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ローズガーデンでお茶会を

リアクション

 さて――時は少し遡る。
 漸く薔薇を倒し、人々がホールへと戻っていく中、身動きが取れなくなっている人間が一人。グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)だ。
 悪魔と契約を結んだときに、体に浮かぶ「証」――グラキエスと、パートナーとの契約に際して浮かんだ「それ」は、もとは首筋に、まるで炎の様な文様が刻まれているだけだったのだが、先日、彼の独占欲が具現化したかのように、左半身を覆わんばかりに広がっていた。それが、熱く疼く。
 今までにはそんなこと無かったし、契約の証が痛むという話は聞いたことが無い。ああでも、流血することもあるという話は聞いたような気がするから、痛むこともあるのだろうか。痛みと、耐えがたい疼きとに朦朧とする意識のなかで、グラキエスはぼんやりとそんなことを考える。
「さて、薔薇は片付きましたし、こちらも鎮めて差し上げねば」
 つかつかと足音がして、パートナーのエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)がグラキエスの眼前にしゃがみ込む。
「頼む……はやく……」
 グラキエスは、思わず縋るようにエルデネストの腕を掴む。その様子に満足げな笑みを浮かべて、エルデネストはそっとグラキエスの肩に手を置いた。
 そして、洋服越しに指先で鎖骨の辺りを撫でる様にして、胸元まで手を持ってくる。それから、わざとゆっくり、洋服の前を肌蹴させた。左半身を覆う炎が、じんわりと鈍く発光している。
「ふふ……どうやら、一定時間以上私と離れているとこうなるようですから、今後はお気を付けを」
 そう言う仕様にしたのは自分の癖に、あたかも偶然そうなりましたと言わんばかりの顔で告げると、右の手で契約の証に触れながら、左手でグラキエスの顎を引き寄せた。そして、ゆっくりと唇を合わせる。契約の証を鎮めるのには全く必要ない行為だが、彼の嫉妬心を鎮めるのには、必要な様だ。
 暫しの接吻を楽しんだ後、エルデネストは契約の証に触れている手を介して、証の疼きを少しだけ静めてやる。
 それから唇も解放すると、グラキエスは思わずぷは、と間抜けな音を立てて息継ぎをした。
 体は多少楽になって居る。が、体の内側から沸き上がる熱は、まだ収まりきっていない。
「エルデネスト……」
「人前では、これ以上は静められません……おわかりですね?」
 くすくす、と楽しそうに笑うエルデネストに、グラキエスはう、と言葉に詰まる。
 しかし、いつまでもこんな状態で放置されては体が保たない。
「仕方ない……済まない、アウレウス……」
 纏ったままの魔鎧をぽすぽすと叩いて謝ると、グラキエスは細い体をパートナーに委ねた。
 それを受け止めたエルデネストは、ふっと唇を楽しそうに歪めて、グラキエスの体を抱き上げると、どこへともなく消えていった。


 本郷 翔(ほんごう・かける)は、パートナーであり、恋人でもあるソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)とふたり、お茶会に参加して居た。
 だが、恋人、とはいうものの、翔はなかなかソールに対して素直になれないでいた。
「なあ翔、そんな離れてたら恋人っぽく見えないだろ?」
 折角のお茶会だというのに、翔は相変わらず、人前ではソールと距離を取っている。
 それでも少し、ほんの少しは、近づいてきているのだけれど。ソールにしてみれば、全然足りない。
 だから、翔の腕をぎゅっと掴んで、耳元に口を寄せた。
「薔薇の学舎に留学すんなら、男同士のカップル、ってのを宣伝しておいた方がいいんだろ?」
「……ええ、分かってます」
 ソールからの耳打ちに、翔はちょっと頬を染めながらも、演技、演技、と自分に言い聞かせるようにしてソールの腕に自分の腕を絡めた。
 翔の方からそうしてくれるなんて滅多にあることではない。ソールは飛び上がりたい衝動に駆られるが、人前なので一応、我慢。
「うん、良い感じ良い感じ。でもそれじゃ、抱きつき方が女の子みたいだぜ……?」
 こうこう、とソールは翔の手を取って、腕を絡める形を変えさせてみる。が、どうもしっくり来ない。
「いっそ、この方が自然かな?」
 ついにソールは、翔の腕を放して、直接腰を抱き寄せた。
 体の重心を持って行かれて、翔はうわ、と小さな悲鳴を上げる。
「男同士カップルって、結構、こんな感じじゃねぇ?」
 周囲に大量発生中の男性カップルをちらちら見遣りながら、ソールは翔がバランスを立て直すのに手を貸してやる。勿論腰は抱いたまま。
「……どちらかというと、スキンシップをもたないカップルの方が多いようですが?」
 翔の視線の先には、適度な距離を保ったままで談笑して居るカップルの姿。
 男性同士カップルでは翔の言うとおり、多少距離を置いているカップルの方がやや多い気がする。
 しかし一方では、ソールの言う様に女性同士カップル以上の密着っぷりを見せているカップルもまた多い。というか、離れているか、密着しているか、どちらかのようだ。手を繋いでいるだけ、とか、そういう中途半端な距離感のカップルは見受けられない。
「俺たちの目的は、男同士カップルだってことを印象づけることだろ? なら、目立つ方がいいじゃねぇか。」
 ――言い返せなかった。
 ということで、翔はソールに腰を抱かれたまま、よりにもよってホールの中央でティータイムを過ごす羽目となった。
 しかし、翔も内心は、満更でも無いのだ。
 演技演技、と自分に言い訳をしなければ素直に振る舞えないのは、何とかしたいと思うけれど。ひとまず今は、こうして大切な人と、寄り添っていることが出来る。
「そ、ソール……これ」
 翔は頬を赤く染めながら、机の上のチョコレートを一粒取り上げてソールの唇の前へとかざす。
 その意図に気づいたソールは、それは嬉しそうに顔を緩ませて、あーん、と大きく口を開ける。そこへ、翔は恥ずかしそうにチョコレートを押し込んだ。
「翔、大好き。愛してる」
 居ても立っても居られないと言わんばかりに、ソールは翔の耳元で囁いた。


 
 清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)の二人は、ホールの片隅で寄り添っていた。
 ソール達の分類によれば、密着しているグループだ。
「北都からのチョコレートと言うだけで、凄く嬉しいです」
 左腕に抱いた北都の髪を指先で弄びながら、クナイは北都に渡された包みを感慨深げに見つめている。
 クナイの左手は北都を抱きしめているので、包みを開けることが出来ない。それを察した北都は、クナイの手から包みを取り上げて、そっと解いてやる。
 中から出てきたのは、小さな球状のチョコレートだ。
「トリュフですか?」
「ううん……和風チョコレートボンボン」
 食べてみて、と一粒つまみ上げ、クナイの唇に押し当ててやる。すると、ぺろりと舌が伸びてきて、チョコレートの粒を口の中に引き取っていく。
 薄いチョコレートの層を破ると、中からゼリー状の日本酒が現れる。
 アルコールはたいした量ではないが、日本酒の香りがふわりと口の中いっぱいに広がるのを感じる。
 ふと、クナイの脳裏に悪巧みが浮かんだ。
「これは、なかなか……お酒の香りが強いですね」
「あ、大丈夫だった? クナイ、お酒強くないからどうかなって思ったんだけど――」
「とても美味しいですよ。ただ……」
「ただ?」
「少し、酔ってしまうかもしれない」
 そう言いながら、クナイはくすくすと笑って見せる。
 本当は、いくら酒に強くないと言ったって、ボンボン一つでたがが外れてしまうほど弱くは無い。けれど、折角のこの状況を利用しない手は無い。
「北都――」
 優しく、あまい声で名前を呼んで、改めて正面に向かい合うと、北都の頬を両の手で包み込む。
「え、ちょっと、クナイ……」
 酔ってるの、という北都を、さぁ、とはぐらかすように笑って誤魔化す。
「あのときの様に、チョコレートをキスしながら食べると、キスが上達するそうですよ。練習――しませんか?」
「練習?」
 それは、僕のキスがヘタって事だろうか、と北都の負けん気に途端に火が付いた。
「……いいよ」
 思わず受けてしまったものの、周囲には人目がある。どうしよう、と北都が仄かに戸惑いを見せた、次の瞬間。
 強い力に引っ張られ、北都はテーブルクロスの中に居た。隣には勿論、クナイの姿もある。
「此所なら、誰にも見られません」
 これなら大丈夫でしょう、と笑うクナイに、心の中を見透かされたような気になる。
 さあ、と促されて、一粒のチョコレートを二つの唇で挟んだ。
 二つの唇と二つの舌の上で、チョコレートボンボンはみるみるその形を失っていく。
 溶けたチョコレートは、二人の舌に、唇に、どろりと絡みついた。
 それを舐め合うように、唇を寄せ合う。二人の間であふれ出す日本酒の香りさえ逃さないほどの、深い口づけ。
「ん……ふ……」
 どちらの物とも付かない吐息が、狭いテーブルクロスの中で響き渡る。
 外に聞こえていたらどうしよう、と、頭の冷静な部分は恐れているのに、頭は不思議ともやが掛かったようで、声を抑える事が出来ない。
 気持ちの良さに、そのまま溺れてしまいそうになった時。
「続きは、家に帰ってからですね」
 すっと、クナイの唇は離れて言ってしまった。
 おもわず口寂しさを覚えて、北都は自分の右手で唇に触ってみる。
「うん……」
「今すぐ欲しい?」
 煮え切らない様子の北都に、クナイが囁く。が、其処で漸く意識がはっきりしたのか、北都はぶんぶんと首を横に振った。
「帰ったら――楽しみにしていてください?」
 ふふ、と笑うクナイに、北都は顔を赤くして小さく頷いた。

「ソーマ!」
 さて、一方こちらは久途 侘助(くず・わびすけ)。恋人のソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)の名前を呼んで、にっこりと笑う。
 呼ばれたソーマはふんわりと優しい笑顔を浮かべて、ほら、と作ってきたお菓子を差し出した。
 タッパーの中に並んでいるのは、大きめのシュークリームだ。
「うわ……すごい……!」
「食べるか?」
「食べる食べる!」
 侘助はタッパーに並べられたシュークリームを一つ持ち上げる。ふんわりしっとり焼き上げられたシューに、ずっしりと入ったクリームの感触。
 うきうきしながらかぶりつくと、口の中いっぱいにチョコレートの風味が広がった。
「おおっ、チョコカスタードが入ってるのか」
 そのできばえに感嘆の声を漏らす。素人仕事とは思えない。
 侘助はつい夢中になって、ばくばくと一つ平らげる。
「おいしいか?」
「ああ、美味しい!」
 そう、元気よく答える侘助の、ほっぺたにチョコクリームがくっついていた。
 ソーマはクスリと笑うと、そっと手を伸ばしてそれを掬おうとして、やめる。その代わり、よいしょ、と顔を近づけて、ぺろりと舐め取った。
「!!?」
 突然の出来事に目を白黒させる侘助。だが、ソーマは涼しい顔だ。
「チョコを付けたお前、がプレゼントでも充分嬉しいんだが」
 そう言って、侘助の荷物を指差す。
「俺はそっちの包みが気になるんだが……見せてくれないか?」
 遠目には分からないが、荷物の中に確かに、赤い包みのようなものが見え隠れしている。
 それを指してやると、侘助は恥ずかしそうにぽっと頬を赤くして、視線を泳がせた。
「あの、これはだな…その……俺が作ったんだ、もらってくれるか?」
 味は保証できないけど、と付け加えながら、侘助はごそごそと荷物の中から包みを取り出す。
「当たり前だろう? 俺の為にお前が作ってくれたんだから」
 ソーマはにっこり微笑んで、それを受け取った。
 いそいそとその場で開いてみると、中から出てきたのは小ぶりのガトーショコラ。
 ちょっぴり歪な形をしていて、表面は焦げているけれど、それがむしろ一生懸命作ってくれたのだということが伝わってきて愛おしい。
「折角だから、食べさせて貰おうかな……口移しで」
 だからつい、そんな甘ったるい事を提案してみたくなる。
 案の定侘助は顔を真っ赤にしたけれど、それでも降参だ、と言って、自分が作ったガトーショコラを一口分切り取り、口に挟む。
 ほら、と恥ずかしいのを誤魔化すように、侘助の方からソーマの頭に手を回し、抱き寄せるようにして口にくわえたケーキをソーマの口に突っ込んだ。