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機械仕掛けの歌姫

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機械仕掛けの歌姫

リアクション

 戦場の渦中に現れた大介の周りでは、より一層戦闘が激しくなっていた。
 それは、大介を中心として鏖殺寺院の構成員が戦っているため。まるで、誰かを見せないように大介の視界を塞ぎ、集まっている。

 その集団を翻弄し、大介を説得するための活路を開こうとしているのは神代 聖夜(かみしろ・せいや)だ。
 疾風迅雷の動きで集団に飛び込み、隠形の術で姿を隠す。そして、自分を見失った相手にブラインドナイブスで攻撃。
 死角から放たれた一撃は敵の急所を突き、一人、また一人と相手を戦闘不能に陥れる。

 そして、聖夜がその集団に見つかりそうになったときには。

「零、刹那。頼む!」

 聖夜の呼びかけに神崎 零(かんざき・れい)陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)は同時に頷き、魔法を詠唱する。

「バニッシュ!」

 先に唱え終わったのは零の方だった。
 聖夜を中心に神聖なる力が炸裂。眩い光に敵は目をくらまし、聖夜が離脱する時間を生み出す。

「アシッドミスト!」

 遅れて唱え終わった刹那が放つ酸の霧は、広範囲にわたる敵の視界を奪った。
 それは威嚇射撃。今から集団に突撃する七尾 蒼也(ななお・そうや)神崎 優(かんざき・ゆう)のために大きな隙を作る魔法。

「行くぞ、準備はいいか? 優」
「ああ――切り開く!」

 蒼也は大介への道を遮る構成員達にヒプノシスを放つ。
 抗えない睡魔に襲われた構成員は次々と眠りこけ、地面に突っ伏した。
 そして、生まれた活路を優は鞘を抜き取り、地を駆け、天を舞い、野分を振るう。

「どけッ!」

 優は咆哮と共に目にも止まらぬ速度の抜刀術を放つ。
 大介の前に立つ構成員達はその一閃でことごとく倒れ伏し。

 蒼也が駆ける。

 そして、大介と対峙した蒼也は必死に彼に語りかける。

「俺たちは戦いに来たんじゃない! フランはずっとおまえに歌を届けたいと願ってたんだ。
 声が出なくなっても……とにかく聴いてくれ! おまえなら、聴こえるはずだ……!」

 大介の顔がより一層苦しそうに歪んだ。

(自分の○ートナー、棄てられた機◇姫、フ□ン)

 戦場に響いている詩。
 それは蒼也の説得に共鳴するかの如く、記憶の欠片がひとつひとつよみがえらせる。
 しかし、それと同時に脳の奥に刻み込まれた暗示は、それを思い出すことを許さない。

「……ああ、ぁぁああ、ああ。違う、違う……ッ!
 彼女は、彼女はこのパラミタで殺されたはず……! 俺はそのために戦っているんだ……!」
「何を言ってるんだ! フランは殺されてなんかいない! フランはここにいる!
 耳を澄ませてみろ、おまえなら、おまえならきっと彼女の声が――」
「黙れぇぇッ!」

 大介はホルスターから拳銃を抜き取り、その銃身で蒼也を殴る。
 そうして、倒れた蒼也に大介は銃を向け、引き金をかける指に力をこめ。
 優がその拳銃を掴み、それを止めた。そして、至近距離で大介を睨みながら一生懸命、彼に問いかけた。

「大介、貴方は本当にフランの事を忘れてしまったのか? 何も覚えていないのか? 
 今流れているこの詩を聴いても何も感じないのか? この詩は貴方とフランの大切な思い出の詩なんだぞ!!」
「放せぇぇええッ!」

 抵抗する大介を抑えつつ、優は言葉を紡ぐ。

「思い出せ!! 貴方は何の為にここへ来た。何故フランと契約した。
 貴方が脅されながらも従ったのは、彼女を、彼女の声と詩を守りたかったからじゃないのか!」
「違う……ッ! 俺は殺された彼女の、復讐を……ッ!」

 優は大介の顔を掴み、力づくで彼の顔を戦場に降りてきたフランの方へ向ける。
 その顔は悲しそうで、頬には涙が伝っていて。大介の心を深く深く抉る。

「彼女をよく見ろ! 何時まであんな悲しい顔をさせる。何時まで彼女を泣かせるんだ。例え記憶を改竄されても、心を完全に操る事は誰にも出来ない!
 何時までも記憶の奥底で縮こまってないで、強く願い、抗いながらそこから這い上がってこい!! 貴方の想いを、貴方とフランの絆の強さを、俺達に見せてみろ!!」

(自分のパートナー、棄てられた機晶姫、フラン)

「……ッ!」

 大介の心はひどく揺れていた。記憶、暗示、洗脳、あらゆる全てのものが頭の中で交じり合い、大介を責める。
 そして、自暴自棄になった大介は掴まれた拳銃を力一杯振り払うことで、優の拘束から逃れた。
 同時に、引き金を思い切り引き抜く。

 暴発した銃弾は、奇しくもフランの元へと飛んでいき。

 傍にいた樹月 刀真(きづき・とうま)が一歩前に出て、白の剣を振るいその銃弾を真っ二つにした。
 そして、フランとの前に立ち塞がり、大介の視線からフランを隠した。

「……すみません、先に謝っときます」

 刀真はフランにだけ聞こえるように小さく呟くと、振り返り大介を冷めた瞳で一瞥した。
 そして、刀真は――。

「……えっ?」

 フランの代わりにそう呟いたのは大介だった。
 なぜなら刀真がウェポンマスタリーの業で、フランの鳩尾を殴り一撃で気絶させ。
 そして、崩れ落ちるフランの胴体を黒い刀身を持つ光条兵器で突き刺した。

 唐突の出来事に立ちすくむのは、戦場にいる全ての者達が等しく。
 ただ、その中で刀真だけが大介に顔を向けてゆっくりと呟いた。

「お前が弱いくせに何もしないから、彼女を護れず、救えず……ほら、死んだ」

 降りしきる雨に打たれながら、大介の止まっていた思考は動き出す。

(――あいつは、何をした?)

 大介の視線の先には冷めた瞳を向ける刀真。

(彼女を殺したのか……?)

 脳を侵すような頭痛も止み、ぐちゃぐちゃになった感情も、ひどく落ち着いていた。
 その代わりに胸を焦がす熱さは、ふつふつと燃え滾る怒りのマグマだ。

 頭の芯が熱い。
 大介は無意識に拳銃を構え、駆け出した。

「貴様ァァアアアアアッ!」