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ローズガーデンでお茶会を

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 薔薇騒ぎの後片付けが終わった庭には、再び何人かが散策に出てきていた。
 今日のために用意された薔薇園は、あいにく戦闘の余波で封鎖されてしまったけれど、庭はにはそれ以外のスペースも多い。花はあまり咲いていないが、それでも所々に置かれた彫像だとか、噴水だとか、それなりに散策して楽しいようになっている。
 そんな庭の片隅で、一人の少女が手紙を書いていた。
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だ。本当は、彼女にとってとても大切な人を誘って来るはずだったのだが、その人は今、この国を支える為に祈りを捧げている。
 だからせめて、自由に動けない彼女の代わりに、彼女が今出来ないことをしていたい。
 そうすることが「共に在る」ことだと、詩穂は信じている。
 彼女を、女王であるアイシャを、一人で戦わせたりしない。詩穂は詩穂のやり方で、アイシャを支えたいと思っていた。

――アイシャちゃんがこの手紙を手に取るころ、いくつの季節が流れているのかな。この戦いが終わった時、アイシャちゃんの隣に立つのに、ふさわしい存在になっていたいです。

 文末には、サインと共に、クリスマスに貰ったブローチの絵を添えた。細身のレイピアと羽がデザインされたそれは、また会おうという再会の約束だから。

 詩穂は書き上げた手紙を封筒へ入れると、ぎゅっと胸に抱きしめる。
 手紙は後で、アイシャの元へ置いてくるつもりだ。直接会うことは、今は叶わないけれど。


 庭の、別の一角では冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)がいちゃついていた。
 屋外用のテーブルセットには二つの椅子が据えられているのだが、使っているのはひとつだけ。
 「寒いから、温めて?」ということで、日奈々は千百合のお膝の上に横座りして居る。
 確かにこの季節、屋外はだいぶ肌寒い。だが、密着していると、その寒さも忘れられそうだ。
「日奈々、はい、あーん」
 テーブルの上に置かれた皿から、千百合はクッキーを一枚取り上げて日奈々の唇へと柔く押し当てる。それにぱくりと食いつくと、クッキーは口の中でほろりと崩れる。甘さもほどよく、紅茶のお供にぴったりだ。
「おいしいですぅー……千百合ちゃん、もう一枚、くださいー」
 穏やかな笑顔を浮かべておねだりする日奈々に、千百合は楽しそうにもう一枚のクッキーを差し出す。すると日奈々は、今度はそのクッキーを半分だけ唇に挟んだ。そしてそのまま、千百合の顔に自分の顔をつ、と寄せる。元々凄く近い位置にあった顔が余計近くなって、互いの吐息さえ感じられそうだ。
 気配や、微かな空気の流れを頼りに、日奈々は千百合の唇と思われる位置へ、唇に挟んだままのクッキーを差し出した。
 千百合もまた、日奈々の意図を察知してふふ、と笑う。そして、差し出されたクッキーを唇で受け取る。小さなクッキーは二人の唇の間で割れ、その拍子に二人の唇が触れあった。
 それから、二人は嬉しそうにくすくすと笑う。自然に何度も、唇が重なる。
「あ、そうだ、千百合ちゃん……これ」
 ひとしきりスキンシップを楽しんでから、日奈々はごそごそと、たぐり寄せた荷物の中から小さな包みを取り出した。
「バレンタインの、チョコレートですぅ……」
 ちょっと恥ずかしそうに差し出すと、千百合はありがとう、と優しく微笑んで、日奈々の頬にまたキスを落とした。
 いつも、本当にいつも一緒に居るものだから、季節ごとのイベントでさえもう、目新しさを感じることなく、当たり前のことのようになってきてしまっている。
 けれど、決して飽きることはないのだ。毎日だってハグをして、キスをして。
 それはとても幸せなことだ。
 二人はもう一度唇を重ねて、ふふ、と微笑みあった。


――あら、相変わらず仲がいいこと……
 そんな二人の様子を、少し離れた所から目撃したのはロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)だ。学友である日奈々と千百合のラブラブっぷりは、日頃から見慣れた光景だけれど。
 今はちょっぴり、羨ましかった。
 隣を歩く桜井 静香(さくらい・しずか)とは、恋人同士だけれど、どうにも彼女達のようないちゃいちゃべったりという雰囲気には、あまり縁が無くて。
 それぞれのカップルに、それぞれの形がある――そう、分かっては居るのだけれど。
「ロザリンドさん、さっきはその、ありがとう……守って貰っちゃったね」
「い、いえ、当然のことをしただけです」
 たとえば、未だについ、「校長」と呼んでしまう癖くらいは、なんとかできないものかな、とか。
 そんなことを考えながら、ロザリンドは静香と共に庭を歩いて行く。
 二人の距離が縮まるには、もう少し、時間が必要かもしれない。



 博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)リンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)の二人は、庭のテーブルセットでお茶を楽しんでいた。
 茶葉とポット、それから台所を借りてきてのセルフサーヴだ。
「凄く良い茶葉を頂けましたから、ちょっと本気で淹れました」
 博季は紅茶を淹れるのが上手い。それこそ、ヘタな専門店よりも、だ。
 きちんとポットを暖めて、上質な茶葉をしっかり計量して、丁寧に丁寧に一つ一つの作業をこなして淹れてきた。茶葉は既に濾してあるので、渋くなる心配もない。
「えへへ、博季くんの紅茶、いつも美味しいから大好き!」
 うきうきしながら、椅子に座って脚をぶらぶらさせているリンネの目の前で、ティーカップを左手に、ポットを右手に持ち、高いところから一気に、カップに向けて紅茶を注ぐ。こうすることで熱々の紅茶が空気に触れ、ほどよく冷めるのだ。でもそれ以上に、見た目が派手で見応えがある。
「うわぁ!」
 案の定、リンネは空中できらきらと踊る琥珀色の液体に目を奪われているようだった。
 そんな様子もかわいいなぁと思いながら、博季は紅茶の注がれたティーカップを、リンネの前に置く。
「それから、これもどうぞ」
 ふふふ、と笑いながら博季はお皿にのせたチョコチップクッキーを差し出した。
「あ、博季くんの手作り? 手作り?」
「ええ、リンネさんにあげるチョコの練習にいろいろ作ってみたんです」
「うん、美味しい!」
 美味しい紅茶とお菓子に舌鼓を打った後は、テーブルの上を片付けてから庭を散策した。
「素敵なお庭ですね。おうちにもこんな素敵なお庭を作れるように、頑張らないとね」
「こんなお庭があったら、いいなぁ。お手入れは大変そうだけど」
「一緒にやれば、きっと楽しいですよ」
 二人は並んで歩きながら、他愛の無い話に花を咲かせる。
「ああそうだ、リンネさん、あーん」
 これもあったんだ、と博季は懐から小さな袋を取り出して、その中身をリンネの口へと放り込んだ。
「んんっ! これはトリュフチョコレート?」
「正解です。これも試作品」
 まだありますよ、と博季は同じ袋から、ブラウニーだとか、マカロンだとか、あれやこれやのお菓子を取り出してはリンネに差し出す。
「博季くん、どれけ作ったの?」
「たっくさん、です。愛するリンネさんに喜んで貰う為ですから」
 まっすぐな博季の言葉に、リンネはちょっと頬を赤くする。聞き慣れている愛の言葉だけれど、嬉しいものはいつだって嬉しいし、恥ずかしいものはいつだって恥ずかしい。
「とっておきの大本命は、おうちに帰ってからです。晩ご飯も朝から仕込んでありますし、お楽しみに」
 にっこり笑った博季は、人目がないのを良いことに、リンネのおでこに軽くキスを降らせた。



 姫宮 みこと(ひめみや・みこと)早乙女 蘭丸(さおとめ・らんまる)の二人は、ちょっぴりぐったりしてホールの片隅で座り込んでいた。散々薔薇に弄ばれた為、心身ともに疲れ切ってしまった。トゲがこすれた皮膚がひりひりする。
「うー……酷い目に遭った……」
「疲れたわねぇー」
 そう言いながら、蘭丸はずる、とみことに寄りかかる。
「え、ちょ、ちょっと蘭丸?」
「いいじゃない、みんないちゃついてるんだし」
 ついでとばかりにみことの手に手を絡め、ぴたりと密着する。
 距離の近さに赤くなるみことをよそに、蘭丸はニコニコと楽しそうだ。
「たまにはこんな時間もいいわねー」
「そ、そうかな……」
「そうよ」
 他愛も無い話をしながら、二人はゆっくりとお茶会を楽しむのだった。
 ただ、みことが楽しめたかどうか、それはまたちょっと別の話。