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リアクション
「八重さんですか、その魔法少女衣装、超キュートですねー! 是非オレの絵のモデルになってくれません?」
八重に向けて絵筆を構えるのは、未散のもう一人のパートナー、伊藤 若冲(いとう・じゃくちゅう)だ。
半ば事故に近いかたちとはいえ、無事に鳶を撃退した一行は、谷の奥へ奥へと進んでいる。
さすがにここまで来るとイモムシの数は減っていて、進む速度も上がってきた。
「こら若沖、ちゃんと薬草を探せ」
「もちろんですよ、分かってますって」
軽口を叩く余裕も生まれてきた。
とはいえ目的は薬草の採集。若沖はちゃんと、トレジャーセンスや、持ち前の知識を生かして目的の薬草を探しながら歩く。
さて、ちょうどその頃。
アルフレド達より先行して居た数名は、谷の最奥部まで到達したところだった。
集まった数は七。元々先行するつもりだった者、アルフレドを探していて追い越してしまった者と様々だが、道々合流して今に至る。
谷の奥深くは、ぽっかりと頭上が開けていて、そこだけやけに日当たりが良い。草花も多く茂っている。
そしてどうやらこの辺り、エントの群生地になって居るらしい。一部の木々は、自らの意思で動いているのが見て取れる。
ずうん、ずうん、と、巨木がその根を使って歩き回っている姿というのは、なかなかお目にかかれるものではない。が、今はそれに見入ってる時では無い。
おそらくこの先にあるのであろう、薬草を採取しなければ。……できれば、アルフレドが来てややこしいことになる前に。
「さて……どうするか……」
ベルフラマントを使って身を潜めているのは、源 鉄心(みなもと・てっしん)だ。隣にはパートナーのティー・ティー(てぃー・てぃー)の姿もある。
「まるで、この奥を守っているみたいですね」
ティーが、エント達の様子を注意深く観察しながら呟く。
エントは複数体で入れ替わり立ち替わり、奥へと続く獣道を検分するようにやってきては、奥へと戻っていく。時には谷の入り口のほうを注意深く見守るような仕草を見せたりもしていた。
「薬草はこの奥だろうな……」
「力ずくで突破するのは、ちょっと気が引けますね……」
「やはりこのまま、身を潜めて進むか」
「エントは知能が高いはずだ。事情を話して、説得してみよう」
そう提案するのは橘 恭司(たちばな・きょうじ)だ。
「言葉が通じるでしょうか?」
「やるだけ、やってみよう」
そう言うと、恭司は皆が身を潜めていた物陰からそっと、殺気をたてないよう、出来るだけ穏やかにエント達の群れへ近づいて行く。
気配を察したのだろう、エント達が一斉に恭司のほうを向く。――遠目にはわかりにくいが、大木の幹には確かに、老人の様な顔が刻まれている。
しかし、敵意が無いことも感じているのだろう。むやみに襲いかかってくるという事もなさそうだ。
「この奥に生えているという薬草が必要なんだが、通してくれないだろうか」
恭司が慎重に語りかける。
だがあいにく、人間の言葉は通じない様だ。エント達の枝がざわめく。
「頼む、病人が居るんだ。強行突破はしたくない。道を空けてくれ」
畳みかけるように言葉を続けるが、暫くざわめいていたエント達は、どうやら恭司を侵入者と見なしたらしい。ざわ、と枝を振り上げると、数体が恭司に向かってのしのしと進み出てくる。
「やはり通じないか……」
恭司はくそ、と舌打ちすると、咄嗟に得物を構える。
また、身を潜めていた面々も飛び出してくる。
カセイノ・リトルグレイ(かせいの・りとるぐれい)が、野生の獣を呼び出してとにかく場を引っかき回そうと、腕を振り上げた、その時。
「ちょっと待ってちょうだい」
凛とした声を上げたのは、多比良 幽那(たひら・ゆうな)だった。
その声に、臨戦態勢だった一同は一瞬動きを止める。
「どうした」
問いかける鉄心に、幽那はやれやれと言った顔で、
「植物を傷つけるなんて絶対に許せない。私が説得するわ」
きっぱりと言い放つと、パートナーのポータラカ大雪原の精 エステリーゼ(ぽーたらかだいせつげんのせい・えすてりーぜ)を伴って、エント達の前に歩み出る。
「でも、言葉は通じないんじゃ……」
「言葉なんて必要ないわ」
心配そうに見守るティーに平然と答え、幽那はエント達の正面に立った。
自分たちを攻撃しようとした人間を止めたようだ、と判断したエント達も、黙って幽那に向き合う。
幽那は目を閉じると、心でエント達に語りかける。
植物と対話するスキルだ。
――私は、植物を傷つけるような行為は決してしたくありません。絶対、攻撃はしません。だから、話を聞いて頂戴。
ゆっくりと語りかける幽那の声に、エント達は少しざわついたようだった。けれど、やがて枝葉のざわめきは落ち着き、一人……一匹……一本……の、ひときわ大きな体躯のエントが幽那の前に進み出てきた。
――話を、聞こう。
――ありがとう。私は、この奥に生えている薬草について調べたいの。だから、少しだけ分けて欲しいのだけど。
幽那の言葉に、おそらく長く生きて居るのであろうエントは、ざわ、と枝を揺すった。
――ならん。あの葉は、繁殖する力、弱い。株も、少ない。じき、絶滅する。調べるだけなら良い、だが、取るな。
エントの言葉に、幽那はちょっと待って、と告げて、一同を振り返る。
「……絶滅危惧種なんですって。調査するだけなら良いけど、採取は禁止」
幽那が告げたエントの意思に、他の面々は困惑する。
本来調査だけが目的だった幽那はそれで満足そうだったけれど、アルフレド、そしてジェシカの事を考えれば、薬草を採らずに帰る訳にはいかない。
やむを得ない、正面突破をするか――ほとんどの契約者達がそう考えた、その時。
「あの……薬草が増えれば、採っても良いのですわね?」
一歩進み出たのは、リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)だ。少し、顔にためらいの色が浮かんでいる。
「……聞いてみるわ」
幽那はそう言うと、老エントに向き直って再び目を閉じる。
暫く沈黙があった後、老エントはざわ、と枝葉を縦に揺らした……頷いたらしい。
「絶滅の心配が無いくらい増やしてくれるなら、増えた分から少し採っていって良いそうよ……何年かかるか分からないけど」
「なら……私に、考えがあります。薬草が生えているところまで、連れて行って頂けませんか?」
リリィの言葉を幽那がエントに告げると、エント達は暫くざわざわと蠢いていたが、やがて身を寄せ合って、奥へと続く道を作った。
「……良いそうよ」
幽那とエステリーゼを先頭に、七人はぞろぞろとエント達に挟まれた小径を行く。
すると、ものの五分も歩かないうちに、そこにたどり着いた。
背の高い木も多く茂っているこの辺りで、そこだけぽっかりと開けている。
その中心に、青々とした葉を茂らせた背の低い草が、ぽつりぽつりと生えていた。
「あれが……例の薬草ですわね」
リリィの言葉に、幽那が頷く。
するとリリィは、キッと決意の表情で薬草の側まで歩み寄る。
「どうか、わたくしのこの身を……苗床として、大きく育って下さいね……」
そっと、その草の葉に触れるリリィ。
すると次の瞬間。
とさり、と軽い音を立てて、リリィの体は力なく地面に倒れた。
あまりに唐突な出来事に騒然とする一行をよそに、リリィの体は静かに光り始める。
固唾を呑んで見守る人々の前で、その光はゆらゆらと大きくなっていき、そして――
リリィの全身から、青々とした草が茂り始めた。
セイヴァーシードが、そのひ弱さの代償として得る力……苗床だ。
すさまじい速度で成長していくその草たちは、やがて種を落とし、次の世代を育んでいく。
本来ならば数年がかりで行われるのだろう繁殖が、目にもとまらぬ早さで起こっている。
数分の後、わずかな薬草しか生えていなかった土地には、ぎっしりと、青々とした草が茂っていた。
その中心には、ぐったりと力なく倒れるリリィの姿。
「ありがとう……リリィ。あなたの犠牲は無駄にしないわ」
さあ研究をと言わんばかりの幽那を除いて、周囲の面々は沈痛な面持ちだ。
その中、ゆっくりとリリィのパートナーであるカセイノが、リリィの体に歩み寄る。
ぐす、と誰かが鼻を啜る音だけ、やけに大きく響く。
カセイノはゆっくりしゃがみ込むと、力を失ったパートナーを抱き起こした。
顔は青白く、すべての生命力を使い果たしたのだろう、唇も、皮膚もかさかさに乾いて、ぐったりとしている。
「……」
カセイノは無言で、手のひらをリリィの胸の上に置く。
すると、ぽ。と淡い光がそこに点った。ドルイドの使う、命の息吹だ。瀕死の状態からでも、復活させることが出来る。
暫くすると、リリィの頬に色味が戻り、静かな呼吸を取り戻す。仄かに、カセイノの表情に安堵が浮かんだ。
「……大丈夫だ」
顔を上げて周囲に告げると、他の面々もほっとした様子で笑顔を見せた。
■■■
その後、ティー・ティーから連絡を受けたイコナ・ユア・クックブックの先導で、アルフレド達は無事に薬草の生えている所までたどり着くことが出来た。
青々と生い茂った薬草から、必要な分だけを少しだけ採取し、急ぎとって返す。
タイムリミットは、刻々と近づいている。
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