしてなぜか途中で意気投合したゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)とともに、イルマンプスの巣までやってきていた。
 そもそも、鳥と聞いて『肉』を彷彿とさせない思考回路が彼らに残されているはずもないわけで、あれだけでっかい鳥の鶏肉なら、さぞかし美味いだろうなぁというのが要にとっては当然の如き思考なのだった。
 無論――それはゲドーとて同じことだ。
 ただ、いわゆる己の持論と美的センスを持つ彼としては、肉よりもまず『卵』が真っ先に浮かぶ単語であった。ハムエッグ、スランブルエッグ、オムライス、オムレツ――卵料理はいつの時代も素晴らしきかな、である。まして怪鳥の卵となれば、普通の卵の数十個分はあろうかというほど大きいことは、想像に難くないだろう。
 夢であった巨大目玉焼きや、巨大ゆでたまごだって出来るかもしれない。
 イッツ・ア・ドリームだ。夢はでっかく持とうね、男の子。
「鳥肉か……ドラゴン程の大きさの鳥なら、一体どれだけ食べられるんだろうな」
 ジュル……とよだれを垂らしたアカシアが言う。普段は礼儀正しい彼女も、食の事となれば話は別ということか。要と同レベルまでの食欲なのは何かと困ったものだが。
「だ〜ひゃっはっは! 卵は俺様がいただくがなっ!」
「焼鳥パーティ♪ 焼鳥パーティ♪」
 イルマンプス自体はコビアたちによって気絶させられたものの、成長過程のイルマンプスであれば残っているだろう。
 何かとやかましくイルマンプスの巣に足を踏み入れた要たち。すぐに、イルマンプスの幼鳥たちの姿は確認できた。
「やった! 見つけたー!」
 と――そこで待っていたのは、突然の斬撃だった。
「どわあああああぁぁぁ!」
 一瞬で何が起こったのか要たちは理解するのに時間を要したが、斬撃が巣の入り口を破壊したのである。ガラガラと崩れた岩が入り口を塞いでしまい、要たちは――呆然と立ち尽くした。
「な、なんだったんだ……一体? お、俺様の卵は……?」
「くそー、あと少しで焼鳥にたどり着けたっていうのにぃ」
「ほう、焼鳥とは?」
「あぁ……決まってるじゃん。イルマンプスの鶏肉を使ってパーティ……」
 そこで、はたと要は気づいた。自分たち以外の誰かに、背後から声をかけられていたのだということに。
 振り向くと――そこにいたのは仲間の契約者たちだった。しかも、それぞれに怒りのオーラが立ち込める笑顔を張りつけた。
「え、えーと……」
「要……」
 アカシアに振り向くと、彼女は首を横に振っていた。どうやら、無駄なようだという風に彼女は悟ったようだ。そして、要とゲドーもまた、逃げ場がないことには気づく。
 たらり……と汗を流した二人は言った。
「「ま、まあ落ち着いて皆さん。ささ……お茶でも」」
「ふざけんなっ!」
 契約者たちの怒号とともに、彼らがフルボッコにされたのは言うまでもなかった。
「ぎゃああああああああぁぁぁ!!」
 後に残されたのは断末魔のような叫びのみ。


 いや、そして――


 入り口が崩れた巣の中で、一人――如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は佇んでいた。
 もともとは、こんなことをするつもりではなかったのだが……さすがに鶏肉と卵料理のためにイルマンプスを狙っているとなっては、こうするしか方法がなかったわけである。それに、ある意味これで、天井の穴――イルマンプスが通るそこからしか巣に入れなくなったわけで、イルマンプスにとってはこれで良かったのかもしれない。
 正吾は――ただ事を確認して、処理するためにここにやって来たに過ぎなかった。
 イルマンプスが果たして本当に危険があり脅威なる存在なのか。『実際に』死人が出ている以上、それを調べる必要があったのである。仮にそれが、子が生まれたことによる防衛本能だったとしても、危険性があるならば正吾は容赦なくイルマンプスを処分するつもりだった。残酷かもしれないが、それはある種、社会に在る以上仕方のないことだ。
 だが……当然彼とて、手を下したいわけではない。
 巣に潜り込み、静かに、じっと息を潜めて事の顛末を確認しようとしていたのである。幸いにもイルマンプスの巣は天井から出ると見晴らしが良い。すぐに、コビアたちが何者かと争っているのは分かった。
 その顛末は――ある意味で正吾にとっては幸運だった。
 危険性はないと。そう、判断できたからだ。
「ん……?」
 ふと正吾は気づいた。
 イルマンプスの幼鳥が、彼の足元までやって来て鳴いているのだ。か細い声で鳴く幼鳥は、首をかしげて円らな瞳を向けている。
 しばらくこの巣に居過ぎたせいだろうか……仲間とでも思っているのか?
 正吾は幼鳥にほほ笑みかけた。
「じゃあな」
 跳躍し、天井から飛び去っていった正吾。
 そんな彼のいなくなった後の空を――幼鳥はじっと見つめ続けていた。