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黒の商人と徒花の呪い

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黒の商人と徒花の呪い

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 りぃんとアマンダの家の呼び鈴が鳴ったのは、刀真達が立ち去ってから暫くしてからの事だった。
「何のご用なの?」
 メイドに化けたハツネが顔を出すと、そこに立って居たのは二人の契約者。
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)だ。
「……またお嬢様にご用なの?」
「また、って事はもう何組か来てんだな」
 出遅れたか、と苦笑気味に肩をすくめてみせるレン。
「何度も同じ話で来ないで欲しいの」
「っと、俺たちは話を聞きに来たんじゃねぇんだ」
 ドアを閉めようとするハツネを呼び止め、レンは用件を告げる。
 ちょっと待ってるの、とハツネは奥に引っ込んだ。そして、暫くしてアマンダと共に出てくる。
「ジェシカの所へ行くのですって?」
「ああ、良かったら、一緒に来てくれないか。ジェシカも喜ぶだろう」
「……そうね。ご一緒するわ」
 わざとらしいレンの言葉に、しかしアマンダはうっすら笑みを浮かべて頷くと、ハツネ達に留守番を申しつけて家を出る。
 いよいよ尻尾を出すか、と少し期待していたハツネ達にしてみれば、とんだ肩すかしだ。
「行こう」
 しかしそんなハツネたちをよそに、三人はジェシカの家へと向かって歩き出した。

「ねえアマンダさん、ジェシカさんとアルフレドさんと、三人はどんな関係だったの?」
 ジェシカの家に向かう道すがら、ノアはつとめて何でも無いふうを装ってアマンダに問いかけた。
 よくある女の子同士の世間話のような口調だ。
「……とても良い友人よ。幼なじみ、って言っても良いかもしれないわね。私とアルフレドは子どもの頃から、私とジェシカは学生時代からの付き合いよ」
「二人はどんな人なの?」
「二人とも、とても優しい人よ。……なんだか今日は、二人の話ばかりしているわね」
 歩きながらアマンダはくいと肩をすくめて見せた。
 言外に、この話はもうおしまい、と言いたそうだ。
「ごめんなさい、気が利かなかったわね。でも、どうしても気になっちゃって」
「まあ、仕方が無いわよね。状況が状況ですもの……」
「ジェシカさんも、アルフレドさんも、無事だと良いわね」
「そうね……」
 アマンダは祈るように天を見上げる。
「ねえ、アルフレドさんて素敵な人なの?」
「どうして、突然そんな話を?」
「気になっちゃうのは女の性よ」
 冗談めかして言うノアに、アマンダはぷっと小さく吹き出した。
「そうね。素敵な人よ。ちょっとおっちょこちょいで、周りが見えないこともあるけれど。優しくて、一生懸命なの」
「ジェシカさんも優しい人なのよね。きっとお似合いのカップルね」
「……ええ……そうね。でも、どうなのかしら」
 ノアの言葉に、アマンダは声を落とした。
「確かにあの二人は仲が良かったけれど、付き合っているような素振りは見せたことが無かったわ。それがいきなり婚約だなんて」
「それは、不思議ですね」
「でしょう? もしかしたら、お二人のご両親が勝手に決めてしまったのかもしれないわ」
「つまり……政略結婚だ、と?」
「政治をして居る訳では無いから、政略、というのは違う気もするけれど……もしかしたら、の話よ。真実は闇の中」
「ということは、ジェシカは本心では結婚を望んで居ないかもしれない……ということか」
 後ろで二人の会話を聞いていたレンが、ぽつりと呟く。
 もしもジェシカが、アルフレドとの結婚を望んでいなかったとしたら……レンの推理に、俄然信憑性が出てくる。
 そう、結婚を厭ったジェシカが、自らを代償としてアルフレドを谷に送った――
 アルフレドが代償を支払わなかったのも、既に取引が行われていた後だったから、そう考えれば合点が行く。
「……どうかしらね。私はジェシカじゃないから、わからないけど」
 アマンダが苦笑気味に呟いた時、三人はちょうどジェシカの家にたどり着いた。
 そのままジェシカの部屋へと向かう。
 ノックして部屋へ入ると、数人の契約者たちが入れ替わり立ち替わり、ジェシカの看病に当たっていた。
「ジェシカ……」
 アマンダは口をきゅっと一文字に結んで、ベッドの横で膝を折る。
 ジェシカの肌はすっかり色を失って、眼窩は落ちくぼみ、死相が色濃く浮かんでいる。
 契約者達が必死の延命措置を施しているが、やはり薬草が届かなければどうしようもないのだろう。
 アマンダは、揺れる瞳でジェシカの顔を見つめてから、フイと顔をそらした。
「アマンダ君、大丈夫?」
 そこへ、ジェシカの看病に参加していたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が優しく声を掛けた。
 穏やかな、しかし張りのある声に、アマンダはふっと肩の力を抜く。
「きっともうすぐ、アルフレド君が薬草を持ってきてくれるわ。信じて待ちましょう」
「ええ……そうね……」
 アマンダは改めて、ジェシカの方へ目を遣った。
 その肩が、小刻みに震えている。
「ねえアマンダ君、本当に今のままで後悔しない?」
「……どういう意味かしら」
「自分の気持ちを押し殺していない?」
 ストレートなリカインの言葉に、アマンダの肩がぴくりと跳ねた。
 やはり何か心に思うところがあるようだ。
 問い詰めようと息を吸って――自分自身もまた、押し殺した思いと共に生きて居る事に、改めて気づく。
 その一瞬の間に、アマンダはリカインの方を振り向いた。
「そんなことはないわ」
 そう言って、たぶん、笑って見せようとしたのだろう。
 泣きそうな目をして居た。
 けれど、きっぱりと否定されてしまったからには、リカインはもうそれ以上踏み込めない。
 踏み込んだら――自分の心の方が、深く傷ついてしまいそうで。
「――それなら、良いのだけど」
 そう言ってリカインは立ち上がる。
 そして、ふらっとジェシカの部屋を出て行った。

 リカインの後を慌てて追いかけてきたのは、パートナーのアストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)だ。
「おいバカ女、なんでもっとちゃんと問い詰めねーんだよ」
 アストライトはべし、と握り拳で軽くリカインの背中を殴って見せる。
 勿論ポーズだけなので、拳はぽすりと軽い音を立ててリカインの背中に収まった。
「うるさいわね、放っておいてよ……」
 毅然とした態度が取れなかったことに対する自己嫌悪。リカインはむぅと唇を尖らせる。
「ったく、最初から期待はしてなかったけどよ、あの連中の尻尾捕まえんだろ」
 背中においた手をぐりぐりしながら言うアストライトに、わかってるってば、と答えたっきり、リカインは黙ってしまった。
――こんなに弱かったかしらね、私。
 自嘲気味に肩を竦めるが、まだもう少し、あの部屋には戻れそうに無かった。