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第一章 着せ替え狂想曲 3

「えーっと……あの、私急用を思い出しましたのでこれで失礼しグッ!?」
 倉庫前の状況からこの後起こるであろうことを敏感に察知して、直ちに回れ右しようとした月詠 司(つくよみ・つかさ)
 だが、その感知能力はもう少し早めに……そう、彼のパートナーの一人であるアイリス・ラピス・フィロシアン(あいりす・らぴすふぃろしあん)が珍しくアルバイトを見つけてきた辺りで、速やかに発揮しておくべきだった。
「逃げようとしないの」
 もう一人のパートナー、シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)の呼び出したフラワシに捕獲され、情けない声を上げる司。
「……ン、かわいそう……。……ツカサ……皆の、為……」
 もともと声の小さいアイリスが、とぎれとぎれにかろうじて聞こえるくらいの声で言う。
 これだけでは何が何だかわかりにくいのだが、アイリスは自分も裁縫などの手芸関係が得意で、服を作ったりすることもあるため、人一倍服に対する思い入れが強いのである。
 故に、ジョージアの気持ちが彼女にははっきりと理解できた。だからこそ、皆、つまり洋服たちのために、司に一肌脱いでほしい、ということなのである。
 とはいえ、司の側からすれば、服に向ける思いやりがあるのであれば、その何分の一かでも自分の方に向けてほしいと思わずにはいられない状況だった。
「ちょ、まっ、まさかまた女装ではありませんよねっ!? 流石にそうしょっちゅう女装は堪りませんよっ!?」
 なおもばたばたと抵抗する司に、アイリスがまたぼそぼそと答える。
「……大丈夫……今日は……。……だから……暴れちゃ、ダメ……」
 とはいえ、昨今では軽々しく「大丈夫」と言うのが、ある種のフラグであることは有名である。
 そしてもちろん、今回もその例に漏れなかった。
「……コレ……」
 そう言いながら、アイリスがジョージアに渡された服の一枚を見せる。
「って……あの〜、一つ宜しいでしょうか? コレって、どう見ても女装ですよね?」
「え? 立派な軍服じゃない」
 なるほど、確かに起源をたどればそうであろう。
 だが、例えそうであったとしても、今の「セーラー服」の認識は、どう考えてもそうではない。
「ぇ? いやいや昔は兎も角今は女性の服でしょうっ!」
 嫌がる司に、アイリスは次の服を見せる。
「……じゃ、コレ……」
 なるほど、確かに今度は女装ではない。どこから見ても立派な執事服である。
「ぇ? いやいやいやいや、確かにコレは女装ではありませんけど……」
「もう。それじゃ何が不満なの?」
 執事服自体は、まあ十分許容範囲である。
 なので、問題はそこではなく……その上に乗っているネコ耳カチューシャにあった。
「そんな物に限って、微妙にズレたオプションが付いてるじゃないですか……」
 がっくりと肩を落とす司に、シオンが一つため息をついた。
「もぅ、ツカサってばまだ恥ずかしがってるの?」
「ですから、恥ずかしがっている訳ではっ」
 あわてて反論する司だったが、普段はツッコミ役で唯一の良心とも呼べるはずのアイリスまでが、こんなことを言い出した。
「……ツカサ、わがまま……」
「……ちょ、アイくんまでわがままって……」
 予期せぬ方向からの一撃にショックを受ける司。もはや完全に孤立無援である。
「……萌えを、分かってない……」
「ハァ〜……ホント、情けないわねぇ〜」
「いやいや、萌えって……男の似合わないコスプレなんて、誰得とか言われるのがオチですよっ!?」
 呆れたように言う二人に、司の叫びが届くことは……まあ、もちろんなかったのであった。
 
「……なんだこの面倒な状況は」
 目の前で繰り広げられる想像を絶する事態に、帆村 緑郎(ほむら・ろくろう)はげんなりとした様子で呟いた。
「いかがですか?」
 隣で楽しげに笑うのは、彼のパートナーのライラ・メルアァ(らいら・めるあぁ)
「いかがも何も。お前が面白いことがあるというから来てみたが、俺には面倒なことにしか思えん」
 これ以上この場に留まっていれば絶対に巻き込まれるであろうことくらい、誰だって想像はつく。
 もともと自分の意志で仕事を引き受けたつもりもない緑郎は、その面倒に巻き込まれる前に回れ右して帰ろうとした、のだが。
「緑郎様?」
 自然な動きで、ライラがその行く手を阻む。
「……何だ、ライラ」
 不機嫌な様子を隠さない緑郎に、ライラは妖艶な笑みを浮かべてこう言った。
「緑郎様はせっかくきれいなお顔をしてらっしゃるのだから、メイド服など似合うと思うのです」
「はぁ?」
「ここは機晶姫の選んだ服を着なくては中に入れないということですから、観念して着てくださいな」
「知るか。こんな仕事を受けたつもりはない」
 ライラを振り切って帰ろうとする緑郎だが、彼が右に動けば右に、左に動けば左に、ライラも素早く動いて緑郎が立ち去ることを許さない。
「いいから、俺は帰る!」
 右、と見せかけて左へ動き、サッカー選手のような動きでライラを抜き去る。
 これで帰れる、と緑郎が思った、その刹那。
 その足元に、後ろから投げつけられた円形の光が突き刺さった。
「おい、ライラっ!」
 あわてて振り向く緑郎……と。
「ライラちゃん、お洋服もらってきたよ〜!」
 そこには、メイド服を手に、満面の笑みを浮かべて走ってくる三山 雛菊(みやま・ひなぎく)の姿があった。
「ふふ、ちょうどいいタイミングですわね」
 雛菊からメイド服を受け取って、ライラがしっかりと緑郎の腕を掴む。
「さ、緑郎様」
「いやちょっと待て。だいたいなんで俺がそんなこと」
 なおも抵抗しようとする緑郎に、ライラはこう続けた。
「大丈夫、ちゃんと女の子に見えるようメイクとウィッグもばっちりですわ」
 その言葉を証明するように、雛菊がメイク道具やウィッグを取り出して見せる。
 ことここに至って、緑郎の退路は完全に塞がれてしまった。
「いや、だから、ちょっと待てお前らー!!」
 かくして、抵抗むなしく緑郎は二人によって近くの物陰へと引きずり込まれてしまったのであった。

(……妙なことになりましたね)
 そんな様子を見ながら、レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)は何度目かのため息をついた。
 せっかく非番を利用してアルバイトに来てみたものの、そこで繰り広げられていた光景は彼の想像も理解の域も軽く超えたものだった。
(妙な服を着せられる前に、自分で希望を言った方がいいのでしょうか)
 周囲の様子を見ている限りでは、希望が全て聞き届けられるとは限らないが、少なくとも一度や二度のチェンジは大丈夫らしい。
 彼がそんなことを考えていると、彼を呼ぶ聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。
「おーい、レリウス!」
 彼のパートナー、ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)である。
「何ですかハイラル?」
 レリウスが振り向いてみると、案の定、そこにはいつも通りの笑みを浮かべたハイラルの姿があった。
「な、お前これ着ろよ」
 そう言いながら彼が差し出したのは……なんと、百合園女学院の新制服であった。
「………それを俺に着ろと」
「ああ、俺に百合園制服とかヤバイどころか公害レベルだろ?」
 確かに、ハイラルはどう考えても外見も性格も非常に男性的であり、とてもこの制服が似合うとは思えない。
「その点、見た目的に俺よりお前の方が周辺の被害は少ない!」
「ええ、確かに俺はあなたよりは細身ですね」
「それに、最近バタバタしてて髪切ってねえから伸びてきてるし丁度いいだろ?」
「はい、確かに髪も伸びていますよ」
 レリウスにも自覚はある。自分が女顔と言われれば女顔かもしれない、と言えるくらいには中性的な容貌であるということは。
 だが、自覚があるのと、それを他人に指摘されて平気でいられるのとは、また別の問題である。
「……つまり俺が男らしくないと言いたいのですか」
「え?」
 きょとんとするハイラルから制服を受け取り、一気に空高く舞い上がる。
「あれ? レリウスどこ行った? ってか何でこんなところに影が……ってぎゃあああああっ!!」
 そのままハイラルに【龍飛翔突】の要領でグーパンチを叩き込むと、レリウスはもう一度軽くため息をついてから、騒ぎを聞いて駆けつけてきたジョージアの方に向かった。
「お騒がせしましたジョージアさん、服に傷が付いては困ると思ったので、汚してもいませんよ。安心して下さい」
「そうですか、それならいいのですが」
 安心した様子のジョージアに制服を返し、暗に別の服を選んでくれるように要求する。
 すると、ジョージアは代わりに別の制服を差し出してきた。
「では、こちらの服を着てください」
 なるほど、確かに今度はちゃんとした男性用の……薔薇の学舎の新制服である。
「色はやや派手ですが……形的には教導団の制服とも近いですし、これを着させていただくことにしましょう」