シャンバラ教導団へ

百合園女学院

校長室

薔薇の学舎へ

ローズガーデンでお茶会を

リアクション公開中!

ローズガーデンでお茶会を

リアクション

 薔薇退治を終えたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の二人は、やれやれ、とホールで一息ついていた。
 いつもむやみやたらと露出度の高い格好をしているセレンフィリティだが、今日はパーティー用のドレスに身を包んでいる。ピンクベージュのワンピースは、ウェスト位置が高く、上半身は鈍い光沢のあるシャンタン、スカート部分はシフォンジョーゼットで出来て居て、ぱりっとしたシャンタンとふんわり柔らかなジョーゼットという、素材の質感の対比もまた美しい。なお、
 一方のセレアナも、今日はドレス姿。シルバーのシルクサテンは柔らかい印象だが、マーメードラインのワンピースに深々と入った大胆なスリットが大人の色気を演出している。元々が良いところのお嬢様なので、ドレスの着こなしも板に付いたものだ。
 ちなみに二人とも、先ほどはこの格好のままで戦闘に参加していた。
「たまにはこんな賑やかなバレンタインも、悪くないわね」
 ホールの隅に置かれた椅子に腰掛けたセレンフィリティは、隣に座るパートナーの方を向いて、ふふ、と笑った。
 季節のイベントは、基本的に二人で静かに……はならないこともしばしばだが、二人きりで過ごすことにしている。特にバレンタインは。
「そうね。……まさか、戦闘に駆り出されるとは思わなかったけど」
「あーあ、戦闘があるって分かってれば、もうちょっと武器とか持ってきたのに」
 二人とも軍人であることも手伝って、だいたいいつも最低限の装備は携帯している。が、流石にいつでもどこでもフル装備とは行かない。特にオフの日、さらに言えば今日のようなパーティーの場合、武器を携行するのはマナー違反になる事もある。
 今日もそれを弁えて、最低限の装備しか持ってこなかったのだが。
「それを後悔するっていうのも、どうなのかしら……」
 苦笑を浮かべるセレアナに、そう? とあっけらかんと笑って返すセレンフィリティ。
 それから、机の上にのせられたとりどりのチョコレートに手を伸ばし、優雅にティータイムを満喫するのだった。


「……そういう企画だったんだねー」
 松本 恵(まつもと・めぐむ)、いや、ここは「マジカルメイドめぐにゃん」と呼んだ方がいいだろうか、魔法少女の装束に身を包んだ少女が、入り口で配られたチラシと、会場内の様子を交互に見比べている。
 なんだかやたらと同性カップルが集まっているのが気になって、娘であり、パートナーである松本 紅羽(まつもと・べには)を伴って潜り込んでみたのだが、その謎は入り口で受け取ったチラシを見て氷解した。
「どういう企画?」
 同行している紅羽が、恵の手にしたチラシをちらちらと覗き込もうとする。
 まだ生まれたばかりの我が子に色恋沙汰、しかもちょっと特殊な関係性について、どう説明したものか。お父さんとしてはちょっぴり悩んでしまう。
「男の子同士、女の子同士でペアになって過ごそう……って、ことかな」
「じゃ、僕たちは『女の子同士』なの?」
「……うん、そうだよ」
「じゃあ、お父さん、って呼んじゃダメなんだよね」
「うん、その方がいいね」
 恵の言葉に、紅羽ははーい、と素直に返事をする。
「じゃあ、めぐにゃんって呼ぶんだもん」
「えっ……うん、じゃあそれでいこうか……」
 何となく娘からめぐにゃん呼びされるのは恥ずかしいような、照れるような。しかし流石に『お父さん』はまずかろう。パーティーの趣旨的に。
「じゃあ今日、僕はめぐにゃんだからね」
 呼称を確認すると、恵と紅羽の二人はホールの中へと進み出た。パーティーの実態に迫る、という本来の目的は達成されたが、折角潜り込んだのだから楽しみたい。お菓子も美味しそうだし。
 二人はそのまま、パーティーの雑踏の中へと紛れていった。


 冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)泉 美緒(いずみ・みお)と、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)マリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)、それから伊吹 藤乃(いぶき・ふじの)、五人はホールの一角を占拠して、女子会を開催していた。
 そう、まさしく女子会だ。
 全員あまりテンションが高いタイプでは無く、この会場内では比較的お姉さん層に入る年齢と言うこともあり、キャー、イヤー、マジー、ウッソー! のノリにはならないが、しかしそうは言っても若い女性が五人も集まれば姦しい。
「さ、そろそろチョコレートの交換とまいりましょう?」
 亜璃珠のかけ声で、五人はそれぞれ用意してきたチョコレートを机の上に並べ始める。
「ええと、これが御姉様と籐乃さんの分、それからマリカさんの分です。で、こちらは美緒さんの分」
「あら小夜子、美緒の分だけ特別なのかしら?」
「ええ、本命ですから」
 亜璃珠からの突っ込みとも冷やかしとも付かない言葉にも動じずに答え、小夜子は小さな包みをそれぞれに配る。
 亜璃珠達に渡す分は砂糖を多めに、甘めに作ってあるけれど、美緒の分だけは少し特別。丁寧に味を調え、手間暇を掛けて作ってある。
「なんだか、申し訳ないですわ……わたくしだけ」
「いいんです、美緒さん大好きですもの」
 小夜子はふふー、と笑って、そのまま女子高生のノリで美緒に抱きついた。
 女子校育ちの美緒もこの手のスキンシップには慣れたもの。ありがとうございます、と微笑みながら小夜子を抱き返す。
「じゃあこれは私から」
 亜璃珠も手作りチョコレートを取り出して、一同へ配る。
「小夜子がビター派だから、甘さは控えめにしてみましたわ」
「では、わたくしからも」
 そう言って美緒も用意してきたチョコレートを取り出すと、みんなへ配る。
「まあ、ありがとう」
 亜璃珠は、多分わざと、小夜子の前に乗り出す様にして美緒からチョコレートを受け取った。
 その圧迫感にちょっとドキっとした小夜子だったが、しかしそれ以上に美緒から貰えたチョコレートが嬉しくて心臓が高鳴る。
「マリカ、あなたも作ってきたのでしょう?」
 亜璃珠に促され、せっせと全員分の紅茶の世話をしていたマリカも、はい、と頷いて包みを全員へ差し出した。ちなみに亜璃珠用は甘さ加えめ、籐乃用は甘さ控えめ、と嗜好が分かる範囲でだが、細かい気遣いをしている。
「籐乃様、あの……折角来て下さったのに、すみません」
 自らの恋人にチョコレートを差し出しながら、マリカは済まなそうに頭を下げる。
 本来であれば二人きりでゆっくりデートしたかったのだが、メイドというマリカの立場上、どうしようもない。
「致し方の無いことです、私はマリカさんの淹れてくださった紅茶を楽しむことにしますから」
 しかし籐乃はフッと口元に笑みを浮かべて首を振った。
 その言葉に安心したマリカは、張り切って紅茶を四人分、机の上に並べていく。
「あ、あの御姉様、なんだか御姉様のチョコレート、全く味が無いんですけど……」
「え? まさかそんなこと有るわけ有りませんわ、小夜子……うっ……」
「……(本当ですわ……無味無臭のチョコレートって、一体……)」
 その間にも、女性達はおしゃべりに花を咲かせ、お互いの作ってきたチョコレートを早速ひもといて舌鼓を打っている。
「小夜子のチョコは美味しいわね。美緒、あなたのも」
「ありがとうございます、御姉様!」
 マリカの淹れる紅茶と、それぞれが持ち寄ったチョコレート菓子、それからちょっぴり恋のハナシ。いわゆる恋バナ。それさえあれば、女の子達は無敵なのだ。何時間でも喋っていられる。
 だが。
「私、ちょっと庭を見て参りますわ」
 途中で不意に亜璃珠が席を立った。そのまま庭の方へと消えていく。
 残されたのは、小夜子と美緒、マリカと籐乃――つまり、カップル二組だ。
 美緒と小夜子を侍らして両手に花気分、などと浮かれていた亜璃珠だったが、しかしその実ちゃんと恋人達に二人きりの時間を与えて上げる事も忘れない。プレイガールぶっているが、優しいのだ、本当は。

 亜璃珠が席を外した後、主が居なくなったので少しだけ給仕から解放されたマリカは、ポケットから小さな包みを取り出して、籐乃の隣に座った。
「あの……籐乃様、これを……」
「あら、なんでしょう」
 マリカから渡された小さな包みを開けると、その中にはハート型の機晶石を使ったペンダントが入っていた。籐乃は手のひらの上にそれを取り出してみる。
「離れていても……ですよね」
 そう言うマリカの胸にも、同じペンダントが掛かっている。ちなみにこのペンダント、恋人同士で持って居れば、どんなに離れていても通じ合う事が出来る――そんな便利機能付き。
「そうですね。ありがとう、マリカ」
 籐乃はふっと笑顔を浮かべると、手にしたペンダントを首へと掛けた。
「あっ、あとその……一つだけ、我が儘があるのですが……」
「何でしょう?」
「何かこう……私も、思い出になるような物が、欲しいな、と……い、いえ、無理なら良いんです」
 おずおずとおねだりしてくるマリカが可愛らしくて、籐乃は思わずクスリ、と笑った。
「こういうので、よろしいでしょうか?」
 言いながら、籐乃は懐から小さな箱を取り出した。
 ぱかり、と開けると、中には小さなイヤリングが並んでいる。月明かりの様な、柔らかい輝きを宿した石には、TとM、つまり籐乃とマリカのイニシアルが刻んである。
 マリカはそれを受け取ると、愛おしそうに胸に押し抱いた。
「ありがとう……ございます」
 大切にします、と言ったマリカの瞼から、月明かりの様な雫が一つ、落ちた。