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黒の商人と徒花の呪い

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黒の商人と徒花の呪い

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「アルフレドお兄ちゃん、居たですよ−!!」

 ヴァーナーが周囲に知らせた事で、アルフレドを探していた面々がわらわらと集まってきた。
 連絡を受け、空中から探査に当たっていた四人も降りてくる。
「わ……」
 その数の多さに、アルフレドは少々面食らった様だった。
「アマンダが依頼を出したんだ。おまえを助けてくれって」
「アマンダが……?」
 永夜の言葉に、アルフレドは驚いた様に目を見開く。
「そうだ。実力も実戦経験も無い一般人が通り抜けられる所じゃぁないぞ、ここは」
 そう言いながら木の陰からスッと姿を現したのは、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)だ。
 気障ったらしい登場の仕方に、その場に居た一同の目が集まる。
「……分かっています、というか、ここに来るまでで、痛いほど思い知らされました……」
 エヴァルトの言葉に、アルフレドはしゅんと肩を落として項垂れる。
「でも……僕は、ジェシカの為に行かなければならないんです!」
「自分の力量は思い知ったのだろう。そうまでして行かなければならないのか?」
「そうですぅ、ここは私たち契約者に任せて、戻った方がいいですよぅ」
 エヴァルトの言葉に同調するのは、ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)だ。
「っていうか、正直足手まといですの!」
 パートナーからの指令で単独行動しているイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)も、ぷーっと頬を膨らませて文句を付ける。
 その「足手まとい」の一言にはさすがにアルフレドもへこんだ様だったが、しかしそれでもキッと顔を上げる。
「大切な人が苦しんでいるんだ……僕だけのうのうとして居るなんて、出来ない!」
 そして、きっぱりと告げた。
 契約者の誰もが、それは無謀だ、と思う。けれどまた、この固い決意を曲げることも、難しいだろうと悟っていた。
「ハァ……お前の決意は分かったよ、なら俺たちも同行しよう」
「そうですねぇ、その方が安全ですぅ」
 やれやれ、と言わんばかりのエヴァルトとルーシェリアの言葉に、アルフレドは悔しそうに下唇を噛みしめる。
 けれど、自分のプライドよりもジェシカを助けることを最優先と考えたのだろう。やがて分かった、と頷いた。

■■■

 話がまとまれば、あとは一刻も早く薬草を手に入れるだけだ。
 結構な人数に膨らんだ一同は、がさごそと下生えを踏み分け踏み分け進んでいく。
「なーなーアルフレド、あ、俺アルフってんだ、よろしくな」
 その中、先ほどまで上空からアルフレドを探していたアルフ・シュライアが、彼の隣に並ぶ。
「えっと……よろしくお願いします」
 いきなり暢気な調子で声を掛けられていささか戸惑いがちに、アルフレドはアルフに会釈を返す。
「こんな時に何だけどさ、アマンダちゃんって彼氏とかいるの? 幼なじみなんだろ、何か知らないか?」
「アマンダに、ですか……さあ、僕は聞いたことがありませんけど……」
「そうなのか? フリーなら食事に誘うトコなんだけどなー」
「きっと、喜ぶんじゃ無いでしょうか」
 下心丸出しのアルフの言葉に、アルフレドはにこりと微笑む。
 マジで、じゃあ今度紹介してくれよ、とかなんとか、適当な話をして、アルフはふらりと去って行った。

「……今回は出てこないのかしら」
 ちぎのたくらみで五歳児化している牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は、五歳児らしからぬシリアスな口調でぽつりと呟いた。
 毎度毎度ちょっかいを出してくる契約者がまた突っかかって来るのでは無いかと、少し警戒、だいぶうんざり、そして少しだけ期待して居たのだが、どうやらその気配はない。
「今回はアルフレドの護衛がメインだ、邪魔が入らないのはありがたい」
 パートナーのシーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)が周囲の殺気を探りながら冷静に言うのに対して、アルコリアもまあそうだけれどと同調して見せる。
「アルフレドおにいちゃん、あるがお手伝いするですよー」
 とてとて、と子どもらしい無邪気な振る舞いで、子どもらしい残酷な笑顔を浮かべながら、アルコリアはアルフレドの隣へと並ぶ。
 アルコリアの本当の姿を知らないアルフレドは、こんな子どもにまで心配されるなんてとまた落ち込みながらも、ありがとう、とアルコリアの頭を撫でる。
 ……アルコリアの人となりを知っている人たちが少し後ずさった。
 と。
「アル、来るぞ!」
 シーマの鋭い声が響いた。
 それと同時、がさ、と木々が揺れて巨大な芋虫が姿を現す。
「また芋虫ですかぁ」
「そろそろ飽きてきたな……」
 よほど大量に生息しているのだろう、谷に入ったところから芋虫ばかり相手にしてきた契約者達は少しうんざり気味だ。
 このパラミタイモムシ、吐く糸と巨体は厄介だが、注意して掛かれば手強い相手では無いことは分かっている。
 しかし、ある程度近づくと無差別に襲いかかってくるし、油断をすればその糸に絡め取られて巨体に押しつぶされる危険がある。決して油断して良い相手でも無い――
 強くはないのに油断は出来ない。
 そしてむやみやたらに数が多い。
 嫌な相手だ。
 アルコリアが飛び出す前に、ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)がいけー、と連れていたヘルハウンドの群れに命令を下す。
 すると、野生の俊敏さで飛び出していったヘルハウンド達が、あっさりと芋虫に食らいつき、餌にしてしまう。……あまり美味しそうでは無い。
「きゃふっ、弱い奴はヘルハウンドのエサがお似合いなのー」
 あっさりヘルハウンド達によって食い破られた芋虫の、哀れな残骸は出来るだけ見ないようにしながら一行は谷の奥へと進んでいく。
 奥に進むにつれて、徐々に芋虫の気配が増えている。
 今度はがさ、と音がした瞬間にアルコリアとナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)が飛び出した。
 二人同時に天の炎を発動させると、見る間に芋虫の巨体は天から降ってきた巨大な火柱に包まれる。
「さあ、先をいそぎましょー」
「ええ、マイロード」
 目にもとまらぬ早業で、一瞬にして芋虫を灰塵に帰したアルコリアは、しかし五歳児口調のままで元気に歩き出す。
 アルコリアの普段の姿を知るパートナー達、そして契約者達はごく普通のこととして受け止め、それに従うが、アルフレドは目を点にする。
「ほらほら、いきましょー、アルフレドお兄ちゃん?」
 そう声を掛けるアルコリアの、いっそ無邪気な笑顔に、アルフレドは冷や汗を浮かべ、慌てて従った。

 契約者達が周りを固めているおかげで、アルフレドは一人の時とは比べものにならない速度で谷を進んでいく。
 (契約者から見れば、合流する前が遅すぎたのだが)
 相変わらず次から次へとパラミタイモムシが姿を現すが、先頭を行くヴァーナーが眠りの竪琴で眠らせて進む。
 それでも眠らない者はすかさず、セツカがウェンディゴやサンダーバードを召還して戦闘不能に追いやる。
 また、ラズンの連れているヘルハウンドの群れ、アルコリア達の魔法攻撃もまだ精彩を欠いていない。
 二、三匹程度であれば、まとめて現れてもそのいずれかで切り抜けることが出来る。
 薬草が生えているという土地は、そう遠くなさそうに思えた。
 しかし。
 
 ――ピィー……ロロロロ……

 独特の鳴き声が谷に反響し、響き渡る。
 サッと日が陰った。
「何か居るぞ!」
 いち早く殺気を感じたエヴァルトが天を振り仰ぐ。
 太陽を遮ったのは、巨大な翼だ。
「この声、鳶ですぅ!」
 ルーシェリアが声を張り上げる。
「にしちゃぁでかい!」
「パラミタサイズってやつね……」
「来る!」
 雄大に上空を旋回していたかと思った、次の瞬間。ヒュっと鋭く羽をたたんだ鳶は、彗星のように地面に向かって落ちてくる。
「う、うわぁああ!」
「だいじょうぶだよお、お兄ちゃん?」
「そうですぅ、みんなに任せるですぅ」
 ルーシェリア、アルコリア達はサッと集まって、悲鳴を上げるアルフレドの周りを固める。……どちらかというと、アルフレドがパニックを起こして逃げ出して、また探す様な羽目にならないように。
 巨体が――来る。
 嘴をくわ、と広げて突撃してくる鳶に向かって、すかさず飛び出していくのはエヴァルトだ。
 急降下をしてくるだろうことは織り込み済み。確実に相手の動きを捕らえられる構えを取って、引きつける。
 まさにその嘴がエヴァルトを捕らえようとしたその瞬間、全力のアイアンフィストをたたき込んだ。
 鳶の巨大な嘴は見事に欠け、攻撃力は大幅に低下する。
 しかしその羽ばたきは猛烈な風を巻き起こす。契約者といえどひとたまりも無く足下をすくわれ、或いは吹き飛ばされてしまう。何とか踏みとどまった者も居るが、体勢が整わない。
 その様子を、少し離れたところから、身を潜めて見守っている人影があった。
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だ。
 黒の商人から、アルフレドに何らかの妨害が入るだろうと踏んで、離れた所からこっそりと護衛に付いている。
「白津に刹那に……厄介な連中が揃った、と、思ったんだがな……」
 以前黒の商人がらみのトラブルに首を突っ込んだ際刃を交えた、「厄介な連中」が気になって居たのだが、今回は現れる気配が無い。
 そのことに少し拍子抜けしながらも、しかし目の前の巨大生物を放っておく訳にもいくまい。
「っと、こうしちゃいられないか」
 距離を取っていたことが幸いして、唯斗の元まで届いた風は、強いものではあったが体の自由を奪われるほどでは無かった。
 嵐のような突風が突き抜けていった後、唯斗は素早く物陰から躍り出た。
 そして、幾たびもの戦いで得た勘を生かして、鳶の巨体に肉薄する。
 はっ、と気合い一閃、両手に持ったティアマトの鱗を、片方の翼の上に滑らせる。
 風切り羽、人間で言うところの手のひらに当たる部分に生えている、鳥が飛ぶ際に重要な役割を果たすその羽のうち、数枚の、先端だけをさ、と切り落とす。
 はらりと羽の先が落ちただけで、ダメージは小さく見える。しかしこれで、鳶はもう自由に飛ぶことが出来ない。
 が、自らの大切な羽を切り落とされたことに気づかない鳶は、闇雲に翼をばたつかせる。
 今接近していては危険、と、唯斗は慌ててその場を飛び退く。

 「このままじゃ、先に進めない……早くジェシカさんに薬草を届けなきゃ」
 なかなか道が開けないことに、猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)は焦りを感じていた。
 もしも自分がアルフレドの立場だったら。パートナーが、ジェシカのようになったら。
 そう思うと、居ても立っても居られない。
 しかし、先ほどから巨大な鳶相手に接近戦を繰り広げているのは、明らかに自分よりも身のこなしが上の人たちばかり。
 ぐ、と武器を握りしめてはいるものの、切り込むタイミングがつかめない。
 と。
 ざ、と茂みが蠢いた。
 とっさにそちらに視線を遣ると、木々の影からまた巨大なパラミタイモムシが姿を現した。
 なるほど、もしかしたらこの辺りは鳶の狩り場だったのかもしれない。大事な獲物を人間が倒してしまうので、気が立っているのか。
 しかしそれが分かったところで、人間側にしてみれば厄介な魔物が増えただけのことだ。何とか無力化して、進ませて貰わなくては。
 その場に居るコントラクター達は、しかし巨大な鳶に気を取られている。
 ここは自分が、と勇平は芋虫に向かって掛けだした。
 はぁっ、と気合いを込めて、手にした大剣を振りかぶる。
 魔力の炎を纏わせたそれを容赦なくぶん回すと、後ずさりの苦手な芋虫は、しかし上体を持ち上げることでそれを避けた。
 渾身の一撃を回避され、勇平はとっと、とたたらを踏む。
 その背後から飛び出すのは、勇平のパートナーであるウルスラグナ・ワルフラーン(うるすらぐな・わるふらーん)だ。
「我の出番だな」
 ふん、と口元に笑みを湛え、愛用のランスを振りかぶると、芋虫のそのむき出しの腹に向かって突撃していく。
 一度振り払うように薙ぎ、手の中で柄を返すと、今度は突き刺す。
 じゅう、と嫌な音を立てて芋虫の腹から体液があふれる。
 そこへ体勢を立て直した勇平が再び煉獄斬をたたき込む。
 ダメージを受けたばかりの芋虫は、今度こそ避ける事が出来ずにまともにそれを腹で受ける。
 みるみる、刃に纏わせた炎が芋虫の体を包み込んでいき、じゅうと体液の焦げる匂いと共に芋虫はその場に伏した。
 はぁ、と勇平は肩で息をする。思った以上に消耗が激しい。後一撃、同じ技を打てるかどうか。
 ウスルラグナの方も、勇平ほどでは無いが息が乱れ始めている。この調子では、二人で後一匹仕留めるのが限界だろう。
 二人の視界の端では、まだ巨大な鳶相手に数人の契約者が切ったはったを繰り返している。が、その巨体故か、なかなかとどめの一撃とは行かないようだ。

「ほらほら未散、イモムシはあの子が相手してくれるみたいだから、あっち行くよ!」
「わ、分かっている! っていうか私はお前より年上……まあいい、話は後……」
 その少し前、勇平達がパラミタイモムシに向かっていくのを見ながら、黒髪の少女と緑色の髪の少女がふたり、押し問答をしていた。
 ここへ来る間、「年が近そう」ということで(やや一方的に)意気投合した永倉 八重(ながくら・やえ)若松 未散(わかまつ・みちる)のふたりだ。
 巨大鳶相手に飛び出していこうとしたところで、イモムシが出現。未散の顔が真っ青になって足を止めてしまったのだが、幸いにしてそちらは他の契約者が回ってくれる様で、なんとか調子を取り戻す。
「いくよっ、ブレイズアップ! メタモルフォーゼっ!」
 先に飛び出していったのは八重の方だ。
 気合いのかけ声と共に、炎様の変身演出に包まれた八重は、全身真っ赤に染め上げられた、紅の魔法少女姿に変身する!
「サポートは任せて下さい、未散くん」
「行くぞ、八重」
 二人のパートナー、ハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)ブラック ゴースト(ぶらっく・ごーすと)の二人……いや、一人と一台は、それぞれ愛銃を手にすると、鳶の巨体に向かって牽制射撃を行う。
 小さな銃弾ではなかなか致命傷は与えられないが、意識をこちらに向けることには成功したようだ。
 その隙を突いて、未散は自らのフラワシ、アメノウズメに冷気を発するよう命じる。
 見る間にその全身から冷気を立ち上らせるアメノウズメ。その渦巻く冷気を、木花咲耶姫と名付けた鉄扇で起こした突風と共に鳶の元まで飛ばす。
 それとほぼ同時、気合いを燃え上がらせる八重は、全身の力を込めてファイアストームを放つ。
「おい、待て八重、そんなことをしたら――」
 ゴーストが「それ」に気づいて制止の声を上げるが、時既に遅し。
 アメノウズメから放たれた冷気によって急激に冷やされた所為で、大気中の水分は飽和状態。
 そこへ、八重渾身のファイアストーム。
 急激に熱せられた水分は一気にその体積を増し――

ぼふん。

 いっそ間抜けな音を立てて、空気が爆ぜた。
 一種の水蒸気爆発とでも呼べば良いのだろうか。
 幸いにして、その爆発のエネルギーのほとんどは鳶の巨体が引き受けてくれたおかげで契約者達へは、その余波はほとんど及ばない。
 そして、不幸を一手に引き受けた鳶はといえば……

 空の彼方へ飛んでいき、きらーん、とお星様と化すのだった。