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第三章 『Delicious(おいしい)とDespair(絶望)』


「はあ……」
 大きなため息をつく雅羅。
 災厄に振り回され、やる気がしぼみ始めている。
「やはり、大切なのはモチベーションの維持だぜ」
 思い悩む雅羅の前に颯爽と現れた弥涼 総司(いすず・そうじ)。慰めるのかと思いきや、シャンバラ電気のノートパソコンを取り出す。
 そこに表示された『雅羅ちゃんのダイエットブログ』というサイト。
「これに体重の増減を記入してもらうぜ。食べたものやそのカロリー、運動内容なども書くといいな。ちなみに記入を忘れたらある事ない事書き込んじゃうからヨロシク」
 一気にまくし立て、
「そうだ、オレと勝負しようぜ。面白そうだろ? 負けたら勝った方の言うことを聞くって事で」
 勝手に決定してしまう総司。
「なぜそんなことを……って、どうしてスリーサイズまで書かれているの!?」
 プロフィール画面に表示された三つの数字。それは太ってしまった現状の数値と一致していた。
「フッ、オレの特技だ」
 格好良く決めているようで決まっていない。内容が不純だからだろう。更に爆弾を投下。
「いい忘れていたが、色んなヤツにこのブログのURLをメールしといたから、逃げようたって無理だぜ?」
 ニヤリと口を歪ませ、立ち去る。
 更なる災厄。人為的なものが多い気がするが、そんなことを考える余裕はない。
「スリーサイズ、公表、恥辱だわ……」
 冷たい汗が雅羅の背中を伝う。

【雅羅・サンダース三世 −1キログラム】

 そんな状態でも時は流れ、お昼時がやってくる。
「元々は違うのに……」
「ほんの少しの差が乙女にとっては重要なのに、ひどいわよね」
 白波 理沙(しらなみ・りさ)が未だ顔を青ざめさせている雅羅を慰める。
「雅羅、大丈夫よ。この大会を乗り越えられれば理想の姿になるわ。出来ることから一歩ずつ、ね?」
 大切な友人。沈んでいるなら助けるのは論を待たない。
「そ、そうよね。痩せて見返してやればいいんだわ!」
「その意気よ。そのためにも重要なの食事だわ。ダイエットの基本だしね。しっかり知識を身につけないと」
 ダイナミックな魔法が掛かっている今、運動を行えば効果抜群。でも、理沙は大会が終わった後のことまで考えていた。
「よくありがちな『食事を抜くとかいうダイエット』は絶対にダメ。そのせいで貧血を起こしたりしたら、いざって時に戦えなくなっちゃうしね」
「それは困るわ」
「だから知識は大切なの。例えば、砂糖を使用する料理の場合、甘さを出すために蜂蜜を代用すればカロリーを抑えられるわ。蜂蜜はより純度の高い物を選ぶといいのよ」
「それなら、同じ量でも減ったカロリー分だけ太らないわね」
「そういうこと。けれど、抑えた分食べたら意味無いですからね?」
「わかってるわよ」
「早速その方法でお昼ご飯の肉じゃがを作ってみましょう」
「ええ」

【雅羅・サンダース三世 −2キログラム】

「ダリン、聞きたいことがあるんだが」
 スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)がアリサに尋ねる。
「何だ?」
「普段の食事はどうしているんだ?」
「普通に三食だが」
「内容は?」
「気にしたことが無い」
「アリサさんは辛いものが苦手ですよね」
 そこにはもう一人、長谷川 真琴(はせがわ・まこと)が加わる。
「自然と甘めのものになるってことか。間食は?」
「たまに」
「改善するべきところが多々あるな。まずは間食と砂糖や油を極力控えるところから始めるか」
「大会中のメニューはちゃんと考えてありますよ」
 真琴が献立を説明する。
「まず、雑炊やお粥を主食にします」
「パンやジャガイモは控えめにしないとな。太る元だ」
「油はオリーブオイルなどの植物性。サラダを多めにして体内循環清浄化。ドレッシングもノンオイルのものかポン酢にします」
「野菜を中心にして、肉は鶏肉のささみ、魚は白身だな」
「羊肉も脂肪燃焼を助けるLカルニチンという栄養素が含まれているので、いいみたいですよ。他にも豆腐などの豆類で良質の植物性たんぱく質を補います」
「まさに、日本食。日本食ってダイエット向きだよな」
「そうですね」
「食後は番茶にしよう。コーヒーだといけないからな」
「コーヒーダイエットってよく聞きますけど?」
「コーヒーは体を冷やす作用があるんだ。だからダイエットするには向かないらしい」
「そうだったんですね」
「それじゃダリン、これからは管理された食事を取るように」
「私が楽しく、おいしく、バランス良くサポートします。さあ、頑張りましょう」
「助かる」
 礼を述べるアリサ。
「頑張ってたら、おしるこをプレゼントしよう」
「それって、お砂糖たくさん含まれていません?」
「いや、ぽっちゃり系も可愛いと思うんだ」
「ちゃんと協力してください!」
 気まぐれで出た言葉を叱咤されるスレヴィ。なぜか頬が少し高揚していた。

【アリサ・ダリン −4キログラム】

 和気藹々と始まった食事に指す黒い影。
「差し入れですよー」
 両手にケーキを携えた緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が姿を見せる。【ちぎのたくらみ】を使用して幼児化した上に女装。なんとなく、背中から黒い翼も生えている気がする。
「協力者の皆さん、お疲れ様です。これを食べて、この後も頑張ってくださいね」
 一つを協力者たちの元へ、もう一つをこれ見よがしに二人の前へ置く。
「悔しい気持ちをバネに頑張ってもらえればと思うのです」
「これは……」
「どう考えても……」
「辛いですね」
 協力者三人の呟きが漏れる。
「一応対決と言うことで、こちらは『甘さを抑えて』ありますよ」にっこり笑顔。「食べる食べないは本人の自由だと思いますのでどうぞー」
 そう言うとどこかへ行ってしまう。。
 ごくりと唾を飲み込む音。雅羅とアリサに別腹が出来上がり、目の前の餌へかぶりつきたくなる。
「誘惑に負けちゃダメよ?」
 理沙の忠告。だが、前にあるのは甘さを抑えたケーキ。これなら食べても問題は無いのではなかろうか。無意識のうちに手がケーキへ伸びてしまう。
「ダイエットしているんだろ?」
 スレヴィの牽制。すぐに引っ込める。しかしまた手が……。
「規則正しい食生活です。一度の油断が後で響くんですよ」
 真琴の助言。手が痙攣したように震えだす二人。
「やっぱり、苦悩する姿を見るのは楽しいです。ゆっくり眺めるのです」
 少し離れた影からこっそり見やり、にやにや笑いが止まらない遙遠。
「まりーソレ食ベタイデス!」
『私たちのケーキが!』
 二人の叫びと共にケーキを掻っ攫うロドペンサ島洞窟の精 まりー(ろどぺんさとうどうくつのせい・まりー)。総司から「さりげなく接触を」と言われていたが、事態は急を要していた。
「ちょっと、何するのよ!」
 雅羅の怒号。
 まりーはしゅんとしながらも、奪ったケーキをペットの犬と猫に与える。
「コノ子達モ、オ腹空イテタ……」
 ケーキを食べた犬に頬を舐められるまりー。
「か、可愛い……」
「まったく、これじゃどうしようもないじゃない」
 とてもじゃないが、怒れる雰囲気ではなくなってしまった。
「あー、楽しかった。それじゃハルカは帰るのです」
 他人の苦悩を十分満喫し、退散する遙遠。言い換えれば逃げたとも言う。
「デザートを用意しましょう」
「ダイエットに適したものを、ね」
 調理へと消える真琴と理沙。
「協力しているのに、反抗(Defiance)は堪えて欲しいぜ?」
『ごめんなさい』
 なぜか誤る羽目になった雅羅とアリサだった。


 その一方で。
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は静かな怒りを燃やしていた。
「ベルテハイト、減量しろ。絶対に標準よりはるか下方になれ」
 その矛先はベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)
 何故こうなってしまったか、それはベルテハイト自身の発言だった。
「グラキエス、私が悪かった。謝るから許してくれ。私は単に心配しただけなんだよ。魔力に変調が起きる度に体調も崩して細くなって……。ほら、腰のあたりなど簡単に腕の中へと閉じ込めてしまえる。抱く時に勢い余って叩き潰してしまわないか心配になる。悪気はないんだ。分かってくれ!」
「俺はもやしか!」
「ブルーシュタイン……そこまで言ったら悪気のあるなし関係ないと思います」
 懇願するベルテハイトの肩に手を置き、ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)は頭を振る。
「かわいそうにエンド。あの吸血鬼にはお仕置きしましょうね?」
「そうだ! あなたこそ、もやしになってしまえ!」
 そんなこんなで大会に参加した三人。
 エンドロアの怒りは未だに収まっていないのである。
「さて、どうやってブルーシュタインを懲らしめましょうか」
「食事制限に決まっている。丁度昼食の時間だ、ベルテハイトも腹は減っているだろう」
「もちろんであろう。さあグラキエス、貴公の血を」
 何と言うか、完全に空気が読めていない。これでは火に油を注ぐようなものだ。
「食事制限と言っただろ? 俺の血など飲ませるはずないだろ」
「な、なぜなのだ?」
「自分の胸に手を当てて考えなさい」
 ロアに言われたとおりにするベルテハイト。
「あ……そういうことなのだな」
「ようやく理解しましたね」
 すでにあきれ気味のロア。
「私の食事はどうなるのだ?」
「水とサプリメントだ」
「何だと! それでは拷問であろう!?」
 冷淡に告げるグラキエスはその上、
「それだけじゃない。愛飲しているワインも禁止。肴にしているチーズも肉類も禁止だ」
「そのような所業、私には無理であろう!」
「無理でもなんでもやってもらう」
 ぴしゃりと言い放つ。流石にベルテハイトも抗議に熱を入れ、グラキエスへと近寄る。だが、
「危ないではないか!」
 ロアの放った【ライトニングブラスト】が横に落ちる。
「それ以上近づいては駄目です。さあ、潔く減量に励んでください」
「くうぅ、私には従うしか選択肢がないのだな……」
 覚悟を決めるベルテハイト。
「これで一週間後は骨皮だな」
「髪型を変えさせましょう」
「それは字が違うだろ。そして、止めておけ」

【ベルテハイト・ブルーシュタイン −14キログラム】


 減量の話で盛り上がる三人とは逆に、増加させる話も上がっていた。
「『D合宿所』って、『デブ合宿所』の意味もあるわよねー」
 個室の扉を背に、ニヤリと笑うレイリア・ゼノン(ぜのん・れいりあ)。唯一の退路は塞がった。
 と言っても、標的はすでに逃げることができない状態。荒縄で手足を縛られ、その四肢は背中でまとめられている。
 逆海老みたいに拘束されているのはレイリアのパートナー、エクレイル・ブリュンヒルデ(えくれいる・ぶりゅんひるで)だった。
 元々は痩せるために来たのだが、レイリアに捕まってしまい、この有様。
「ど、どうしてこんなことするのよ?」
「エクレイルが私のことをぽっちゃりって言ったからよ」
 琴線に触れられ、怒り心頭。こうなるともう止められない。
「でも、それは事実で、むぐっ!?」
「さあチーズたっぷりのピザよ」
 無理やり口に詰め込まれるエクレイル。
「お次はチョコレートね」
「ちょっと待って! こんなに食べたら私太っぐぅ!?」
「そしてケーキ」
 さながらフォアグラのためのガチョウ育成過程。
「一週間後にみっともないお腹を揉んで可愛がってあげるわ」
 そこで閃く悪魔の考え。
「そうだわ、元の体系の写真と一緒に大きな鏡で今の体系と比べてみたり……あ、スリーサイズも測ってみましょう!」
「お、重い……お腹が……苦しい……」
 抗議するだけでも指南の業。それ程までになりながらも、
「こんなの……嫌っ! 嫌なのに……」
 尻すぼみな言葉は、どこか甘美さに満ちていた。
「嫌がるエクレイル……可愛い」
 これも一つの愛の形と信じよう。

【エクレイル・ブリュンヒルデ +17キログラム】


 一連の騒動も過ぎ去り、
「やっと午前中のメニューが終わったよ……」
 疲れ果てた様子の静香が食堂にやってくる。
「僕もお昼にしなくちゃ」
 ご飯を食べようと辺りを見回すが、それらしいものはどこにもない。
「僕のご飯は?」
 ラズィーヤの無情に告げる。
「ありませんわ」
「そ、そんなぁー!」

【桜井 静香 −7キログラム】

「ふふふ、順調ですわ」